第二幕 第十七話:日米合同空戦と、死神の平和的ドッグファイト
「……ふぅ。寿命が三百年くらい縮んだわい」
分厚い雲海を抜け、目的地の廃工場上空へと到達したローゼリアは、タナトス(ステルス戦闘機偽装モード)のコックピットで深く息を吐き出した。
眼下には、結界に守られたユグドラシルの地下基地が潜む廃工場が広がっている。あとはこのまま気配を殺し、結界のほころびを探して地下へ潜入するだけ——。
そう安堵したのも束の間だった。
**——ピピピピピピピピピピピピピッ!!!**
突如として、タナトスの全方位レーダーが狂ったように警告音を鳴らし始めた。先ほどのF-15Jの比ではない、強烈なロックオンアラートがコックピットを真っ赤に染め上げる。
『ローゼリア! マズいことになったわ!!』
母艦のアルティナからの通信が、かつてないほど焦燥に満ちていた。
『さっきの「マッハ10での離脱」が、地球の防空システムに【極大の脅威】として判定されたみたいなの! 日本の自衛隊だけじゃない……近くの米軍基地からも、スクランブル機がウジャウジャ上がってきてるわよ!』
「米軍じゃとぉ!?」
ローゼリアがモニターを確認すると、雲海を切り裂いて次々と現れる戦闘機の群れが映し出された。
日の丸を掲げた最新鋭のステルス戦闘機『F-35A』、そして星条旗のマークを背負った『F-16』戦闘機部隊。日米合同の防空網が、所属不明の超絶機動を魅せた「黒い戦闘機」を完全に包囲していたのだ。
『Unknown aircraft, you are in restricted airspace! Comply immediately or you will be shot down!』
(所属不明機、貴機は制限空域に侵入している! 直ちに従え、さもなくば撃墜する!)
国際緊急周波数から、威圧的な英語の警告が響き渡る。
「ヒィィッ! 今度は米軍まで! 妾の前世の記憶でも、世界最強の軍隊じゃぞ! どうしてこんな大ごとになっておるんじゃ!」
『あなたが物理法則を無視した加速で逃げるからでしょ! 彼らのレーダー網を甘く見すぎよ!』
アルティナがハッキングで必死にジャミングをかけようとするが、日米の軍事ネットワークは強固であり、何重ものデータリンクでタナトスを完全に捕捉していた。
『ローゼリア様! 煩わしい地球の羽虫どもが増えましたね! 今度こそ、私の長槍で一掃する許可を!』
母艦からリアンヌが、物騒極まりない進言をしてくる。
「絶対にやめろと言っておろうが!!」
ローゼリアは半泣きで絶叫した。
「自衛隊や米軍を撃ち落としてみろ! 妾は故郷の星を敵に回す最悪のテロリストになってしまうんじゃ! 何が悲しくて、前世で払っていた血税で作られた戦闘機をこの手で壊さねばならんのじゃ!」
かくして、銀河最強の死神による、地球の空での「絶対に反撃してはいけない」ドッグファイトが幕を開けた。
ローゼリアに課せられた現在の戦闘条件は以下の通りである。
* **反撃厳禁:** 相手の機体を傷つけることは一切許されない(国際問題・地元愛のため)。
* **被弾厳禁:** ミサイルが直撃すればタナトスの絶対防壁が弾き返し、その衝撃波で相手の戦闘機が墜落してしまうため、絶対に「躱し続けなければならない」。
* **魔法使用制限:** EMP(電磁パルス)魔法などを使えば、相手の計器が狂い墜落の危険があるため使用不可。
「——ええい、なんという鬼畜縛りプレイじゃ! 難易度ルナティックにも程があるわ!!」
**シュガァァァァッ!!**
米軍のF-16から、ついに警告射撃を超えた本気の空対空ミサイルが放たれた。
同時に、F-35A群が完璧なフォーメーションでタナトスの逃げ道を塞ぐように機動する。
「おのれ、連携が完璧すぎる! だが、妾のゲームで鍛えた動体視力を舐めるな!」
ローゼリアはタナトスの操縦桿を限界まで倒した。
偽装した黒い戦闘機が、空中であり得ない「直角ターン」を決め、迫り来るミサイルを数ミリの隙間で回避する。さらに、背後から迫る自衛隊機の機関砲の弾幕を、木の葉が舞うような不規則なロール(回転)で全てすり抜けていく。
日米のパイロットたちは、自分たちの最新兵器と完璧な戦術が、まるで子供の遊びのように躱されていく様に戦慄していた。
『な、なんだあの機動は!? 人間の乗る機体じゃない、推力偏向の限界を超えている!』
『UFOだ! エイリアンのテクノロジーとしか思えない!』
「エイリアンじゃない! 異世界転生した元・地球人じゃあぁぁっ!」
誰にも届かないツッコミをコックピットで叫びながら、ローゼリアは必死に空を舞い続けた。
しかし、事態はさらに最悪の方向へと転がる。
上空での激しいドッグファイトの余波を感知したのか、眼下の廃工場跡地の空間が大きく歪み始めた。
ユグドラシルの地下基地を覆っていた強固な結界が、突如として一部解除されたのだ。
「……なんじゃ!?」
ローゼリアが目を向けると、廃工場の地下から、数十本の禍々しい紫色の光の柱——ユグドラシルの対空魔力砲が、上空で入り乱れる戦闘機群に向けて一斉に放たれた。
ユグドラシルの狙いは明白だった。上空の邪魔な地球の戦闘機群を、所属不明機ごと一掃しようというのだ。
「マズい!!」
日米の戦闘機群のレーダーは、ミサイルや航空機には反応できても、地下から放たれた「魔力」という未知のエネルギー兵器を感知することはできない。パイロットたちが回避行動を取る間もなく、必殺の光線が彼らに迫る。
このままでは、罪のない故郷の防人たちが撃ち落とされてしまう。
「……羽虫どもが! 妾の故郷の空を荒らすな!!」
ローゼリアは、縛りプレイをかなぐり捨てた。
タナトスの偽装システムを一部解除し、機体の背面から漆黒の魔力翼を巨大に展開。マッハの速度で急降下し、日米の戦闘機群と、下から迫る魔力砲の間に「盾」として割り込んだのだ。
**——ズドォォォォォォンッ!!!**
ユグドラシルの対空魔力砲が、タナトスの展開した絶対防壁に激突し、凄まじい閃光と爆発が上空を包み込んだ。
『な……何が起きた!?』
『黒い戦闘機が、下からの謎の攻撃を……我々を庇ったのか!?』
爆風に煽られながらも無傷で済んだ日米のパイロットたちは、信じられない光景を目撃した。
煙の中から現れたのは、戦闘機ではなく、背中に漆黒の翼を広げ、巨大な大鎌を構えた「黒い死神(巨大ロボット)」の姿だったからだ。
「アルティナ! 結界のほころびが見えたぞ! このまま地下へ突入する!」
『了解! バックアップは任せて!』
ローゼリアは日米の戦闘機群に向かって、威嚇するように大鎌を一度だけ振り回してみせた。
そして、タナトスは漆黒の流星となって急降下。
ユグドラシルの魔力砲が放たれた廃工場の地下深く——ポッカリと開いた結界の穴へ向けて、一気に突入していった。
空に取り残された日米合同のパイロットたちは、自分たちを救って地底へと消えていった「黒い死神」の姿を、ただ呆然と見送ることしかできなかった。
「……団長、これ、後で絶対にこの星のニュースで大騒ぎになりますわよ」
月の裏側の母艦で、ロスヴァイセが眼鏡を押さえながら呟く。
「……私の胃薬のストックは、まだ残っていたか?」
ブリュンヒルデは深くため息をつき、地球の地底へと舞台を移した死闘の行方を見守るのだった。




