第二幕 第二十一話:廃人(ゲーマー)の死神と、理知的な探索班
「あ……あ……ログボ……妾の、デイリーミッションが……未消化で、消えていくのじゃぁ……」
エインヘリアル母艦のリビングルーム。
そこには、かつて銀河を震え上がらせた最強の『黒き死神』の見る影もない、完全に魂が抜け落ちた一匹の干からびたナメクジのような生物がソファに横たわっていた。
「ああ、ローゼリア! 魂が! 口からエクトプラズムのようなものが抜けかけています! 誰か、誰か早く彼女にコントローラーを! さもなくば私が今すぐ地球のゲーム会社を武力制圧してまいります!!」
「やめなさいリアンヌ。そして団長が『絶対に甘やかすな』って言ってたでしょ」
涙目でパニックに陥る純白の騎士を、アルティナが冷ややかな声で制止する。
ローゼリアの私室からすべてのゲーム機、VRハード、そしてホログラムモニターが没収されてから数日。
暇を持て余したローゼリアは、最初のうちは「妾の魔力で倉庫の鍵などすぐに破壊できるわ!」と息巻いていたが、ブリュンヒルデ団長から**「破壊したら次世代VRハードのプロトタイプは絶対に渡さないし、三ヶ月間おやつ抜き」**という重すぎる追加ペナルティを提示され、完全に心を折られていた。
結果、エンタメを奪われた限界オタクは、文字通り「使い物にならない廃人」と化し、ソファの上で「ガチャを引きたい……」と虚空に向かって指をスワイプするだけのbotになってしまったのである。
「はぁ。これじゃあ、本当にただの駄目なニートね」
アルティナは深くため息をついた。
そこへ、整備班長フィーネがオイルの匂いを漂わせながらリビングに入ってくる。
「……相変わらず酷い有様だね、お姫様は。まあいいさ、アルティナ、ちょっといいかい?」
「どうしたの、フィーネ?」
「ユグドラシルの地下基地から回収したレアメタルとエーテル結晶のおかげで、ワープドライブの基礎フレームは直った。……ただ、次元跳躍を安定させるための『高純度エーテル触媒』がまだ足りないんだ」
フィーネはタブレットを操作し、地球の立体ホログラムを投影した。
「この星の別のポイント……前回の島国(日本)から海を隔てた大陸の山岳地帯に、自然発生した強力なエーテル地脈の反応がある。そこから天然の結晶を採掘してきてほしい」
「なるほどね。……でも、この廃人は見ての通りよ。連れて行っても足手まといにしかならないわ」
アルティナがソファで白目を剥いているローゼリアを指差す。
「ふふっ。ならば、今回は私がアルティナ様のサポートを務めさせていただきますわ」
静かな足音と共に現れたのは、眼鏡を光らせた戦乙女の次女・ロスヴァイセだった。
彼女はすでに、地球の環境に合わせた「私服」へと着替えていた。タイトな黒のタートルネックに、スタイリッシュなトレンチコート。その姿は、映画から抜け出してきた有能な女スパイそのものである。
「ロスヴァイセ! 一緒に来てくれるの?」
「ええ。情報統制と精密な射撃戦、そして何より『目立たない隠密行動』にかけては、どこぞのお姫様よりも私の方が適任ですから」
ロスヴァイセは、虚空をスワイプし続けるローゼリアを一瞥して冷たく言い放つ。
「長女(お姉様)は近接戦闘特化で目立ちすぎますし、三女は地球のお菓子に興味を惹かれて寄り道する危険があります。アルティナ様と私……このエインヘリアルにおける最も理知的で常識的なコンビで、完璧なステルスミッションを完遂いたしましょう」
「頼もしいわ! それじゃあ、さっそく出発ね!」
アルティナも、いつものパーカーとショートパンツ姿で元気よく立ち上がる。
「あ、ああ……妾も……ガチャ、地球のゲーセン……」
うわ言のように呟くローゼリアを背に、二人は颯爽とハンガーへと向かっていった。
数時間後。
アルティナとロスヴァイセを乗せた小型ステルスシャトルは、ユーラシア大陸の険しい山岳地帯——目標である高純度エーテル地脈が眠るポイントへと、誰にも気づかれることなく降下した。
「……周辺の電波状況、異常なし。地球の軍事衛星の監視網も、すべて私のジャミングで偽装完了ですわ」
ロスヴァイセがタブレットを素早く操作し、周囲の安全を確保する。
「さすがロスヴァイセ。これなら空軍に追い回される心配もないわね」
アルティナはホログラム端末を展開し、地脈の正確な座標を割り出していく。
二人が降り立ったのは、深い森と岩肌に囲まれた無人の渓谷だった。
ローゼリアが引き起こした「実家近くのゲーセンでの騒動」とは打って変わり、完全なる人里離れた秘境である。
「地脈の入り口は、この岩壁の奥みたいね。……でも、物理的な崩落で塞がっているわ」
「お下がりください、アルティナ様。私が『静かに』こじ開けますわ」
ロスヴァイセは虚空から、彼女の専用武器である漆黒のスナイパーライフルを顕現させた。
彼女はライフルの銃口に特殊なサイレンサーデバイスを取り付け、魔力を極限まで圧縮した徹甲弾を装填する。
**——プスッ。**
一切の爆発音を立てることなく、放たれた魔力の弾丸が岩壁の弱点を正確に撃ち抜き、まるでバターを切り裂くように岩盤を崩壊させた。人が通れるだけの、完璧なサイズの入り口が形成される。
「お見事。どこかの誰かさんみたいに、大鎌で山ごと吹き飛ばして大騒ぎにしたりしないから安心ね」
「当然ですわ。力任せの破壊など、美しくありませんから」
二人は微笑み合いながら、暗い洞窟の奥へと足を踏み入れていく。
洞窟の最深部に到達した二人は、そこが単なる自然の地脈ではないことに気づいた。
「……ロスヴァイセ。見て、これ」
「これは……ユグドラシルの、無人観測ポッドの残骸ですわね」
青白く発光する巨大なエーテル結晶の群れに埋もれるようにして、ユグドラシルの紋章が刻まれた古い機械の残骸が転がっていた。
どうやら、彼らは日本の地下基地を建造するずっと前から、この星の各地に観測機を送り込み、水面下で地球のエネルギー構造を調査していたらしい。
「完全に機能は停止しているわ。……でも、気持ち悪いわね。あの羽虫ども、魔力もない未開の星になぜここまで執着するの?」
アルティナは、残骸からデータを引き抜こうと端末を接続しながら顔をしかめる。
「今は考えるだけ無駄ですわ。私たちがやるべきは、この結晶を回収して母艦を直すこと。……採掘用ドローン、起動します」
ロスヴァイセの指示で、シャトルから射出された小型ドローンが、音もなく高純度エーテル結晶を切り出し、次々とコンテナへと収納していく。
「よし、目標量の回収完了よ。データもあらかた抜き取ったわ」
「完璧なオペレーションでしたわね、アルティナ様。それでは、誰にも見つからないうちに帰りましょう」
行きと同じく、何のトラブルも、SNSでの炎上もなく、二人は極めてスマートにシャトルへと帰還した。
「……本当に、ローゼリアがいなかったおかげでスムーズだったわね」
「ええ。お姫様には、しばらくあのまま『置物』として反省していただきたいものですわ」
シャトルが光学迷彩を展開し、静かに夜空へと舞い上がる。
地球の防空網にも、現地の人間にも、そしてSNSのタイムラインにも、彼女たちの存在は一切刻まれることはなかった。
月の裏側で待つ「使い物にならない死神」と「過保護な騎士」、そして「胃薬を手放せない団長」の元へ。
理知的で有能な探索班は、母艦復活への最後のピースを携えて、静かに帰途につくのであった。




