第二幕 第四十四話:転生者の寄り合い所と、傲慢なる『鋼の牙』
帝国領の辺境、指定された合流宙域。
暗黒の宇宙空間に、商工ギルドが手配した十隻の超大型輸送艦が陣形を組んで停泊していた。そしてその周囲には、今回の共同護衛任務にあたる二つの傭兵団の母艦が寄り添うように位置している。
一つは、流線型の美しい船体を持つ『戦乙女』の母艦エインヘリアル。
そしてもう一つは、無骨で装甲の厚い、まるで巨大な肉食獣を思わせるフォルムを持つ母艦『ベヒモス』——中堅傭兵団『鋼の牙』の拠点であった。
そのベヒモスのブリッジでは、数名の若者たちが、傍若無人な態度で艦内のモニターを見下ろしていた。
「……ちっ。何度見ても気に食わねぇな。なんだあのヒラヒラした装飾の母艦は。遊びにでも来てるつもりか?」
艦長席にふんぞり返り、ブーツを履いた足をコンソールの上に乗せている男——『鋼の牙』の団長であるシンジが、忌々しげにエインヘリアルの映像を睨みつけた。
彼はまだ二十代前半と若いが、その全身からは隠しきれないほどの強大な魔力と、圧倒的な自信……悪く言えば『傲慢さ』が滲み出ている。
「まあそうカリカリするなよ、シンジ。あっちの連中は所詮、女ばかりを集めたお飾り傭兵団『戦乙女』だ。顔とスタイルだけで帝国貴族のパトロンを捕まえて、楽な仕事をもらってる連中さ」
副団長のカイが、肩をすくめながら鼻で笑う。
「全くだぜ。本当の『地獄』も知らないお嬢ちゃんたちが、俺たちと同列の扱いってのが腹立つがな。まあ、今回の主役はあくまで俺たちだ。連中には後ろの方で大人しく震えていてもらおう」
彼ら『鋼の牙』の幹部、そして所属する戦闘員たちには、ある一つの共通点があった。
それは、彼らが全員**『転生者』**であるということだ。
前世で地球という別の世界に生き、不慮の死を遂げた後、このエーベルヴァイン帝国の存在する宇宙へと転生してきた者たち。
彼らは生まれながらにして前世の知識を持ち、そして何より、転生時に与えられた『特別な才能』や異常な魔力保有量を有していた。
彼らは自分たちを「選ばれた特別な存在」であると固く信じており、この世界の住人(彼らから見ればただの凡人)を心の底で見下している。その実力は確かに本物であり、結成からわずか数年で、数多の激戦を無傷で潜り抜け、中堅トップクラスの傭兵団へと伸し上がってきたのだ。
「しかし、商工ギルドの連中もチョロいもんだ。俺たちが裏から少し脅しと金を握らせただけで、あっさりと今回の積荷の偽装を認めたんだからな」
シンジがニヤリと笑う。
彼らが今回この護衛任務を強引に引き受けたのには、明確な裏の理由があった。
表向きは希少鉱石と魔力触媒の輸送。だが、輸送艦の最深部、厳重なロックが掛けられたコンテナの中に積まれているのは、帝国軍が製造と所持を厳しく禁じている**『違法マナエンジン』**と**『兵器転用型リアクター』**の山である。
これらはすべて、彼ら転生者たちが寄り集まって建国した新興の独立国家——**『エターニア』**へと運び込まれるためのものであった。
エターニアは、前世の知識と異能を持った者たちが、この世界の覇権を握るために作り上げた国だ。彼らは帝国の監視の目をかいくぐり、秘密裏に圧倒的な軍事力を蓄えようとしている。今回の積荷は、その計画の要となる重要な物資であった。
「この違法リアクターが本国に届けば、エターニアの軍事力は帝国の正規軍すら凌駕する。……そのためにも、絶対にこの船団は守り抜く。もし邪魔立てするようなら、海賊だろうが『戦乙女』だろうが、俺たちの機体で消し炭にしてやるだけだ」
シンジの瞳に、冷酷で好戦的な光が宿った。
彼らが誇る主力マギアナイト『フェイカー』。
それは、転生者たちが前世の地球の兵器の概念と、この世界の魔法技術、そして彼ら自身の異能を掛け合わせて開発した、完全オリジナルにして統一規格の高機動・高火力機体である。
防御力や居住性を極限まで削ぎ落とし、その分を異常なまでの加速力と、過剰な火力のビーム兵装に全振りしている。普通のパイロットが乗れば加速のG(重力加速度)で内臓が潰れるような極端な設計だが、高い身体能力と魔力を持つ転生者たちにとっては、これ以上ない「最強の矛」であった。
「さあ、そろそろブリーフィングの時間だ。向こうの女団長に、誰がこの船団のボスなのか、きっちりと分からせてやろうぜ」
シンジは立ち上がり、傲岸不遜な笑みを浮かべて会議室へと向かった。
輸送艦隊の旗艦に設けられた大型会議室。
巨大なホログラム・テーブルを挟んで、二つの傭兵団の代表者たちが対峙していた。
エインヘリアル側からは、ブリュンヒルデ、ローゼリア、リアンヌ、そしてアルティナの四名。
対する『鋼の牙』側からは、団長のシンジ、副団長のカイをはじめとする数名の幹部が顔を揃えている。
「——というわけで、航行ルート上の索敵と前衛の警戒は、すべて俺たち『鋼の牙』が担当する。あんたたち『戦乙女』は、輸送艦の最後尾について、後方の安全確認でもしていてくれ」
会議が始まって早々、シンジがテーブルに両手をつき、見下すような態度でそう言い放った。
「……随分と極端な配置だな。共同任務である以上、前衛と後衛、そして遊撃部隊を均等に割り振るのがセオリーだろう。なぜ我々が最後尾に固定されなければならない?」
ブリュンヒルデが、静かに、しかし威圧感のある声で問い返す。
「簡単なことだ。あんたらのお嬢ちゃん部隊に前衛を任せて、万が一敵の奇襲で防衛ラインを突破されたら困るからな。俺たち転生……いや、俺たちのような『選ばれた実力者』が前に出るのが一番確実で安全なんだよ。あんたらは、後ろで俺たちの背中を見て感心していればいい」
シンジの言葉に、彼を取り巻く幹部たちが下品な笑い声を上げる。
「なっ……! 貴様ら、我が主たるローゼリア殿下や、ブリュンヒルデ団長を愚弄するか!!」
リアンヌが激怒し、腰の剣に手をかけようと立ち上がった。
「やめろ、リアンヌ。会議の場で剣を抜くなど三流のすることだ」
ブリュンヒルデが手で制する。彼女の胃の辺りにはすでにキリキリとした痛みが走っていたが、表向きは鉄の仮面を被って冷静さを保っていた。
そのやり取りの最中。
ブリュンヒルデの隣で、退屈そうにあくびを噛み殺していたローゼリアは、相手の傭兵たちの言葉の端々に、ある種の『違和感』を覚えていた。
(……ん? 今こいつ、『俺たち転生……』と言いかけなかったか?)
ローゼリアは、赤い瞳を少しだけ細めてシンジたちを観察した。
彼らの態度、その根底にある「自分たちだけが特別である」という異常なほどの選民思想。そして、時折会話に混じる、この世界には存在しないはずの妙な言い回し。
(……ああ。なるほど。こいつら、妾と同じ『転生者』の集まりか)
前世の記憶を持つローゼリアは、すぐに彼らの正体に気がついた。
だが、仲間を見つけたという感動など微塵もなかった。むしろ、心の底から(うわぁ……)というドン引きの感情が湧き上がっていた。
「(前世の知識やちょっとした異能をもらったくらいで、世界の主人公にでもなったつもりか。……いわゆる『俺TUEEE』を地でいく痛々しい連中じゃな。恥ずかしくて見ておれん。絶対に関わりたくないわい)」
ローゼリアは、彼らの底の浅い傲慢さを見抜き、あえて何も言わずに無関心を装うことにした。ここで自分も転生者であるなどと明かせば、面倒な絡まれ方をするのが目に見えている。
「……分かった。配置の件については譲ろう。我々は最後尾で後方警戒にあたる。その代わり、前衛が抜かれた場合の責任はそちらで持ってもらうぞ」
ブリュンヒルデが、大きなトラブルを避けるために折れる形をとった。
「ああ、任せておけ。俺たちの機体『フェイカー』の火力の前に、立ち塞がれる奴なんてこの宇宙には存在しねぇからな。じゃあ、作戦開始だ。せいぜい遅れないようについてこいよ、お姫様たち」
シンジたちは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、会議室を後にした。
「……団長。なぜあんな奴らの理不尽な要求を飲んだのですか! あのような傲慢な輩、私がこの手で叩き斬って——」
リアンヌが悔しそうに唇を噛む。
「落ち着け、リアンヌ。あれはただの挑発だ。……それに、アルティナが言っていた通り、あの輸送艦には裏がある。我々を最後尾に配置したのは、戦力として見下しているのもあるだろうが、一番の目的は『輸送艦の積荷に我々を近づけさせないため』だ」
ブリュンヒルデの鋭い指摘に、アルティナも頷く。
「ええ。前衛にいれば輸送艦の動きを間近で監視できるけれど、最後尾ではそれも難しい。あいつら、確実に何かを隠しているわ」
「ふぁぁ……。まあ、どうでもいいじゃろ。あいつらが前に出て勝手に敵を倒してくれるなら、妾たちは後ろでゆっくり寝ていられるというものじゃ」
ローゼリアは大きく伸びをしながら、呑気にそう言い放った。
「ローゼリア。お前、さっきから妙に大人しいな。いつもなら真っ先に煽り返して喧嘩を買うところだろうに」
ブリュンヒルデが訝しげに目を向ける。
「いやいや、妾も大人になったということじゃよ。あのような思春期こじらせたような痛い連中と同じ土俵に立つのは、流石の妾でもプライドが許さんのでな」
(それに、あいつらと口喧嘩をして、うっかり前世の言葉遣いで言い返してしまったら、同類だと思われる。それだけは絶対に嫌じゃ!)
ローゼリアは内心でそう叫びながら、そそくさと会議室を出て、自分の機体のある格納庫へと向かっていった。
数時間後。
巨大な輸送船団は、ワープ空間へと突入するためのフォーメーションを形成していた。
前衛と中衛の側面には、『鋼の牙』に所属する二十機のマギアナイト『フェイカー』が展開している。
シャープな直線主体の装甲に、過剰なほどに搭載されたスラスター群。手には、通常のマギアナイトの魔力炉心では撃つことすらできないであろう、長砲身の大出力ビームライフルが握られている。防御よりも「圧倒的な速度で接近し、圧倒的な火力で焼き尽くす」という、転生者たちの思想がそのまま形になったような機体だ。
対して、輸送船団の最後尾。
そこに展開したのは、エインヘリアルから出撃した戦乙女たちの機体である。
リアンヌの純白の騎士機『ブラン』、ランドグリーズの『グリムゲルデ』など、個人の戦闘スタイルに合わせた特装機が並ぶ中。
一際異彩を放ち、周囲の空間すら歪めるほどの圧倒的な存在感を放つ機体が、ゆっくりと虚空に姿を現した。
漆黒とチタンシルバーの装甲。
背部に展開する8門の自律可動砲台が形成する『黒い翼』。
両肩の背後に折り畳まれた、戦艦の主砲クラスの禍々しいマナビーム砲。
ローゼリアの新たなる愛機、堕天使『ルシフェル』であった。
『……なんだ、あのゴテゴテと武装を積んだ悪趣味な機体は。あんな重装備で、まともに動けると思ってるのか?』
オープン回線から、前衛にいる『鋼の牙』の団長シンジの嘲笑うような声が聞こえてきた。
『見掛け倒しにもほどがあるな。背中のアレは砲台のつもりか? あんな数をどうやって操作するんだよ。どうせ飾りだろうが。……おい、お姫様。そんな鈍重なハリボテで、俺たちの足手まといにならないでくれよ?』
『ハハハッ! 少しでも敵が来たら、その重たい武装を捨てて真っ先に逃げ出すんじゃないか?』
『鋼の牙』の転生者たちが、次々とローゼリアのルシフェルを馬鹿にして笑う。
彼らの常識に照らし合わせても、あそこまで重武装の機体は、運動性が皆無の『ただの的』でしかないからだ。
「……ッ!! 貴様ら、ローゼリアの御機体を愚弄するとは、万死に値するぞ!! 今すぐその舌を引き抜いて——」
リアンヌが通信回線で激昂し、ブランの長槍を突き出そうとする。
「待て、リアンヌ。釣られるな」
ルシフェルのコックピットの中で、ローゼリアは静かにリアンヌを制止した。
「ですが、ローゼリア! 奴らのあの無礼な態度は、騎士として見過ごせません!」
「よい。……実力のない犬ほどよく吠えると言うじゃろ。あのようなハリボテの知識で驕り散らしている連中に、妾たちの真の恐ろしさを言葉で説明してやる義理はないわ」
ローゼリアの真紅の瞳は、怒りではなく、まるで路傍の石ころを見るような冷ややかな見下しに満ちていた。
「(あいつら……自分の知識に溺れて、過去の世界から持ち込んだ『古代の遺産』の恐ろしさを全く分かっておらんようじゃな。バハムートの並列処理と、三基のマギアエンジンによる規格外の出力。……このルシフェルが『鈍重』かどうか、その目で見て絶望するがいい)」
ローゼリアは、通信機を切り、小さく鼻で笑った。
『マスター・ローゼリア。よろしいのですか? 本機の性能を数値データとして送信し、彼らの誤った認識を修正することも可能ですが』
バハムートAIが、淡々と提案してくる。
「不要じゃ。バカにされるくらいがちょうどいい。それに……どうせ、この平和な護衛任務は長続きせん。お主も、気づいておるじゃろ?」
『肯定します。……先ほどから、輸送艦の最深部より、微弱ですが帝国法で禁じられた兵器転用型リアクター特有の魔力波長を検知しています。また、鋼の牙の通信プロトコルの一部が、エターニア本国と暗号通信を行っている形跡を確認しました』
「ふん。やはりな。あいつら、ただの傭兵のフリをして、自分たちの国に違法な兵器を密輸するつもりか。……そして、それを嗅ぎつけた『第三勢力』が黙って見過ごすはずがない」
ローゼリアは、ルシフェルの腰にマウントされた二振りの刀のグリップに、そっと指を這わせた。
「さあ、来るならさっさと来い。妾のルシフェルの、真の初陣の生贄が必要なんじゃからな」
その呟きに応えるかのように。
輸送船団がワープ空間へと突入しようと加速を始めたその瞬間。
**——ビィィィィンッ!! ビィィィィンッ!!**
エインヘリアルのブリッジ、そして船団の全艦に、耳を劈くような非常警報が鳴り響いた。
『警告! 前方のワープ経路上に、大規模な重力機雷の散布を確認! ワープ軌道、強制キャンセルされます!』
アルティナの緊迫した声が、通信回線に響く。
「(……ほれ、見ろ。言った通りじゃ)」
ローゼリアは、コックピットの中でニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
『敵艦隊、空間跳躍してきます! その数、およそ五十! ……識別信号は、帝国軍の特殊独立部隊、並びに……正体不明の所属不明機多数! 完全に待ち伏せです!』
「さあ、面倒な宴の始まりじゃ。……前衛で偉そうに吠えていた転生者共が、どこまで保つか見物じゃな」
圧倒的な数の敵艦隊が暗黒の宙域に姿を現す中。
死神は、新たな愛機と共に、その理不尽極まりない蹂躙劇の幕を開けようとしていた。




