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第十五話:給与天引き率の変動と、三倍になった幸せの使い道

辺境惑星エデンでの、生身による規格外の古代遺跡探索任務から帰還したローゼリアとリアンヌ。

母艦『エインヘリアル』の格納庫に二人が足を踏み入れると、待ち構えていた整備班長のフィーネが、リアンヌの抱える麻袋の中身を見て目を丸くした。

「おいおいおい……マジで生身で最深部まで行って、あの『古代の魔力結晶』を持って帰ってきたのかよ!?」

フィーネはゴーグルを額に押し上げ、信じられないものを見るように二人を交互に指差した。

「あの遺跡の魔力磁場と瘴気は、マギアナイトのシールドすら貫通するレベルだって聞いてたぜ!? いくら副団長がバケモノ体力でも、生身で耐えられるわけが……」

「ふん。妾の魔力シールドをもってすれば、あのような瘴気など春のそよ風も同然じゃ。それに、最深部の番人も妾の魔法で消し飛ばしてやったわ」

ローゼリアが尊大に胸を張ってふんぞり返る。

実際には帰りに体力が尽きてリアンヌにお姫様抱っこされて帰ってきたのだが、その部分は都合よく端折ってのドヤ顔である。

「……まぁ、あんたのそのデタラメな魔力ならやりかねないけどさ。あーあ、見たかったなぁ、生身での戦術級魔法」

フィーネは呆れ半分、感心半分の溜め息をつきながら、ずっしりと重い魔力結晶を受け取った。

そのまま二人は、報告のためにブリュンヒルデ団長の待つ艦長室へと向かった。

「素晴らしい。これほど純度が高く、無傷の古代魔力結晶は、銀河歴史保護財団も喉から手が出るほど欲しがっていた一品だ。依頼主も泣いて喜ぶだろうね」

艦長室の巨大なマホガニーのデスクの上で、淡い青白い光を放つ結晶を眺めながら、ブリュンヒルデは満足げに頷いた。

「妾とリアンヌの双璧にかかれば、この程度の任務は朝飯前じゃ! ……して、団長よ。今回の超高額報酬の件じゃが」

ローゼリアは、わざとらしくゴホンと咳払いをした。

前回の無断出撃によって作ってしまった、星が一つ買えるほどの莫大な借金。

その返済のため、ローゼリアの給与は現在『九割天引き』という、まさに薄給の極みのような状態であった。手元に残る一割のお小遣いでは、リアンヌにちょっとしたお茶をご馳走するだけでもカツカツである。

「ああ、分かっているよ。今回の君たちの働きは、傭兵団の歴史に残る偉業と言ってもいい。何せ、他の傭兵団がマギアナイトを使っても攻略できなかった難攻不落の遺跡を、たった二人で、しかも日帰りで踏破してきたんだからね」

ブリュンヒルデはデスクの引き出しから一枚の電子パッドを取り出し、トントンと指で叩いた。

「ローゼリア。君のこれまでの戦果と、今回の超高額報酬による借金への補填を鑑みて……君の給与天引き額を、本日から『九割』から『七割』に減免しよう」

「なっ……!」

「つまり、君の手元に残る自由なお金は、これまでの『一割』から『三割』に増えるということだ。……どうだい?」

(————キタァァァァァァッ!!!!)

ローゼリアの脳内で、歓喜のファンファーレと紙吹雪が乱舞した。

(一割から三割! つまり、俺の自由に使えるお金が実質『三倍』に跳ね上がったってことだ!! これでリアンヌ様に美味しいものを腹いっぱいご馳走できるし、可愛い服だって買ってあげられる! 借金生活に一筋の光が差し込んだぞ!!)

内心では限界オタクが盆踊りを踊り狂っていたが、表向きはあくまで「気高き皇女」を装わねばならない。

「ふ、ふん! まあ、妥当な判断じゃな! 妾の力をもってすれば、七割の天引きなどあっという間に完済してみせるわ!」

「あはは、頼もしいね。でも、あまり根を詰めすぎるんじゃないよ。お金は大事だが、君たちの心と身体の健康の方が、この艦にとってはよっぽど価値があるんだからね」

ブリュンヒルデが優しく微笑み、ローゼリアの頭をポンと撫でた。

その温かい手に、ローゼリアは少しだけ目を細め、「うむ」と素直に頷いた。

「ローゼリア。本当に良かったですね。これで、少しはあなたの負担も減るでしょう」

隣で直立不動の姿勢を崩さなかったリアンヌが、心底嬉しそうにローゼリアを見下ろした。

その碧眼には、相棒の喜ぶ姿を見られたことへの純粋な喜びが溢れている。

「リアンヌ……お主のサポートがあったからこそじゃ。感謝しておるぞ」

「私は何も。あなたを背負って歩いただけですから」

(だからその背中が最高だったんだよ! 騎士様の背中の温もり、プライスレス!!)

「よし、報告は以上だ。次の目的地である中継ステーション『アストレア』に到着するまでにはまだ時間がある。ゆっくり休むといい」

ブリュンヒルデの言葉に敬礼で返し、二人は艦長室を後にした。

艦内の廊下を歩きながら、ローゼリアの頭の中は「三倍になったお小遣いの使い道」でいっぱいだった。

(三倍……! エインヘリアルのエースパイロットとしての基本給はそもそもめちゃくちゃ高いから、その三割って言ったら、普通の貴族の令嬢がひと月に使うお小遣いより遥かに多いはずだ。よし、決めたぞ!)

ローゼリアは、隣を歩くリアンヌの軍服の袖を、ちょいちょいと引っ張った。

「ん? どうしました、ローゼリア」

「り、リアンヌ。その……次のステーションに着いたら、妾に一日、お主の時間をくれぬか?」

「私の時間、ですか? もちろん構いませんよ。護衛が必要な用事ですか?」

「違うわ! 護衛なら妾一人で十分じゃ! そうではなく……」

ローゼリアは、真っ赤になりそうになる顔を必死にそっぽを向けながら、早口で言った。

「借金返済に協力してくれているお主への、日頃の感謝じゃ! 妾のお金も増えたことじゃし……その、ステーションで、妾がお主に『ご馳走』をしてやろうと思ってな!」

それは、ローゼリアからの明確な『デートの誘い』であった。

以前のシャングリラでの買い出しは、リアンヌからの誘いであり、しかもリアンヌのお金で服を買ってもらったりと、完全に「エスコートされる側」だった。

だが今回は違う。自分がリアンヌをエスコートし、喜ばせるのだ。

リアンヌは、少し驚いたように目を丸くした後——ふわりと、春風のような柔らかい微笑みを浮かべた。

「……私に、ご馳走を? ふふ、それはとても楽しみです。我が姫君からの初めての『お誘い』、謹んでお受けいたしますね」

(うおおおおおっ!! 「お誘い」って言った! デートって認識してくれてる!? いや、リアンヌ様のことだから「家族の食事会」くらいの認識かもしれないけど、それでもいい! 絶対に最高の一日にしてやる!!)

ローゼリアは、ガッツポーズをしたい衝動を必死に抑え込み、「う、うむ! 期待しておれ!」と尊大に胸を張って足早に自室へと戻っていった。

数日後。

母艦エインヘリアルは、銀河でも有数の美しさを誇る中継ステーション『アストレア』へと寄港した。

このステーションは、巨大なドーム内に人工の自然環境——森や湖、そして咲き乱れる無数の花々——が再現されており、「宇宙の庭園」と呼ばれる美しい観光地でもあった。

「お待たせしました、ローゼリア」

エントランスで待っていたローゼリアの前に現れたリアンヌの姿を見て、ローゼリアの心臓は再び警報を鳴らし始めた。

(……っっっ!! 今日のリアンヌ様、イケメン度が限界突破してる!!)

今日のリアンヌの私服は、以前のような女性らしいブラウスではなく、細身の黒いスラックスに、白のスタンドカラーシャツ、そして羽織るような薄手のロングコートという、極めて『男装の麗人』に近いマニッシュなスタイルだった。

長い金髪は高い位置でポニーテールにまとめられており、歩くたびにサラサラと揺れる。

その圧倒的なプロポーションと、中性的ながらも洗練された美貌に、すれ違うステーションの女性客たちが次々と顔を赤らめて振り返っている。

「どうしました? ロスヴァイセに『今日はローゼリアちゃんをエスコートするんだから、かっこよく決めていきなよ!』と言われて、この服を渡されたのですが……変でしょうか?」

少しだけ不安そうに首を傾げるリアンヌ。

(ロスヴァイセ、GJグッジョブすぎる!! お前に一生ついていくって決めたよ俺は!!)

「ば、馬鹿者! 変なわけがなかろう! 完璧じゃ! 妾の隣を歩く騎士として、百点満点じゃ!」

「ふふ、良かったです。あなたのそのワンピースも、とても可憐でよく似合っていますよ」

ローゼリアは、白と水色を基調とした爽やかなサマードレスを着ていた。

長身でスタイリッシュなリアンヌと、小柄で可憐なローゼリア。二人が並んで歩く姿は、まるで一枚の絵画のように美しく、ステーション中の視線を釘付けにしていた。

「さあ、行くぞリアンヌ! 今日は妾が全額出すんじゃからな、遠慮はいらんぞ!」

ローゼリアは、意気揚々とリアンヌの手を引き、アストレアの庭園区画へと足を踏み入れた。

緑豊かな並木道。色とりどりの花が咲き乱れる広場。

まずは、ステーション内で最も評価の高い高級レストランへと向かう。以前の一割のお小遣いでは店の前を通り過ぎることしかできなかったが、三割に増えた今のローゼリア(と、戦乙女のエースとしての高給)ならば、余裕で支払える額だ。

「さあ、好きなものを頼むが良い!」

「ありがとうございます。でも、本当に良いのですか? ローゼリアの自由なお金なのですから、あなたが好きなことに使えば良いのに」

「妾が『お主に美味しいものを食べさせたい』と思っておるのじゃ! それが妾の好きなことじゃ、文句あるか!」

顔を真っ赤にして言い張るローゼリアに、リアンヌは嬉しそうに目を細めた。

「……文句など、あるはずがありません。あなたのその優しさが、私には何よりも美味しいご馳走です」

「〜〜〜ッ!! だからそういうクサい台詞を真顔で言うな!!」

(心臓が持たない! 騎士様の天然タラシ発言が息をするように飛んでくる! 俺、今日一日生き延びられるのか!?)

運ばれてきた料理は、どれも絶品だった。

だが、ローゼリアにとって一番の絶品は、目の前で美味しそうに料理を頬張り、ふわりと幸せそうに微笑むリアンヌの顔であった。

(ああ……よく食べるお姉さん、最高。帝国にいた頃は、冷え切ったスープと硬いパンしか出されなかったけど。今こうして、大好きな人と温かくて美味しいものを食べられる。……借金背負ってでも、この日常を守り抜いてやる)

「ローゼリア? 手が止まっていますよ。あなたもちゃんと食べてくださいね。ほら、あーん」

「なっ!? あ、あーん、だと!?」

リアンヌが、自分のフォークに刺した柔らかい肉を、ごく自然な動作でローゼリアの口元へと差し出してきた。

「妾を子ども扱いするな! 自分で……」

「駄目ですか? 私は、あなたに食べさせてあげたいのですが」

少しだけ上目遣いで、小首を傾げるリアンヌ。

その『無自覚な甘え(あるいは攻撃)』に、ローゼリアの理性の防壁は木端微塵に粉砕された。

「……っ! む、むぐっ」

顔を真っ赤にしながら、ローゼリアはパクッとその肉を咥えた。

「ふふ、美味しいですか?」

「……うむ。悪くない」

(美味しいに決まってるだろ!! 料理の味じゃなくて、リアンヌ様からの「あーん」という事実に脳みそが溶けそうなんだよ!!)

レストランでの食事を終えた二人は、庭園区画の中心にある巨大な湖の畔を散歩していた。

人工の太陽がゆっくりと沈みかけ、ドーム内はオレンジ色の夕焼けに染まっている。水面に反射する光が、リアンヌの横顔を美しく照らし出していた。

「……美しい景色ですね、ローゼリア」

「うむ。そうじゃな」

ローゼリアは、リアンヌの横顔を見つめながら、ポケットの中にある『小さな箱』をギュッと握りしめた。

今日のデートの、もう一つの目的。

三倍になったお小遣いを使って、どうしてもリアンヌに『プレゼント』を贈りたかったのだ。

「……リアンヌ」

「はい?」

湖の畔のベンチに座り、ローゼリアは深呼吸をしてから、その小さな箱を取り出し、リアンヌへと差し出した。

「これ……受け取れ」

「これは?」

リアンヌが不思議そうに箱を開けると、中に入っていたのは、深い真紅の魔力石があしらわれた、美しい銀の髪飾り(バレッタ)だった。

「……お主、いつも長い髪を一つに束ねておるじゃろう。その……妾の瞳の色と、お主に似合いそうな『真紅ヴァーミリオン』の石を見つけたから……渡そうと思ってな」

ローゼリアは、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして俯き、早口で言った。

「休日の買い出しの時、お主に服もペンダントも買ってもらってばかりだったじゃろ! だからそのお返しじゃ! 深い意味はない! ただの感謝の印じゃからな!」

(言い訳が苦しい! でも「好きだからプレゼントしました」なんて言えるわけないし! 受け取ってもらえるかな……)

恐る恐る顔を上げると。

リアンヌは、その真紅の髪飾りを両手で大切に包み込み、そして——ポロリと、美しい碧眼から一粒の涙をこぼしていた。

「り、リアンヌ!? なぜ泣く! 気に入らなかったか!?」

「……っ、違います、ローゼリア。違うんです」

リアンヌは慌てて涙を拭うと、破顔した。

それは、今までローゼリアが見たどんな笑顔よりも、美しく、愛おしさに満ちた、極上の微笑みだった。

「嬉しかったんです。……あなたが、私に似合うものをと考えて、これを選んでくれた。その気持ちが、私には何よりも尊い宝物です」

リアンヌは、自身のポニーテールを束ねていたシンプルなゴムを外し、ローゼリアから贈られたその真紅の髪飾りで、丁寧に髪をまとめ直した。

夕日に照らされる金髪に、真紅の魔力石がキラリと輝く。

元々の男装の麗人のようなスタイルに、ほんの少しの女性らしい可憐なアクセントが加わり、その破壊力はもはや言葉では言い表せないレベルに達していた。

「……どうでしょうか。似合っていますか?」

「…………っ! に、似合っておる! 宇宙一じゃ!!」

ローゼリアが叫ぶように答えると、リアンヌはふわりと笑い、そのままローゼリアの小さな身体を、優しく抱き寄せた。

「ありがとうございます、ローゼリア。……この髪飾りは、私が命に代えても守り抜く、二つ目の誓いの証です。胸のペンダントと共に、ずっと、ずっと大切にします」

「……大袈裟じゃ。ただのアクセサリーじゃぞ」

「いいえ。私にとって、あなたがくれるものはすべてが特別なのです」

リアンヌの体温と、優しい鼓動が伝わってくる。

ローゼリアは、もう強がるのをやめて、リアンヌの背中にそっと腕を回した。

(……ああ。給料が七割天引きでも、借金が星一つ分でも。この人がこんな風に笑ってくれるなら、いくらでも稼いでやる。俺の命と魔力は、全部この人を幸せにするためにあるんだ)

人工の星空がドームの天井に瞬き始める中。

湖の畔で身を寄せ合う二人の影は、いつまでも離れることはなかった。

黒き死神と白銀の騎士。

彼女たちの『家族』としての絆と、一方通行の(しかし限りなく両思いに近い)極大感情は、こうしてまた一つ、確かな形となって宇宙の歴史に刻まれていくのであった。

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