第二幕 第十六話:偽装の死神と、スクランブル発進
「……生身で突っ込むには、いささか地下の『臭い』がキツすぎるな」
廃工場の前で、ローゼリアは舌打ちをした。
アルティナのホログラム端末が示す地下のエネルギー反応は、単なるプラントのレベルではない。ユグドラシルの無人兵器『フェンリル』、あるいはそれ以上のマギアナイト級の反応が複数確認できたのだ。
「確かに、護身用の武装だけで乗り込むのは無謀ね。敵の要塞規模の結界となれば、採掘するための重機や、それを運ぶ手段も必要になるわ」
アルティナが冷静に分析する。
「仕方ありませんね。一度母艦に戻り、マギアナイトで出直しましょう」
リアンヌの提案に二人は頷き、ステルスシャトルで月の裏側へと一時撤退した。
月の裏側、エインヘリアル母艦。
ブリュンヒルデたちに状況を報告すると、ブリッジにはピリッとした空気が走った。
「ユグドラシルめ、よりによって地球の地下に前哨基地を築いていたというのか」
「あの星のレアメタルとエーテル地脈を吸い上げて、新たな兵器を建造している可能性が高いわ」
アルティナの言葉に、整備班長フィーネが腕を組んだ。
「どっちにしろ、母艦を直すにはその地下資源が必要不可欠だ。マギアナイトで強襲をかけるしかないね。……だけど、問題がある」
フィーネは地球の立体ホログラムを投影した。
「この星、魔力は無い癖に、電磁波を使ったレーダー網と対空防衛システムが異常に発達してる。マギアナイトの図体で大気圏を突破すれば、一瞬で未確認飛行物体として世界中からミサイルの雨を降らされるよ」
「……ならば、どうするのだ?」
ブリュンヒルデの問いに、フィーネはニヤリと笑った。
「アタシの天才的な腕の見せ所さ。マギアナイトの表面に光学迷彩と電波欺瞞を重層的に展開して、この星の空を飛んでる『戦闘機』ってやつに偽装させるのさ。レーダー上も、目視でも、地球の最新鋭ステルス戦闘機にしか見えないようにね」
「なるほど。郷に入っては郷に従え、ですね!」
リアンヌが手を打つ。
かくして、タナトスをはじめとするマギアナイト群は、フィーネの徹夜のプログラム調整により、地球の戦闘機への『完璧な偽装システム』を組み込まれることとなった。
数時間後。
漆黒の死神『タナトス』は、エインヘリアル母艦から単機で射出された。
本隊が降下する前の強行偵察、および地下結界をこじ開ける先陣を切るためである。
大気圏を突破し、光学・電波偽装システムが起動する。
タナトスの巨大な人型のシルエットは、周囲の空間を歪め、地球の最新鋭ステルス戦闘機に酷似した滑らかな黒い翼の機体へと視覚的・電波的に変化した。
『ローゼリア、偽装は完璧よ。高度を下げて、目標の廃工場上空へ向かって』
母艦からアルティナの通信が入る。
「うむ。楽勝じゃな。このまま誰にも気づかれずに……おっと、この星の航空機は、マギアナイトのようにマッハ10とかで飛んだらおかしいんじゃったな」
ローゼリアはタナトス(偽装状態)の速度を大きく落とし、のんびりと日本の領空へと進入していった。
だが、ここでローゼリアは致命的なミスを犯していた。
彼女の前世の記憶は『ゲームとアニメに全振り』されており、現代日本の防空識別圏や、民間航空路の複雑なルールなど一切知らなかったのである。
完璧なステルス偽装を施したとはいえ、「所属不明の謎の機体」が、事前通告もなくふらふらと領空に入ってくれば、この星の防衛機構が黙っているはずがなかった。
『——警告。ローゼリア、後方から急速に接近する機影あり!』
アルティナの焦った声が響く。
「ん? なんじゃ?」
タナトスのコックピットモニターに、後方からものすごい勢いで接近してくる二つの光点が映った。
それは、航空自衛隊のF-15J戦闘機だった。
スクランブル発進した二機のF-15Jは、所属不明機(偽装タナトス)の左右にピタリと張り付くように並走を始めた。
『こちら航空自衛隊。国籍不明機、貴機は日本の領空を侵犯している。直ちに現在の進路を変更し、当方の指示に従いなさい』
国際緊急周波数を通じて、タナトスの通信機に緊迫した日本語の警告が飛び込んでくる。
「げぇっ!? じ、自衛隊じゃと!?」
ローゼリアはコックピットで素っ頓狂な声を上げた。
右を見ても左を見ても、日の丸の国籍マークを付けた本物の戦闘機が、こちらを挟み込むように飛んでいる。パイロットの顔まで見えそうな距離だ。
『ローゼリア! どういうことですか、地球の羽虫が二匹、あなたの進路を塞いでいます! 偽装を解いて、私の槍で即座に叩き落としますか!?』
母艦で待機しているリアンヌが、物騒すぎる提案をしてくる。
「バカバカバカ!! 絶対に手を出すな!!」
ローゼリアは半狂乱になって叫んだ。
「あれは妾の故郷の防人じゃぞ! あんなものを撃ち落としてみろ、国際問題どころか、妾が前世で世話になった国を敵に回すことになるんじゃ! そんな非国民な真似ができるか!!」
『非国民……?』
リアンヌが宇宙で首を傾げる。
自衛隊機は、翼を大きく振ってこちらの注意を引き、進路変更を要求している。
しかし、タナトスを誘導先(おそらくは自衛隊の基地)に降ろすわけにはいかない。調べられれば偽装が一瞬でバレるし、そもそもタナトスには『車輪』など付いていないのだ。
『国籍不明機、応答せよ。このまま指示に従わない場合、警告射撃を行う場合がある——』
自衛隊のパイロットの声が、さらに一段と硬くなる。
「ひぃっ! 撃たれる! 撃たれたらタナトスの自動防衛システム(絶対防壁)が勝手に作動して、あっちの戦闘機が反動で吹っ飛んでしまうぞ! どうすればいいんじゃアルティナ!!」
銀河最強の死神が、ミサイル一発通らない装甲の中で、前世のしがらみに縛られて涙目で助けを求めた。
『もう、ほんっとに面倒くさいわね! ちょっと待ってて!』
母艦のアルティナが、凄まじい速度でキーボードを叩き始めた。
彼女の演算能力が、地球の防衛ネットワークに音もなく侵入していく。
『……よし、一時的に自衛隊のレーダー網にゴースト(偽の機影)を大量発生させたわ! さらに通信システムにジャミングをかける!』
その瞬間、左右を飛んでいた自衛隊機の挙動が乱れた。
彼らのレーダーには、突如として数十機の所属不明機が四方八方に出現したように映っているはずだ。
「今よローゼリア! 一気に振り切って、雲の下へダイブしなさい!」
「よ、よくやった我が娘よ!!」
ローゼリアはスラスターを全開にした。
戦闘機に偽装したタナトスは、地球の航空機では絶対にあり得ない「マッハ10」という物理法則を無視した超加速で、一瞬にして自衛隊機の間をすり抜け、分厚い雲海の下へと消え去った。
空に取り残された自衛隊のパイロットたちは、レーダーから完全にロストした「黒い戦闘機」の常識外れの機動に、ただ呆然とするしかなかった。
「……ふぅ。寿命が三百年くらい縮んだわい」
雲を抜け、目的地の廃工場上空へと到達したローゼリアは、コックピットの中でへたり込んだ。
最強の死神にとって、地球の空はユグドラシルの要塞よりも遥かに気を使う、恐ろしい戦場だったのである。




