第二幕 第二十五話:女帝の包囲網(トラップ)と、買収された純白の騎士
エーベルヴァイン帝国の首都星の帝都アエテルナ、その中枢にそびえ立つ白亜の巨大な宮殿——『帝城』。
傭兵団『戦乙女』の母艦エインヘリアルが軍事専用ドックに入港するや否や、ローゼリアたちは国賓以上の最高級の歓待を受けた。
特にローゼリアの扱いは別格だった。
彼女が追放前に使っていた広大な自室は、フェイトの言葉通り、最新鋭のスーパーコンピューター、最高スペックのゲーミングチェア、そして未発売の次世代VRハードの特装版が完備された「銀河最強の引きこもり部屋」へと魔改造されていたのだ。
「ふははははっ! さすがは姉上、わかっておる! この軍事用光回線のPingの低さ、回線落ちなど絶対にあり得ん最高の環境じゃ! これで妾は、三ヶ月は一歩も部屋を出ずに……ん?」
最新のVRゴーグルを被ろうとしたローゼリアは、ふと、純銀のワゴンを押して部屋に入ってきた見慣れないメイドたちの様子に違和感を覚えた。
「ローゼリア殿下。おやつの『星蜜のタルト』と、本日の**『ご決裁書類』**をお持ちいたしました」
「……はて? 決裁?」
ローゼリアが首を傾げると、メイドはにこやかに分厚い書類の束をテーブルに積み上げた。
「はい。現在、帝国議会にて殿下の『皇籍復帰』を求める法案が全会一致で可決される見通しとなっております。こちらは復帰後の領地経営の草案、そして来月行われる星間式典での殿下のスピーチ原稿、さらには各惑星の有力貴族から届いたお見合いの釣書(ダンボール三箱分)でございます」
「な、なんじゃとぉぉぉっ!?」
ローゼリアはゲーミングチェアから転げ落ちた。
おかしい。フェイトは「今すぐ公務の山に縛り付けたりはしない」と言っていたはずだ。
「ちょ、ちょっと待て! 議会が全会一致!? 妾はまだ何も承諾しておらんぞ!!」
「フェイト女帝陛下が、昨晩の内に有力議員たちへ『妹の復帰を望むなら、速やかに道筋を整えよ』と**力強い根回し(物理的な圧力を含む)**を行われましたので。明日には正式な調印式が執り行われる予定です」
「あの腹黒姉上! 妾をゲームで釣っておびき寄せ、外堀を完全に埋めきりおったな!!」
ようやくローゼリアは、自分がフェイトの張り巡らした巨大な蜘蛛の巣の中心にいることに気づいた。
優しく迎え入れ、最高のゲーム環境を与えたのは、妹を城から逃がさないための『撒き餌』に過ぎなかったのだ。
「マズい、マズいマズい! このままでは書類にサインさせられ、一生デスクワークとマナー講座漬けの皇族ライフに逆戻りじゃ! 母艦エインヘリアルに逃げ帰らねば!!」
ローゼリアはVRゴーグルを放り投げ、部屋の扉へ向かって猛ダッシュした。
しかし、扉を開けた瞬間、そこに立っていた人影に勢いよく衝突し、見事にすっ転んだ。
「あいたっ! な、なんじゃ……リアンヌ!?」
「おお、我が主・ローゼリア! お怪我はありませんか!」
ローゼリアを抱き起したのは、彼女の忠実なる騎士・リアンヌだった。
だが、その出で立ちを見て、ローゼリアは目を丸くした。
リアンヌはいつもの戦乙女の制服ではなく、白銀の糸で装飾された、神々しいほどに美しい『エーベルヴァイン帝国・近衛騎士団』の純白の特注マントと防具を身に纏っていたのである。
「り、リアンヌ? お主、その格好は……?」
「ふふっ、似合いますか? 先ほど、フェイト女帝陛下より直々に賜ったのです!」
リアンヌは頬を紅潮させ、誇らしげに胸を張った。
「陛下は私に仰いました。『妹がいつも世話になっているわね。リアンヌ、あなたの忠義に報い、特別に**【帝国公式のローゼリア専属護衛騎士】**の称号を与えましょう』と! これで私は、帝国の法の下においても、大手を振ってローゼリアの側でお守りすることができるのです!!」
「なっ……!?」
ローゼリアは絶句した。
(し、しまったぁぁぁっ!!)
ローゼリアの頭の中で、すべてのピースが繋がった。
リアンヌの行動原理は、常に「ローゼリアの側にいてお守りすること」である。
フェイトはそこを突いたのだ。リアンヌに『帝国公式の近衛騎士』という名誉と大義名分を与えることで、彼女の忠誠心をくすぐり、完全に丸め込んだ(買収した)のである。
「リアンヌ! 目を覚ませ、それは罠じゃ! 姉上は妾を皇族に復帰させるために、お主を体制側に取り込んだんじゃぞ! 妾と一緒に、今すぐこの城から脱出するんじゃ!!」
ローゼリアがリアンヌの肩を揺さぶる。
しかし、純白の騎士はキラキラと輝く瞳で、力強く首を横に振った。
「何を仰るのですか、ローゼリア! ローゼリアが皇族に復帰すれば、私は『皇族の筆頭近衛騎士』として、24時間365日、公式に同じ部屋で寝食を共にし、お側でお仕えできるのですよ!? これほど素晴らしい待遇があるでしょうか!!」
「お主のハッピーエンドと妾のバッドエンドが完全にリンクしておるんじゃ!! このポンコツ騎士!!」
ローゼリアが涙目で叫ぶが、完全に「公式の護衛」という甘い響きに酔いしれているリアンヌの耳には届かない。
「さあ、ローゼリア! 逃げ出そうなどとせず、誇り高き皇族として、あの山積みの決裁書類にサインをいたしましょう! 私が心を込めて肩をお揉みいたします!」
「嫌じゃぁぁっ! 離せ、妾はゲームがしたいんじゃ! 傭兵に戻るんじゃぁぁぁっ!!」
その頃、帝城の最上階、皇帝の執務室。
光り輝く金髪と、黒曜石のような瞳を持つ絶対女帝フェイト・エーベルヴァインは、優雅に紅茶を傾けながら、ホログラムモニターに映る「自室で騎士に捕まり、泣き叫ぶ妹」の姿を、大変満足げに眺めていた。
「ふふっ。相変わらず、私の可愛い妹は詰めが甘いわね。あの忠犬に特注の骨を与えれば、自ら進んで妹の退路を断ってくれるというのに」
「……性格が悪すぎますわよ、フェイト陛下」
執務室のソファに座り、呆れたようにため息をついたのは、戦乙女のアルティナだった。
彼女もまた、フェイトの招きでこの部屋に呼ばれていたのだ。
「あら、人聞きの悪い。私は妹の将来を思って、最適な環境を整えてあげただけよ。ゲームは好きなだけしていいと言ったもの。……『皇族としての義務を果たした後の余暇の時間』にね」
フェイトはクスリと笑うと、アルティナに向けてひときわ優しく、慈愛に満ちた笑みを向けた。
「それに、アルティナ。あなたもローゼリアの大切な仲間……いえ、私の可愛い妹のようなものなのだから、どうか私のことは『お姉様』と呼んでちょうだいね。城の設備も、自由に拝借して構わないわ」
「……お気遣いどうも。でも、私はあまり表舞台に出るつもりはないわ」
表向きは、妹の親友を温かく迎え入れる「家族」としての穏やかな会話。
しかし——フェイトの黒曜石の瞳の奥には、氷のように冷たく、鋭い『警戒心』が完璧に隠蔽されていた。
(アルティナ。ローゼリアが娘として溺愛しているとはいえ……かつての凶悪な秘密結社『ユグドラシル』の最高幹部にして、頭脳。いくら身内になろうと、帝国の主として、この天才(元・テロリスト)から完全に目を離すわけにはいかないわ)
フェイトは、アルティナを自らの手元(帝城の中枢)に置き、厚遇して懐柔する姿勢を見せながらも、裏では帝国の防壁システムを最高レベルに引き上げ、彼女の動向を常に監視するよう情報部に命じていたのだ。
政治の怪物であるフェイトにとって、完全に気を許せるのは、どうしようもなく不器用な実の妹のローゼリアだけであった。
「戦乙女の皆も、そろそろ次の依頼に向かうのでしょう?」
フェイトは、紅茶のカップを静かにソーサーに置いた。
「ええ。母艦エインヘリアルの修理も完了したし、団長が次の星系の情勢を調べているところよ」
「そう。なら、ローゼリアはしばらく私が預かっておくわ。皇族としての再教育が終わるまではね」
フェイトは黒い瞳を細め、悪戯っぽく微笑んだ。
「ふふふ。逃がさないわよ、ローゼリア。あなたがこの五年でサボった分の公務と、溜まりに溜まったお見合いの相手、すべてきっちり消化してもらうからね」
帝国の頂点に君臨する絶対女帝の完璧な策略と、それにまんまと買収された純白の騎士。そして、笑顔の下で静かに火花を散らす女帝と天才オペレーターの心理戦。
銀河最強の死神は、かつてないほどの絶望的な包囲網の中で、決裁書類の山と戦うという「最強の無理ゲー」に挑まされることになったのである。




