第二幕 第二十二話:理知的なお土産と、悪友の鋭すぎる(?)眼光
「目標のエーテル結晶、完全回収。これより母艦へ帰還しますわ」
暗闇に包まれた山岳地帯から、光学迷彩を展開したステルスシャトルがふわりと浮上する。
ロスヴァイセの完璧な操縦により、シャトルは地球の防空網に一切の波風を立てることなく、静かに大気圏外へと機首を向けた。
「ふぅ、お疲れ様ロスヴァイセ。本当に、ローゼリアがいないと任務がスムーズすぎて拍子抜けするわね」
「ええ。やはりエインヘリアルにおける知性の双璧は、私とアルティナ様ということで間違いありませんわ」
コックピットで優雅に紅茶(水筒に淹れてきたもの)を啜りながら、二人は勝利の余韻に浸っていた。
しかし、アルティナの脳裏に、出撃前に見た「ソファの上で干からびたナメクジのように横たわる死神」の情けない姿がよぎる。
ゲームを取り上げられ、デイリーミッションをこなせない絶望から、魂が抜けかけていたローゼリア。
自業自得とはいえ、あのままでは本当にエクトプラズムを吐き出して前世の地球に成仏しかねない。
「……ねえ、ロスヴァイセ。大気圏を抜ける前に、少しだけ寄り道してもいいかしら?」
「寄り道、ですか? 珍しいですね、アルティナ様がそのようなことを仰るなんて。目的の座標は?」
「さっきの、日本の街のコンビニ。……あのダメなニートに、コーラとポテトチップスくらい買って帰ってあげようと思って」
アルティナの言葉に、ロスヴァイセは小さく吹き出した。
「ふふっ。アルティナ様は、本当にお優しいですね。……承知いたしました。では、お姫様の機嫌取りを追加しましょう」
ステルスシャトルは再び日本の地方都市上空へ舞い戻り、人目につかない裏山にひっそりと着陸した。
そこから徒歩で山を下り、煌々と光る深夜のコンビニエンスストアへと向かう。
「ええと、ローゼリアが好きなのはこの赤いラベルのコーラと、コンソメ味のポテトチップスね。あと、新作のゲーム雑誌でも買っていってあげれば、少しは大人しくなるかしら」
「アルティナ様、ついでにこちらの地球の『エナジードリンク』という魔力回復薬(?)も買っておきましょう。徹夜の整備で疲れているフィーネ班長が喜ぶはずですわ」
二人の絶世の美少女(片方はパーカー姿、もう片方はスタイリッシュなトレンチコート)が、無表情でジャンクフードをカゴいっぱいに爆買いする姿は、深夜のコンビニ店員を大いに困惑させたが、無事にハッキング電子マネーで会計を済ませることができた。
「よし、ミッションコンプリート。誰にも見つかる前に、さっさとシャトルに戻るわよ」
「ええ、完璧な……」
二人がコンビニの自動ドアを出て、裏山へ続く暗い路地へ歩き出そうとした、その時だった。
「——あ! ちょっと待って! そこの金髪の姉ちゃん!!」
背後から、不意に声をかけられた。
アルティナとロスヴァイセがピタリと足を止める。
振り返ると、そこにはコンビニの制服を着たまま、ゴミ出しのために裏口から出てきた様子の青年が立っていた。
ヨレヨレのパーカーを制服の下に着込んだ、少し猫背の青年。アルティナもロスヴァイセも、彼の顔には全く見覚えがなかった。
「……何かご用でしょうか?」
警戒したロスヴァイセがスッとアルティナの前に立ち塞がろうとするが、青年は興奮した様子でゴミ袋を持ったまま駆け寄ってきた。
「あっ、やっぱり! あんた、数日前に向かいのゲーセンで、俺とメカストでタッグ組んでくれた子だろ!」
「……え?」
アルティナは目を瞬かせた。
(ゲーセン? タッグ? ……まさか)
アルティナの優れた演算能力が、一瞬で状況を導き出す。数日前にゲーセンで大暴れし、バズり散らかしたのはローゼリアだ。そして、その時に彼女の隣に座ってタッグを組んでいたのが、ローゼリアの元・親友である「タナカ」という青年だったはず。
(この人が、そのタナカ……? そして、同じ金髪の外国人風の容姿だからって、私のことをローゼリアだと勘違いしてるのね!)
暗い夜道と、目深に被ったパーカーのフード。何より、地球の日本人から見れば「規格外の絶世の金髪美少女」というシルエットだけで同一人物に見えてしまっても無理はない。
「いやー、急に『オナカイタイ』とか言って逃げるから、どうしたのかと思ってさ!」
タナカはアルティナの方を見て、心配そうに眉を下げる。
「しかも店を出た後、表の道で顔面から思いっきりすっ転んでただろ? 鼻、大丈夫だったか? 結構派手な音してたけど」
「……」
(ローゼリア……あんた、どんだけ恥ずかしい転び方してたのよ……)
アルティナは内心で天を仰ぎながらも、話を合わせるために完璧な美少女スマイルを顔に貼り付けた。
「え、ええ。大丈夫ですよ。鼻血が出ただけで、すぐに治りましたから」
「そっか、よかった! ……いや、それにしても驚いたよ」
タナカはホッと息を吐くと、少しだけ真面目な顔になった。
「あんたのあのプレイスタイルと、あの『ふははは』って高笑い……俺の、死んだダチにそっくりだったんだよ。動きの癖から、被弾した時の避け方まで、全部さ」
タナカの言葉に、アルティナとロスヴァイセは静かに息を呑んだ。
「あいつ、五年前に事故で死んじまってさ。俺、あいつと一緒にメカストの全国大会に出る約束してたんだよ。あいつのプレイヤーネームは『**ジムス**』って言ってさ。……あの日、あんたとタッグ組んで戦ってた時、まるで『ジムス』が帰ってきて、俺の隣で一緒にゲームしてくれてるみたいな気がしてさ。……すげえ、嬉しかったんだ」
悪友の、真っ直ぐで嘘のない言葉。
それは、性別も姿も変わってしまったローゼリアの魂の波長を、理屈ではなく「共にゲームをプレイした絆」で確実に感じ取っていた証拠だった。
(……この人の想いを、無下にはできないわね。私をローゼリアだと勘違いしているなら、最後までその『設定』で押し通すしかないわ)
アルティナは、超高速演算で最適な回答を導き出した。
「……実は、私」
アルティナは少し恥ずかしそうに目を伏せ、地球の言葉を紡ぐ。
「あなたの亡くなったお友達……『ジムス』さんの、熱狂的なファンなんです」
「えっ?」
「海外からずっと、彼のネットに上がっているプレイ動画を研究してて。ジムスさんのプレイスタイルに憧れて、動きも、あの笑い方まで完全にコピーしちゃうくらい、彼を尊敬していたんですよ」
アルティナの咄嗟の機転に、状況を理解したロスヴァイセも即座に話を合わせる。
「ええ、その通りですわ。この子は重度のゲームオタク……いえ、リスペクト精神に溢れるプレイヤーなのです。あの日、彼の相棒だったあなたの横でプレイできたことを、『神様に会えたみたいだ』と大変喜んでおりましたわ」
その言葉を聞いた瞬間、タナカの目が丸くなり、次いで「ぶっ」と吹き出した。
「マジで!? あいつのプレイを海外からコピーしてた美少女がいたの!? はははっ、すげえ! ジムスが生きててこれ聞いたら、絶対ドヤ顔して喜ぶぜ!」
タナカは心底嬉しそうに、お腹を抱えて笑った。
「そっか……アイツのプレイは、ちゃんと残ってたんだな。……ありがとう、教えてくれて」
タナカは深く頭を下げた。
「姉ちゃん、また日本に来ることがあったら、いつでも俺の隣の席を空けて待ってるからさ! 今度は最後までタッグ組もうぜ!」
「……ええ。ありがとうございます。それじゃあ、私たちはこれで」
アルティナとロスヴァイセは、タナカに軽く手を振ると、深夜の路地の奥へと足早に消えていった。
数時間後。エインヘリアルの母艦。
「……というわけで、はい。お土産のコーラとポテトチップスよ。あとゲーム雑誌」
「おおおおおっ!! アルティナ、ロスヴァイセ! お主らは神か!!」
リビングのソファにドサリと置かれたコンビニ袋を見るなり、ナメクジと化していたローゼリアが凄まじい速度で跳ね起きた。
プシュッ!と小気味良い音を立ててコーラの缶を開け、一気に半分ほど飲み干す。
「ぷはぁぁぁっ!! これじゃ! 妾の細胞が蘇っていくのが分かるわい!」
「お姫様、あまりこぼさないでくださいませ。掃除するのは私なのですから」
ロスヴァイセが冷たく言い放つが、ローゼリアの耳には入っていない。
「あー、やっぱり地球のジャンクフードは最高……」
「それとね、ローゼリア」
ポテトチップスの袋を開けようとしたローゼリアに、アルティナが静かな声で言った。
そして、深夜のコンビニ前で起きた、タナカとのやり取りをすべて、一言一句違えずに伝えた。
「……」
それを聞いたローゼリアは、ポテトチップスを掴んだまま、ピタリと動きを止めた。
赤い瞳が大きく見開かれ、キャップのつばの影で、その表情が隠れる。
『アイツのプレイは、ちゃんと残ってたんだな』
『ジムスが生きててこれ聞いたら、絶対ドヤ顔して喜ぶぜ!』
『いつでも俺の隣の席を空けて待ってるからって』
悪友の言葉が、ローゼリアの脳内でリフレインする。
自分とアルティナの容姿を勘違いしていたとはいえ、悪友は五年の月日が経っても、死んだ『ジムス(自分)』のことを鮮明に覚えてくれていた。そして、自分の遺したプレイスタイルが誰かに受け継がれていると信じて、心底嬉しそうに笑っていたのだ。
「……馬鹿な奴じゃ。妾がドヤ顔など、するわけないじゃろうが……」
ローゼリアは、ポテトチップスを一枚、口の中に放り込んだ。
パリッという乾いた音が響く。
「……しょっぱい。今日のコンソメ味は、なんだか少し、しょっぱすぎるのう……」
顔を伏せたまま、ローゼリアの口元が微かに震え、その頬を、透明な雫が一筋だけ伝い落ちた。
リアンヌが何か言おうとして一歩踏み出したが、アルティナがそれをそっと手で制した。
銀河を恐怖に陥れた死神が、たった一つだけ見せた、かつての『人間』としての、そして一人の『ゲーマー』としての涙。
「……ロスヴァイセ。母艦の修理が終わったら、さっさとこの星を出るわよ」
「ええ、アルティナ様。これ以上、お姫様に『人間臭い』感情を思い出させるのは、エインヘリアルにとって毒かもしれませんわね」
理知的な探索班の二人は、ほんの少しだけ優しい目をしながら、ジャンクフードを涙ごと飲み込む不器用な死神を、静かに見守るのであった。




