第二幕 第十二話:死の星系と、目覚める星喰い(ミドガルズオルム)
エインヘリアルの母艦がユグドラシルの次なる陰謀の気配を察知してから、数日が経過した。
その日、母艦のブリーフィングルームには、傭兵団の主要メンバーが深刻な顔(一部例外あり)で集まっていた。
「……現在、第4セクター周辺で、民間や連邦の輸送艦隊が次々と消息を絶つ事件が多発している」
巨大モニターの前に立つブリュンヒルデが、星図の一部を拡大しながら説明を始めた。
その隣では、アルティナが手元のタブレットで高速のデータ照合を行っている。
「失踪した艦船からの救難信号は一切なし。航行記録も、ある宙域を境にぷつりと途絶えている。連邦軍も調査艦を派遣したが、それすらも戻ってこなかったらしい」
「第4セクターといえば、数百年前に資源が枯渇し、今では『死の星系』と呼ばれている無人宙域ッスね。海賊の隠れ家にするにも環境が悪すぎるぜ」
ランドグリーズが腕を組みながら訝しげに呟く。
「ええ。ですが、この失踪事件の裏に、先日私たちが拿捕した海賊船と同じ『ユグドラシルの洗脳プログラム』が関与している可能性は極めて高いわ」
アルティナが真剣な表情で顔を上げた。
「……ふむ。なるほど、状況は理解した」
会議用テーブルの最も上座。
特注のゲーミングチェア(キャスター付き)に乗ったままブリーフィングに参加しているローゼリアが、深く頷きながら口を開いた。
「要するに、その第4セクターとやらに諸悪の根源が巣食っておるのじゃな。……よし、直ちに出撃じゃ! 艦長、全速前進!!」
「ちょっとローゼリア、どうしたの急にやる気出して? あなたがそんなに前のめりになるなんて、明日は銀河中に雪でも降るんじゃないの?」
アルティナが目を丸くしてツッコミを入れる。
「ふふふ。アルティナよ、お主はまだ青いのう。今回の失踪した輸送艦の中にはな……連邦最大のゲームメーカーが極秘裏に輸送していた**『次世代VRハードのプロトタイプ』**が含まれておるのじゃ!!」
ローゼリアはバンッ!とテーブルを叩き、真紅の瞳を爛々と輝かせた。
「あのプロトタイプがあれば、妾のゲーム環境はさらに数段階上の次元へと昇華される! 依頼主のメーカーからは『取り返してくれたらプロトタイプを無償提供する』という言質も取ってある! ……さあ、行くぞ者共! 妾の至高のゲームライフを阻む輩は、宇宙の果てまで追いかけて消し炭にしてくれるわ!!」
「またそれですか……」
「ローゼリア! その揺るぎない情熱と欲望、まるで燃え盛る太陽のようで神々しいです! 私はどこまでもあなたにお供いたしますよ!」
呆れ果てるアルティナと、全肯定して両手を握りしめるリアンヌ。
相変わらずの光景に、ブリュンヒルデは深く深呼吸をして胃薬を噛み砕いた。
「動機はどうあれ、お姫様がやる気なのは良いことだ。総員、第4セクターへ向けてワープ準備! 警戒を怠るなよ」
エインヘリアルの母艦がワープアウトした先は、文字通り「死の星系」だった。
視界に広がるのは、冷たく静まり返った暗黒の宇宙と、その中心で赤黒く燻る、寿命を迎えつつある赤色巨星(死にかけの太陽)だけ。
『……生体反応、ゼロ。失踪した輸送艦の残骸も見当たりませんわ』
先行して偵察に出たロスヴァイセの通信が響く。
「おかしいわね。レーダーには何の異常も……」
アルティナがオペレーター席でセンサーの感度を最大に引き上げた、その瞬間である。
**——ピーーーーーッ!!**
突如として、母艦の全方位レーダーが真っ赤に染まり、けたたましい警告音がブリッジに鳴り響いた。
「な、何!? 空間転移反応が……全方位から! 凄い数よ!!」
アルティナの悲鳴に近い声と共に、暗黒の宇宙空間が次々と歪み、無数の艦影が姿を現した。
それは、ボロボロに朽ち果てた海賊船や、失踪したはずの民間輸送艦の群れだった。しかし、どの艦も動力炉が異常な出力で赤黒く発光しており、まるで地獄から蘇った幽霊艦隊のようだった。
「……あれは、まさか」
アルティナの紫色の瞳が、戦慄に見開かれた。
「全艦の操縦システムが、ユグドラシルのプログラムに乗っ取られている! しかも、乗組員の生命力を直接動力に変換する禁忌のシステム【ベルセルク】が起動しているわ!!」
幽霊艦隊は、一切の通信や警告を発することなく、完璧な陣形を組んでエインヘリアル母艦へ向けて一斉砲撃を開始した。
恐怖や躊躇といった感情を完全に排除された、機械よりも冷酷な「生きたドローン」の群れ。
「ちぃっ! ランドグリーズ、ロスヴァイセ、オルトリンデ! 迎撃しろ!」
「了解ッス! 派手に行くぜェ!!」
戦乙女三姉妹のマギアナイトが飛び出し、迫り来るビームの雨を切り裂いていく。
「ローゼリア、リアンヌ! あなたたちも出て!」
アルティナが叫ぶ。
「うむ。次世代ハードのためじゃ、手っ取り早く片付けるぞ。リアンヌ、妾の盾になれ」
「はい、ローゼリア! 私の純白の槍で、羽虫の一匹たりともあなたには近づけさせません!」
漆黒の『タナトス』と純白の『ブラン』がカタパルトから射出される。
ローゼリアの圧倒的な魔力と、リアンヌの神がかった空間制圧能力。二機が戦場に出ただけで、幽霊艦隊の完璧な陣形は次々と崩壊し、宇宙のデブリへと変わっていった。
だが、アルティナの顔色は晴れなかった。
彼女の異常な演算能力は、この戦局における「ある致命的な矛盾」に気づいていた。
(おかしい……。敵は明らかに数で勝っているのに、エインヘリアルを『倒そう』としていない。まるで、ただ時間を稼いでいるような……それに、この陣形……!)
アルティナの頭脳で、数千隻の敵艦の配置と移動軌跡が立体的に組み上げられる。
それは、戦闘のフォーメーションではない。
星系全体を使った、巨大な『魔力陣』を描くための軌道だった。
「……まさか! ローゼリア、リアンヌ! 敵の狙いは私たちじゃない!! その艦隊はただの『供物』よ!」
アルティナが叫んだ瞬間。
ローゼリアの放った漆黒の大鎌の斬撃が、数十隻の敵艦をまとめて粉砕した。
だが、破壊された敵艦の魔力炉から溢れ出したエネルギーは、宇宙空間に拡散することなく、ある一点——星系の中心にある『赤色巨星』へと、光の帯となって吸い込まれていった。
『——フフフ。素晴らしい演算能力だ、アルティナ。だが、気づくのが遅かったな』
エインヘリアルのメインモニターに、ノイズと共にユグドラシルの幹部のホログラムが映し出された。
「お前ら……! 海賊や民間人を洗脳して、自分たちの計画の『生贄』にしたのね!!」
アルティナが怒りに声を震わせる。
『生贄ではない。偉大なる世界樹の糧となる名誉を与えたのだ。……見よ。これこそが、貴様らエインヘリアルを絶対的な絶望へと叩き落とす、我が結社の真の力!』
幹部が両手を広げると同時に、星系の中心に位置する赤色巨星が、異常な脈動を始めた。
ドクン、ドクンと、星全体が心臓のように波打ち、表面のプロミネンスが禍々しい紫黒色へと変色していく。
そして、星の表面がパックリと割れ、その内部から——超巨大な機械の構造物と、世界樹の根が絡み合った、星そのものと同サイズの「魔法陣」が姿を現した。
「な……なんじゃ、あれは」
宇宙空間でタナトスを操るローゼリアも、さすがに目を見張った。
『プロジェクト・ミドガルズオルム』。
それは、寿命を迎えた恒星の核に直接ユグドラシルの魔力変換プラントを打ち込み、星そのものを「超巨大な魔力砲」へと改造する狂気の計画だった。
『ニーズヘッグの敗北で学んだのだよ、ローゼリア・エーベルヴァイン。貴様の魔力が規格外ならば、こちらは「星の命」そのものを兵器にすればいいと。……さあ、星の輝きと共に消え去るがいい!!』
赤色巨星の巨大な魔法陣に、星の全エネルギーが収束していく。
放たれれば、エインヘリアルの母艦はおろか、この星系の空間そのものが消滅するほどの極大の一撃。
「団長! 母艦のシールドを最大に! 三姉妹は母艦の後ろへ退避!!」
アルティナが喉が張り裂けんばかりの声で叫ぶ。
「無駄だ、アルティナ! あれほどの質量のエネルギー攻撃、母艦のシールドではコンマ一秒も保たない!」
ブリュンヒルデが歯を食いしばる。
逃げ場はない。回避も不可能。
圧倒的な「星の質量」という絶望が、エインヘリアルを呑み込もうとした、その時。
「——やかましいわ。星の命じゃろうが何じゃろうが、妾のゲームの邪魔をするな!!」
通信回線に、全く緊張感のない、しかし絶対的な傲慢さを孕んだローゼリアの声が響いた。
タナトスが、母艦の前に単機で進み出る。
「ローゼリア! 無茶よ! 星のエネルギーをまともに受けたら、いくらあなたでも……!」
「アルティナ。妾を誰だと思っておる」
タナトスの背部から、これまで見せたことのないほどの、宇宙の暗闇すらも塗り潰す超高密度の漆黒の魔力が展開された。
それは、もはや魔力の放出という次元を超え、空間そのものを『死の概念』で固定する絶対防壁。
「星の大きさが何じゃ。的がデカくて狙いやすいだけじゃろうが。……リアンヌ!!」
「はい、私のローゼリア!!」
リアンヌのブランが、タナトスの横に並び立つ。
純白の長槍が虚空を貫き、タナトスの放つ漆黒の魔力を「一点」へと極限まで圧縮・収束させるための魔法陣を空中に描き出した。
「妾の休日は、世界樹だろうが星喰いだろうが、絶対に終わらせはせん!!」
巨大な星から放たれた、星系を滅ぼす極大の紫黒のエネルギー砲。
それに対し、黒き死神と純白の騎士は、二人の力を合わせた一撃で正面から迎え撃った。
「「——穿てぇぇぇッ!!」」
漆黒と純白の螺旋が、星の光と激突する。
宇宙空間に、音のない絶叫が木霊した。星と死神の、想像を絶する力比べの幕が、今ここに切って落とされたのである。




