第十七話:破綻したシナリオと、震える転生者
母艦『エインヘリアル』が新たな依頼を受けて訪れたのは、銀河の交通の要衝である宙域『クロスロード』だった。
かつては平和な交易宙域だったが、帝国の防衛網が機能不全に陥った余波で治安が悪化し、大規模な宇宙海賊の連合勢力が居座るようになっていたのだ。
今回の任務は、惑星連合軍の正規艦隊が到着するまでの間、海賊の先陣を食い止める防衛戦。
そして、その防衛ラインには『戦乙女』だけでなく、別の傭兵団も雇われていた。
「よ、よろしく頼むぜ、戦乙女の姉御たち……」
作戦前の合同ブリーフィング。
ホログラムモニターの前で、筋肉ダルマの集団『アイアン・ブルズ』の団長が、以前の傲慢さはどこへやら、ペコペコと愛想笑いを浮かべていた。
そしてその後ろには、かつて「俺のチート無双を見せてやる」とイキり散らしていた異世界転生者のエースパイロット、ジンの姿もあった。
「ふん。足を引っ張るでないぞ、筋肉馬鹿ども」
ローゼリアが尊大に腕を組み、鼻を鳴らす。
「ひっ……! は、はい! 全身全霊でサポートに回らせていただきます、ローゼリア姉御!」
(……よしよし。アイギス7での怪獣討伐でトラウマを植え付けたおかげで、ジンもすっかり大人しくなったな)
ローゼリアは内心でほくそ笑んだ。以前のようにリアンヌに馴れ馴れしく近づくようなら、今度こそ宇宙のチリにしてやるつもりだったが、その手間は省けそうだ。
だが。
ローゼリアは、ジンの様子がどこか『おかしい』ことに気がついていた。
ブリーフィング中も、ジンは顔面を蒼白にし、しきりに自分の端末の時計と、宙域の星系図を交互に見比べていたのだ。しかも、額には尋常ではない量の冷や汗をかいている。
「……おい。どうしたジン、腹でも痛いのか?」
「えっ!? あ、いや、違う! 違うんだ……ただ、その……『来る』から……」
「来る?」
「あ、いや! なんでもないっす!!」
ジンは慌てて口を噤んだが、その瞳には明らかに、目前の海賊連合とは別の『得体の知れない脅威』に怯えるような色が浮かんでいた。
(なんだあいつ? チートシステムが使えなくなって、すっかりビビリになっちまったのか?)
ローゼリアは訝しんだが、やがて出撃のサイレンが鳴り響き、思考を切り替えて愛機である漆黒の『ノワール』へと向かった。
クロスロード宙域での防衛戦は、熾烈を極める……はずだった。
『ギャハハハ! 女と筋肉馬鹿の寄せ集めが! 数で押し潰してやる!』
数百隻の海賊艦隊が、一斉にビームの雨を降らせてくる。
だが、それを迎え撃つのは、すでに数多の死線を潜り抜け、機体とのシンクロ率を極限まで高めた黒き死神と白銀の騎士である。
「遅い遅い! ゴミの雨など、妾の装甲には掠りもせんわ!」
『ローゼリア、右弦の敵陣形が崩れました! 貫きます!』
漆黒のノワールが『長距離魔導砲』で海賊の戦艦を次々と蒸発させ、その隙を突いて純白のスローネが『突撃重槍』で敵の旗艦を正確に串刺しにしていく。
アイアン・ブルズの面々も、二人の圧倒的な火力の前に残った残党を必死に片付けるという、完全な消化試合の様相を呈していた。
しかし、ジンだけは違った。
『おい! 無駄弾を撃つな! 魔力を温存しろ!!』
ジンは自機の『エクスカリバー』をデブリの影に隠し、海賊には目もくれず、ただひたすらにレーダーの『空間歪曲警報(ワープアウト反応)』を監視していた。
『いいかお前ら、海賊なんてただの前座だ! 本当の地獄はこれから来るんだよ!』
「ジン? 何を言っている。敵の主力はすでに我々が……」
リアンヌが訝しんで通信を入れる。
『違う! あんたたちは分かってない! 時間だ……そろそろ空が赤く染まる! 来るぞ……あの「絶対無敵の絶望」が!!』
ジンの声は、もはやパニックを起こす寸前のそれだった。
——だが。
十分経っても、二十分経っても。
ジンが予言した『何か』が来る気配は一切なかった。
『……あれ?』
宇宙空間には、戦乙女とアイアン・ブルズによって完全に殲滅された海賊艦隊の残骸が漂っているだけである。
「……終わったぞ、ジン。お主、先ほどから何を一人で騒いでおるのじゃ?」
ローゼリアのノワールが、デブリの影でガタガタと震えているジンの機体に近づき、呆れたように通信を入れた。
『お、おかしい! 絶対におかしいだろ!?』
ジンは通信モニター越しに、髪を掻き毟りながら叫んだ。
『俺の知ってるシナリオなら、海賊をあらかた片付けたこのタイミングで、エーベルヴァイン帝国の「第一艦隊」がワープアウトしてくるはずなんだよ!!』
「……は?」
『残虐無比な第一皇子セドリックが率いる無敵艦隊! 圧倒的な絶望イベント! そこでヒロインたちのバフをもらって、みんなでボロボロになりながら辛勝するのが、このゲームの「中盤最大の山場(クロスロード攻防戦)」のはずだろォォッ!?』
ジンの言葉を聞いて、ローゼリアはすべてを理解した。
(あー……なるほど。そういうことか)
ローゼリアは、コックピットの中で思わず天を仰いだ。
ジンは異世界転生者であり、この世界を『自分の知っているゲームのシナリオ』に当てはめて生きている。
彼の知識によれば、この宙域での戦いに乱入してくる『帝国軍』こそが、本来のボスキャラだったのだ。
『どうなってんだよ! バグか!? 運営、仕事しろよ!! 帝国の無敵艦隊はどこに行っちまったんだよォォッ!』
涙目で叫ぶジンを見て、ローゼリアはふっ、と小さく吹き出し——やがて、肩を揺らしてクスクスと笑い始めた。
『な、何がおかしいんだよ!』
「……ふん。哀れな奴じゃ。お主、いつまで経っても来ないバスを待ち続けておるようなものじゃぞ」
ローゼリアは、尊大に腕を組み、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「お主の待っている帝国軍とやらはな……もう、来ないぞ」
『え?』
「セドリックが率いていた第一艦隊は、つい先日、妾がすべて宇宙のチリに変えてやったわ。セドリック自身も発狂して地下牢行きじゃ」
『…………は?』
ジンの顔から、完全に表情が抜け落ちた。
「ついでに言えば、その後の『反帝国連合』の十万の艦隊も、妾が帝都の空でまとめて蒸発させてやった。今頃、残されたフェイト姉上が、焼け野原になった帝国の残骸で細々と領土縮小の戦後処理をしておるじゃろうよ」
ローゼリアは、残酷な真実をあっけらかんと告げた。
「つまり、今の帝国に、他国の宙域に遠征してくるような艦隊も、軍事力も、欠片も残っておらん。……お主の知る『絶望のシナリオ』とやらが来ることは、未来永劫ないということじゃ」
『………………』
通信モニターの向こうで、ジンは口をパクパクと金魚のように開閉させていた。
彼の脳内で、これまでの自分が信じて疑わなかった『ゲームの攻略チャート』が、音を立てて粉々に崩れ去っていく音が聞こえた。
『俺の……俺の知ってる知識が……』
「ゲームの知識に頼ってばかりでおるから、そうして現実に置いていかれるのじゃ。……戦場は生き物じゃぞ、勘違い男。いつまでも他人が用意したシナリオの上を歩けると思うな」
ローゼリアの冷たく、しかし的を射た言葉に、ジンは完全に項垂れ、「う、うわぁぁぁぁぁん!! 俺の神ゲーが、ただのクソゲーになっちまったぁぁぁッ!!」と、コックピットの中で情けなく泣き崩れるのであった。
『……ローゼリア』
ジンの泣き声が響く中、ノワールの隣にスローネが寄り添うように接近し、リアンヌから個人通信が入った。
「ん? どうした、リアンヌ」
『彼が何を言っていたのか、私には半分も理解できませんでしたが……。あの帝国が、本来であればこの宙域にまで牙を剥くほどの脅威だった、ということですか?』
リアンヌの真剣な問いに、ローゼリアは少しだけ目を伏せた。
(ジンが言っていたことが正しければ……俺が帝国をぶっ壊さなかったら、ここで大規模な悲劇が起きていたのかもしれないな)
「……かもしれぬな。帝国は、力を誇示するためなら手段を選ばぬ国じゃからな」
『そうですか』
リアンヌは、通信モニター越しに、どこまでも優しく、誇り高い微笑みを浮かべた。
『ならば、あなたは……私たちが知らない間に、この銀河の多くの命を、あの帝国という絶望から救い出していたのですね』
「えっ……!?」
『強大な力に溺れず、ただ己の信じるもののために戦う。……あなたは本当に、私の誇りです。世界で一番気高く、美しい姫君だ』
(————ッッッッッ!!!)
ローゼリアの心臓に、リアンヌからの特大の『肯定』と『賛辞』がクリティカルヒットした。
(あ、あ、あああ……! 違うんだ、俺はただ自分に危害を加えてきたゴリラ兄上をぶっ飛ばして、姉上の遺言にイラッとして暴れただけで……そんな立派な英雄的動機なんて一ミリも……!!)
だが、そんなローゼリアの内心の焦りなど知る由もなく、リアンヌの碧眼はどこまでも真っ直ぐにローゼリアを肯定し尽くしている。
「ふ、ふ、ふんっ!! 当たり前じゃ!! 妾の力をもってすれば、銀河の平和などついでに守ってやれるわ!!」
顔を限界まで真っ赤にしながら、ローゼリアは必死に尊大な態度で強がった。
『ええ。これからも、あなたのその背中を、私が全力で守ります』
「お、おう! 頼んだぞ!!」
(リアンヌ様が眩しすぎる!! 神ゲーとかクソゲーとかどうでもいい! 俺にとってはこの日常こそが、神が与え給うた最高の天国だ!!)
自分の知識が完全に破綻し、すすり泣きながら母艦へと帰還していく哀れな転生者ジン。
そして、無自覚に銀河を救った結果、愛する騎士からの好感度がさらに限界突破してしまい、心臓の過労死と戦い続けることになった黒き死神ローゼリア。
エインヘリアルの双璧が並び立つ限り、この宇宙に予定調和のシナリオなど存在しない。あるのはただ、彼女たちがその手で切り開く、甘く激しい未来だけなのである。




