表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放皇女の異世界戦記  作者: 浅井川亘


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
160/307

第二幕 第三十六話:古代の神AIと、理不尽なる双頭の悪魔

アステリア演習場での「特別教官」という名の暇つぶしを終え、エインヘリアルの母艦は再び超光速ワープ航行へと入り、次なる目的地へと向かっていた。

リビングルームでは、いつものようにローゼリアがスナック菓子を片手にコントローラーを握り、平和な時間が流れているはずだった。

**——ビィィィィンッ!!**

突如として、母艦の全艦にけたたましい非常警報エマージェンシーが鳴り響いた。

同時に、激しい重力震が艦全体を襲い、ローゼリアはゲーミングチェアごと床に放り出された。

「痛っ……!? なんじゃ、エラー落ちか!?」

「違うわ、お姫様! 強制的にワープ空間から引きずり出されたのよ!」

同じく床に転がったアルティナが、すぐさま自室の端末にアクセスし、血相を変えた。

『総員、第一種戦闘配置!』

ブリッジからブリュンヒルデ団長の切羽詰まった声が響く。

『前方の宙域に、高密度の重力機雷スネアが散布されている! 完全に待ち伏せだ!』

「待ち伏せじゃと? 宇宙海賊の類か?」

ローゼリアは首をコキコキと鳴らしながら立ち上がった。

「ちょうどいい。ゲームのボス戦で詰まっておって、少し気分転換リアルファイトがしたかったところじゃ。……妾が単機でサクッと露払いを済ませてこよう」

『待ちなさい、ローゼリア! 敵の識別信号が……!』

アルティナの制止の声が最後まで届く前に、ローゼリアはすでにリビングを飛び出し、格納庫へと向かっていた。

(まあ、いつも通りのザコ(モブ)じゃろう。タナトスで適当に大鎌を振れば終わる)

すっかり「無双」することに慣れきっていた彼女は、これから相対する絶望を、まだ微塵も理解していなかった。

エインヘリアルの母艦から単機で射出された漆黒の悪魔『タナトス』は、前方に立ち塞がる「二つの影」をメインカメラに捉えた。

「……海賊、ではないな」

ローゼリアの目が、スッと細められる。

そこにいたのは、寄せ集めのジャンクパーツで構成された海賊船などではない。

禍々しくも洗練された、圧倒的な存在感を放つ二機の特装型マギアナイトであった。

一機は、全身を重厚な暗緑色の装甲で覆い、巨大な戦槌グランドハンマーを構えた重騎士型の機体。

もう一機は、六枚の光の翼(魔力自律可動砲台)を展開し、妖艶な紫色のシルエットを持つ細身の魔術師型の機体。

その両機の装甲には、エインヘリアルの面々が忌み嫌う『世界樹ユグドラシル』の紋章が刻まれていた。

『——あら。網にかかった小鳥から、随分と物騒な死神が飛び出してきたわね』

暗号化されていないオープン回線から、女の優雅で、それでいて蛇のように粘着質な声が響いた。

『あなたが、教団の計画を幾度となく邪魔し、ルーンベイトの狂信者どもを壊滅させたという噂の「黒き死神」ね。……はじめまして。私はユグドラシル幹部、メイザースよ』

『……チッ。まさかこんな辺境の待ち伏せ任務で、戦乙女の最高戦力とカチ合うとはな。俺はローランドだ。運が良いのか悪いのか』

女の声に続き、今度は野獣のように低く、好戦的な男の声が重なる。

「お主ら……ユグドラシルの幹部か」

ローゼリアは、タナトスの大鎌を構えながら、油断なく相手のステータスを値踏みする。初対面ではあるが、その機体から放たれる圧倒的なプレッシャーは、これまでの敵とは次元が違った。

『お姫様! 下がって!!』

その時、ローゼリアの暗号通信に、悲痛なまでの焦りを滲ませたアルティナの声が割り込んできた。

『その二人は、私がユグドラシルの幹部だった頃に面識がある連中よ! メイザースとローランド……教団の中でも最高峰の戦闘力を持つ、最悪のコンビだわ! あなた一人で相手をしていい連中じゃない!』

『あら。可愛い裏切り者のアルティナちゃんの声じゃない。あなたには教団に多大なる損害を与えた罪を、きっちりとその命で贖ってもらうわよ』

メイザースが蠱惑的な笑い声を上げる。

「(……なるほど。アルティナの元・同僚というわけか。それに……)」

ローゼリアのゲーマーとしての直感が、全身の毛穴を逆立てて警鐘を鳴らしていた。

モニター越しに伝わってくる、敵の静かで洗練された気迫。わずかな挙動の揺らぎすらない、完璧に統率された陣形。

こいつらは、単なる「ステータスが高いだけのモブ」ではない。

プレイヤーを絶望の底に叩き落とすために運営が用意した、エンドコンテンツの『理不尽レイドボス』だ。

「……仕方ないのう。久々に、出し惜しみなしの『全力』で行かせてもらうぞ」

ローゼリアは、コックピットのコンソールに隠された、厳重なプロテクトのかかった物理スイッチに手を伸ばした。

それは、彼女がかつて手に入れた古代文明の遺産であり、伝説の『神帝機バハムート』のメインAIとして機能していた超高度電子頭脳——**『バハムートAI』**の起動スイッチであった。

パチン、とスイッチを弾く。

『——System All Green. 古代遺産【バハムートAI】、再起動リブート完了。……マスター・ローゼリア、久しぶりの戦場ですね。生体バイオニクス、リンクを開始します』

ローゼリアの脳内に、無機質でありながらどこか神々しさを感じさせる、冷ややかなAIの音声が直接響き渡った。

「うむ。少し厄介なレイドボスを引いてしまっての。バハムート、敵の演算予測と魔力出力の最適化を頼む。処理落ちは許さんぞ」

『了解。タナトスのOS権限を一部掌握。敵機体二機のモーションパターン、ならびに魔力波長の解析を実行——完了しました。マスター、いけます』

バハムートAIの驚異的な演算能力によって、タナトスの機体性能が限界を超えて引き上げられる。漆黒の装甲から、これまでにないほどの高密度な死の魔力タナトスがオーラとなって噴出した。

「ふん。幹部が二人揃ったところで、妾とバハムートのペアの前でどこまで大口が叩けるかのう!」

タナトスのスラスターが爆発的に発光し、漆黒の死神が、重騎士型の機体ローランドへと一直線に突っ込んだ。

**ガギィィィィィィンッ!!**

宇宙空間に、魔力と金属が激突するすさまじい衝撃波が走った。

タナトスの大鎌の全力の一撃を、ローランドの重騎士機体が、巨大な戦槌で正面から受け止めたのだ。

「ほう。妾とバハムートの初撃を凌ぐか」

『舐めるなよ、死神! てめぇのそのクソったれな出力と一撃の重さは、事前に教団のデータで嫌ってほどシミュレーション済みなんだよ!』

ローランドが戦槌を押し返し、タナトスの体勢を崩そうとする。

(……力押しなら、こちらが上じゃ。このまま押し切って……)

ローゼリアがタナトスのブーストを吹かし、次の一撃を放とうとした、**その時**である。

『——警告。右後方より高エネルギー反応。敵機体の回避行動と同時に、予測不能な多角攻撃が来ます』

バハムートAIの冷徹なアラートが脳内に響く。

『ローランド、右後方へスウェー』

『応よ!』

ローランドの機体が、タナトスの死角へと不自然なほど滑らかに回避行動を取る。

それと同時に、タナトスの周囲の空間に、六つの紫色の光の輪が出現した。メイザースの放った魔力自律可動砲台である。

「なっ……!?」

『捕まえたわよ、死神』

**ズギューーーンッ!!**

六つの自律可動砲台から、タナトスの退路を完全に塞ぐ「檻」のような極太のレーザーネットが放たれた。

『回避不能。タナトス・シールドの最大出力を推奨』

バハムートAIの指示に従い、ローゼリアは咄嗟に絶対防壁を展開する。

しかし、その防壁がレーザーの檻を防ごうと魔力を消費した「コンマ一秒の隙」。

それを待っていたかのように、先ほど回避行動を取ったローランドの重騎士機体が、スラスターを限界まで吹かしてタナトスの頭上へと躍り出ていた。

『隙だらけだぜ、死神ィッ!!』

ローランドの巨大な戦槌が、ロケットブースターを点火し、彗星のような速度と質量で、タナトスの左肩へと振り下ろされた。

**メシャァァァァァァッ!!!**

「がはっ……!?」

『警報(WARNING)! 左腕部完全喪失。被害甚大。姿勢制御システムにエラー発生。……マスター、敵の連携は論理的予測の範疇を超えています』

タナトスの左腕が、肩の装甲ごと無惨に叩き割られ、宇宙空間へと吹き飛んだ。

コクピット内部に、かつて経験したことのないほどの激しい衝撃と轟音が響き渡り、ローゼリアはシートベルトに身体を食い込ませながら、肺から空気を吐き出した。

「(な……なんじゃ、今の連携は……!? バハムートの予測すら上回ったというのか!?)」

ローゼリアは、痛む胸を押さえながら、カメラ越しに二機の敵を見据えた。

あり得ない。いくら幹部とはいえ、あそこまで「完璧」なタイミングで、互いの攻撃の隙をカバーし合うことなど、古代の神AIの演算すら騙すほどの神業だ。

ローランドが囮となり、メイザースが行動を制限し、ローゼリアが防御に回った瞬間にローランドが最大火力を叩き込む。

それはまるで、熟練のMMORPGのプレイヤーたちが、長年のボイスチャットと練習によって編み出した『絶対的なヘイト管理コンボ』そのものであった。

『どうしたの、死神? 古代の遺産だか何だか知らないけれど、随分と動きが鈍いじゃない』

メイザースの紫の機体が、優雅に自律可動砲台を旋回させながら冷笑する。

『所詮、あなたは「ソロプレイヤー」に過ぎないのよ。どんなに強力なAIを積もうと、私たちのこの「魂の同期シンクロ」による完璧な連携の前では、一人で戦うことの限界を思い知るだけ!』

『そういうこった! オラ、次は右腕をもらっていくぜ!』

再び、メイザースの魔力攻撃による弾幕と、ローランドの圧倒的な質量の近接攻撃が、タナトスを波状攻撃で襲う。

「くそっ……! バハムート、回避ルートの再計算じゃ!」

『了解。しかし、敵の制圧射撃の密度と質量攻撃の連携により、生存確率は急激に低下しています。被弾率85%——』

相手の戦術は完璧だった。ローゼリアがローランドを狙えばメイザースが死角から撃ち抜き、メイザースを狙えばローランドが強引に割って入り防御する。

一対一(PvP)の戦いであれば、バハムートAIを搭載したローゼリアの右に出る者はいない。しかし、相手は「二人で一つの生き物」のように連動する、理不尽極まりないレイドボスであった。

**ズガンッ!! バキィィィッ!!**

『警報(WARNING)! メインブースター損傷! 魔力回路断線! 装甲耐久値、残り15%! マスターの生命維持に危険域!』

「がはっ……、あ、がっ……!」

ローランドの戦槌がタナトスの腹部装甲を大きく陥没させ、メイザースのレーザーが漆黒の翼を焼き切る。

衝撃吸収装置ショックアブソーバーが完全に限界を超え、コクピット内のローゼリアの肉体に、ダイレクトに「物理的な破壊の衝撃」が伝わった。

ミシッ、と。

自らの肋骨が折れる嫌な音が響いた。

口の中に鉄の味が広がり、ローゼリアはコンソールの上にべっとりと鮮血を吐き出した。

「(ああ……痛い。……痛いっ……!)」

視界が赤く点滅し、薄れゆく意識の中で、ローゼリアは「現実」を突きつけられていた。

これはゲームではない。

HPがゼロになれば、コンティニュー画面など存在しない。ただ、冷たい宇宙の塵となって消えるだけなのだと。

(妾は……最強じゃなかったのか。……ただの、井の中の蛙じゃったと、いうのか……)

タナトスの動きが完全に停止し、漆黒の死神が、宇宙空間に力なく漂う。

『これで終わりよ、死神。……トドメを刺しなさい、ローランド!』

『おうよ! 木っ端微塵に砕け散りなァッ!!』

ローランドが、戦槌のパイルバンカー(杭打ち機)のチャージを完了させ、タナトスのコクピット——ローゼリアの命そのものへと狙いを定めた。

バハムートAIが『回避不能』のアラートを虚しく鳴らし続ける。

(……ごめん、リアンヌ。……アルティナ……)

ローゼリアが静かに死を覚悟し、瞳を閉じた、**その瞬間**だった。

**——ゴアァァァァァァァァッ!!!**

宇宙空間を揺るがすような、凄まじい高エネルギーの奔流が、ローランドの機体とタナトスの間に強引に割り込んだ。

『なっ!? なんだこの出力は!?』

ローランドが慌てて機体を後退させる。

そこへ、エインヘリアルの母艦から射出された「三筋の極光」が、猛烈な速度で戦域へと到達した。

『——我が主に、気安く触れるなぁぁぁぁぁっ!!!』

血を吐くような、そして狂気に満ちた悲痛な絶叫。

純白の装甲を怒りで赤熱させたリアンヌの『ブラン』が、ローランドの重騎士機体に向けて、捨て身の特攻の如き神速の長槍を突き出した。

『チィッ! なんだこの狂った推力は!』

ローランドが戦槌で防御するが、リアンヌの異常なまでの「愛と執念」が乗った一撃は、重騎士の強固な装甲を紙のように削り取り、その機体を大きく吹き飛ばした。

さらに。

『よくもウチのお姫様を……! 粉々に叩き斬ってやるよ、テロリスト共!』

『これ以上の狼藉は、戦乙女の名にかけて許しません!』

長女ランドグリーズの『グリムゲルデ』が、巨大な戦斧を振り回しながらメイザースの自律可動砲台を次々と叩き割り、三女オルトリンデの『ジークルーネ』が、正確無比な狙撃で敵の退路を完全に封鎖する。

怒りに燃える三騎の戦乙女ヴァルキュリアが、ボロボロになったタナトスを庇うように、完璧な陣形で立ちはだかった。

『……チッ。増援か。しかも、あのエインヘリアルの主力部隊』

メイザースが、忌々しげにコンソールを叩く。

彼女の冷静な思考が、現在の戦力差とリスクを瞬時に弾き出した。

『ローランド、退くわよ。私たちの任務はあくまで宙域の待ち伏せ。これ以上の戦闘は損耗率が高すぎるわ。……死神の機体は完全に大破させた。あれではもう、しばらくは戦線に復帰できないでしょう』

『クソッ! 逃げるのかよ、メイザース!』

『命令よ。……それに、あの純白の機体のパイロットの目、まともじゃないわ』

メイザースの言う通り、タナトスに寄り添うブラン(リアンヌ)からは、周囲の空間が歪むほどの異常な殺気と魔力が立ち上っていた。もしここで彼女たちと死闘を演じれば、幹部である自分たちもタダでは済まないだろう。

『……覚えておけ、戦乙女ども。次会った時は、その船ごとスクラップにしてやる!』

ローランドの遠吠えと共に、二機のユグドラシル幹部機は、素早くワープゲートを開き、暗黒の宙域へと姿を消していった。

敵の反応が完全に消失したのを確認するよりも早く、リアンヌのブランは、腕を失い、装甲がひしゃげた無残なタナトスへとすがりついた。

『ローゼリア!! ローゼリア!! 返事をしてください!! お願いです!!』

通信回線に、リアンヌの悲痛な叫び声が響き渡る。

ランドグリーズとオルトリンデも、青ざめた顔でタナトスを護衛しながら母艦への帰還ルートを確保する。

タナトスのコクピットの中。

ローゼリアは、警告音アラートの赤い光に照らされながら、浅く、苦しい呼吸を繰り返していた。バハムートAIも生命維持装置に全電力を回し、沈黙している。

「……りあん、ぬ……」

折れた肋骨が肺を圧迫し、言葉を発するたびに激痛と血の泡が口から溢れる。

視界はすでに真っ暗に塗りつぶされ、全身の感覚が、氷水に沈められたように冷たく、遠ざかっていく。

『ローゼリア! 今、すぐ、母艦に戻ります! フィーネが、アルティナが医療ポッドを準備しています! ですから、どうか……どうか目を開けていてください!!』

「(……すまん、リアンヌ。……妾が、調子に乗って……一人で、突っ込んだから……)」

謝罪の言葉は、声にはならなかった。

ゲーマーとして、強力なAIチートに頼り、どこかで「自分だけは特別(主人公)だ」と思い上がっていた慢心。

その代償は、あまりにも残酷な形で、彼女自身の肉体と、大切な仲間たちの心に深い傷を刻み込むこととなった。

「(……ゲーム、オーバー……か)」

薄れゆく意識の最果てで、リアンヌの泣き叫ぶ声を聞きながら。

銀河最強と謳われた黒き死神は、その活動を完全に停止し、深い、暗い死の淵へと沈んでいったのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ