第二幕 第三十四話:ゲーマー死神の特別教官と、まな板ハッカーの熱狂的ファン
エインヘリアルが第十二星系『アステリア演習場』へと向けて航行を続けてから、数日が経過した。
帝国の最新鋭パーツを組み込まれ、超光速ドライブの出力も向上した母艦の旅は極めて順調そのものであり、道中で宇宙海賊やユグドラシルの残党に遭遇することもなく、平和な時間が流れていた。
しかし、その「平和」を持て余している者たちがいた。
「——はぁ。退屈ですわ。実践訓練ができないなんて、腕が鈍ってしまいますの」
エインヘリアル内に仮設された学生用のミーティングルーム。
エリーゼ・マーベリックが、優雅に紅茶のカップを傾けながら、ため息をついた。
彼女の周囲にいる士官学園の学生たちも、一様に手持ち無沙汰な表情を浮かべている。
本来であれば、演習艦の中で様々なシミュレーションや座学を行っているはずの期間だが、母艦の故障によってエインヘリアルに急遽同乗することになったため、訓練のカリキュラムが完全にストップしてしまっていたのだ。
「演習場に着くまでのあと三日間、このまま何もせずに過ごすのは士官候補生としていかがなものかと思いますわ。……教官! 傭兵団の皆様にお願いして、格納庫で機体を動かす許可をいただけないでしょうか?」
エリーゼが初老の教官に詰め寄る。
「む、無茶を言うなマーベリック。他人の船の格納庫で実機を動かすなど、非常識にもほどがある。……とはいえ、このままでは君たちの練度が落ちるのも事実。うむむ……」
そんな彼らの会話を、たまたま通りかかった(厨房にアイスを取りに行こうとしていた)ローゼリアが聞きつけた。
「なんじゃ、お主ら。暇を持て余しておるのか?」
「あ、ローゼリア殿下!」
もこもこのルームウェア姿でアイスキャンディーをかじるローゼリアを見て、エリーゼがパァァッと顔を輝かせる。
「ええ、そうなんですの! 演習場までの期間、機体の操縦訓練ができずに困っておりまして……」
「操縦訓練? そんなもの、実機を使わずともやればいいじゃろ」
ローゼリアはアイスをかじりながら、事も無げに言った。
「エインヘリアルには、帝国の最新軍事用回線に接続された『超高性能VR戦闘シミュレーター』が完備されとる。コクピットのG(重力)から被弾の衝撃まで完全に再現できる優れものじゃぞ。妾も昨日、それでアルティナと徹夜でマルチプレイをやっていたところじゃ」
「ぶ、VRシミュレーター!? しかも最新の軍事用……!」
学生たちがどよめく。士官学園の設備でも、そこまで高度なものは限られたエリートしか使えない。
「ちょうどいい。妾も最近は同じNPCばかり相手にして飽きておったところじゃ。お主らの訓練、妾たちが特別に相手をしてやろう」
「えっ!? ろ、ローゼリア殿下直々のご指導!? ほ、本当ですかぁぁっ!?」
エリーゼが酸欠の金魚のように口をパクパクさせ、その場に崩れ落ちそうになる。
かくして、退屈を持て余していた死神ゲーマーによる、士官学生たちへの「特別教官(という名の暇つぶし)」の幕が上がったのであった。
エインヘリアルの第六区画、巨大なカプセル型のVRシミュレーターが何十台も並ぶ訓練室。
学生たちは、それぞれのシミュレーターに乗り込み、仮想空間へとダイブした。
仮想空間(VR)内は、小惑星が密集するデブリ帯のフィールドが設定されていた。
『まずはこの私、戦乙女副団長リアンヌが、マギアナイトにおける「近接戦闘の基礎」を叩き込みます』
通信回線に、リアンヌの静かで、しかし氷のように冷たい声が響いた。
彼女の乗るVR上の機体は、当然ながら愛機である『ブラン』。純白の装甲と巨大な長槍を持つ、圧倒的な防御力と突破力を誇る近接特化機である。
「い、いくぞ! 陣形を組んで取り囲め!」
学生たちの量産型マギアナイト五機が、一斉にブランへと斬りかかる。
『……踏み込みが浅い。無駄なモーションが多すぎます』
ガキンッ!! と、ブランの長槍が最小限の動きで一閃する。
圧倒的な膂力と反射神経から繰り出される迎撃に、学生たちの機体は次々と弾き飛ばされ、バーチャル空間の小惑星に激突していく。
「つ、強すぎる……! なんだあの反応速度!」
『防御の判断がコンマ二秒遅れています。実戦なら今のであなたの首は飛んでいましたよ。近接戦闘において最も重要なのは、敵の初動を見極め、最短の軌道で急所を穿つこと。そこに感情の介在する余地はありません』
その戦いぶりは、普段ローゼリアの前で見せる「忠犬」のようなポンコツぶりからは想像もつかないほど、無慈悲で完璧であった。
主が直接絡まない時のリアンヌは、徹底して業務的であり、一切の容赦を持たない『戦場の聖女』としての冷徹な顔を覗かせるのだ。
『感情は不要です。ただ冷徹に、任務を遂行する刃となりなさい』
「ひぃぃっ……! 教官のプレッシャーが、息ができないほど冷たい……っ!」
完全に戦意を喪失し、次々とシステムダウン(撃墜判定)へと追い込まれていく学生たち。
『……リアンヌ、あなたの指導は機械的すぎて一般の学生にはハードルが高すぎるわ。下がって』
見かねたアルティナが、冷静な声で通信に介入した。
彼女の機体である『ハルファス』が、仮想空間のデブリの陰から滑るように現れる。
『次は私が、電子戦と広域戦術の基礎を教えるわ。……マギアナイトの戦闘は、腕力だけじゃない。情報の優位性を確保した者が勝つのよ』
「お、おう! 次はあの金髪の教官だ! 接近戦がダメなら、距離を取って……」
学生たちが体勢を立て直し、ハルファスに向けて一斉に射撃を放とうとした。
しかし——。
『……遅いわね。もう、あなたたちのシステムのバックドアは開いているわ』
「なっ……!? メインカメラ、ダウン!?」
「スラスターの制御が効かない! なんだこれ、勝手に機体が……!」
アルティナのハルファスは、一発の弾も撃っていなかった。
ただ、彼女の驚異的な演算処理能力による電子戦攻撃が、学生たちの量産機のOSを瞬時に書き換え、行動不能に陥らせていたのだ。
『無駄な通信を垂れ流しすぎよ。そんな無防備なファイアウォールで戦場に出るなんて、自殺志願者かしら?』
金色の髪を揺らし、紫色の瞳でゴミを見るような冷ややかな視線を向けるアルティナ。
だが、その元・悪の組織の幹部らしい「ドS」な発言と、有無を言わせぬ圧倒的な技術力、そして彼女自身のクールな美貌は、思春期真っ只中の士官学園の男子生徒たちに、**ある種の歪んだ性癖(ファン心理)**を目覚めさせてしまった。
「くっ……! 何もさせてもらえないなんて……! でも、なんだろう、この冷たい眼差しで罵倒される感覚……最高だ!」
「アルティナ教官! お願いします、俺たちの機体をもう一度ハッキングして、無力化してください!」
「くそっ、教官の言う通り、俺たちのOSはポンコツだ! アルティナ教官の言う通りに生きたい! ファンクラブ作ろうぜ!」
『……は? 何よこいつら、気持ち悪いわね』
突如としてMに目覚め、歓喜の声を上げる男子生徒たちに、アルティナは本気でドン引きしていた。
『——やれやれ。お主ら、指導の方向性が明後日に行っとるぞ』
その時。
気だるげな、しかしどこか楽しそうな声が、全機体の通信回線に響き渡った。
仮想空間のフィールド中央。
そこへ、漆黒の粒子を纏いながら、悪魔のような翼を持った機体がゆっくりと降臨した。
巨大な死神の鎌を片手に提げ、真紅のカメラアイを不気味に光らせる絶対的な死の象徴——『タナトス』である。
「た、タナトスだ……っ!」
「あれが、ローゼリア殿下の……黒き死神!」
学生たちの間に、本能的な恐怖と畏敬の念が走る。
『安心せい。お主らとのハンデとして、タナトスの魔力出力と推力は、学園の量産機と同レベルまで制限してある。機体性能の差はない。……純粋なプレイスキル(腕)だけの勝負じゃ。妾が相手をしてやる』
VRシミュレーターの操作ポッドの中で、ローゼリアはニヤリと笑った。
彼女の指先は、一流のピアニストのように、あるいはFPSの全国大会に臨むプロゲーマーのように、滑らかにコンソールを叩いている。
「い、いくぞ! 相手は機体性能を落としているんだ! 数で押せば……!」
生き残っていた学生の機体十機が、一斉にタナトスに向けてビームライフルを連射した。
宇宙空間を埋め尽くすような、光の雨。
しかし。
『……甘い。射線が完全に読めとる』
タナトスは、その光の雨の中を「歩くように」すり抜けた。
最小限のブースト。最小限の姿勢制御。
ビームの軌道を完璧に予測し、まるで雨粒の間を縫うように、コンマ数ミリの精度で機体を滑らせていく。
「な、なんだあの動き!? 当たらない! 弾幕が薄いのか!?」
『お主ら、射撃の基本がなっとらん。敵の「今いる位置」を撃っても、動く相手には当たらんじゃろ。敵の進行方向と速度を計算し、「次に敵が来る位置(偏差)」を撃つんじゃ。……こうやってな』
**ズギューーーンッ!!**
タナトスが漆黒の大鎌の柄から放った単発の魔力弾が、回避行動を取ろうとしていた学生の機体の「移動先の空間」に完璧に突き刺さり、一撃でシールドを粉砕した。
『それから、無駄に弾を撃ちすぎるな。リロードの隙は、対人戦において致命的な死に直結する。相手の弾切れを誘い、その一瞬の硬直を狙うのがセオリーじゃ』
タナトスが、まるで舞い踊るような機動で学生たちの懐に飛び込む。
ガコンッ、ガコンッ、と。
まるで流れ作業のように、学生たちの機体が次々と四肢を切り飛ばされ、撃墜判定の赤いランプを点灯させていく。
「(……しゅ、しゅごいっ……!)」
後方で待機していたエリーゼは、タナトスのあまりにも美しく、そして理不尽なまでの無双劇を前に、全身の粟立つような興奮を覚えていた。
これこそが、彼女が心酔してやまない「死神」の真髄。
「(ああ……やはり殿下は最高ですわ! でも、わたくしも、ただ見ているだけのモブではありませんのよ!)」
『ロゼット・グレイス、出ますわ!』
エリーゼは、愛機である真紅と純白のカスタマイズ機『ロゼット・グレイス』のスラスターを全開にし、デブリの陰から一気にタナトスへと肉薄した。
『ほう? 随分と速いな、縦ロール』
『縦ロールではありません! エリーゼ・マーベリックですわ! 殿下、わたくしの愛の剣、どうか受け取ってくださいませぇぇぇっ!』
ロゼット・グレイスが、細身のレイピアを構え、超高速の刺突を繰り出す。
ガキンッ!!
タナトスが漆黒の大鎌を盾にして、その刺突を防ぐ。
『ほほう。いい踏み込みじゃ。だが、愛が重いのは結構じゃが……実戦では、その「予測しやすい直線的な動き」は致命傷になるぞ』
ローゼリアの目が、ゲーマー特有の冷酷な光を帯びた。
『——ッ!?』
エリーゼが次の刺突を放とうとした瞬間。
タナトスが、一瞬だけスラスターを「逆噴射」させ、急ブレーキと同時に機体を180度反転。
エリーゼのレイピアが、空しく虚空を突く。
『相手の視界から一瞬だけ消える技術じゃ。……背中がガラ空きじゃぞ、エリーゼ』
『しまっ——』
背後に回ったタナトスの大鎌の峰が、ロゼット・グレイスの背部メインスラスターを軽く叩いた。
【BATTLE END:WINNER ローゼリア】
シミュレーターのカプセルが開き、汗だくになった学生たちが次々と這い出してくる。
「す、すごかった……! あれが、ヴァルキュリアの戦い……!」
「俺たち、機体性能が同じでも、手も足も出なかったぞ……!」
ローゼリアも、ルームウェアのフードを被り直しながら、ポッドから降りてきた。
「はぁ、はぁ……っ。で、殿下……! 素晴らしいご指導、ありがとうございました……っ!」
エリーゼが駆け寄り、その場に膝をついて頭を下げる。
「お、おう。お主、あの無駄な装飾だらけの機体であれだけ動けるなら、たいしたものじゃよ。……姿勢制御のパラメーター、少し弄ってやろうか? もっと旋回速度が上がる設定があるぞ」
「ほ、本当ですかぁぁっ!? 殿下直々のチューニング! ああっ、このロゼット・グレイスは我が家の家宝にしますわ!」
一方、そのすぐ隣では——。
「アルティナ教官! どうか俺たちのリーダーになってください!」
「教官の罵倒、心に響きました! サインください!」
「……ちょっと、寄らないでよ! あんたたち、本当に士官候補生なの!? 近づいたらファイアウォールごと焼くわよ!」
「「「ありがとうございます!!」」」
ドSな天才ハッカーとしての魅力を遺憾なく発揮してしまったアルティナは、男子生徒たちから熱烈な入会希望者に取り囲まれ、本気で嫌そうな顔で後ずさっていた。
「ははは。アルティナもすっかり人気者じゃのう」
「笑い事じゃないわよ、ローゼリア!アンタ 助けなさいよ!」
退屈な航海は一転し、ゲーマー死神の神プレイと、冷徹な聖女の恐怖、そしてドSハッカーの熱狂的信者の誕生という、情報量の多すぎる特別授業によって幕を閉じたのであった。




