第二幕 第三十三話:脱衣所の残酷な真実と、まな板の矜持
のぼせてひっくり返ったエリーゼがリアンヌに引きずられて脱衣所へと運ばれていった後、ローゼリアもようやく長い入浴を終えた。
「ふぅ。やはり風呂上がりの空調は最高じゃのう」
広々とした大理石張りの豪華な脱衣所。
ふかふかのバスタオルで身体を拭きながら、ローゼリアは鏡の前に立った。
そこに映るのは、透き通るような白い肌と、華奢な肩、そして——。
「(……うむ。まあ、こんなものじゃろう)」
ローゼリアは、自身の胸元に視線を落とした。
決して『無い』わけではない。少女らしい、控えめで可愛らしい膨らみは確かにある。前世が男であったローゼリアにとって、自分の胸に脂肪の塊がついていること自体、転生当初はひどく落ち着かないものであったため、「邪魔にならない程度のサイズ感」である現在のプロポーションには、ある意味で満足していた。
……いや、満足している『つもり』であった。
「あ、エリーゼ様! 大丈夫ですか!?」
「ええ、もう平気ですわ。少しお湯にあたりすぎただけですの」
脱衣所の奥にあるベンチスペースから、賑やかな声が聞こえてきた。
演習艦から合流した帝立士官学園の女子生徒たちが、のぼせから回復したエリーゼの周りに集まり、着替えの準備をしている。
何気なくそちらへ視線を向けたローゼリアは——ピタリと、タオルで髪を拭く手を止めた。
「(……なん、じゃと?)」
ローゼリアの真紅の瞳が見開かれる。
視線の先にいる女子生徒たち。彼女たちは皆、ローゼリアとほぼ同年代の十代半ば〜後半の少女たちである。
だが、その発育状況が、明らかにおかしいのだ。
バスタオルを巻こうとしている生徒たちの胸元は、どれもこれも「どすんっ」「ぼいんっ」という擬音が似合いそうなほど、豊満な果実を実らせている。帝国が誇る士官学園の栄養管理が完璧すぎるのか、それとも軍事訓練による新陳代謝の賜物なのか、とにかく皆一様に、健康を絵に描いたような素晴らしいプロポーション(特に上半身の質量)を誇っていたのである。
そして、極めつけは——。
「ふぅ。まったく、ランドグリーズ様の前で不覚を取るとは。わたくしとしたことが、一生の不覚ですわ」
ベンチから立ち上がった、エリーゼ・マーベリック。
彼女もローゼリアとほぼ同年代(なんならローゼリアの方が精神年齢を含めれば遥かに年上)であるはずだ。
だが、そのバスタオルの上からでもはっきりと分かる、自己主張の激しい二つの膨らみ。彼女が動くたびに、華奢なウエストとの対比で、それが暴力的なまでの『質量』を持って揺れている。
「(な、なぜじゃ……!? 妾とアイツは、ほぼ同い年のはずじゃぞ!? なのに、なぜあのツンデレ令嬢は、あんな『けしからん』ステータスをしておるのじゃ!?)」
ローゼリアは、もう一度鏡の中の自分を見た。
そして、エリーゼを見た。
もう一度自分を見て、他の女子生徒たちを見た。
……圧倒的。圧倒的なまでの『格差』がそこにはあった。
前世は男であったはずなのに。女の胸のサイズなど、ゲームのキャラメイクで「まあ、大きすぎると当たり判定がデカくなりそうだから普通でいいか」くらいにしか考えていなかったはずなのに。
いざ現実で、同年代の少女たちとの間にこれほどの『ステータス(胸部装甲)の差』を見せつけられると、ローゼリアのゲーマーとしての無駄な闘争心が、謎の敗北感へと変換されていく。
「(くっ……! 妾は銀河最強の死神じゃぞ! ユグドラシルの要塞を真っ二つにする魔力を持っておるんじゃぞ! なのに、なぜこんなところで、どうしようもない劣等感を味わわねばならんのじゃ……っ!)」
ギリィッ、とバスタオルを握りしめるローゼリア。
そこへ、無情にもエリーゼがパタパタと駆け寄ってきた。
「あ、ローゼリア殿下! 先ほどは取り乱してしまい、申し訳ありませんでしたわ!」
「お、おう。もうのぼせは引いたのか」
「はい! 殿下の神々しいお姿を拝見しすぎて、少し脳の処理が追いつかなかっただけですの!」
エリーゼは、ローゼリアの前に立つと、うっとりとした瞳で彼女の全身を舐めるように見つめた。
「ああ……それにしても殿下。こうして間近で拝見すると、本当に妖精のように華奢で、儚いお身体……。その慎ましいお胸も、殿下の可憐さを一層引き立てておりますわ! わたくしの無駄に大きいだけの脂肪とは大違い! ああ、守護りたい……! この手で、永遠に守護りたい……っ!」
**——グサァァァァッ!!**
悪気ゼロ。純度100%の「推しへの賛美」。
しかし、その言葉に含まれた『慎ましいお胸』『無駄に大きいだけの脂肪』という単語は、物理防御力無視の防御貫通ダメージとなって、ローゼリアの謎のプライドを深々と抉り取った。
「(……殺す気か。このファンは、妾の尊厳を無自覚に殺す気か……っ!)」
ローゼリアは、ガクガクと震える膝を必死に堪え、引きつった笑顔を返すことしかできなかった。
「……何を一人で絶望みたいな顔してるのよ、お姫様」
そこへ、シャワーを終えたアルティナが、タオルで金色の髪を拭きながら隣に並んだ。その紫色の瞳には、呆れと微かな同情が入り混じっている。
「あ、アルティナ……。お主、あの帝国士官学校の連中のステータス配分を見たか。あれはバグじゃろ。運営(神)の調整ミスじゃろ。同年代であの装甲値は、絶対におかしい……」
ローゼリアが、涙目でアルティナにすがりつく。
アルティナは、そんなローゼリアの視線の意味(胸の格差)を即座に察すると、ふっと鼻で笑い、巻いていたバスタオルをバサリと解いた。
「見なさい、お姫様」
そこに現れたのは、起伏という概念を完全に親の胎内に置き忘れてきたかのような、圧倒的かつ完璧な**『無(まな板)』**であった。
ローゼリアにはまだ「控えめな膨らみ」があるが、アルティナにはそれすらない。完全なるフルフラット。空気抵抗係数ゼロの、美しいまでの直線である。
「ア、アルティナ……お主……」
「いい? 胸の脂肪なんて、マギアナイトのコックピットに座った時に邪魔になるだけの『デッドウェイト(死重)』よ。激しいG(重力加速度)が掛かった時、あんな無駄な質量が揺れたら、精密な操縦のノイズにしかならないわ」
アルティナは、一切の恥じらいも劣等感もなく、むしろ自分のフラットな胸を誇らしげに張って見せた。
「私の演算処理と電子戦において、肉体の起伏は不要。この無駄を極限まで削ぎ落としたエアロダイナミクス・フォルムこそが、機能美の頂点なのよ。……あんな重そうな脂肪の塊をつけて喜んでるなんて、旧式の量産機の発想ね」
「(……っ! か、かっこいい……!)」
アルティナのその堂々たる『まな板の矜持』に、ローゼリアは雷に打たれたような衝撃を受けた。
そうだ。妾たちは戦乙女なのだ。
見た目のポリゴン数(胸の大きさ)などに惑わされてどうする。大切なのは、いかに無駄なく、効率よく敵を殲滅するか(ゲームをクリアするか)ではないか!
脂肪は邪魔! デッドウェイト! アルティナの言う通りじゃ!
「ふっ……。そうじゃな、アルティナ。妾としたことが、一瞬でもあんな『無駄な質量』に嫉妬するとは、ゲーマーとして恥ずかしい限りじゃ」
「分かればいいのよ。ほら、早く着替えて、コーヒー牛乳でも飲みに行きましょ」
すっかり立ち直り、アルティナと肩を並べて脱衣所のロッカーへと向かうローゼリア。
その背中を、エリーゼが不思議そうに見つめていた。
「……? 殿下とあの金髪の女、何を張り合っておりますの? やはり、貧乳はステータスというやつですの?」
後から出てきたリアンヌが、呆れたようにため息をつきながらエリーゼの肩をポンと叩いた。
「エリーゼ嬢、あなたも無自覚に人を煽るクセがあるので気をつけなさい……」
かくして、思わぬところで発生した「発育格差」によるダメージは、アルティナの恐ろしいほどのポジティブシンキング(開き直り)によって無事に回避された。
湯上がりの冷たいコーヒー牛乳を腰に手を当てて飲み干しながら、ローゼリアは「やはり、持つべきものはステータスより美味い牛乳じゃな」と、一人深く頷くのであった。




