第十四話:借金返済の遺跡探索と、白銀の騎士のお姫様抱っこ
帝国防衛戦(という名の無断出撃&超絶大暴れ)から数週間。
母艦『エインヘリアル』は、辺境の星域を股にかけ、次々と舞い込む依頼を恐ろしいペースでこなしていた。
その原動力となっているのは、他でもない『戦乙女』の双璧たる二機。
漆黒の古代機動騎士『ノワール』と、純白の高機動重装甲機『スローネ』である。
「はい、ターゲットの宇宙海賊、残党含めて制圧完了じゃ! 次の依頼はなんじゃったか、フィーネ!」
『お姫様、少しは休めよ……。いくら魔力無尽蔵でも、三日連続出撃は機体のメンテが追いつかねぇっての!』
通信機越しに悲鳴を上げる整備班長フィーネをよそに、ローゼリアはノワールのコックピットで目を血走らせていた。
(休んでる暇なんかない! 星が一つ買えるレベルの借金を、給料の九割天引きで返し切るのに何年かかると思ってるんだ! しかもリアンヌ様まで自分の給料を返済に回そうとするし! 俺が稼ぐしかないんだよ!!)
「ふん。妾の辞書に疲労という文字はないわ! さあ、次の賞金首の座標を送れ!」
『はぁ……リアンヌ、あんたからも言ってやってくれ。この子、完全にワーカーホリックになっちまってる』
フィーネの泣き言に、並走するスローネからリアンヌの落ち着いた、しかしどこか甘さを孕んだ声が響く。
『ローゼリア。あなたの気迫は素晴らしいですが、焦りは禁物ですよ。それに……あなたが無理をして倒れてしまったら、私は心配で夜も眠れなくなってしまいます』
「————ッッッ!!」
(はいストップ!! そのセリフはずるい! イケメンすぎる!!)
ローゼリアの心臓が警報を鳴らし、荒ぶっていた出撃欲求が一瞬にして凪いだ。
「わ、わかった! わかったから! 今日はもう帰還する! だからそんな甘い声で妾をたしなめるでない!」
『ふふ、素直で良い子ですね。帰りましょう、私たちの家に』
かくして、暴走気味の黒き死神は、白銀の騎士のたった一言で完全に手懐けられ、おとなしく母艦へと帰投するのであった。
エインヘリアルの艦内食堂。
出撃を終えたローゼリアは、テーブルに突っ伏して大きなため息をついていた。
「はぁ……。海賊の討伐報酬、悪くはなかったが……借金の総額から見れば焼け石に水じゃな」
「だからと言って、命を削るような働き方は感心しませんよ」
向かいの席に座ったリアンヌが、ローゼリアの前に温かいシチューとパンを置いた。
リアンヌの給与も借金返済に回っているため、現在二人の手持ち資金(お小遣い)は悲惨なことになっている。当然、シャングリラのような高級リゾートで遊ぶお金などなく、休日はもっぱら艦内でリアンヌの手料理を食べる日々だ。
(いや、むしろこっちの方が天国なんですけどね!? リアンヌ様、戦場では鬼神みたいなのに、料理の腕はプロ級とか属性盛りすぎでしょ! 完全に新婚生活じゃん!!)
ローゼリアは内心で狂喜乱舞しながらも、尊大に腕を組んでシチューを見つめた。
「ふむ……。相変わらず見事な手際じゃな。妾が直々に味見をしてやろう」
「ええ、たくさん食べてくださいね。足りなければ、私のお肉も分けますから」
「だからお主もちゃんと食えと言うておろうが!」
キャッキャウフフと(ローゼリアが一方的に照れながら)食事をしていると、そこへ艦長のブリュンヒルデが、一枚のデータパッドをヒラヒラとさせながら歩いてきた。
「やあ、双璧のお二人さん。新婚家庭の食卓にお邪魔して悪いね」
「し、新婚!? 何を馬鹿なことを言うか団長! 妾たちはただの相棒じゃ!」
顔を真っ赤にして立ち上がるローゼリアを、ブリュンヒルデはニヤニヤと笑いながら手で制した。リアンヌは「新婚……ふふ、素敵な響きですね」と完全に無自覚な爆弾を落としている。
「冗談はさておき。君たちにぴったりの、超高額報酬の依頼が舞い込んできたよ」
ブリュンヒルデがデータパッドをテーブルに置く。
表示されたのは、深い緑に覆われた未開の惑星と、その地下深くに眠る巨大な建造物のスキャンデータだった。
「辺境惑星『エデン』。その地下で、古代文明の遺跡が発見された。依頼主は銀河歴史保護財団。遺跡の最深部にあるとされる『古代の魔力結晶』の回収任務だ」
「遺跡探索、ですか」
リアンヌが真剣な眼差しでデータを覗き込む。
「ああ。ただ、問題があってね。この遺跡は強烈な魔力磁場に覆われていて、マギアナイトのような大型兵器は内部に侵入できないんだ。それに、生半可な魔力耐性の人間なら、入り口に立っただけで瘴気にあてられて気絶しちまう」
ブリュンヒルデは、ローゼリアに向かってウィンクをした。
「だが、常人の数百倍の魔力タンクを持つ君と、生身でも超一流の騎士であるリアンヌなら、この磁場を突破して最深部まで到達できる。報酬は……君たちの借金が、半分以上チャラになる額だ」
「————行く!! 絶対に行く!! 今すぐ行く!!」
借金半減という魔法の言葉に、ローゼリアはシチューのパンを咥えたまま立ち上がり、高らかに出撃を宣言した。
数日後。辺境惑星エデンの地表。
鬱蒼と茂る原生林の奥深くに、その古代遺跡の入り口は口を開けていた。
マギアナイトの侵入を拒むように、入り口は狭く、周囲の空気は濃密な魔力の瘴気によってゆらゆらと歪んでいる。
「ノワールとスローネは、ここで待機じゃな」
地上に愛機を残し、ローゼリアとリアンヌは生身で遺跡の入り口に立った。
ローゼリアは動きやすい黒の探索服(ロスヴァイセ見立て)を纏い、リアンヌは急所を守る軽量の白銀アーマーを身につけ、腰には実体剣を帯びている。
「凄い魔力の濃度ですね。息をするだけで肺が重くなるようだ」
リアンヌが眉をひそめるが、ローゼリアは平然としていた。
「ふん、帝国での魔力抽出に比べれば、そよ風のようなものじゃ。……リアンヌ、息が苦しいなら、妾の近くから離れるな」
ローゼリアが指を鳴らすと、彼女の身体から溢れ出た魔力が、リアンヌをすっぽりと包み込む不可視のシールドを展開した。
途端に、リアンヌの表情がふっと和らぐ。
「……ありがとうございます、ローゼリア。とても温かい。あなたの魔力に守られていると、どんな場所でも安心できます」
「ば、馬鹿者! 当たり前のことをしたまでじゃ! さあ、行くぞ!」
照れ隠しで先陣を切って遺跡の奥へと進んでいくローゼリア。
内部は迷路のように入り組んでおり、古代のトラップ——突然壁から発射される魔力弾や、足元の落とし穴などが至る所に仕掛けられていた。
「危ない!」
「ひゃっ!?」
罠が発動するたび、リアンヌが超人的な反応速度でローゼリアの腰を抱き寄せ、危険を回避する。
ローゼリアの魔力は規格外だが、いかんせん生身の身体能力は『よく転ぶ虚弱な美少女』のままである。反射神経が求められるダンジョン探索においては、完全にリアンヌの保護対象だった。
「はぁ……はぁ……」
遺跡の中盤に差し掛かった頃。
ローゼリアの息が上がり始め、足取りが重くなってきた。魔力は全く減っていないが、純粋な『体力』が限界を迎えつつあるのだ。
「ローゼリア。少し休みましょう。あなたの足が震えている」
「くっ……妾としたことが。この程度の歩行で息が上がるとは……帝国のゴリラどもに笑われるわ」
悔しそうに顔をしかめるローゼリア。
すると、リアンヌはふっと微笑み、ローゼリアの前に背中を向けてしゃがみ込んだ。
「り、リアンヌ?」
「さあ、乗ってください。ここからは私があなたを運びます」
「なっ!? ば、馬鹿な! 妾は子どもではないぞ! 自分で歩ける!」
「意地を張らないで。それに……」
リアンヌは振り返り、悪戯っぽく——そして極上の色気を孕んだ微笑みで囁いた。
「私、あなたの温もりを背中に感じながら歩くの、嫌いじゃないんです。……駄目ですか?」
(————ッッッッッ!! 破壊力ゥゥゥッ!!)
ローゼリアの理性の防壁が、一撃で粉砕された。
(そんな顔でお願いされて断れるわけないだろ! 完全に俺を手のひらで転がしてる! 騎士様の手練手管が恐ろしい!!)
「し、仕方ないのう! お主がそこまで言うなら、特別に背中を貸すことを許可してやろう!」
ローゼリアは顔を真っ赤にして、リアンヌの背中にふわりとおぶさった。
リアンヌは「ふふ、軽いですね」と笑い、軽快な足取りで遺跡の深部へと進み始めた。
背中から伝わる、リアンヌの力強い体温と、甘い香り。
ローゼリアは、リアンヌの首元に顔を埋めながら、内心で(もうこのまま遺跡から出たくない。一生この背中に乗っていたい)と限界オタクの極みのようなことを考えていた。
「……着きましたね。ここが最深部でしょう」
巨大な石扉をリアンヌが怪力(とローゼリアの魔力アシスト)で押し開けると、そこにはドーム状の巨大な広間が広がっていた。
中央の台座には、目的の品である『古代の魔力結晶』が、青白い光を放って浮遊している。
「よし、あっけない任務じゃったな! さっさと回収して帰るぞ!」
ローゼリアがリアンヌの背中から降り、台座へと歩み寄ろうとした、その時。
ゴゴゴゴゴゴォォォォッ……!!
遺跡全体が激しく揺れ、広間の周囲の壁が崩れ落ちた。
そこから姿を現したのは、全身を古代の装甲で覆われ、六本の腕を持つ巨大な石の怪物——『遺跡の守護者』だった。全長は十メートル近くあり、マギアナイトにも匹敵する巨体だ。
「ちっ、お約束の番人のお出ましというわけか!」
「ローゼリア、下がって! ここは私が!」
リアンヌが腰の剣を抜き放ち、ガーディアンへと疾走する。
六本の腕から無数の岩の槍が射出されるが、リアンヌはそれを紙一重で躱し、ガーディアンの足元へと潜り込んで剣を一閃させた。
ガキィィィンッ!!
「……硬い!」
リアンヌの実体剣が、ガーディアンの装甲に弾かれる。
スローネの巨大な『突撃重槍』ならば一撃で貫ける装甲も、生身の剣撃では傷一つつけられないのだ。
『ガァァァァッ!』
ガーディアンが巨大な腕を振り下ろし、リアンヌを叩き潰そうとする。
「リアンヌッ!!」
ローゼリアは、己の内に眠る莫大な魔力の栓を、全開に引き抜いた。
マギアナイトに乗っていない生身の状態。つまり、機体のOSやシステムによる「制御」が一切ない、剥き出しの力の解放。
「妾の騎士に、その薄汚い手を触れるなァッ!!」
ローゼリアの右手に、赤黒い魔力が凄まじい密度で圧縮されていく。
それは、ノワールの『長距離魔導砲』を、生身の腕にそのまま凝縮させたような、超高密度のエネルギーの塊だった。
「消え失せろ!!」
ローゼリアが右手を突き出すと同時に、極太の魔力レーザーが広間を埋め尽くした。
轟ッッッッッッ!!!!
圧倒的な閃光と爆音。
ガーディアンの分厚い装甲も、その背後の遺跡の壁も、すべてが光の奔流に飲み込まれ、一瞬にして蒸発した。
数秒後。
光が収まった広間には、上半身を完全に消し飛ばされたガーディアンの残骸と、天井に開いた巨大な大穴から降り注ぐ、エデンの木漏れ日だけが残されていた。
「……ふん。他愛もない」
ローゼリアは、ぷはぁっと息を吐き、右手に残った魔力の残滓を振り払った。
生身での大魔法の行使は、虚弱な身体には流石にこたえる。ドッと疲労が押し寄せ、足から力が抜けてその場にへたり込みそうになった。
ガシッ。
倒れる寸前、力強い腕がローゼリアの身体を受け止めた。
「ローゼリア! 大丈夫ですか!?」
「り、リアンヌ……。うむ、少し魔力を使いすぎただけじゃ。……妾の力、生身でも見事なものじゃろう?」
自慢げに微笑むローゼリアに、リアンヌは安堵の息を吐き、そして——ギュッと、ローゼリアを強く抱きしめた。
「……本当に、あなたは規格外だ。ですが、あまり無茶をしないでください。心臓が止まるかと思った」
「お主の方こそ、妾を置いて一人で突っ込むな。妾たちはバディじゃろう?」
ローゼリアがリアンヌの背中に腕を回すと、リアンヌは「ふふっ」と優しく笑った。
「そうですね。……私の負けです。あなたのその圧倒的な力の前では、私の盾など不要だったかもしれない」
「馬鹿を言え。お主が前に出て敵の注意を引いてくれねば、妾は魔法を撃つ暇もなかったわ。お主は妾の最強の盾であり、剣じゃ」
台座から『古代の魔力結晶』を回収し、任務は無事に完了した。
帰り道、完全に体力が尽きたローゼリアは、今度はリアンヌに『お姫様抱っこ』をされながら遺跡を後にすることになった。
「ふふ。行きは背中、帰りは腕の中ですか。まるで本当のお姫様ですね」
「う、うるさい! 妾は皇女じゃからな、本来なら神輿で運ばれる身分なんじゃぞ!」
「ええ、ええ。分かっていますよ、我が姫君」
木漏れ日の中、リアンヌの腕の中で揺られながら、ローゼリアは抗いがたい眠気に襲われていた。
(あー……リアンヌ様の腕の中、最高に落ち着く。匂いも、心音も。……借金はまだ残ってるけど、こんな日がずっと続くなら、案外悪くないかもな)
「リアンヌ……」
「はい?」
「……大好きじゃ。ずっと、妾の側に……」
半分寝言のようにこぼれたその言葉に、リアンヌの歩みがピタリと止まった。
彼女は、腕の中で幸せそうに寝息を立て始めた金髪の少女を見つめ、その碧眼に、狂おしいほどの愛おしさを滲ませた。
「——ええ。私もです、ローゼリア。この命ある限り、ずっと」
誰にも聞こえない、騎士の甘い誓い。
かくして、借金返済の遺跡探索任務は、二人の絆をさらに強固なものへと昇華させ、大成功のうちに幕を閉じたのであった。




