第二幕 第四十三話:共同護衛任務と、胃薬団長の遠い目
エインヘリアルの母艦、ブリッジの奥に設けられた団長室。
傭兵団『戦乙女』を束ねるブリュンヒルデは、執務机の上のホログラム・モニターに表示された分厚い契約書に、電子サイン(承認)のスタンプを押した。
「……よし。これで契約成立、と」
ピロッ、という無機質な電子音と共に、前金として莫大な帝国クレジットが傭兵団の口座へと振り込まれる。
今回の依頼主は、帝国でも有数の規模を誇る巨大商工ギルドであった。
依頼内容は『大規模輸送船団の護衛』。希少な鉱石や最新鋭の魔力触媒を積んだ十隻以上の輸送艦を、隣接する星系まで無事に送り届けるというものだ。
積荷の価値が天文学的であるため、万全を期すギルド側は、エインヘリアルだけでなく、もう一つの有力な傭兵団——『鋼の牙』と呼ばれる中堅傭兵団との共同護衛任務という形をとっていた。
「航行ルートは帝国軍のパトロール網の内側。護衛戦力はうちの戦乙女たちに加え、向こうの傭兵団のマギアナイトが二十機。……戦力としては過剰なほどだ。何事もなければ、ただの退屈な宇宙のドライブで終わるはずの、割のいい仕事だ」
ブリュンヒルデは、ホログラム・モニターを消すと、執務机の引き出しをガラリと開けた。
そして、そこに行儀よく整列している『特濃・胃薬カプセル』の瓶を一つ手に取り、水も飲まずにボリボリと咀嚼して飲み込んだ。
「……何事もなければ、な」
ブリュンヒルデは、執務室の窓から見える暗黒の宇宙空間を見つめながら、スーッと、果てしなく遠い目をした。
そう、普通に考えれば、これはただの簡単な護衛依頼である。
しかし、彼女が率いる傭兵団には、**『銀河最強のトラブルメーカー』**が在籍しているのだ。
(……思い返せば、いつもそうだった)
ブリュンヒルデの脳裏に、これまでの胃が痛くなるような記憶が走馬灯のように駆け巡る。
ただの近海パトロール任務のはずが、なぜかユグドラシルの最高幹部と遭遇し、死闘を繰り広げる羽目になった。
ただ学生の訓練に付き合っただけのはずが、名門貴族の精鋭部隊を完膚なきまでに叩きのめしてしまい、後日学園から長文の(しかしなぜか感謝に満ちた)報告書が届いた。
そして極めつけは、あの古代の神AI『バハムート』である。あれはどこかで拾ってきたものではなく、ローゼリア自身が**過去の世界から持ち込んできた**という規格外の遺産であった。そんな得体の知れない代物を事もあろうに自分の機体に組み込み、とんでもない魔改造を施してしまうのだから、常識が通用する相手ではない。
「(あいつが動くと、なぜか世界規模の厄介事が勝手に吸い寄せられてくる。……そういう星の下に生まれているとしか思えん)」
しかも今回は、他所の傭兵団との『共同任務』である。
顔も知らない荒くれ者の傭兵たち。高価な積荷。そして、退屈を持て余している死神。
「……ダメだ。どうシミュレーションしても、平穏無事に終わるビジョンが1ミリも見えない」
ブリュンヒルデは頭を抱え、もう一粒、胃薬を口に放り込んだ。
「おお、団長。次の依頼が決まったそうじゃな」
リビングルームにブリュンヒルデが足を踏み入れると、いつもの指定席(クッションの山)に埋もれながら、ローゼリアがくつろいでいた。
その傍らでは、風邪から完全復活したリアンヌが、甲斐甲斐しく剥いたリンゴを爪楊枝に刺して待機している。
「あーん、です! ローゼリア、あーん!」
「うむ、苦しゅうない。モグモグ……で、団長。次はどんな大物を狩りに行くんじゃ?」
「……誰も狩らない。ただの商船団の護衛任務だ」
ブリュンヒルデは深い溜息をつきながら、ソファに腰を下ろした。タブレットを操作していたアルティナも、顔を上げて話を聞く姿勢をとる。
「護衛任務? なんじゃ、ただの裏方仕事か。退屈じゃのう」
ローゼリアは少しつまらなそうに唇を尖らせた。
「退屈で結構だ。今回は、商工ギルドの依頼で『鋼の牙』という傭兵団との共同作戦になる。向こうの連中は血の気が多いらしいからな。いいか、ローゼリア。絶対に向こうの傭兵を煽ったり、喧嘩を買ったりするんじゃないぞ」
「分かっておるわ。妾も大人じゃからな。見ず知らずの連中と組む時のマナーくらい心得ておる」
「その見ず知らずの連中を『動きが鈍すぎる』と容赦なく煽り倒して、何度も揉め事を起こしかけたのはどこのお姫様かしらね?」
アルティナがすかさず冷たいツッコミを入れる。
「うぐっ……! そ、それは過去の過ちじゃ! 今の妾は、新しい機体の力で、味方がどんなへまをしても完璧に守ってやれる寛大な心を持っておる!」
ローゼリアはふふんと胸を張った。
「それに、物語における『護衛任務』の鉄則を妾が知らないとでも? 護衛対象はだいたい足が遅くて守りにくいし、必ず途中で『野盗の待ち伏せ』か『凄腕の刺客』が現れるというお約束の展開が挟まるんじゃ。……つまり、退屈そうに見えて、実は大量の騒動が向こうから勝手にやってくる、美味しい依頼ということじゃ!」
「やめろ!!」
ブリュンヒルデが、リビングに響き渡る声で怒鳴った。
あまりの剣幕に、リンゴを差し出そうとしていたリアンヌがビクッと肩を揺らす。
「ローゼリア、お前は自分が発した言葉がどれだけ現実になるか、その異常さを自覚しろ! お前がそうやって不吉な予言めいた発言をした時は、必ずシャレにならないレベルの厄介事が起こるんだ!!」
「ええ〜? 団長、心配性すぎじゃろ。ただの輸送船の護衛じゃぞ? 万が一海賊が出たとしても、妾のルシフェルの新しい自律可動砲台のテストの的になるだけじゃ」
「その『万が一』が『確定』になるから怒っているんだ、このバカ死神!!」
ゼエゼエと肩で息をするブリュンヒルデを見て、アルティナが気の毒そうにコーヒーを差し出した。
「お疲れ様、団長。……でも、お姫様の言う通り、今回の依頼は少しキナ臭い気もするわね」
「なんだと? アルティナ、何か情報でも掴んだのか?」
アルティナは手元のタブレットを操作し、空中にいくつかのデータを表示させた。
「依頼主の商工ギルド……表向きはただの魔力触媒の輸送ってことになってるけど、積荷の重量データと、申請されているコンテナのサイズに微妙な『ズレ』があるのよ。……輸送艦の奥に、何か別の『重いもの』を隠して運んでる可能性が高いわ」
「……」
ブリュンヒルデの顔から、スッと血の気が引いた。
「さらに言えば、共同任務にあたる『鋼の牙』。あそこの傭兵団、最近になって急に羽振りが良くなってるのよね。どこからか裏の資金援助でもついたのかしら」
「ほほう。裏のある積荷に、怪しい同業者か」
ローゼリアが、真紅の瞳をキラキラと輝かせ始めた。
「これは……完全に『匂う』な。ただの護衛に見せかけた、巨大な陰謀の匂いがするぞ! ワクワクしてきたわい!」
「あああああ……っ!! だから言わんこっちゃない!!」
ブリュンヒルデはついに頭を抱え、ソファに突っ伏した。
「出発前に、フィーネに言って実弾の予備を通常の三倍積んでおけ! それから医療班には回復ポーションの増産を指示しろ! ……私は、もうひと眠りして胃の痛みを散らしてくる……」
フラフラとした足取りで自室へと戻っていく団長の背中を見送りながら、ローゼリアは首を傾げた。
「やれやれ、団長はいつも大げさじゃのう。……さあリアンヌ、リンゴの続きじゃ!」
「はいっ! ローゼリア! あーんっ!」
平和ボケした死神と、愛が重すぎる絶対守護騎士ののんきなやり取りをBGMに。
エインヘリアルは、またしても避けては通れない『嵐の予感』に向かって、ゆっくりと動き出そうとしていたのであった。




