第二幕 第四十五話:三つ巴のカオスと、驕れる転生者たちの限界
暗黒の宙域に、無数の閃光が咲き乱れた。
ワープ軌道への突入を強制的に阻害された輸送船団の眼前には、突如として空間跳躍を果たした二つの巨大な勢力が展開していた。
『こちらエーベルヴァイン帝国軍・特別独立遊撃艦隊! 商工ギルドの輸送船団に対し、国家反逆罪および違法魔力兵器運搬の容疑で強制拿捕を宣告する! 機関を停止し、直ちに降伏せよ!』
オープン回線に響き渡る、帝国軍の冷徹な通告。
彼らの母艦から次々と射出されていくのは、帝国軍の特殊任務用マギアナイト『セイバー』である。通常の量産機よりも一回りスリムな装甲を持ちながら、高い機動力と近接格闘戦に特化した、エースパイロット専用の精鋭機だ。
だが、戦場に現れたのは帝国軍だけではなかった。
『ピピ……目標、輸送船団オヨビ帝国軍艦隊。全機、殲滅シーケンスニ移行シマス』
帝国軍の背後、さらに別の座標から無数のワープ・アウトの光が明滅する。
現れたのは、所属を示すエンブレムを持たない、おぞましいほどに無機質な機体の群れ。かつてローゼリアを死の淵に追いやったテロ組織・ユグドラシルの残党が操る無人戦闘ドローン『ユニオン』の編隊であった。
帝国軍は密輸船団を拿捕しようとし、ユグドラシルは混沌に乗じて物資の奪取、あるいは帝国軍との共倒れを狙っている。
そして、その間に挟まれた形となったのが、輸送船団を護衛する『鋼の牙』と『戦乙女』。
「ちっ……! 帝国軍の犬どもに、ユグドラシルの残党だと? 面倒な連中が揃いも揃ってしゃしゃり出てきやがって!」
『鋼の牙』の団長シンジが、自身の機体『フェイカー』のコックピットで舌打ちをした。
「どうする、シンジ! 帝国軍を相手にしたら、ただじゃ済まないぞ!」
副団長のカイが通信で怒鳴る。
「やるしかねぇだろうが! あの輸送艦に乗ってるエターニア向けの違法リアクターを押収されたら、俺たちの計画がパァだ! 帝国軍だろうがテロリストだろうが、俺たち転生者の圧倒的な力で全部まとめて消し炭にしてやる!」
シンジの号令と共に、前衛に展開していた二十機のフェイカーが一斉にスラスターを吹かした。
「凡人どもが! 俺たちの力に平伏せ!」
「圧倒的な火力の違いってやつを教えてやるよ!」
彼らの機体フェイカーから、過剰なまでの魔力が長砲身のビームライフルに注ぎ込まれる。
閃光。
宇宙空間を一直線に貫く極太のレーザーが、帝国軍のセイバーとユグドラシルのユニオンの編隊を薙ぎ払った。通常の機体ではあり得ない大出力の砲撃により、数機のユニオンが一瞬で蒸発し、回避が遅れたセイバーの装甲が融解する。
『ハハハハッ! 見たか! これが俺たち選ばれし者の力だ!』
『遅い、遅い! 止まって見えるぜ!』
圧倒的な魔力保有量と、前世の知識で組み上げた特化型の機体。
個人の能力に依存した彼らの力押しは、開戦直後こそ凄まじい戦果を上げた。次々と敵機を撃墜し、戦線の押し上げに成功する転生者たち。彼らの傲慢な笑い声が通信回線に響き渡る。
しかし、その優位は長くは続かなかった。
「……素人め。個人の火力に頼り切りで、連携というものを全く理解していないな」
後方の輸送艦隊の傍らで待機していたブリュンヒルデが、冷ややかに戦況を分析する。
彼女の予想通り、戦場の様相はすぐに泥沼の『三つ巴』へと変貌していった。
『なっ……! クソッ、なんだこいつら! 動きが読みきれねぇ!』
前衛で無双していたはずのフェイカーの一機が、焦りの声を上げた。
帝国軍の精鋭機『セイバー』は、決して単騎での突撃を行わなかった。
彼らはフェイカーの異常な直線火力を学習すると、即座に散開し、三機一組の小隊フォーメーションを構築。フェイカーの砲身の向きと魔力チャージの隙を完璧に読み切り、死角からの電子妨害と連携攻撃で、転生者たちの機動力を削ぎ落とし始めたのだ。
『うおおおっ!? 後ろから……!』
フェイカーがセイバーの接近に気を取られた瞬間、今度はユグドラシルの無人機『ユニオン』の群れが、狂気的なまでの物量で襲い掛かる。
ユニオンにはパイロットの生存本能が存在しない。機体の損傷などお構いなしに、ただひたすらにフェイカーの装甲に取り付き、その身を爆弾と化して自爆特攻を仕掛けてくるのだ。
『がっ……! シールドの出力が追いつかない! シンジ、これ以上は無理だ! 陣形が維持できねぇ!』
転生者たちの顔から、先ほどまでの傲慢な笑みが消え失せた。
彼らは確かに「個人の力」は強大だった。だが、軍隊としての組織的な連携や、命を捨てた無人機の波状攻撃という、理不尽なまでの『戦場の現実』を前にして、彼らの浅はかな戦術はあっけなく瓦解しつつあった。
カバーし合う味方がいない。弾幕を掻き潜る術を知らない。ただ高火力で敵を倒せばいいという短絡的な思考が、彼ら自身を死地へと追い込んでいた。
「(……やれやれ。あれだけ大きな口を叩いておいて、このザマか)」
後方で戦況をモニターしていたローゼリアは、小さくため息をついた。
「ローゼリア! 前衛の陣形が崩れかけています! このままでは敵機が輸送艦に取り付きます! 私が露払いに——」
金髪碧眼の騎士、リアンヌが『ブラン』の長槍を構えて出撃の許可を求める。
「いや、リアンヌはそのまま輸送艦の絶対防衛ラインを維持せよ。……ここは、妾が行く」
「ですが、敵は帝国軍とユグドラシルの混成部隊! さすがのローゼリアでも、単機でその中心に飛び込むのは危険です!」
「安心しろ。……妾の今の相棒は、あのような連中に後れを取るほどヤワではない」
ローゼリアは、コックピットのメインコンソールに手を這わせた。
過去の世界から持ち込んだ禁忌の遺産、古代の神AI・バハムートのメインプロトコルが、静かな唸りを上げて起動する。
『マスター・ローゼリア。機体各部の出力、正常。三基のマギアエンジンの同期完了。自律可動砲台、いつでも射出可能です』
「行くぞ、ルシフェル。……あの勘違いしている転生者どもに、本物の『理不尽』というやつを教えてやる」
漆黒の堕天使が、スラスターから深紅の光を噴き出し、虚空へと飛び出した。
『クソッ! 避けろ、カイ! 右から無人機が……!』
『ダメだ、スラスターが焼き切れた!』
フェイカーの部隊が完全に帝国軍とユグドラシルに包囲され、絶体絶命の危機に陥ったその時。
暗黒の宇宙空間を、一筋の黒い流星が切り裂いた。
**ズバァァァァァァァンッ!!**
カイの機体に群がろうとしていた数機のユニオンが、一切の予備動作なく、見えない斬撃によって空中で十字に両断された。
『……な、何が起きた!?』
シンジがモニターを凝視する。
そこには、彼らが「見掛け倒しのハリボテ」と嘲笑っていた、あの漆黒の機体——ルシフェルが、二振りの刀を優雅に構えて静止していた。
『おい、戦乙女のお嬢ちゃん! 誰が出てきていいと言った! 俺たちの獲物を横取りする気か!』
命を救われたにもかかわらず、シンジはプライドを傷つけられた怒りで通信回線越しに喚き散らす。
「……うるさい。後衛の妾が出張ってこなければならないほど、戦線をボロボロにしたのは誰じゃ」
ローゼリアの冷たく、絶対的な見下しを含んだ声が響く。
「お主らの力は認める。だが、戦場を舐めすぎじゃ。己の力に溺れ、連携を疎かにした結果がこれじゃ。……大人しくそこで、本物の戦い方というものを見ておれ」
『なんだと!? このハリボテ機体が、俺たちを差し置いて——』
シンジの言葉が終わるよりも早く。
ローゼリアの思考とバハムートAIが完全にリンクした。
「バハムート、防空展開。……目障りな虫どもを、すべて撃ち落とせ」
ルシフェルの背部から、8つの漆黒の翼——自律可動砲台が分離し、宇宙空間へと散開した。
それらは、ただ闇雲にレーザーを撃つのではない。バハムートAIの規格外の並列処理能力により、敵機の移動ベクトル、回避パターン、そして味方の位置を瞬時に計算し尽くした、完璧な包囲網を構築した。
**ズギューーーンッ!! ズギューーーンッ!!**
8つの砲口から放たれる精密な射撃。
それは、帝国軍のエースパイロットが操るセイバーの回避機動を完全に『予測』し、彼らが逃げ込んだ先の空間に正確にレーザーを置きにいくという、人間離れした神業であった。
『なっ……!? 回避不能! 被弾、被弾しました!』
『馬鹿な! あんな数の砲台を、どうやって同時に制御しているんだ!?』
帝国軍の通信から驚愕の叫びが上がる。
さらに、自律可動砲台は無差別に突進してくるユニオンのコアだけを的確に撃ち抜き、自爆させる隙すら与えずに次々と宇宙の塵へと変えていく。
「(……素晴らしい。妾が意識を向けた敵から順番に、バハムートが最適な射線で処理していく。妾はただ、近接してくる敵を斬り捨てるだけでいい)」
ローゼリアは、スラスターを全開にして敵陣のど真ん中へと突撃した。
両手に構えた魔力振動刀が、帝国軍のセイバーのビームサーベルを軽々と弾き、反転の勢いそのままに装甲を切り裂く。
斬る、弾く、斬る。流麗にして無慈悲な双剣の乱舞。
たった一機の機体が、五十隻を超える敵艦隊の陣形を、内側から完全に食い破っていた。
『嘘、だろ……』
後方でその光景を見ていた『鋼の牙』の転生者たちは、完全に言葉を失っていた。
彼らが束になっても押し込まれていた敵の波状攻撃を、あの黒い機体は、まるで優雅なダンスでも踊るかのように、ただの一度も被弾することなく次々と粉砕していくのだ。
「あれが、戦乙女の死神……。俺たちの力なんて、比べ物にならねぇ……っ」
シンジは、操縦桿を握る手をガタガタと震わせていた。
彼らが誇っていた「高火力・高機動」など、あの機体の前ではただの児戯に過ぎない。あれは、次元が違うのだ。
『マスター。敵艦隊の約40%を無力化。しかし、後方から敵の母艦クラスが主砲のチャージを開始しています』
バハムートの冷静な報告。
「ふん、小賢しい。……ならば、出し惜しみはなしじゃ。バハムート、三基のマギアエンジンの出力を、背部のマナビーム砲に全バイパスせよ!」
『了解。エネルギー・バイパス経路を開放。自律可動砲台を帰還させ、砲身の固定を行います』
8門の砲台がルシフェルの背部に戻り、両肩の背後から、禍々しい砲口が前方へと展開された。
キィィィィィィィィンッ……!!
三基のエンジンから莫大な魔力が供給され、ルシフェルの周囲の空間が、極限のエネルギー密度によってグニャリと歪む。
そのあまりの魔力反応の巨大さに、帝国軍もユグドラシルも、そして鋼の牙の面々も、思わず戦闘の手を止めてその光に目を奪われた。
『エネルギー充填率、120%。臨界点突破。……マスター、いつでも』
「……戦場に立つ覚悟がないのなら、大人しくお家に帰るんじゃな」
ローゼリアが、冷酷にトリガーを引き絞る。
**——ズガァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!**
音のない絶叫。
ルシフェルの両肩から放たれた極太の深紅の光芒は、一切の抵抗を許さず、宇宙空間を真っ二つに切り裂いた。
その光の奔流は、展開していた帝国軍のセイバーとユニオンの群れを飲み込み、さらには後方で主砲を構えていた敵の母艦の装甲すらも紙屑のように貫通し、消滅させた。
あまりの破壊力に、戦場は完全な静寂に包まれた。
『……ターゲット、完全沈黙。戦闘空域の制圧を確認しました』
光の尾が収束し、そこには赤熱するデブリの海と、ただ一機、悠然と佇む漆黒の堕天使の姿だけが残されていた。
『……っ。バケモノ、め……』
シンジは、コックピットの中で冷や汗を流しながら、その圧倒的な力を前に完全に心をへし折られていた。
自らが特別な存在であるという驕りは、粉々に打ち砕かれた。
真の強者とは、与えられた能力などに溺れる者ではない。圧倒的な技術と、修羅場を潜り抜けてきた経験、そして何よりも、戦場を支配する「覚悟」を持った者なのだと、その黒い背中が雄弁に物語っていた。
『ふぅ……。まあ、腕試しの相手にはちょうど良かったのう』
オープン回線に響く、ローゼリアの気の抜けた欠伸の声。
『おい、そこの転生者ども。怪我はないか? 妾たちが後ろで控えておるんじゃから、もう少しくらい安心して前で暴れても構わんぞ』
その言葉は、決して彼らを気遣ったものではない。
「お前たちなど、いつでもカバーしてやれる程度の存在だ」という、圧倒的な上位者からの残酷なまでの余裕の表れであった。
鋼の牙の傭兵たちは、誰一人として言い返すことができず、ただ沈黙するしかなかった。
かくして、商船団の護衛任務は、帝国軍の介入という波乱を含みながらも、銀河最強の死神の理不尽なまでの蹂躙劇によって、あっけなく幕を下ろしたのであった。




