第二幕 第四十七話:皇妹の提案と、叛逆の王グレイス・エターニア
暗礁宙域での三つ巴のカオスを無事にくぐり抜け、商工ギルドの輸送船団を目的地まで送り届けた『戦乙女』は、母艦エインヘリアルを帝国領内の安全な宙域へと帰還させていた。
ブリッジの奥にある会議室では、重苦しい空気が漂っていた。
部屋の中央に浮かび上がるホログラム・モニターには、アルティナが輸送艦のデータバンクから強引に抜き取った、新興国『エターニア』に関する機密情報が映し出されている。
「……予想以上に、事態は深刻ね」
アルティナが、タブレットを操作しながら険しい表情で口を開いた。
「『鋼の牙』が運ぼうとしていた違法マナエンジンや兵器転用型リアクター。あれはただの軍備拡張のためのパーツじゃないわ。……データを見る限り、エターニアは帝国軍の主力戦艦を凌駕する超大型の機動要塞か、あるいは広域殲滅兵器を建造している可能性が高い」
「……あの傲慢な転生者どもの寄せ集め国家が、帝国に本気で戦争を仕掛けるつもりだというのか?」
艦長席で腕を組んでいたブリュンヒルデが、忌々しげに胃薬の瓶を鳴らす。
「ええ。しかも、彼らは帝国の監視網を巧妙にすり抜け、周辺の独立星系を次々と吸収して国力を拡大しているわ。前世の知識と異能を持った連中が束になっているだけあって、技術の発展速度が異常よ。このまま放置すれば、数年後には帝国にとって最大の脅威になるわね」
「一介の傭兵団が抱え込むには、いささかスケールが大きすぎる問題だな……。本国(帝国軍)の諜報部にデータを引き渡し、正規軍に対応を任せるのが筋だが」
ブリュンヒルデがこめかみを揉みながら結論を出そうとした、その時である。
「——待て、団長。帝国軍の諜報部に任せても、決定的な証拠がなければ動きが鈍いじゃろ。それに、敵の懐の深さが分からんまま正規軍を動かせば、無用な被害が出るだけじゃ」
会議室の隅で、ふかふかのクッションに埋もれていたローゼリアが、長いふわふわの金髪を揺らしながら身を起こした。その真紅の瞳には、いつもの退屈そうな色はなく、獲物を見定めた肉食獣のような鋭い光が宿っていた。
「ローゼリア。お前、何かいい案でもあるのか?」
「うむ。エターニアの内情が分からないというのであれば、直接行って中を見てくればいいだけの話じゃ」
「……は? 直接行くって、どうやってだ。あそこは現在、他国からの入国を厳しく制限している閉鎖国家だぞ。我々のような傭兵団が近づけば、国境警備隊に即座に撃ち落とされるのがオチだ」
ブリュンヒルデが呆れたように反論するが、ローゼリアはふふんと不敵な笑みを浮かべ、自身の胸に手を当てた。
「お主ら、妾が誰か忘れたわけではあるまい? 傭兵団の居候である前に、エーベルヴァイン帝国の血を引く者じゃぞ」
ローゼリアは、わざとらしく芝居がかった手振りで告げた。
「現皇帝フェイト・エーベルヴァインのただ一人の妹にして、エーベルヴァイン帝国『皇妹』、ローゼリア・エーベルヴァイン。……その身分を最大限に利用して、エターニアに『公式の親善訪問』を申し入れるんじゃ」
その提案に、会議室は水を打ったように静まり返った。
「な……っ!? 皇妹としての公式訪問だと!?」
ブリュンヒルデが、飲もうとしていた胃薬を落としそうになりながら叫ぶ。
「ローゼリア……あなた、自分が言ってること分かってるの? 公式訪問なんてことになれば、あの窮屈なドレスを着て、愛想笑いを浮かべながら退屈な外交パーティーに出なきゃいけないのよ? 普段、『公務などまっぴらごめんじゃ!』って言って逃げ回ってるあなたが?」
アルティナも、信じられないものを見るような目でローゼリアを見つめた。
「背に腹は代えられん。……それに、これはただの親善訪問ではない。『内偵』じゃよ」
ローゼリアは、赤い瞳を細めて悪戯っぽく笑った。
「先帝である父アンブロシウスや兄セドリックは、精神錯乱という名で事実上の幽閉状態にある。つまり、今の帝国において、皇帝であるフェイト姉上の次に影響力を持つ皇族は、事実上この妾一人じゃ。……帝国軍を動かせる立場にある皇妹が、わざわざ足を運ぶとなれば、新興国の連中も無下には扱えん」
ローゼリアの言葉は、帝国の複雑な内情を正確に突いていた。
精神錯乱という名目で肉親たちを幽閉し、自らの手で帝位に就いた若き女帝フェイト。美しくも冷徹な金髪黒眼の彼女が、唯一心を許し、過保護なまでに溺愛しているのが、妹のローゼリアなのだ。
「奴らは大々的に歓迎の宴を開き、自国の威信を見せつけるために見栄を張るはずじゃ。……妾が表舞台で煌びやかなドレスを着て連中の目を引きつけている間に、アルティナたちが裏からデータバンクに侵入し、機動要塞の設計図でも何でも引っこ抜いてくればいい」
「……なるほど! 皇妹殿下の威光を盾にした、堂々たる潜入作戦というわけですね!」
ブリュンヒルデの隣に控えていたリアンヌが、碧の瞳を輝かせて両手を合わせた。
「流石は我が主! 敵の懐に堂々と入り込み、その傲慢な鼻っ柱をへし折る完璧な布陣! このリアンヌ、護衛の近衛騎士として、どこまでもローゼリアのお供をいたします!」
「お主は本当に妾に甘いのう……。まあ、そういうことじゃ。団長、皇帝陛下(姉上)への訪問許可の根回しは、お主に任せるぞ」
「……私に丸投げか。また胃の痛くなる交渉をしなければならんとは」
ブリュンヒルデは深く深呼吸をし、落ちた胃薬を拾い上げて口に放り込んだ。
「あの極度のシスコン……いや、妹思いの女帝陛下が、お前を危険な敵国へ送り出す許可をすんなり出すとは思えん。だが、お前からの直接の頼みと言えば、あの陛下のことだ、渋々ながらも裏で特大の支援艦隊を用意して許可を出すだろうな」
「頼んだぞ。帝国軍が後ろに控えているとなれば、あいつらも迂闊には手出しできん」
「だが、向こうで絶対にボロを出すなよ、ローゼリア。……ただでさえ運動音痴なんだからな、何かあっても絶対逃げきれん」
「任せておけ。伊達に貴族令嬢の作法を学んではおらんわ」
(ゲームの知識じゃがな!)と内心で付け加えながら、ローゼリアは胸を張った。
こうして、戦乙女たちは新興国エターニアへの、帝国の威信と皇妹の命を懸けた『内偵作戦』の準備を急ピッチで進めることとなった。
同じ頃。
帝国から遠く離れた辺境の宙域に位置する、新興独立国家『エターニア』の首都・ネオエデン。
そこは、かつて荒涼とした岩石惑星であったとは思えないほど、高度に発展した大都市であった。
前世の地球の現代建築を思わせる無機質な高層ビル群が立ち並び、その間を縫うように、この世界の技術である魔力浮遊列車が行き交っている。地球の科学技術と、エーベルヴァイン帝国の魔法技術を強引に融合させたような、美しくもどこか歪な景観。
その都市の中心にそびえ立つ、巨大な王城の最上階。
全面ガラス張りの玉座の間から、見下ろすように都市の夜景を眺めている一人の男がいた。
「……『鋼の牙』が、任務に失敗しただと?」
男の声は、静かでありながら、聞く者の鼓膜を震わせるような不思議なカリスマ性を帯びていた。
漆黒の軍服に身を包み、プラチナブロンドの髪を後ろに撫でつけたその男——彼こそが、このエターニアを建国し、数多くの転生者たちを束ね上げる『王』。
グレイス・エターニア。
「はっ……。申し訳ございません、グレイス様。帝国軍の奇襲と、護衛に随伴していた『戦乙女』の介入により、シンジたちの部隊は為す術もなく敗走したとのことです。違法リアクターの回収も絶望的かと」
背後に控える側近が、冷や汗を流しながら報告する。
「……シンジの奴、あの程度の任務もこなせないとは。所詮は己の力に溺れただけの三流か。与えられた異能を振り回すだけの者に、この新しい世界を統べる資格はない」
グレイスは、手に持っていたワイングラスを軽く揺らした。
彼もまた、地球からの転生者である。
しかし、他の多くの転生者たちが「自分だけの特別な力」に溺れ、傭兵や冒険者としてその日暮らしの享楽に耽る中、グレイスは違った。彼は前世で培った圧倒的な『統率力』と『政治的知識』、そして今世で得た規格外の『魔力操作能力』を駆使し、散り散りになっていた転生者たちを一つの思想の下にまとめ上げたのだ。
その思想とはすなわち——『打倒エーベルヴァイン帝国』。
「停滞し、腐敗した古き帝国。彼らは数千年の歴史に胡座をかき、この宇宙の進化を止めている。……我々『選ばれた者たち』が、前世の知識とこの世界の魔力を融合させ、新たな秩序をもたらさねばならない。そのためには、あの忌々しい帝国を根本から破壊する必要がある」
グレイスの瞳の奥で、冷たい野望の炎が揺らめいた。
「リアクターの損失は痛手だが、計画に致命的な遅れはない。……それよりも、『戦乙女』が介入してきたという事実の方が興味深いな。確か、あの傭兵団には帝国の皇妹が籍を置いていると聞いていたが」
「はい。現皇帝フェイトのただ一人の妹にして、エーベルヴァイン帝国皇妹、ローゼリア・エーベルヴァイン。……先ほど、その皇妹の身柄を預かる戦乙女から、我が国に対して信じられない通信が入りました」
側近が、一つの電子文書をグレイスのホログラム端末へと転送する。
それを見たグレイスの端正な顔に、微かな驚き、そしてすぐに獰猛な歓喜の笑みが浮かんだ。
「……公式の親善訪問、だと? 帝国の皇妹が、自らこのエターニアに足を踏み入れるというのか」
「いかがいたしますか? 奴らの目的は明白です。我が国の内情を探るための内偵行動かと。国境で追い返すのが得策かと存じますが……」
「いや。……受け入れろ」
グレイスは、ワイングラスを一息に飲み干し、窓の外に広がる自分の帝国を見下ろした。
「飛んで火に入る夏の虫とはこのことだ。内偵上等。……帝国の皇族という『最高の見せ物』が手に入るのだ。これを逃す手はない」
グレイスのプラチナブロンドの髪が、空調の風に揺れる。
「先帝もかつての皇太子も精神錯乱という名で事実上の幽閉状態にあり、今や帝国のまともな皇族は女帝フェイトと、その妹のローゼリアのみ。そのローゼリアがのこのこと我が国へやって来る……。我々の国力がどれほど帝国を凌駕しているか、あの小娘にたっぷりと見せつけてやろう。そして、我が国の威信を見せつけた後で……あの皇妹を人質に取る。帝国の心臓部に剣を突きつけるための、最高の切り札としてな」
「御意のままに。直ちに、皇妹殿下を歓迎する宴の準備を進めさせます」
側近が深く一礼し、部屋を退出していく。
「ローゼリア・エーベルヴァイン……。旧時代の象徴たる箱入り娘が、この私にどこまで抗えるか。見物だな」
エターニアの王は、一人静かに嗤った。
傲慢なる転生者の王と、最強の死神。
決して交わるはずのなかった二つの異なる『魂』が、虚飾に満ちた歓迎の宴を舞台に、激しく衝突しようとしていた。帝国の命運を懸けた、華麗なる内偵任務の幕が、今静かに上がろうとしている。




