第二幕 第二十話:母艦への帰還と、団長の鉄拳制裁
月の裏側に身を潜める傭兵団『ヴァルキュリア』の母艦エインヘリアル。
その静寂に包まれたハンガー(格納庫)に、光学迷彩を解いた小型ステルスシャトルとタナトスが音もなく着艦した。
地下のユグドラシル基地跡地から自動回収された大量のレアメタルとエーテル結晶が、コンテナに満載されている。本来ならば、これでワープドライブの修理に目処が立ち、万々歳の帰還となるはずだった。
「……痛たた。アルティナめ、回復魔法くらいかけてくれてもよかろうに……」
シャトルのハッチが開き、ローゼリアが鼻の頭を赤く腫らしながら、とぼとぼと降りてくる。逃走時にアスファルトで派手にすっ転んだダメージは、生身の彼女にとって予想以上に大きかった。
「おお、我が主! ローゼリア!! そのお鼻の痛々しい傷……っ! 今すぐ私が極大ヒールで……!」
出迎えたリアンヌが涙目で駆け寄ろうとした、その瞬間である。
**——ゴツンッ!!!**
「痛ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
リアンヌよりも先にローゼリアの前に立ちはだかった人影が、一切の容赦のない、美しくも重い『拳骨』を、銀河最強の死神の脳天へと真っ直ぐに振り下ろした。
「だっ、誰じゃ! 妾の美しい頭に何をする……って、団長!?」
涙目で顔を上げたローゼリアの視線の先には、これまでに見たことがないほど青筋を立て、静かな、そして底知れぬ怒気を纏った傭兵団団長・ブリュンヒルデが仁王立ちしていた。
「お姫様……。貴様、自分が何をやらかしたのか分かっているのか?」
「ひぃっ……」
絶対零度の声色に、ローゼリアは思わず後ずさる。
ブリュンヒルデは普段からローゼリアたちのワガママに振り回され、胃薬を噛み砕きながらも「やれやれ」と許してくれる常識人だ。しかし、今の彼女の目はマジだった。完全に『軍の総司令官が、大不祥事を起こした部下を詰める時の目』である。
「た、ただの資源回収じゃろう! ちゃんとレアメタルは持ってきたし、ユグドラシルの基地も更地にしてやったではないか! 何を怒る必要があるんじゃ!」
「結果オーライで済む話ではないと言っているんだ!!」
ブリュンヒルデの怒号がハンガーに響き渡り、ローゼリアの肩がビクッと跳ねた。
「いいか! 我々は今、未知の未開星系に不時着し、母艦は航行不能という絶体絶命の状況なんだぞ! 敵の追撃がいつ来るかも分からない中で、最も優先すべきは『隠密行動』だ!」
「そ、それはそうじゃが……」
「アルティナ、例のものを投影しろ」
「はいはい」
ブリュンヒルデの指示で、後方に立っていたアルティナが冷ややかな目でホログラム端末を操作する。
空中に浮かび上がったのは、現在進行形で爆発的に拡散されている地球のインターネット上の動画やニュースサイトの記事だった。
『日米の戦闘機を救った謎の黒いロボット! 政府は極秘兵器の存在を否定!』
『【高画質】地元のゲーセンで無双する謎の金髪美少女! プレイスタイルが伝説のプレイヤーと完全一致!?』
「貴様はたった数時間の間に、この星の防空網を盛大に引っ掻き回し、軍隊に大立ち回りを披露し、あろうことか生身で民間人の密集施設に突撃して顔を晒した! しかも、かつての知人に接触するリスクまで冒してだ!」
ブリュンヒルデが一歩前に出ると、ローゼリアはタジタジと後退する。
「この星の文明レベルは低いかもしれないが、情報伝達速度と拡散力だけは異常だ! もしこれで地球の政府機関が本気で我々を『未知の侵略者』と断定し、総力を挙げて月の裏側まで調査に来たらどうする! 修理中の無防備な母艦で、この星の軍隊と全面戦争でもする気か!?」
「そ、そんなつもりは……」
「貴様がこの星の出身だというから、案内を任せたんだぞ! 誰よりもこの星の情報ネットワークの恐ろしさを知っているはずの貴様が、コーラとゲームの誘惑に負けて自ら身バレしに行くとは何事だ!!」
ガチの、一片の反論の余地もない正論の嵐。
「銀河最強の死神」という肩書きなど、この有能な団長の前では何の役にも立たなかった。
「……うぅぅ」
ローゼリアはぐうの音も出ず、子供のように小さく縮こまることしかできない。
「だ、団長! 確かにローゼリアの行動は軽率でしたが、彼女はエインヘリアルを……」
「リアンヌ! 貴様もだ!!」
庇おうとしたリアンヌにも、ブリュンヒルデの雷が落ちる。
「『ギャラリーは私が全滅させてから後を追います』だと!? 貴様、地球の一般市民を虐殺して国際問題どころか星間戦争を引き起こす気か! 護衛の役目すら果たせず、ただのお姫様の全肯定botになり下がってどうする!」
「うっ……! も、申し訳ありません……」
純白の騎士も、ブリュンヒルデの剣幕の前にシュンと萎れてしまった。
「二人とも、自分が戦乙女の看板を背負っているという自覚を持て。私たちの目的は『無事に銀河連邦の宙域に帰ること』だ。遊びに来たわけじゃない!」
静まり返るハンガー。
アルティナが「まあ、今回は完全にローゼリアの自業自得ね」と呆れ顔でため息をつく。
「……すまん。妾が、悪かった……」
ついにローゼリアが、消え入りそうな声で謝罪した。前世のゲーマーとしての血が騒いだとはいえ、自分の行動が傭兵団全体を危険に晒したことは事実だ。
ブリュンヒルデは深く深呼吸をすると、乱れた軍服の襟を正した。
「……反省しているならいい。レアメタルの回収と、ユグドラシルの基地を破壊した功績自体は評価する。フィーネもこれで修理に掛かれるだろう。だが、罰は受けてもらうぞ」
「ば、罰……?」
ローゼリアが恐る恐る顔を上げる。
「母艦のワープドライブの修理が完全に終わるまで、貴様の**『私室のゲーム機とモニターをすべて没収』**する。通信回線へのアクセスも禁止だ」
「なっ!? そ、それだけは! それだけはご勘弁をぉぉぉっ!!」
ローゼリアが床に崩れ落ち、ブリュンヒルデの足にすがりつく。
「妾からゲームを奪ったら、呼吸ができずに死んでしまう! せめて、せめてログインボーナスだけでも回収させてくれぇぇっ!」
「ダメだ。ロスヴァイセ! お姫様の部屋からすべてのエンタメ機器を没収し、倉庫の厳重な金庫に封印しろ!」
『了解いたしましたわ、団長』
いつの間にか現れた次女ロスヴァイセが、眼鏡を光らせながら容赦なくローゼリアの私室へと向かっていく。
「ああっ! 妾の最新型VRハードが! 積みゲーたちがぁぁぁっ!!」
鼻を赤く腫らし、床に突っ伏して絶望の涙を流す銀河最強の死神。
かつて全宇宙を恐怖に陥れた存在は今、一人の有能な団長による「ゲーム没収」という、あまりにも実家のようなペナルティの前に完全敗北を喫したのであった。




