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追放皇女の異世界戦記  作者: 浅井川亘


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第二幕 第四十八話:完璧なる皇妹の演技と、叛逆王の誤算

新興国エターニアの首都、ネオエデン。

その中心にそびえ立つ王城のグランドホールは、帝国の皇妹を迎えるという名目の下、これ以上ないほど煌びやかな装飾と眩い光に包まれていた。

前世の地球の最先端建築と、この世界の魔法技術を融合させたというだけあり、ホールはガラスと金属が幾何学的な美しさを描く近代的な造りになっている。そこに集うエターニアの重鎮や転生者たちは、一様に高価なスーツやドレスに身を包み、今か今かと主賓の到着を待ち構えていた。

「——エーベルヴァイン帝国皇妹、ローゼリア・エーベルヴァイン殿下の御成りにございます」

重厚な扉が開き、式典用のファンファーレが鳴り響く。

その瞬間、ざわめいていたホールの空気が一変し、数百人の視線が入り口へと釘付けになった。

そこに立っていたのは、まさに『帝国の威信』を体現したかのような、圧倒的な美貌と気品を備えた少女であった。

長くふわふわとした美しい金髪は精緻に結い上げられ、真珠と輝石を散りばめた純白の豪奢なドレスが、彼女の華奢な身体を包み込んでいる。真紅の瞳は涼やかに細められ、唇には完璧な角度の微笑みが張り付いていた。

「(……ヒールが高すぎじゃ!! なんなんじゃこの拷問器具は! 足首が折れるわ!)」

——しかし、その優雅な外見とは裏腹に、ローゼリアの内心は阿鼻叫喚であった。

普段はダボダボのジャージか、動きやすいパイロットスーツしか着ない彼女にとって、何層にも重なった重いドレスと、ピンヒールのような社交界用シューズは、まさに未知のデバフアイテムであった。ただ立っているだけでもフラフラと重心がブレそうになる。

ブリュンヒルデの「ただでさえ運動音痴なんだからな、何かあっても絶対逃げきれん」という懸念は、戦闘時ではなく、この『入場行進』という最大の難所において現実のものとなっていたのである。

「(い、いかん。転ぶ……!)」

ローゼリアが一歩を踏み出そうとした瞬間、ドレスの裾をわずかに踏み、身体がグラリと傾いた。

帝国の皇妹が、敵国のど真ん中で盛大にすっ転ぶ——誰もがその大惨事を予感した、その時。

「——ローゼリア。お足元に気をつけて」

スッ、と。

傍らに控えていた金髪碧眼の近衛騎士、リアンヌが、瞬きする間もない神速の身のこなしでローゼリアの腰を抱き留めた。

そして、そのまま流れるような動作でローゼリアの腕を自らの腕に絡ませ、まるで最初から「美しくエスコートされるためのポーズ」であったかのように見事にカモフラージュしてみせたのだ。

「ええ、ありがとうリアンヌ。少しドレスの裾が長すぎたかしら」

「私がしっかりとお支えいたします。どうか、ご安心を」

リアンヌは涼しい顔で微笑んでいるが、その実、彼女の腕の筋肉は限界まで緊張していた。ローゼリアの体重と重心のブレを、自らの絶妙な力加減と微弱な風の魔法による浮力コントロールで、完全に相殺しながら歩いているのである。

もはやこれは歩行というより、リアンヌによる『超高等技術を用いた物理的な運搬』であった。

「……っ、痛っ……胃が……」

その光景を、少し離れた後方から侍女の格好をして付き従っていたアルティナが、トレイを持ったまま頭を抱えていた。

(あのローゼリア、歩くたびにコケかけてるじゃないの……っ! それをリアンヌが無理やり姿勢制御して、なんとか優雅な歩みに見せかけてるけど……! あんな綱渡り、いつまで持つのよ!)

アルティナの心労は、すでに母艦で留守番をしているブリュンヒルデのそれに匹敵するレベルに達していた。

「遠路はるばる、よくぞお越しくださいました。帝国皇妹、ローゼリア殿下。私がこのエターニアを統べる王、グレイス・エターニアです」

ホールの最奥で待ち構えていたのは、漆黒の礼服に身を包んだプラチナブロンドの男——叛逆の王グレイスであった。

彼は優雅に一礼して見せたが、その瞳の奥には、値踏みするような冷酷な光が宿っている。

「お招きいただき、感謝いたしますわ、エターニア王。貴国の発展の噂は、姉である皇帝陛下の耳にも届いております。本日は、その素晴らしき国力を拝見できること、大変喜ばしく思います」

ローゼリアは、前世でやり込んだ貴族令嬢モノのゲームの知識を総動員し、声のトーンから目線の配り方まで、一切の隙がない完璧な「深窓の令嬢」を演じ切った。

そのあまりにも堂々たる態度は、敵地に乗り込んできたとは思えないほどの貫禄があり、周囲のエターニアの貴族たちを息を呑ませるには十分であった。

「(ふふん、どうじゃ! 徹夜で叩き込んだ『完璧なご令嬢ムーブ』は! これならボロが出るはずもないわい!)」

ローゼリアは内心でドヤ顔を決めていたが、その直後、足首がピキッと鳴ってよろめきそうになった。

「——ローゼリア。王の御前です」

リアンヌが、背中にそっと手を添えるふりをして、凄まじい体幹の力でローゼリアの身体を垂直に固定する。傍から見れば、忠誠心に厚い騎士が主を気遣っている美しい主従の図にしか見えない。

「……ええ。存じておりますわ、リアンヌ」

ローゼリアは冷や汗をかきながら、なんとか笑顔を保った。

グレイスは、その一連のやり取りを静かに観察していた。

彼の圧倒的な魔力感知能力は、ローゼリアという少女の『本質』を冷酷に見抜こうとしていた。

(……ほう。態度は立派だが、身体はひどく華奢だ。魔力の波動も弱く、鍛えられた戦士の歩みとは程遠い。あの付き従っている騎士が、常に彼女の足元のふらつきを補佐しているのも見え見えだ)

グレイスの口角が、微かに吊り上がった。

(なんだ。所詮は、温室で育てられただけの見栄っ張りな人形か。……事前の報告では、『戦乙女』に規格外のパイロットがいるかもしれないと警戒したが、少なくともこの皇妹がそうである可能性はゼロだな。ただの運動音痴で、守られなければ歩くことすらおぼつかない箱入り娘だ)

転生者であり、圧倒的な個人の力に絶対的な価値を置くグレイスにとって、ローゼリアのこの「物理的な弱さ」は、彼女への評価を決定づけるものであった。

どれほど血筋が尊かろうと、どれほど強大な護衛を連れていようと、本人に力がなければただの飾りに過ぎない。

「ローゼリア殿下。我が国の技術と魔法の融合は、古き帝国のそれとは比べ物にならない次元に達しています。後ほど、我が軍の誇る機動兵器の演習もご覧に入れましょう」

グレイスは、わざと帝国の威信を貶めるような挑発的な言葉を投げかけた。

しかし、ローゼリアは表情をピクリとも変えず、扇子で口元を隠して優雅に微笑んだ。

「まあ。それは楽しみですわね。新しい国がどのような玩具を作ったのか、帝国としても非常に興味がございますもの」

(玩具、だと……?)

グレイスの眉が微かにピクッと動いたが、すぐに余裕の笑みを取り戻した。

(強がるがいい。何も知らない小娘が、我が国の真の力を見た時にどんな絶望の顔を浮かべるか……楽しみだ)

グレイスの中で、ローゼリア・エーベルヴァインという存在の脅威度は、完全に『最低ランク』へと格下げされていた。

彼女はただの政治的なカードであり、いつでも人質にできる無力な存在。警戒すべきは、彼女を取り巻く護衛たちの方である、と。

歓迎の宴が始まると、ローゼリアは次々と挨拶に訪れるエターニアの重鎮たちの相手をさせられた。

その間も、リアンヌは片時もローゼリアのそばを離れず、ローゼリアがよろけそうになるたびに、風魔法による重心操作と物理的な支えで完璧にフォローし続けた。

「(……リアンヌ、お主がいなかったら、妾はすでに三回は床に這いつくばっておったぞ)」

「(お任せください、ローゼリア。あなたが美しく咲き誇るための土台となることこそ、我が騎士としての至上の喜び……っ!)」

「(いや、だから顔が近いんじゃって! 周りが見ておるじゃろ!)」

そんな主従の極秘のやり取り(と物理的な支え合い)が繰り広げられている間。

会場の壁際で、侍女として給仕のフリをしていたアルティナは、こっそりとトレイの下に隠した小型のハッキング端末を起動していた。

「(……よし、ローゼリアのポンコツっぷり……じゃない、完璧な演技のおかげで、グレイス王の意識は完全に彼女への『見下し』に向いてる。王城のサイバーセキュリティの監視が、表舞台の護衛に集中しているわね)」

アルティナの紫色の瞳が、端末の画面に流れる無数のデータコードを高速で追っていく。

「(第一層、突破。第二層の魔力防壁も、事前に用意した偽装コードでパス。……ちょろいもんだわ。転生者の知識で作られたシステムなんて、根幹の構造さえ分かれば、穴だらけなのよ)」

エターニアが誇る鉄壁のセキュリティが、帝国最高のハッカーたるアルティナの手によって、音もなく破られていく。

「(さて、あいつらが裏で建造しているっていう『機動要塞』のデータ……どこに隠してあるのかしらね。ローゼリアの足首が限界を迎える前に、さっさと引っこ抜いて帰るわよ)」

表舞台では、華やかな音楽と共に、無力な皇妹と驕れる王の腹の探り合いが続いている。

グレイスは、ローゼリアの身体能力の低さを見て完全に警戒を解き、己の国力を誇示することに酔いしれていた。

だが、彼は知る由もなかった。

自分が「ただの運動音痴な箱入り娘」と見下したその少女こそが、先の戦闘で自国の部隊を単機で壊滅させた銀河最強の死神であり——その少女のポンコツさを補うための護衛の動きが、結果として最高の『陽動』として機能しているという事実を。

華麗なる内偵作戦は、敵王の致命的な見誤りという最高のアシストを受け、誰にも気づかれることなく、静かに、そして確実に進行していたのである。

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