第二幕 第十三話:星喰いの討伐と、青き星への強制転移
「「——穿てぇぇぇッ!!」」
漆黒と純白の螺旋が、星の光と真っ向から激突する。
エインヘリアルを絶対的な絶望へと叩き落とすはずだった、赤色巨星の全エネルギーを収束した極大の紫黒の砲線。それを、黒き死神と純白の騎士は、二人の絆と圧倒的な力の融合によって正面から食い破っていった。
タナトスから放たれる漆黒の魔力は、星の質量すらも侵食し、ブランの長槍が描き出した魔法陣によって一点に圧縮された「破壊の極地」となって、光の奔流を逆流していく。
『——バカな!? 星の命そのものを出力とするエネルギーだぞ!? それを、たかだか二機のマギアナイトで押し返すだと……ッ!?』
ユグドラシルの幹部のホログラムが、驚愕に歪む。
「妾の休日の邪魔をするなと言ったはずじゃ。……星ごと消し飛べ!!」
ローゼリアの怒号と共に、漆黒と純白の螺旋が赤色巨星の核に打ち込まれたユグドラシルの魔力変換プラントへと直撃した。
無音の閃光。
宇宙空間が白く染まり、次いで、星そのものが巨大な超新星爆発を起こしたかのように弾け飛んだ。圧倒的な爆発のエネルギーが周囲の空間を呑み込んでいくが、タナトスの展開した絶対防壁がエインヘリアルの母艦と仲間たちを完璧に守り抜いていた。
やがて光が収束した後に残されたのは、ユグドラシルの企みと共に完全に沈黙した、ただの宇宙のチリだけだった。
「……敵の巨大魔力反応、完全にロスト。星系の魔力場も正常値に戻りつつあります」
母艦のオペレーター席で、アルティナが安堵の息を長く吐き出した。
「よくやった、お姫様、リアンヌ。そして三姉妹も。……どうやら、また私の胃に穴が空かずに済んだようだ」
ブリュンヒルデが、指揮官席に深くもたれかかりながら汗を拭う。
『ふはははは! 見たか羽虫ども! これが妾の力じゃ!!』
通信回線から、これ以上ないほどに上機嫌なローゼリアの高笑いが響く。
『これで次世代VRハードのプロトタイプは妾のものじゃ! 帰ったら即座に三日間徹夜でゲーム三昧じゃぞ!!』
『ローゼリア、素晴らしい一撃でした! ですが、徹夜は体に毒ですから、私が夜食に栄養満点の特製スープをお作りしますね!』
リアンヌもまた、戦闘の興奮冷めやらぬ様子で(主にローゼリアの活躍に対する興奮だが)相槌を打つ。
『へっ、やっぱり団長たちには敵わねェな! アタシも帰ったらビールで祝杯だぜ!』
『お姉様、飲みすぎには注意してくださいませ』
『……オルトリンデは、特盛りのイチゴパフェ、要求する』
戦乙女三姉妹もそれぞれのペースで勝利の余韻に浸り、母艦への帰投ルートに入ろうとしていた。
『——ちょっとあんたたち! 勝って兜の緒を締め忘れてんじゃないよ!!』
その和やかな空気を引き裂くように、通信回線に威勢の良いダミ声が割り込んできた。
頭に多機能ゴーグルを乗せ、オイルまみれのツナギを着た整備班長のフィーネである。
『ローゼリア! あんたまたリミッター外して無茶な魔力出力したね! タナトスの装甲のエーテルコーティングがボロボロじゃないか! アタシの可愛い機体たちに、なんてことしてくれんだい!』
「うっ……す、すまん、フィーネ。だが、あそこは全力を出さねば……」
『リアンヌも! ローゼリアの出力に無理やり同調するから、ブランのジェネレーターが悲鳴上げてるよ! 全く、二人とも無茶苦茶なんだから!』
「も、申し訳ありません、フィーネ班長……」
銀河最強の死神と騎士も、エインヘリアルの「裏のボス」とも言える姉御肌の天才メカニックの前では形無しだった。
『はぁ……まあ、誰も怪我してないなら上出来だけどさ。帰ってきたらみっちりメンテしてやるから、首洗って待ってな!』
画面の向こうで、フィーネが巨大なスパナを肩に担ぎながらニカッと笑う。
「ふふっ。フィーネの言う通りね。みんな、油断せずに早く帰ってきて……」
アルティナが微笑みながら帰投シグナルを出そうとした、その時だった。
**——ビィィィィィンッ!!**
アルティナの手元のコンソールが、突如として真っ赤なエラーメッセージを吐き出し、けたたましい警告音を鳴らし始めた。
「……え!? な、何これ!?」
「どうした、アルティナ!」
ブリュンヒルデが立ち上がる。
「先ほどの星の爆発エネルギーが……拡散せずに、空間の一点に収束していく! まるで、巨大な重力場を形成しているみたい……ッ! 空間の座標が歪んで……これは、ワープゲート!?」
アルティナの紫色の瞳が、モニターに表示される異常な数値を捉えて戦慄した。
『——その通りだ、アルティナ・アスフィ。そしてエインヘリアルの愚者ども』
再び、途絶えたはずのユグドラシル幹部の音声が、ノイズ混じりに母艦のスピーカーから響き渡った。
『星喰い(ミドガルズオルム)が破壊されることすらも、想定内の事象に過ぎない。あれほどの星のエネルギーが、貴様らの一撃で相殺されて大人しく消滅するとでも思ったか?』
「まさか……私たちの攻撃の反動と、星の崩壊エネルギーを利用して、強引に時空の穴を開けたの!?」
『ご名答だ。直接的な武力で貴様らを殺すのが困難ならば、盤面から退場願うまで。……その歪んだ時空の穴に飲み込まれ、永遠に未開の次元を彷徨うがいい!!』
幹部の高笑いと共に、エインヘリアル母艦の真正面の空間が、まるで巨大なブラックホールのように口を開けた。
「団長! 強力な引力が発生しています! スラスター全開でも振り切れません!」
操舵手が悲鳴を上げる。
『ちぃっ! ランドグリーズ、ロスヴァイセ、オルトリンデ! 母艦にしがみつけ!!』
『う、うおおおッ! 吸い込まれるッス!!』
『魔力アンカー、射出! くっ、出力が足りませんわ!』
外にいた五機のマギアナイトが、凄まじい引力に抗いきれず、母艦の装甲に必死にアンカーを撃ち込んでしがみつく。
「ローゼリア! なんとかならんのか!」
ブリュンヒルデが叫ぶ。
「無茶を言うな! 空間そのものが崩壊して穴になっとるんじゃ! 妾の魔力でどうにかできる物理法則を超えておるわ!!」
「キャァァァァッ!!」
アルティナが椅子から投げ出されそうになり、ブリュンヒルデが間一髪でその腕を掴む。
母艦の装甲が激しく軋み、全システムの照明が落ちては点滅を繰り返す。
『——みんな、衝撃に備えな!! アタシの整備した船が、これしきで壊れるもんかい!!』
フィーネの力強い通信を最後に。
エインヘリアルの母艦と戦乙女たちは、ユグドラシルの用意した巨大な時空の穴へと、一瞬にして吸い込まれていった。
後に残されたのは、ただ静寂を取り戻した虚無の宇宙空間だけだった。
「……う、うーん」
アルティナが目を覚ました時、ブリッジ内は非常用の赤い照明に照らされていた。
あちこちから火花が散り、システムのエラー音が鳴り響いている。
「アルティナ、無事か」
「団長……ええ、なんとか。みんなは!?」
『いててて……。アタシらは無事ッスよ。装甲にへばりついたまま、なんとか振り落とされずに済んだぜ』
通信回線からランドグリーズの無事な声が聞こえ、アルティナはホッと胸をなでおろした。
『機関異常なし! 動力炉も無事だよ! ただ、メインセンサーの再起動に少し時間がかかるね。……それで、ここはどこだい? 死の星系じゃないのは確かだけど』
フィーネからの報告を受け、アルティナはすぐに手元のコンソールを操作し、自艦の現在地を示す星図データを展開した。
「……あり得ないわ」
アルティナは、表示された座標を見て絶句した。
「銀河連邦の膨大な星図データベースと照合しても、全く一致しない。ここ……私たちが知っている銀河系の、どの宙域でもないわ。完全に未開拓の、未知の宙域よ」
「なんだと……。ユグドラシルの奴ら、私たちを銀河の果てまで飛ばしたというのか」
ブリュンヒルデが眉間を揉む。
『アルティナ、メインモニターの映像を復旧させました。外の景色を映しますわ』
ロスヴァイセの操作により、ブリッジの巨大モニターにノイズが走り、やがて鮮明な映像が映し出された。
そこに広がっていたのは。
圧倒的な漆黒の宇宙にポツンと浮かぶ、美しく、そして瑞々しい『青と白の惑星』だった。
周囲には銀色の小さな衛星が一つ、静かに寄り添っている。
「……なんて綺麗な星」
アルティナは、その神秘的な青さに思わず息を呑んだ。
これほどまでに豊かな水と大気をたたえた惑星は、銀河連邦の中枢星系でもそうお目にかかれない。
『本当に、見たこともない星ですね……。文明の光のようなものは見えますが、大気圏外に人工的なステーションや防衛ラインの類が一切ありません。極めて原始的な星のようです』
リアンヌが冷静に分析する。
皆がその未知の美しい星に見とれる中。
「…………嘘、じゃろ」
通信回線越しに、ひどく震えた、掠れた声が響いた。
「ローゼリア?」
アルティナが不思議そうに呼びかける。
いつもなら「こんな辺境に飛ばされて、妾のゲーム環境はどうなるのじゃ!」と真っ先に文句を言うはずの死神が、タナトスのコックピットの中で、信じられないものを見るように目を見開いていた。
「あ、あれは……あの形は……」
ローゼリアの真紅の瞳が、青い星の大陸の形を捉え、激しく揺れ動く。
彼女が前世で、まだ「男」だった頃に住んでいた場所。
死んでから数百年、もう二度と見ることはないと思っていた、懐かしくも遠い故郷の姿。
「……地球」
ローゼリアの口から、無意識のうちにその言葉がこぼれ落ちた。
「ちきゅう……? なによそれ。ローゼリア、この星を知っているの?」
アルティナが尋ねる。
ローゼリアはしばらく言葉を失っていたが、やがて顔を覆い、天を仰ぐようにして叫んだ。
**「なんでよりによって、妾の『前世の故郷』に転移してしまうんじゃぁぁぁッ!!?」**
「……はぁっ!?」
銀河の果ての未知の宙域。
しかしそこは、銀河最強の元・男の死神にとって、あまりにも因縁深く、そして気まずすぎる「故郷の星」であった。
ユグドラシルの悪意ある罠は、期せずして、エインヘリアルの戦乙女たちをローゼリアのルーツである『地球』へと導いてしまったのである。




