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追放皇女の異世界戦記  作者: 浅井川亘


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第二幕 第四十二話:イケメン騎士の乙女なダウンと、チョロイン死神のお見舞い

「……くしゅんっ!」

エインヘリアルの通路に、可愛らしい、しかし当人にとっては致命的な失態とも言えるくしゃみが響いた。

「おいおい、リアンヌ。お前、顔が真っ赤だぞ。熱があるんじゃないのか?」

すれ違った整備班長のフィーネが、心配そうに顔を覗き込む。

「熱など……ありませんっ。これはただの、その、艦内の空調が少し……」

リアンヌはそう言いながらも、流し目でフッと甘い微笑みを浮かべた。

「ご心配なく、フィーネ。私の身体が熱いのは、我が主への愛の炎が燃え盛っているからであって……く、くしゅんっ!!」

「……軍医のところへ行ってきなさい、リアンヌ。これは団長命令だ」

通りかかったブリュンヒルデが、容赦なくドクターストップをかけた。

普段のリアンヌは、洗練された身のこなしと、息を吐くように甘い台詞を囁く『超絶イケメン騎士』である。その人たらしな振る舞いは、学園の女子生徒はもちろん、エインヘリアルの女性クルーたちをも無自覚に虜にするほどだ。

しかし、いかに完璧なイケメンであっても、連日のローゼリアの看病とリハビリの付き添いによる疲労、そして宇宙風邪のウイルスには勝てなかった。

「だ、団長! 私は平気です! 今日の午後も、ローゼリアを甘くエスコートするという重大な任務が……!」

「いいから寝ろ。お前のその状態でローゼリアに風邪でもうつしたら、それこそ本末転倒だろうが」

「っ……! そ、それは……万死に値します……!」

『ローゼリアに風邪をうつす』という可能性を提示され、リアンヌはついに白旗を上げた。

かくして、普段は隙のないスマートなイケメン騎士は、あえなく自室のベッドへと強制収容されることになったブリュンヒルデ。

「……ふむ。リアンヌがダウン、か」

リビングルームのソファで、本を読んでいたローゼリアは、その報告を聞いてピタリとページを捲る手を止めた。

「そうよ。あなたの熱烈な『王子様』、とうとう知恵熱でも出したんじゃないの? ずっと気を張ってたからね」

向かいの席でタブレットを操作していたアルティナが、からかうような笑みを浮かべてコーヒーを啜る。

「なっ……! お、王子様とはなんじゃ! あやつはただの護衛じゃぞ!」

ローゼリアはカッと顔を赤くして反論した。

彼女は銀河最強の死神でありながら、リアンヌのストレートすぎる愛情表現や甘い台詞にめっぽう弱く、すぐに顔を赤くして絆されてしまう——いわゆる『チョロイン』であった。

「はいはい。で、どうするの? 普段なら飛んでくるはずの忠犬がいなくて、寂しいんじゃない?」

「さ、寂しくなどないわ! むしろ静かで快適じゃ!」

「ふーん。あっそう。じゃあ、リアンヌの看病は私が適当にやっておこうかしら。弱ってるイケメンってのも、からかいがいがありそうだし」

「……っ!!」

アルティナのその言葉に、ローゼリアはガタッ! とソファから立ち上がった。

「だ、ダメじゃ! あやつは妾の騎士じゃからな! 妾が、その、主としての責任をもって様子を見てくる!」

「ふふっ、いってらっしゃい。お姫様」

アルティナのニヤニヤ笑いを背に受けながら、ローゼリアは逃げるようにリビングを飛び出し、厨房へと向かった。

(……風邪を引いた時の定番といえば、『消化の良い食事』と『冷たいおしぼり』じゃな。前世の知識を頼りにすれば、看病の鉄板はそれくらいじゃろう)

厨房に入ったローゼリアは、料理長コックを捕まえた。

自炊スキル皆無の彼女は、迷わずプロの力を借りることにしたのだ。

「おお、コック。リアンヌの熱を下げるための、消化が良くて栄養のある食事を見繕ってくれんか」

「リアンヌ様のお見舞いですね! かしこまりました、特製の卵粥と、栄養満点のすりおろしリンゴをご用意しましょう!」

数分後。

ローゼリアは、完璧に仕上がった『卵粥』と『ウサギの形に切られたリンゴ』が乗ったお盆を両手に持ち、リアンヌの部屋へと向かっていた。

(……ふふん。いつも甘い言葉で妾を翻弄しおって。今日は主として、立派に看病をして、あやつの弱みを握ってやるわ!)

ローゼリアは、謎の優越感と少しの緊張を胸に、リアンヌの部屋の電子ロックを解除した。

「——リアンヌ。入るぞ」

薄暗い部屋に足を踏み入れたローゼリアは、ベッドの上の光景を見て、思わず目を瞬かせた。

「……げほっ。あ……ローゼ、リア……?」

そこにいたのは、普段のピシッとした制服姿でも、華麗なパイロットスーツ姿でもない。

熱で顔を真っ赤に火照らせ、美しい金髪を乱し、涙の滲んだ碧の瞳でシーツをぎゅっと握りしめている、ひどく無防備で弱々しい少女の姿だった。

「お、おい。大丈夫か、リアンヌ? 随分と熱そうじゃが……」

ローゼリアがお盆をサイドテーブルに置き、ベッドに近づこうとすると。

「だ、だめっ……! 来ないでください……っ!」

リアンヌが、パニックを起こしたように身を縮め、毛布で顔の半分を隠した。

「なぜじゃ。風邪がうつるからか? 妾の今の身体の修復力なら、この程度のウイルス……」

「違いますっ……!」

リアンヌは、潤んだ碧眼でローゼリアを上目遣いに見つめた。

「今の私……熱で汗もかいていますし、髪もボロボロで……全然、かっこよくないです……。ローゼリアに、こんな……こんな情けない姿、見られたくありません……っ」

「(……!?!?)」

ローゼリアの心臓が、ドキンッと大きく跳ねた。

普段、どれだけ流し目で甘い台詞を吐かれても「う、うるさいっ!」と照れ隠しで怒鳴っていたローゼリアだったが。

今のリアンヌの、この完全に武装解除された『乙女』な姿は、破壊力が高すぎた。イケメンキャラが弱って見せるギャップ萌えの凶悪さを、ローゼリアは身をもって味わっていた。

「な、何を馬鹿なことを言っておる! 病人が身嗜みなど気にするな! ほれ、コックに作らせた飯じゃ。食欲がなくても、少しは胃に入れた方がいいぞ」

ローゼリアは、必死に動揺を隠しながら、ベッドの端に腰掛けた。

「でも……身体が怠くて、手が……」

リアンヌが、弱々しく力のない手をシーツの上で動かす。

「……仕方ないのう」

ローゼリアは、お粥の入った器を手に取ると、スプーンで一口分をすくい……ふー、ふー、と息を吹きかけて冷まし始めた。

「よし、冷めたぞ。……あーん、じゃ」

ローゼリアが、スプーンをリアンヌの口元へと差し出す。

すると、リアンヌの真っ赤だった顔が、さらに爆発したように朱に染まった。普段の彼女なら、「ローゼリアからの『あーん』なんて、幸せすぎて死んでしまいます!」とキメ顔で言うところだろう。

だが、熱で思考回路が乙女になっている今のリアンヌは、ただただ純粋に恥じらっていた。

「あ、あ……あーん……っ」

震える口でスプーンのお粥をパクリと含んだリアンヌは、モグモグと咀嚼した後、ポロリと大粒の涙をこぼした。碧の瞳からこぼれる雫が、金糸のようなまつ毛を濡らす。

「……美味しいです。ローゼリアが、私のために、ふーふーしてくれた……っ。私、嬉しくて、胸が苦しいです……」

「お、大げさな奴じゃな! ほれ、次じゃ!」

ローゼリア自身も、顔から火が出そうなほど照れていた。

(なんじゃこの生き物は! いつものドヤ顔イケメンムーブはどうした! なんでこんなに可愛らしくなっとるんじゃ!)

チョロインであるローゼリアの耐久値は、すでに限界スレスレであった。

次々とお粥を口に運び、リアンヌが見事に完食するのを見届けると、ローゼリアは洗面器に張った冷水でタオルを絞った。

「失礼するぞ」

「ひゃんっ!?」

ローゼリアの冷たくて細い指先が、リアンヌの熱い額に触れ、そこに冷たいタオルが置かれた。ひんやりとした心地よい感触に、リアンヌがほうっと息を吐く。

「……どうした? 水が冷たすぎたか?」

ローゼリアが覗き込むと、リアンヌはフルフルと首を横に振った。

そして、シーツの下からそっと手を伸ばし、ローゼリアの服の袖を、きゅっと弱々しく掴んだ。

「……ローゼリア」

「ん、なんじゃ?」

「……行かないで、ください。私、熱のせいで……少し、心細くて……。ローゼリアがそばにいてくれないと、寂しいです……」

上目遣いの碧眼。涙目。そして、服の袖を掴むという、乙女の必殺コンボ。

「(——ッッッ!!!)」

ローゼリアの頭の中で、何かが完全にショートする音がした。

顔面はゆでダコのように真っ赤になり、心臓は早鐘のように打ち鳴らされている。

「わ、わわ、分かった! 分かったから泣くでない! 妾はどこにも行かん! お主が寝付くまで、ずっとそばにいてやるから!」

ローゼリアは、パニックになりながら、袖を掴んでいたリアンヌの手に、自分の手を重ねてぎゅっと握りしめた。

「本当、ですか……?」

「ほ、本当じゃ! 妾が嘘をついたことがあるか!」

「ふふっ……嬉しい……。ローゼリアの手、冷たくて……気持ちいいです……」

リアンヌは、ローゼリアの手を両手で包み込むようにして頬ずりし、幸せそうな微笑みを浮かべた。

その安心感からか、やがて彼女の瞳はゆっくりと閉じられ、スースーと規則正しい寝息が聞こえ始めた。

「……っ、ふぅぅぅ……っ」

リアンヌが完全に眠りに落ちたのを確認すると、ローゼリアは握られていた手をそっと引き抜き、その場にへたり込んだ。

両手で自分の真っ赤な顔を覆い、荒い息を吐く。

「(……心臓が止まるかと思ったわ! あんなズルい攻撃、防ぎようがないじゃろ!)」

すっかりイケメン騎士の『乙女モード』に絆され、完全にノックアウトされたチョロイン死神は、お盆を持って逃げるように部屋を後にした。

部屋の外に出ると、そこには腕を組んで壁によりかかっているアルティナと、コーヒーカップを持ったブリュンヒルデの姿があった。

「あら、おかえりなさい。……随分と顔が赤いじゃない、お姫様。リアンヌの風邪、もううつっちゃったの?」

アルティナが、意地悪な笑みを浮かべながらローゼリアの顔を覗き込む。

「う、うつってなどおらん! 部屋が暑かっただけじゃ!」

ローゼリアは、プイッと顔を背けて強がった。

「そうか? お前、手が震えているぞ。あのリアンヌ相手に、一体どんな看病をしてきたんだ?」

ブリュンヒルデが面白そうに尋ねる。

「な、何もしておらん! ただ飯を食わせて、タオルを乗せただけじゃ! 妾はもう自室に戻ってゲームをする! 邪魔するな!」

ペタペタとスリッパを鳴らして、逃げるように走り去っていくローゼリアの背中を見送りながら、アルティナとブリュンヒルデは顔を見合わせてクスクスと笑った。

「……あれは、完全に絆されてたわね。ちょろいわぁ、うちのお姫様」

「ああ。リアンヌが元気になったら、またあの甘い口説き文句に振り回される日々が戻ってくるだろうな」

かくして、イケメン騎士の風邪という緊急事態は、チョロイン死神の心を盛大にかき乱しながらも、無事に解決されたのであった。

翌朝、熱が完全に下がり、前日の『あーん』と『袖掴み』の記憶を思い出して一人で勝手に悶絶し、「私としたことが、あんな乙女のような真似を……っ! でもローゼリアの看病、最高でした……っ!」とベッドの上で転げ回るリアンヌの姿が見られたのは、また別のお話である。

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