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追放皇女の異世界戦記  作者: 浅井川亘


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第二幕 第五十一話:絶望の物量と、死神の苦渋の撤退

「——座標、特定完了。エターニアの超大型機動要塞『ジェネシス』は、帝国国境から外れた不可侵宙域……『暗礁セクター・オメガ』のデブリ帯に偽装されて建造中よ」

エインヘリアルのブリッジに、アルティナの疲労の滲む、しかし達成感に満ちた声が響き渡った。

徹夜でのデータ解析を終えた彼女の目の前のメインモニターには、無数の小惑星デブリを繋ぎ合わせて強引に擬装された、おぞましいほどの威容を誇る巨大要塞の姿が映し出されていた。

「ご苦労、アルティナ。……これで敵の喉元は割れたな」

艦長席のブリュンヒルデが、キリッと表情を引き締める。

「団長、帝国軍本隊の動きは?」

リアンヌが真剣な面持ちで尋ねた。

「フェイト皇帝陛下には、すでに極秘回線で事の次第を報告してある。陛下は『可愛いローゼリアを危険な目に遭わせたエターニアなど、帝国の全艦隊をもって星ごと消し飛ばしてやる』と激怒しておられたがな……」

ブリュンヒルデは、胃の辺りを押さえながら苦笑した。

金髪黒眼の美しき女帝フェイト。彼女の妹に対する過保護ぶりは帝国中に知れ渡っている。妹が潜入先で危険な目に遭い、さらに自分が暗殺の標的にされていると知れば、理性を保っていられるはずがなかった。

「姉上らしいのう……。じゃが、正規軍の大艦隊を動かせば、当然エターニア側にも察知される。奴らがジェネシスの建造を急ぎ、未完成のまま無理やり発射プロセスに移行すれば、最悪の事態になりかねん」

いつものダボダボのジャージ姿のローゼリアが、腕を組んでモニターを見上げた。

「その通りだ。だからこそ、皇帝陛下には防衛網の強化と陽動を任せ、我々『戦乙女』が少数の精鋭として先行し、ジェネシスを奇襲・破壊する。……帝国最高の隠密性と突破力を持つ我々にしかできない任務だ」

「ふん。任せておけ。あんなふざけた要塞、妾のルシフェルで真っ二つにへし折ってやるわい」

ローゼリアの真紅の瞳に、獲物を狙う肉食獣の光が宿る。愛する姉の命を狙う存在など、銀河最強の死神が許すはずがなかった。

かくして、エインヘリアルは単艦でステルスモードに移行し、要塞ジェネシスが眠る暗礁宙域へと空間跳躍ワープを敢行したのである。

「——空間跳躍、終了。目標宙域、セクター・オメガに到達しました」

オペレーターのオルトリンデの報告と共に、メインモニターのノイズが晴れ、暗礁宙域の全貌が映し出された。

しかし、その光景を見たブリッジの全員が、言葉を失い息を呑んだ。

「な……なんじゃ、これは……」

ローゼリアの赤い瞳が、限界まで見開かれる。

モニターに映し出されていたのは、建造中の巨大要塞ジェネシス……だけではなかった。

その周囲の空間を、文字通り『埋め尽くす』ほどの無数の光点。

レーダーの警戒アラートが、エラーを起こしたかのように狂った甲高い警告音を鳴らし続けている。

『敵機、敵機多数! 識別信号……エターニア軍の量産型アグレッサー、及び無人ドローン部隊! その数……測定不能! 少なくとも、五万機以上が要塞の周囲に展開しています!!』

「五万、だと……!? 馬鹿な、一国の防衛部隊の規模じゃないぞ! 帝国軍の主力艦隊すら上回る物量じゃないか!」

ブリュンヒルデが、血の気を失った顔で叫んだ。

「(……これが、転生者国家の真の恐ろしさか!)」

アルティナがキーボードを叩きながら、戦慄の声を上げる。

「チート能力の産物よ! おそらく『物質創造』や『無限リソース』系の異能を持つ転生者を酷使して、工業的な限界を無視して機体を無尽蔵に複製し続けてるんだわ!」

『——フフフ。よく来たな、帝国の猟犬ども。そして、美しき皇妹殿下』

オープン回線に、エターニアの王、グレイスの嘲笑うような声が響き渡った。

『我が国のデータバンクからジェネシスの情報を盗み出した時点で、貴様らがここへ強襲をかけてくることなど、容易に想像がついていた。……我がエターニアの真の力は、一部のエースの武力ではない。常識を凌駕する『無限の軍事力』だ。さあ、絶望の海で溺れるがいい!』

グレイスの号令と共に、宇宙空間を埋め尽くす五万機の大群が、一斉にエインヘリアルへと牙を剥いた。

「くそっ、待ち伏せか! 迎撃戦よーい! 各機、直ちに出撃せよ!」

ブリュンヒルデの怒声が響く。

「行くぞ、リアンヌ! 姉上を狙う砲台に、指一本触れさせるな!!」

「はっ! この命に代えても、ローゼリアの道を切り開きます!」

漆黒の堕天使ルシフェルと、純白の騎士機ブランが、カタパルトから虚空へと飛び出した。

「バハムート、出し惜しみはなしじゃ! フルバーストでイナゴどもを焼き尽くせ!!」

『了解。自律可動砲台、全基展開。マギアエンジン、出力120%』

ルシフェルの背部から8つの漆黒の翼が放たれ、宇宙空間に美しい幾何学模様を描きながら、精密かつ絶え間ないレーザーの雨を降らせる。

バハムートAIの規格外の並列処理能力により、無数のドローンが自爆の隙すら与えられずに次々と宇宙の塵へと変わっていく。

ローゼリア自身も、両手に構えた魔力振動刀を振るい、接近してくるアグレッサーを豆腐のように両断していった。

その傍らでは、リアンヌのブランが風の魔力を纏った長槍を振るい、暴風の壁を作り出して敵の弾幕を弾き返している。

『戦乙女』のエースたちの戦力は、まさに一騎当千。いかに敵の数が多かろうと、彼女たちの圧倒的な技量と機体性能の前には、ただの的でしかないはずだった。

……だが。

「ちっ……! なんじゃこいつら、倒しても倒しても湧いてきおる!!」

開戦から三十分。

ローゼリアのルシフェルはすでに数千機という異常な数の敵を撃墜していたが、モニターに映る敵の赤い光点は、一向に減る気配を見せなかった。

それどころか、要塞ジェネシスの後方に設置された巨大なゲートから、次々と新品のアグレッサーや無人機が空間跳躍で吐き出されてくるのだ。

「まるで、クソゲーの無限湧きバグじゃな……っ!」

ローゼリアは、操縦桿を握る手に汗を滲ませながら悪態をついた。

敵の中には、先日の『鋼の牙』の残党のような、粗製濫造された転生者たちも混ざっていた。彼らは己の命を顧みず、自爆特攻すら辞さない狂気的な突撃を繰り返してくる。

「俺たちの国を守るんだ!」

「帝国の犬どもめ、死ねぇぇっ!」

オープン回線から聞こえてくる狂信的な叫び声が、ローゼリアの神経をゴリゴリと削っていく。

『——団長! シールド出力、低下しています! このままでは母艦が持ちません!』

エインヘリアルのブリッジで、悲鳴のような報告が上がる。

いかに強固な装甲を持つ戦乙女の母艦であっても、全方位からの絶え間ない飽和攻撃を受け続ければ、魔力防壁は確実に削られていく。

「くっ……弾幕を薄くするな! 防空火器、全門斉射!」

ブリュンヒルデは胃薬を噛み砕きながら、必死に指揮を執り続ける。だが、彼女の額には冷や汗が浮かんでいた。

エースの力は強大だ。ローゼリアのルシフェルは、三基のマギアエンジンのおかげで魔力切れの心配はない。

しかし、パイロットの『精神力スタミナ』と、他の機体の『弾薬』には限界がある。

『はぁっ、はぁっ……っ!』

通信回線から、リアンヌの荒い息遣いが聞こえてきた。

ブランの純白の装甲には無数の焦げ跡がつき、長槍を振るう速度が明らかに落ちている。風の魔力を過剰に消費しすぎたため、機体のスラスターも悲鳴を上げていた。

「リアンヌ! 無理をするな、一旦下がれ!」

ローゼリアがルシフェルの砲火でリアンヌを庇いながら叫ぶ。

『申し訳ありません、ローゼリア……! ですが、私が退けば、敵の群れが母艦に……っ!』

「ええい、意地を張るな! お主が死んだら誰が妾の世話をするんじゃ!」

その時、ローゼリアの目の前を、極太のレーザーが掠めた。

要塞ジェネシスの一部に設置された防衛用副砲が、ルシフェルを正確にロックオンし始めたのだ。

『マスター。敵艦隊の包囲網が完成しつつあります。これ以上の戦闘継続は、本機の喪失、並びに味方艦の轟沈確率が98%を超えます』

バハムートの冷徹な計算結果が、絶望的な現実を突きつける。

「(……届かん)」

ローゼリアは、血の滲むほど唇を噛み締めた。

視線の先、イナゴの群れのような敵機体の向こう側に、憎きジェネシスの巨大な砲身が見える。あそこまでたどり着き、ルシフェルの極大マナビーム砲を撃ち込めば、要塞ごと粉砕できる。

だが、そのたった数キロの距離が、無限に湧き出る五万の壁によって、絶望的なまでに遠く隔てられていた。

『——ローゼリア!!』

通信回線に、ブリュンヒルデの血を吐くような叫びが響いた。

『引くぞ!! これ以上の戦闘は無意味だ! 全機、エインヘリアルに帰還しろ! 緊急ワープで離脱する!!』

「団長……っ! じゃが、ここで引けば、あの砲台が完成して姉上が……!!」

『引けと言っているんだ、ローゼリア!!』

ブリュンヒルデの怒声が、ローゼリアの言葉を遮った。

『お前がここで撃墜されて、皇帝陛下が喜ぶとでも思っているのか!? お前は姉を守るために戦っているんだろうが! 死んでどうする!!』

その言葉に、ローゼリアはハッと息を呑んだ。

姉のフェイトは、ローゼリアを溺愛している。もし自分がこの宙域で無茶をして命を落とせば、姉は狂乱し、帝国そのものが崩壊するかもしれない。

自分が戦場に出たのは、姉の日常を守るためであって、姉を悲しませるためではないのだ。

「……っ!!」

ローゼリアは、操縦桿を握り潰さんばかりの力で握りしめ、長いふわふわの金髪を振り乱して、苦渋の決断を下した。

「バハムート! 全魔力をスラスターと自律可動砲台に回せ! 母艦の退路を切り開く!!」

『了解。退避シーケンスに移行します』

ルシフェルは、要塞ジェネシスに背を向けた。

自律可動砲台が後方の敵群に狂ったような乱れ撃ちを行い、一時的な空白地帯を作り出す。その隙を突き、損傷したリアンヌのブランと、弾薬の尽きた味方機たちがエインヘリアルのカタパルトへと滑り込んでいく。

ローゼリアのルシフェルが最後に着艦した瞬間。

「空間跳躍、急げ!!」

ブリュンヒルデの命令と共に、エインヘリアルは空間の歪みの中にその身を滑り込ませ、暗礁宙域から間一髪で脱出を果たした。

後に残されたのは、無傷のまま不気味な輝きを放つ要塞ジェネシスと、宇宙空間を埋め尽くすエターニアの無限の群れだけであった。

「……くっそぉぉぉぉぉぉっ!!」

エインヘリアルの格納庫。

コックピットから降り立ったローゼリアは、普段の飄々とした姿からは想像もつかないほど激昂し、傍らにあった整備用のコンテナを力任せに蹴り飛ばした。

ガンッ! と鈍い音が響き、コンテナがへこむ。

「申し訳、ありません……ローゼリア……。私の力が、及ばなかったばかりに……っ」

隣で機体から降りたリアンヌが、ボロボロになった装甲を見つめながら、悔し涙を流して膝をつく。

「お主のせいではない、リアンヌ。……完全に、妾の読みが甘かったんじゃ」

ローゼリアは、ギリッと歯を食いしばり、床を見つめた。

チート能力の寄せ集めと侮っていたエターニアは、その「寄せ集め」を極限まで工業化し、常識外れの物量作戦を可能にするという、最悪の軍事国家へと変貌を遂げていた。

個人の技量がいかに優れていようと、数万、数十万という終わりのない物量の前には、エースパイロットなどただの消耗品に過ぎない。戦場の残酷な現実を、銀河最強の死神はまざまざと見せつけられたのだ。

「(……クソゲーじゃ。圧倒的な物量でプレイヤーを圧殺する、最低最悪の理不尽ゲーム)」

だが。

ローゼリアの真紅の瞳の奥で燃える炎は、決して消えてはいなかった。

限界ゲーマーたる彼女は、理不尽な難易度を前にしてコントローラーを投げるような柔な精神は持ち合わせていない。

むしろ、絶対にクリア不可能と思われるような絶望的な状況に直面した時こそ、彼女の『攻略者』としての本性が牙を剥くのだ。

そこへ、ブリッジから降りてきたブリュンヒルデとアルティナが姿を現した。

二人とも、疲労の色が濃く滲んでいる。

「……無事で何よりだ、ローゼリア、リアンヌ」

ブリュンヒルデは、厳しい表情のまま二人に声をかけた。

「団長。……すまん。妾が意地を張ったせいで、エインヘリアルを危険に晒した」

ローゼリアが素直に頭を下げると、ブリュンヒルデは小さくため息をつき、そのふわふわの金髪を乱暴に撫でた。

「謝るな。誰も死ななかった。それが一番の戦果だ」

「……お姫様。悔しいのは分かるけど、今は冷静になって」

アルティナが、タブレットを抱えながらローゼリアの前に進み出た。

「あの異常な無限湧き……エターニアの生産設備は、間違いなく転生者の異能によるものよ。でも、どんなチート能力にも必ず『代償』か『限界』があるはず。あんな無茶苦茶な魔力消費を、永遠に続けられるわけがないわ」

「アルティナの言う通りだ」

ブリュンヒルデが頷く。

「真正面からの力押しでは勝てない。ならば、奴らのその『無限の供給源』を絶つか、あるいは防衛網を無力化する決定的な『盤面をひっくり返す策』が必要になる」

「……クソゲーにはクソゲーの攻略法がある、ということじゃな」

ローゼリアは、顔を上げ、真紅の瞳に昏い闘志を宿した。

「ああ。一時的な撤退は、敗北ではない。姉上の命を狙うあの要塞、絶対に完成させるわけにはいかん。……アルティナ、エターニアのシステムと、あのチート生産のカラクリを徹底的に洗い出せ。団長は、姉上(本国)と連携し、我々が動くための最高の舞台サポートを整えてくれ」

「任せておけ。帝国最高のハッカーの意地、見せてやるわ」

「私も、皇帝陛下と胃に穴が開くような軍議をしてくるとしよう。……リアンヌ、お前は機体の修復と休息だ」

「はっ……! 次こそは必ず、我が主の勝利の剣となります!」

リアンヌが涙を拭い、決意に満ちた表情で立ち上がる。

「さあ、反撃の準備じゃ。……あの傲慢な転生者どもに、本物の『絶望』というゲームオーバー画面を見せてやるわい」

銀河最強の死神と戦乙女たちは、一時的な敗走の屈辱を胸に深く刻み込みながら。

新たなる必勝の策を練るべく、反撃の狼煙を上げるのであった。

決して折れることのない、彼女たちの戦いはまだ終わっていない。

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