第二幕 第三十一話:宙域の迷子と、強火ファン令嬢との再会
帝都での『優雅なるバカンス(ローゼリアにとっては地獄の公務)』を終え、最高級の補給物資と最新鋭の設備を積み込んだ傭兵団『戦乙女』の母艦エインヘリアルは、次なる目的地へと向けてエーベルヴァイン帝国の宙域を順調に航行していた。
「ふはははは! 見よアルティナ、妾のこの神がかったエイムを! 姉上が用意してくれた超高速回線のおかげで、ラグなど一切存在せんわ!」
「はいはい、すごいですわね。でも右側から回り込んでる敵、見落としてるわよ」
「な、なにっ!? しまった、撃たれ——」
『ローゼリア! 私のシールドでカバーします! さあ、ポテトチップスのおかわりをどうぞ!』
「うむ、苦しゅうない! むしゃむしゃ……」
リビングルームでは、すっかり元の『限界ゲーマー』の姿を取り戻したローゼリアが、アルティナとオンラインゲームのマルチプレイに興じ、リアンヌがその周囲で甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
平和で、騒がしくて、そして怠惰な日常。これこそが、彼女にとっての至福の時である。
しかし、そんな平穏な空気を破るように、ブリッジからブリュンヒルデ団長の声が艦内放送で響き渡った。
『総員、少し耳を貸せ。前方の宙域に、航行不能になって立ち往生している艦船を発見した。……どうやら、帝国の士官学校の演習艦らしい』
「演習艦の故障?」
アルティナが手元のタブレットでレーダー情報を確認する。
モニターには、エーベルヴァイン帝国が誇る名門『帝立マギアナイト士官学園』の紋章を掲げた中型艦が、メインエンジンの出力を完全に失い、宇宙空間を漂っている姿が映し出された。
ブリッジのメインモニターには、演習艦の艦長である初老の教官が、安堵の表情を浮かべながら通信を繋いできた。
『こ、こちらは帝立士官学園の第十三演習艦です。メインドライブの冷却系が完全に焼き切れ、立ち往生しております。……まさか、以前の演習護衛任務でもお世話になった傭兵団『戦乙女』の皆様に、再びお助けいただけるとは!』
「気にするな。我々も帝国には先日の休暇で多大なる世話になったからな。困っているなら助け合うのが筋というものだ」
ブリュンヒルデは、余裕の笑みで応じる。
以前、戦乙女は帝国の依頼で、士官学園の演習護衛任務に就いたことがあり、学園側とは極めて良好な関係を築いていた。
『実は、我々はこのまま第十二星系の【アステリア演習場】へと向かい、学生たちのマギアナイトによる実地訓練を行う予定だったのです。しかし、このままでは演習に間に合わず、学生たちの単位が……』
「第十二星系か。ちょうど我々の次の目的地と同じルート上だな」
ブリュンヒルデは少し考える素振りを見せると、ポンと手を叩いた。
「よし、こうしよう。そちらの艦の修理には、帝国のレスキュー部隊を呼んだ方が確実だ。だが、学生たちの単位が懸かっているのなら話は別。……**演習に使用するマギアナイトと学生たちだけ、我々の母艦エインヘリアルに収容し、一足先に目的地まで送り届けてやろう**」
『な、なんと! よろしいのですか!?』
「構わんさ。うちの格納庫は無駄に広いからな。若い学生たちの未来を守るのも、大人の役目だ」
ブリュンヒルデの太っ腹な提案に、演習艦の教官は涙を流して感謝した。
しかし、リビングでその通信を聞いていたアルティナは、ジト目で呟いた。
「……団長、絶対『帝国への恩売り』と『追加の報酬(特急の輸送代)』を狙ってるわね」
「うむ。大人とは汚い生き物じゃのう」
ポテトチップスをかじりながらローゼリアも深く頷くが、自分もその恩恵(ゲーム回線)を全力で受けているため、文句を言う筋合いはなかった。
数十分後。
エインヘリアルの巨大な格納庫のハッチが開かれ、演習艦から発進した学生用の量産型マギアナイトが、次々と着艦していく。
誘導を担当する整備班長フィーネが、油まみれのタオルを首に巻きながら指示を飛ばす。
「よしよし、ゆっくり降りてきな! あー、そこの三番機、スラスターの出力がブレてるよ! 降りたらアタシが調整してやるから、端っこに駐機しな!」
ぞろぞろと降りてくる学生たちは、伝説の傭兵団の母艦の内部をキョロキョロと見回し、「すげえ!」「あれが長女ランドグリーズのグリムゲルデか!?」と目を輝かせている。
だが、その量産機たちの群れの中に、一際異彩を放つ**『ド派手な特注機』**が混ざっていた。
着艦したのは、真紅と純白の装甲に彩られ、各所に『薔薇』の意匠が施された、ひどく優雅なマギアナイトだった。
武装は、フェンシングの剣を巨大化させたような細身の『レイピア(刺突剣)』。機体名を示すモニターの表示は**『ロゼット・グレイス』**。
どう見ても、一介の士官学生が乗るような量産機ではない。完全に個人の趣味と財力でカスタマイズされたワンオフ機体である。
プシューッ、とロゼット・グレイスのコックピットハッチが開き、中から一人の少女が姿を現した。
「エインヘリアルの皆様! この度はまたしてもわたくしどもの窮地を救っていただき、マーベリック家を代表して心より感謝申し上げますわ!」
豪奢な金髪を、完璧な縦ロール(ツインドリル)に巻き上げた少女。
帝国の上流貴族であることを示すフリルとリボンが装飾されたパイロットスーツを身に纏い、優雅にカーテシー(淑女の挨拶)を決める。
彼女こそが、帝国でも有数の名門貴族マーベリック公爵家の令嬢にして、士官学園の首席。以前の演習で戦乙女たちに護衛され、すっかり彼女たち(特にローゼリア)に心酔している——**エリーゼ・マーベリック**であった。
「……なんじゃ、あれは」
格納庫の隅にある見学デッキ。ゲームのキリが良くなったため、飲み物を取りに来たついでに見学していたアルティナが、その前時代的な縦ロールを見てぽかんと口を開けた。彼女はエインヘリアルに加入して日が浅いため、エリーゼとは初対面である。
「ああ、あれはエリーゼじゃ。お主が加入する前の演習任務で護衛した士官学生での。やたらとプライドが高いが、根は真面目なヤツじゃよ」
ローゼリアが、もこもこのうさぎ耳ルームウェア姿のまま、手に持っていたコーラの缶で令嬢を指差した。
見学デッキにいるローゼリアの姿を視界の端に捉えた瞬間。
エリーゼの表情が、先ほどの気品ある令嬢のものから一変した。縦ロールがピーンと跳ね上がり、頬が林檎のように真っ赤に染まる。
「あ……っ! ロ、ローゼリア殿下……っ!! お、お会いしとうございましたぁぁぁっ!」
淑女の作法も何もかも投げ捨てて、扇子を握りしめながら見学デッキまで猛ダッシュで駆け上がってくるエリーゼ。
「お、おう。エリーゼじゃったか。相変わらず元気が良さそうじゃな」
「はいっ! 殿下の気高き戦いぶりを目標に、わたくし、学園で猛特訓を重ねて首席を維持しておりますの!」
エリーゼは尊敬と憧れ(と、少しの狂気)が入り混じった眼差しでローゼリアを見つめている。
そう、彼女は生粋のツンデレ気質な令嬢であるが、ローゼリアに対してだけは別格であった。彼女はローゼリアを「命の恩人」であり「理想の皇女にして最強の戦士」として神のように崇拝する、**極めて強火の(重度の)大ファン**だったのである。
「……殿下。今日はまた一段と、愛らしく……いえ、リラックスされたお召し物で……」
エリーゼは、ローゼリアの着ぐるみに近いだらしないルームウェア姿を見ても、幻滅するどころか「死神のオフの姿、尊いですわ……!」と両手を合わせて祈るように拝んでいる。
「あー、うん。今ちょうどゲームの休憩中での」
ローゼリアが欠伸をしながら踵を返そうとした、その時だった。
コロン、と。
エリーゼが勢いよく走ってきたせいで、彼女の腰に提げていた高級ブランドのポーチから、何かがこぼれ落ちた。
「ん? 何か落ちたぞ」
ローゼリアがそれを拾い上げる。
それは、フェルト生地で作られた、不格好だが愛情たっぷりに縫い合わされた**『手作りのタナトスぬいぐるみ(全長10センチ)』**であった。
さらに、ポーチの開いた口からは、**『手作りの死神アクリルキーホルダー』**や、手書きのファンアートがチラ見えしている。
「ああっ!? み、見ないでぇぇぇっ!!」
エリーゼが悲鳴を上げてぬいぐるみをひったくり、顔から火が出るほど赤くなってうずくまった。
「……お主、相変わらず妾の非公式グッズを自作しておるのか」
ローゼリアは呆れたように息を吐いた。以前の演習の時から、この令嬢が隠れて自分の戦闘データを録画し、熱心にファン活動をしていることはとっくに知っていたのだ。
「ち、違うんですの! これは、その、魔除け! そう、魔除けの呪物ですわ! 決して、わたくしが夜な夜な殿下のお姿を思い浮かべながら愛を込めて手縫いしたグッズだとか、そんなんじゃありませんわ!!」
「誰もそこまで聞いておらんが……」
見慣れない新顔の前で醜態を晒してしまい、涙目で震えるエリーゼ。
そんな彼女を見て、ローゼリアはふっと口角を上げると、空いている方の手を伸ばし——エリーゼの金髪の頭(縦ロールの隙間)にポンと乗せた。
「えっ……?」
そのまま、少しだけ乱暴に、しかし優しく、わしゃわしゃと頭を撫でてやる。
「まあよい。妾を目標にして学園の首席を維持しておるんじゃろう? 偉い偉い。……これからも精進せいよ」
「……っ!!」
**ボンッ!!** という音が聞こえそうなほど、エリーゼの顔が限界突破して沸騰した。
憧れの死神ゲーマーからの、予想外すぎる『神ファンサービス』。
「は、はうぅ……っ。ろ、ローゼリア殿下が……わたくしの頭を、撫でて……っ。あ、あああ……っ、一生髪を洗いませんわぁぁぁっ!!」
エリーゼは膝から崩れ落ち、頭を押さえたまま天を仰いで感涙にむせび泣き始めた。
「……ねえ。あの子、完全に壊れてるけど大丈夫なの?」
初対面のアルティナが、ドン引きした目でローゼリアに尋ねる。
「気にするな、いつもの発作じゃ。お主はまだ面識がなかったな。あれはマーベリック公爵家のエリーゼ。学園の首席で腕は立つが、少し愛が重いのが玉に瑕じゃ」
そこへ、騒ぎを聞きつけたリアンヌが、純白の騎士マントを翻して駆けつけてきた。
「何事ですか! 我が主の御前に、不審な奇声が……っ! あなたは、以前もローゼリアに付きまとっていたマーベリック家の令嬢!」
「なっ……! 騎士リアンヌ! あなたこそ、毎日ローゼリア殿下のお側にはべって、特等席を独占しているくせに! わたくしだって、殿下に頭を撫でていただけるくらいには特別な存在なんですのよ!」
「無礼な! 私など、毎日ローゼリアの肩をお揉みし、一緒のベッドで寝起きしているのです! 頭を撫でられたくらいで調子に乗らないでください!」
ローゼリアの「最強のファン(同担)」同士であるリアンヌとエリーゼが、火花を散らして睨み合う。
「(……面倒くさいことになったのう)」
前世からの生粋のゲーマーであり、現実の人間関係のいざこざが最も苦手なローゼリアは、そっとコーラをすすりながら気配を消した。
「さあ、アルティナ、今のうちに部屋に戻ってゲームの続きじゃ。次は妾がスナイパーをやるぞ」
「はいはい。ファンクラブの争いは放置ね。……っていうか、私もお姫様と一緒にゲームして遊んでるって言ったら、あの令嬢、血の涙を流して嫉妬するんじゃないかしら?」
「やめろ、火に油を注ぐな」
格納庫に虚しく響き渡る、強火ファン令嬢と過保護騎士の熱すぎるマウント合戦。
かくして、面倒くさがりな死神ゲーマーと、愛が重すぎる令嬢、そして新たな仲間が加わった奇妙で騒がしい同乗の旅が、目的地【アステリア演習場】へと向けて幕を開けたのであった。




