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第十六話:矛と盾のジレンマ、あるいは愛と意地の模擬戦

母艦『エインヘリアル』の非番クルーたちが集まる、広々としたリラクゼーションルーム。

ふかふかのソファに寝転がりながら、次女のロスヴァイセが天井を見上げて、ふと何気ない疑問を口にした。

「ねえねえ。前からずっと気になってたんだけどさ」

「なんじゃ、ロスヴァイセ。妾の美しさに改めて見惚れたか?」

対面のソファで優雅にハーブティーを飲んでいたローゼリアが、尊大に髪をかき上げる。

「いや、ローゼリアちゃんが宇宙一可愛いのは大前提としてね」

ロスヴァイセは身を起こし、周囲でくつろいでいる団員たちを見回した。

「ぶっちゃけ、うちの『双璧』……ローゼリアちゃんとリアンヌって、本気で一対一で戦ったらどっちが強いのかなって」

ピタリ、と。

ルーム内の空気が一瞬だけ止まった。

「……ほう」

興味深そうに顔を上げたのは、長女のランドグリーズだ。

「それは確かに、傭兵としては気になる命題ね。圧倒的な殲滅力を誇る漆黒の魔法使いと、鉄壁の防御と一撃必殺の槍を持つ白銀の騎士。まさに究極の矛と盾じゃない」

「ひゃはは! 決まってんだろ、うちのお姫様の圧勝だぜ!」

整備班長のフィーネが、油まみれの工具を片手に割り込んでくる。

「ノワールとお姫様の魔力リンクは完全にバグレベルだ。あの『長距離魔導砲』をぶっ放せば、いくらリアンヌのスローネだって装甲ごと蒸発するに決まってる!」

「……それはどうかな」

部屋の隅で静かに本を読んでいた、三女のオルトリンデが淡々と口を開いた。

「ローゼリアの火力は規格外。でも、リアンヌの戦闘経験と『盾』の扱いも常軌を逸してる。もしローゼリアの砲撃の軸を紙一重で逸らしながら接近されたら、生身の格闘戦に持ち込まれる。……そうなれば、剣の技量で勝るリアンヌが圧倒的に有利」

「いやいや、接近される前に変態機動で逃げ切りながら撃ちまくれば……」

「でもリアンヌのスローネの突進力なら、一瞬の隙を突いて懐に潜り込めるよ!」

「いやお姫様の魔力なら……」

ロスヴァイセの何気ない一言から始まった議論は、あっという間に熱を帯び、エインヘリアルのクルーたちを真っ二つに分ける大論争へと発展してしまった。

(えっ、ちょ、ちょっと待て! なんで俺とリアンヌ様が殺し合う前提の話で盛り上がってんの!?)

当のローゼリアは、表面上は「ふん、妾が負けるわけがなかろう」と余裕の笑みを浮かべていたが、内心では大いに焦っていた。

(大好きなリアンヌ様と戦う!? 無理無理無理! もし怪我でもさせちゃったらどうするんだ! それに、もし俺がボコボコにされて『頼りない姫君ですね』って幻滅されたら……俺の天国ライフが終わってしまう!!)

「——おや、なんだい。随分と面白そうな話で盛り上がっているじゃないか」

そこへ、艦長のブリュンヒルデが楽しげな笑みを浮かべて現れた。

そして、彼女の背後には、訓練を終えたばかりのリアンヌの姿もあった。

「だ、団長! それにリアンヌ!」

「どうしたのですか、皆さん。私の名前が聞こえましたが」

リアンヌが不思議そうに小首を傾げる。

フィーネがニヤニヤしながらリアンヌに近づいた。

「いやな、あんたとお姫様、どっちが宇宙最強かって議論してたのさ。で、団長。どうせなら白黒つけちまおうぜ?」

「名案だね。ちょうど次の依頼まで時間も空いているし、団員たちの士気向上にも繋がる。……よし! 本日午後より、特別宙域にてローゼリアとリアンヌの『一騎打ち(模擬戦)』を開催する!」

「なっ……!?」

ローゼリアは思わずソファから立ち上がりかけた。

(団長まで悪乗りし始めた!? やばい、断らなきゃ! 『妾は疲れておる!』とか適当な理由をつけて……!)

「リアンヌ。君は構わないね?」

ブリュンヒルデの問いかけに。

「——はい」

リアンヌは、碧眼に凛とした騎士の光を宿し、真っ直ぐにローゼリアを見つめた。

「ローゼリアがこの艦に乗ってから、彼女の力は飛躍的に伸び続けています。相棒として、そして彼女の盾を誓った騎士として……今の彼女の『全力』を、私自身で直接確かめてみたいと思っていました。……受けていただけますか、我が姫君」

(————ッッッッッ!!!!)

ローゼリアの心臓が、キュゥゥンと音を立てて鳴った。

(そんな! そんな真剣で熱い眼差しで見つめられたら! 断れるわけがないだろォォォッ!!)

「ふ、ふふん! 良いじゃろう!」

ローゼリアは、震える膝を必死に堪え、長い金髪をバサリと翻して尊大に言い放った。

「お主がそこまで言うのなら、妾が直々に稽古をつけてやるわ! 妾の圧倒的な力の前に、お主のその頑丈な盾がどこまで保つか……せいぜい足掻いてみせるのじゃな!」

「ええ。我が槍に懸けて、全霊で挑みます」

リアンヌが美しい微笑みで一礼する。

かくして、エインヘリアルの双璧による、前代未聞のガチ模擬戦が幕を開けることとなった。

数時間後。

エインヘリアルから少し離れたデブリ帯の訓練宙域。

漆黒の『ノワール』と、純白の『スローネ』が、互いに距離を取って対峙していた。

武器はすべて訓練用の低出力モード(ペイント弾と模擬ビーム)に設定されており、機体のダメージ判定はエインヘリアルのメインコンピューターで厳密にシミュレートされる安全仕様である。

『さぁて、世紀の一戦だぜ! 両者、準備はいいな?』

通信回路からフィーネの興奮した声が響く。

コックピットの中で、ローゼリアは小さく深呼吸をした。

(相手は宇宙最強の近接戦闘パイロット。しかも、俺の動きの癖を一番よく知っているバディだ。油断すれば一瞬で槍の餌食になる……。いくら訓練でも、情けない姿は見せられない。リアンヌ様に『かっこいい!』って思わせるんだ!)

「いつでも良いぞ!」

『私も、問題ありません』

『よし! システム・オンライン! 模擬戦、スタートォッ!!』

フィーネの合図と同時。

「トランスフォーム!」

ローゼリアは即座にノワールを戦闘機形態クルーズモードへと変形させ、超高速で後方へと距離を取った。

オルトリンデの言う通り、近接戦闘でリアンヌと打ち合うのは分が悪い。

ノワールの圧倒的な機動力と魔力弾で弾幕を張り、遠距離から削り切るのが最適解だ。

「さあ、躱してみせよリアンヌ!」

ノワールの機体下部から無数の模擬魔力弾が、雨あられとスローネに降り注ぐ。

『——甘いですよ、ローゼリア!』

純白の機体が、スラスターを猛烈に吹かして『前進』した。

リアンヌは回避などしない。スローネの巨大な盾を前面に構え、ローゼリアの弾幕のど真ん中を、一直線に突き進んでくるのだ。

ドドドドドッ!!

模擬弾が盾に命中するが、リアンヌの絶妙な角度調整により、直撃のダメージはすべて逸らされている。

(うそっ、あの弾幕を全部盾受けしながら突っ込んでくるの!? 度胸バグってない!?)

「ならば、これならどうじゃ!」

ローゼリアは機体を急旋回させ、デブリの影からスローネの死角(背後)を狙って高出力の魔導砲を放った。

しかし。

『そこです!』

リアンヌはまるで背中に目がついているかのように、スラスターを逆噴射させて急ブレーキをかけ、魔導砲の軌道を紙一重で躱すと、そのままノワールに向けて巨大な『突撃重槍ヘヴィ・ランス』を突き出した。

「しまっ……!?」

ローゼリアは反射的に魔力反発シールドを展開し、機体を上方に蹴り上げる。

ランスの切っ先がノワールの装甲を掠め、シミュレーター上に『軽微なダメージ』の警告が表示された。

(速い! そして鋭い! いつも敵を一方的に蹂躙してるから気づかなかったけど、リアンヌ様を敵に回すとこんなに恐ろしいのか……!)

距離が詰まる。

リアンヌの接近戦の領域だ。

『どうしましたローゼリア! あなたの力はそんなものではないはずです!』

「くっ……妾を舐めるなァッ!」

ローゼリアは逃げるのをやめ、空中で人型形態アサルトモードへと変形。

両手に『対魔導対艦刀』と『対物対艦刀』を構え、自らスローネへと斬りかかった。

ガキィィィィンッ!!!

漆黒の双剣と、純白の重槍が宇宙空間で激突する。

火花が散り、強烈な衝撃が双方のコックピットを揺らす。

「っ……! 重い……!」

ローゼリアの魔力でブーストされた剣の一撃を、リアンヌは盾と槍を巧みに使って完全に受け止めていた。

『素晴らしい踏み込みです、ローゼリア。ですが、剣の軌道が直線的すぎる!』

リアンヌが盾でノワールの剣を弾き飛ばし、その隙を突いて槍の石突きでノワールの腹部を強打する。

「きゃあっ!?」

機体が大きく体勢を崩す。

(格闘の技術じゃ、絶対に勝てない! この人は剣の達人なんだ!)

「舐めるな……まだじゃ! 妾の魔力を、ただの筋力強化だと思うなよ!」

ローゼリアは態勢を立て直す間もなく、機体の周囲に高密度の魔力の塊を十数個生成し、それを全方位からスローネに向けて発射した。

『なっ……!?』

これには流石のリアンヌも驚愕した。

(機体の武装に頼らず、自身の魔力だけでオールレンジ攻撃を……!?)

リアンヌは槍を振るって魔力弾を相殺していくが、数発がスローネの装甲に直撃し、ダメージ判定が蓄積していく。

「どうじゃ! 妾の才能に平伏すが良い!」

『ええ、本当に……あなたは私の想像を遥かに超えていく』

通信機越しのリアンヌの声は、苦戦しているはずなのに、どこか嬉しそうに弾んでいた。

自分の愛する姫君が、これほどまでに強く、気高く成長していることが、騎士として何よりも誇らしいのだ。

『ですが……だからこそ、私も負けられません。あなたの隣に立つ者として!』

スローネの背部スラスターが、限界突破の光を放つ。

リアンヌは全エネルギーを推進力に回し、全方位からの魔力弾を『無視』して、一直線にノワールへと突撃した。

(相打ち覚悟!? いや、違う! 盾でコクピットへの致命傷だけを防いで、俺を一撃で落とす気だ!)

ローゼリアの思考が極限まで加速する。

(逃げられない。なら、真っ向から受けて立つ!)

「来い、リアンヌゥゥッ!!」

ノワールが、残る全魔力を対物対艦刀に注ぎ込み、巨大な光の刃を形成して上段から振り下ろす。

スローネが、すべてを貫く突撃重槍を構え、下段から突き上げる。

黒と白の流星が、交差する。

閃光。

そして、静寂。

エインヘリアルのモニターで見守っていたクルーたちが、息を呑んで戦況のシミュレート結果を見つめた。

『……決着ッ!』

フィーネの震える声が響く。

『スローネの突撃重槍、ノワールの胸部装甲(コックピット寸前)で停止! 同時、ノワールの対物対艦刀、スローネの頭部センサーを完全破壊!……シミュレート上のダメージ判定、両機共に致命傷! 判定は……ドロー(引き分け)!!』

「おおおおおおっ!!」

ブリッジに、割れんばかりの歓声が響き渡った。

宇宙空間で、ノワールとスローネは、互いの武器を相手の急所に突きつけたまま、ピタリと静止していた。

「……はぁ、はぁ……」

ローゼリアは、コックピットの中で荒い息を吐きながら、操縦桿から手を離した。

全身汗だくで、魔力を使い果たして指先が微かに震えている。

『……見事です、ローゼリア』

通信機から、同じく息を弾ませたリアンヌの、心からの称賛の声が聞こえた。

『最後の一撃。もし実戦であれば、私はあなたの剣で真っ二つにされていたでしょう。……私の完敗です』

「ふ、ふん。何を言うか。お主の槍も、妾のコックピットを正確に捉えておったではないか。相打ちじゃ。……それに、途中までは完全に妾が遊ばれておった」

ローゼリアは、大きく息を吸い込み、不敵な笑みを浮かべた。

「……楽しかったぞ、リアンヌ。お主の強さを、身をもって知ることができた。やはり妾の隣には、お主しかおらんわ」

『ローゼリア……』

「じゃが! 次は絶対に妾が勝つ! 覚悟しておれよ!」

『ふふっ。ええ、受けて立ちます。何度でも』

矛と盾の論争は、引き分けという最高に熱い形で幕を閉じた。

二人の絆は、剣を交えたことでさらに一段、深く強固なものへと昇華したのである。

格納庫に帰還し、機体から降りた二人を、団員たちが拍手で出迎えた。

「いやー凄かった! ローゼリアちゃんもリアンヌも、二人ともかっこよかったよ!」

ロスヴァイセが二人に抱きつこうとするが、ローゼリアの足がガクンと折れ、その場にへたり込みそうになった。

「わわっ!」

「危ない」

倒れる寸前、リアンヌがローゼリアの身体をしっかりと抱きとめた。

パイロットスーツを半分脱ぎ、タンクトップ姿になったリアンヌ。激しい模擬戦の汗が、彼女の白い肌と谷間を美しく濡らし、色気がとんでもないことになっている。

(————ッッッッッ!!! 駄目だ、戦闘の疲れより心臓の過労死が先に来る!! 近い! 汗の匂いが最高すぎる!!)

「お疲れ様でした、ローゼリア。よく頑張りましたね」

リアンヌは、自分の胸に顔を押し付けられる形になったローゼリアの頭を、とてもとても愛おしそうに撫でた。

「り、リアンヌ……お主も、見事な槍さばきじゃったぞ……」

「ふふ。ありがとうございます。……でも、一つだけ訂正させてください」

「ん?」

リアンヌは、ローゼリアの耳元に顔を寄せ、誰にも聞こえないような小さな声で囁いた。

「『次は絶対に妾が勝つ』と言ってくれましたが。……私、あなたにはもう、とっくの昔に『負けて』いますから」

「……え?」

「あなたに心惹かれたその日から。……私はずっと、あなたの敗者なんですよ」

(……………………………………………………ッッッッッ!!!!!!!!!!!)

ローゼリアの脳内コンピューターが、完全にショートして煙を上げた。

(敗者!? 心惹かれた!? なにその告白みたいな! いや告白!? 騎士としての忠誠心!? どっち!? でもイケメンすぎるしエロすぎるし無理ィィィッ!!)

顔を茹でダコのように真っ赤にして、口をパクパクさせることしかできない黒き死神。

それを見て、白銀の騎士はクスリと悪戯っぽく笑い、そのままローゼリアをお姫様抱っこして医務室へと歩き出した。

「さあ、ゆっくり休みましょうね、私の姫君」

矛と盾の強さ論争。

戦闘技術においては引き分けに終わったが、スキンシップと甘い言葉の攻撃力においては、リアンヌの圧倒的な完全勝利(ローゼリアの心臓爆発)で幕を閉じることとなった。

『戦乙女の双璧』は、今日も銀河のどこかで、敵を圧倒し、そして互いの愛情を限界突破させながら生きているのである。

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