第二幕 第二十三話:青き星の防衛戦と、キレる死神たち
「……しょっぱい。今日のコンソメ味は、なんだか少し、しょっぱすぎるのう……」
エインヘリアルの母艦、静寂に包まれたリビングルーム。
ローゼリアが頬を伝う涙と共に、悪友への感傷に浸りながらポテトチップスを噛み締めていた、まさにその瞬間であった。
**——ビィィィィィンッ!! ビィィィィィンッ!!**
突如として、母艦中に耳を劈くような第一種戦闘配備の警報が鳴り響き、照明が血のような赤色に染まった。
「な、なんじゃ!? 妾の感動的な涙のシーンが台無しではないか!」
ローゼリアがポテトチップスを喉に詰まらせてむせる。
「ちょっと、急にどうしたの!?」
アルティナが即座に涙ぐむローゼリアを置いて駆け出し、リビングの予備コンソールを叩く。そのモニターに映し出されたレーダーの光点を見て、彼女は息を呑んだ。
「……空間転移反応、多数! この月の軌道上に、ユグドラシルの大艦隊が出現したわ!!」
「なんですって!?」
ロスヴァイセが眼鏡を鋭く光らせる。
通信回線が開き、ブリッジにいるブリュンヒルデ団長の緊迫した声が響いた。
『総員、直ちに戦闘配置につけ! 敵はユグドラシルの重巡洋艦三隻と、無人戦闘機フェンリルの大群だ! どうやら、地球の地下基地が破壊されたことで、私たちの居場所を完全に特定したらしい!』
『団長! ワープドライブの再起動まで、あと十五分はかかるよ!』
機関室のフィーネから悲鳴のような報告が入る。
『分かっている。母艦はこのまま月の裏側で修理を続行する。……パイロット全員、直ちにマギアナイトで出撃し、敵艦隊を地球と母艦に近づけるな!! 防衛ラインを死守しろ!』
「……上等じゃ」
先ほどまでの感傷的な涙を乱暴に袖で拭い去り、ローゼリアがスッと立ち上がった。
その真紅の瞳には、かつてないほどのドス黒い怒りと殺意が渦巻いていた。
「妾の涙の余韻をぶち壊しただけでなく……妾の悪友がいる、愛すべきゲームとジャンクフードの星に、ドンパチを仕掛けに来たじゃと……? あの羽虫ども、絶対に生かしては帰さんぞ!!」
月の裏側の宇宙空間。
漆黒の闇を切り裂くように、ユグドラシルの大艦隊から放たれた無数のビームがエインヘリアル母艦へと迫る。
『——させませんわ!』
母艦のカタパルトから真っ先に飛び出したのは、純白の騎士・リアンヌが駆る『ブラン』だった。
純白の長槍が虚空で旋回し、巨大な魔力防壁を展開。雨あられと降り注ぐ艦砲射撃を、ただの一発も通さずに完全に弾き返す。
『皆様! ローゼリアの聖地たる青き星に、野蛮な羽虫たちの塵一つ落としてはなりません! 徹底的に殲滅します!』
『おうよ! アタシの戦斧の錆にしてやるぜェ!!』
リアンヌの防壁の影から、長女ランドグリーズが駆る真紅のマギアナイト『グリムゲルデ』が猛スピードで飛び出した。
彼女は巨大な戦斧に炎の魔力をエンチャントさせ、先陣を切って迫るフェンリルの群れへと突っ込む。
「オラオラオラァッ!!」
一閃、また一閃。豪快な笑い声と共に、ランドグリーズの斧がユグドラシルの無人機を次々と両断し、宇宙空間に無数の爆発の花を咲かせていく。
『お姉様、突っ込みすぎですわ。射線が被ります。……マルチロックオン、完了。一掃しますわよ』
後方から、次女ロスヴァイセの駆る『ヘルムヴィーゲ』が機体各所のウェポンラックを展開する。彼女が放った無数のマイクロミサイル群は、宇宙空間で複雑な軌道を描きながら、ランドグリーズの死角から迫っていた敵機群へと正確に降り注ぎ、次々と吹き飛ばしていく。
『……敵艦隊の通信ネットワーク、ハッキング完了。同時に、敵旗艦のセンサー系を狙撃する。これで、地球側にこの戦闘の光や電波は届かない』
三女オルトリンデの『ジークルーネ』が、静かに電子戦を展開しながら、漆黒のスナイパーライフルを構える。彼女の精緻な狙撃とジャミングの並行処理により、敵の指揮系統は混乱し、さらに地球の天文台や軍事レーダーはこの月軌道上での激戦を「ただの宇宙のノイズ」としてしか観測できない状態になっていた。
「すごいわ、三姉妹の連携……! でも、敵の数が多すぎる! 重巡洋艦の主砲のチャージが来るわよ!」
アルティナが、フィーネの手によって見事に実戦復帰を果たした自身の専用機『ハルファス』のコックピットから叫ぶ。
かつてユグドラシルの最高傑作と呼ばれた彼女の機体は、今やエインヘリアルの強力な戦力としてその翼を広げていた。
「私が弾道予測と戦術指揮を統括する! ランドグリーズ、ロスヴァイセ、一度下がって! リアンヌ、右翼の防壁を厚く!」
『了解ッス!』『アルティナ様の指示通りに!』
アルティナの驚異的な演算能力が、戦乙女たちの動きを完璧なオーケストラのようにまとめ上げる。
だが、ユグドラシルの重巡洋艦三隻が主砲の照準を完全に母艦へと定めた。そのエネルギー質量は、リアンヌの防壁をもってしても相殺しきれるものではない。
『フフフ……エインヘリアルの愚者どもめ。その母艦ごと、月と地球の重力場に消え去るがいい!!』
敵艦隊の指揮官が勝利を確信した、その時。
『——誰の星の前で、デカい顔をしておるんじゃ、羽虫ども』
戦場のすべての音をかき消すような、絶対的な死の冷気を孕んだ声が通信回線に響き渡った。
**ズバァァァァァァァァァァァァンッ!!!!**
ユグドラシルの重巡洋艦の一隻が、主砲を放つ直前、突如として「真上」から振り下ろされた漆黒の巨大な鎌によって、分厚い装甲ごと真っ二つに両断された。
『な、何ィィィッ!?』
爆発する重巡洋艦の炎の中から、悪魔のような漆黒の翼を広げたマギアナイトが悠然と姿を現す。
銀河最強の死神、ローゼリア・エーベルヴァインの駆る『タナトス』である。
『ローゼリア! 無茶しないで、敵の数が……!』
「案ずるなアルティナ。今日の妾は、前世からの積み重なったストレスと、ゲームを没収された怒りと、感動を邪魔された恨みで……**最高にキレておるんじゃ**」
タナトスの真紅のカメラアイが、残る二隻の重巡洋艦とフェンリルの大群をギロリと睨みつける。
その機体から溢れ出す漆黒の魔力は、宇宙空間の光すらも歪めるほどの超高密度に達していた。
『た、タナトスだ! 黒き死神を集中攻撃しろ!!』
ユグドラシルの艦隊がパニックに陥り、全火力をローゼリアへと向ける。
「遅い遅い遅い! メカストの全国ランカーの動体視力を舐めるな!!」
ローゼリアの操るタナトスは、まるで舞を踊るような超絶機動で、全方位からのビームとミサイルの雨を紙一重で回避していく。
それは、地球のゲーセンでタナカと組んで五十連勝した時の、あの神がかったプレイスタイル(被弾ゼロ・カウンター特化)そのものであった。
「リアンヌ! 妾に合わせろ!」
『はい、私の主!』
リアンヌのブランがタナトスの背後にピタリと張り付き、純白の防壁でローゼリアの死角を完全にカバーする。
最強の矛と、最強の盾。二人の息の合った連携の前に、ユグドラシルの兵器は文字通りスクラップの山と化していく。
「お前らがこの星に落としていいのは、流れ星だけじゃ! 鉄クズを妾の実家に降らせるな!!」
ローゼリアはタナトスの大鎌に極大の魔力を収束させ、それを残る二隻の重巡洋艦に向けて、容赦なく大上段から振り下ろした。
「消え失せろ! デス・サイズのフルスイングじゃぁぁぁっ!!」
漆黒の三日月状の巨大な斬撃が宇宙空間を走り抜け、残っていた重巡洋艦二隻を、護衛のフェンリル部隊もろとも一瞬にして空間ごと消し飛ばした。
音のない宇宙に、圧倒的な破壊の閃光が咲き誇る。
「……ふぅ。これで少しはスッキリしたわい」
残骸一つ残さず敵艦隊を消滅させたローゼリアが、コックピットで肩で息をつきながら呟く。
『敵艦隊の全滅を確認! 空間の魔力反応、完全にクリアです!』
アルティナが安堵の声を上げる。
『よくやった、お前たち! こちらもワープドライブの修理とチャージが完了した。これより本艦は、地球宙域を離脱し、連邦宙域への次元跳躍に入る! 全機、直ちに帰投せよ!』
ブリュンヒル団長の力強い命令が下る。
『了解!』
戦乙女たちは次々と母艦のエレベーターへと帰還していく。
ローゼリアは最後にタナトスの機体を反転させ、眼下に浮かぶ美しく青い地球を、じっと見つめた。
「……あばよ、タナカ。お主とのタッグ、最高に楽しかったぞ。……妾の代わりに、メカストの全国大会で優勝してくれよな」
誰にも聞こえない、死神の小さな独り言。
それは、五年の時を経て果たされた、前世の悪友へのささやかな別れの言葉だった。
タナトスが母艦に収容されると同時に、エインヘリアルは巨大なワープゲートを開き、眩い光と共に青き星の宙域から姿を消した。
地球の平和と、少ししょっぱい思い出だけを残して。




