第二幕 第四十九話:軍事演習の視察と、勘違いエースパイロットの求婚
歓迎の宴が恙なく(アルティナのハッキング作業の完了と共に)幕を閉じた翌日。
エターニアの王グレイスは、帝国の皇妹であるローゼリアに自国の圧倒的な軍事力を見せつけるべく、王都の郊外に建造された巨大な軍事演習場へと彼女を招いていた。
VIP専用の防弾ガラスで囲まれた観覧席。
ゆったりとしたソファに腰掛けたローゼリアの背後には、今日も完璧な姿勢で金髪碧眼の騎士リアンヌが控えている。
「ローゼリア殿下。本日は、我が国の技術の結晶たるマギアナイトの模擬戦をご覧いただこう」
隣の席に座るグレイスが、自信に満ちた笑みを浮かべて演習場を指し示した。
彼の合図と共に、広大なドーム型のフィールドに数機のマギアナイトが姿を現す。
『——演習開始』
アナウンスと共に、激しい火花が散った。
一方は、先の護衛任務で『鋼の牙』が運用していた高機動・高火力機体『フェイカー』の部隊。
そしてもう一方は、フェイカーよりも一回り重装甲でありながら、全身に備えた多数のスラスターと重火器で面制圧を行うエターニアの新型機——**『アグレッサー』**であった。
「あの『アグレッサー』は、帝国軍の主力機を想定して開発された次世代機です。フェイカーの機動力と連携し、いかなる強固な防衛陣地をも容易く蹂躙する。……古き帝国の騎士たちに、あれを防ぐ術はないでしょうな」
グレイスが、得意げに解説を入れる。
演習場では、フェイカーが異常な直線加速でターゲット(模擬陣地)を撹乱し、その後方からアグレッサーが圧倒的な弾幕を浴びせて施設を粉砕していくという、派手なデモンストレーションが繰り広げられていた。
「(……ほう。確かに機体のスペックだけ見れば、帝国の量産機より上じゃな)」
ローゼリアは、赤い瞳で演習の様子をじっと観察していた。
表面上は「まあ、凄まじい迫力ですわね」と扇子で口元を隠し、か弱い令嬢のように驚いてみせているが、その脳内(ゲーマーとしての思考回路)では、極めて冷酷なダメ出しが連発されていた。
「(……じゃが、パイロットの動きが素人以下じゃ。機体の性能に頼り切って、直線的な回避しかしておらん。あんな動き、少し偏差射撃を混ぜれば簡単に撃ち落とせるわ。弾幕の張り方も雑じゃし、何より連携と見せかけて、ただ同時に攻撃ボタンを押しておるだけじゃな。妾のルシフェルなら、あんな連中、目を瞑っていても三十秒で全滅させられるわい)」
転生者たちの作った機体は確かに強力だが、それを扱う彼ら自身が「実戦」というものを舐め切っている。それが、銀河最強の死神たるローゼリアの偽らざる評価であった。
「いかがかな、殿下。我が国の力は」
「ええ。とても……『興味深い』演習でしたわ。これほど派手な花火、帝国の宮廷ではなかなかお目にかかれませんもの」
ローゼリアが皮肉を込めて(グレイスには天然の賞賛と受け取れるように)微笑んだ、その時である。
演習を終えた一機の特別な塗装を施された『アグレッサー』が、観覧席のすぐ目の前まで飛来し、着地した。
プシューッ、と排気音を立ててコックピットのハッチが開き、中から一人の若い男が姿を現す。
黒髪を無造作に伸ばし、自信過剰な笑みを浮かべたその男は、手すりを飛び越えてVIP席のバルコニーへと軽快に降り立った。
「演習終了しました、グレイス様! 俺の今日の動き、完璧だったでしょう?」
「ああ。ご苦労だったな、ハジメ」
グレイスが鷹揚に頷き、ローゼリアの方へと手を向ける。
「紹介しよう。彼は我がエターニア軍が誇るトップエース、ハジメ・ナガノだ。彼の操縦技術と異能は、我が国でも右に出る者はいない」
「ハジメ・ナガノと申します。以後お見知りおきを」
ハジメは、大げさなウインクを飛ばしながらローゼリアを見た。
その瞬間、彼の目が見開かれた。長くふわふわの金髪、宝石のように美しい真紅の瞳、そして純白のドレスに包まれた華奢で儚げな姿。
ハジメの脳内で、転生者特有の『都合の良いシナリオ』が急速に組み上がっていく音がした。
(うおおっ、なんだこの超絶美少女!? 帝国の皇妹って聞いてたけど、まさかここまで俺のストライクゾーンど真ん中だとは! ……間違いない、この展開。敵国の囚われのお姫様が、敵のエースパイロットである俺の強さと優しさに惹かれて落ちるっていう、王道イベントだろ!)
完全に自分の世界に入り込んだハジメは、グレイスの制止も聞かず、ツカツカとローゼリアの目の前まで歩み寄った。
「ッ……! 貴様、無礼だぞ。殿下の御前に気安く近づくな」
リアンヌがスッと前に出て、氷のような冷たい声でハジメを牽制する。彼女の碧眼には、今すぐこの無礼者の首を物理的に刎ね飛ばしてやろうかという明確な殺意が宿っていた。
「おいおい、そんなに怖い顔すんなって、騎士さん。俺はただ、美しい姫君に挨拶したいだけさ」
ハジメはリアンヌの殺気を「嫉妬」か何かと勘違いしているのか、余裕の笑みで肩をすくめ、そのままローゼリアの前にスッと片膝をついた。
そして、あろうことかローゼリアの白い手を取ろうと手を伸ばした。
「——美しいローゼリア殿下。俺は先ほどの演習で、あなたという存在に見とれてしまった。古く窮屈な帝国に、あなたのような美しい花を閉じ込めておくのは間違っている。……どうでしょう。俺の妻になり、この新しい国で、俺と共にすべてを手に入れませんか?」
突如として放たれた、エターニアのトップエースからのストレートな求婚。
グレイスは想定外の事態に眉をひそめたが、「帝国への見せしめとしては面白い」と思い直し、あえて止めずに静観の構えをとった。
しかし、求婚された当のローゼリアの心境は、ロマンチックなどという生易しいものではなかった。
「(——ッッッ!? ぎゃああああああああっ!?)」
ローゼリアの内心で、悲鳴と警報がガンガンと鳴り響いていた。
無理もない。彼女の今の外見は絶世の美少女皇妹だが、その中身(前世)は、れっきとした**『男性のゲーマー』**なのである。
中身が男の自分に対して、脂ぎった勘違い野郎がキメ顔で「俺の妻になれ」などと迫ってくる。これはもう、恐怖を通り越して生理的な嫌悪感の極みであった。
「(気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!! 鳥肌が! 腕から背中にかけて、すさまじい鳥肌が総毛立っておるぞ!! おのれ、よくも妾のパーソナルスペースに土足で踏み込みおって!! 双刀でその頭部をすっ飛ばしてやりたいわ!)」
今すぐルシフェルを呼んでフルバーストでこの男を消し炭にしたい衝動に駆られながらも。
ローゼリアは、必死に震えを抑え込み、顔に完璧な『令嬢の微笑み』を貼り付けた。ここで暴れては、せっかくの内偵作戦が台無しになる。
「……ふふっ。エターニアのエース様は、ずいぶんと情熱的でいらっしゃるのね」
ローゼリアは、ハジメが触れる寸前でスッと扇子を開き、自らの手を隠すように引いた。その動作はあまりにも自然で優雅であり、ハジメは自分が避けられたことすら気づいていない。
「光栄なお言葉ですわ、ハジメ様。……ですが」
ローゼリアは、真紅の瞳を細め、極上の、しかし絶対的な『拒絶』を含んだ笑みを浮かべた。
「わたくしの心と身は、すでに最愛の姉……皇帝フェイト・エーベルヴァインのために捧げられておりますの。帝国の剣であり盾であるべきわたくしが、他国の、それも殿方の腕に抱かれるなど、あり得ないお話。……どうか、そのお気持ちは、貴国にふさわしい素晴らしい女性に向けて差し上げてくださいませ」
声のトーンはどこまでも甘く、優しく。
しかしその内容は、「お前のような得体の知れない勘違い男にくれてやる身などない」という、完璧なまでのシャットアウトであった。
「え……あ、いや。でも、俺なら帝国のどんな男よりも、あなたを幸せに——」
「お下がりください。これ以上は、帝室に対する不敬とみなします」
ローゼリアが扇子をパチンッと閉じた瞬間。
リアンヌが抜刀する寸前の構えを取り、ハジメの首筋に冷ややかな剣気を叩きつけた。
「……っ!」
ここで初めて、ハジメはリアンヌから放たれる本物の『死の気配』を感じ取り、タジタジと後ずさりをした。
「ハジメ、そこまでにしておけ。……ローゼリア殿下を困らせるな」
グレイスが、面白そうな余興は終わったとばかりに声をかける。
「ちっ……失礼しました」
ハジメはバツの悪そうな顔をしてバルコニーから飛び降り、自分の機体へと戻っていった。
(……クソッ。今はガードが固いけど、絶対に俺に惚れさせてやるからな)などという、思い上がった捨て台詞を心の中で吐きながら。
「……申し訳ありません、殿下。我が国の者は少々血気盛んでしてな」
「いいえ、お気になさらず。とても『面白い』余興でしたわ」
ローゼリアはグレイスに向けて微笑み返したが、扇子の裏で隠されたその口元は、引きつりを通り越してピクピクと痙攣していた。
「(……帰る。今すぐ帰る。もう十分じゃ。アルティナがデータを抜いていようがいまいが、これ以上ここにいたら、妾の精神力が削り切られて死んでしまう!!)」
銀河最強の死神が、肉体的なダメージではなく、精神的なブラクラ(嫌悪感)によって限界を迎えようとしていた。
『——ローゼリア、リアンヌ。聞こえる?』
その時、ローゼリアとリアンヌのイヤーレシーバーに、通信機越しにアルティナの緊迫した声が届いた。
『エターニアのメインサーバーの最深部、機動要塞の設計図と……あいつらの「本当の標的」のデータを抜いたわ。……急いで撤収よ。このデータ、帝国にとって最悪の爆弾になるわよ』
アルティナの報告を聞き、ローゼリアの赤い瞳の奥で、嫌悪感がスッと冷たい戦意へと切り替わった。
「(……どうやら、お遊びの時間は終わりのようじゃな)」
完璧な令嬢の仮面の下で、死神は密かに刃を研ぎ澄ませる。
傲慢なる転生者たちの目論見を粉砕し、この狂った箱庭から脱出するための、激しい脱出戦の火蓋が切られようとしていた。




