第二幕 第五話:最高傑作の焦燥と、理不尽なる死神
ドームの天蓋を突き破り、一機の黒紫のマギアナイトが宇宙空間へと飛び出してきた。
流線型の細身なフォルムに、禍々しくも美しい紫色の装甲を纏った機体——『ハルファス』。アルティナ・アスフィの専用機である。
「……私の歌を弾き返すなんて。本当に、忌々しいわね」
ハルファスのコックピットで、アルティナは舌打ちをした。
彼女の計算では、洗脳波長によってローゼリアとリアンヌの精神に微細なノイズを走らせ、動きが鈍ったところを暴徒たちの群れと同時に強襲する手はずだった。だが、目の前に展開するタナトスとブランには、精神干渉を受けた痕跡すら微塵もない。
「さあ、アイドル殿。歌の次はダンスのお時間か? 妾は早く帰って新作ソフトをプレイしたいのじゃ。手短に済ませるぞ」
通信回線越しに響く、ローゼリアの気の抜けた声。
その言葉が、アルティナの劣等感とプライドに火をつけた。
「……ふざけないで。あなたのような空っぽの女が、私のオリジナルだなんて!」
ハルファスの背部から六基の魔力推進器が展開し、常識外れの加速でタナトスへと肉薄する。
右手に握られた高出力のエーテルブレードが、紫電を纏ってローゼリアへと振り下ろされた。それは、リアンヌから受け継いだはずの「空間の死角」を完璧に突いた一撃だった。
——ガキィィィンッ!!
しかし、その刃がタナトスの装甲に届くことはなかった。
純白の騎士、ブランの長槍が、ミリ単位の精度でハルファスのブレードを受け止めていたのだ。
「……ッ!」
「ローゼリアの平穏を脅かす者は、この私が排除します」
リアンヌの氷のように冷たい声が響く。
アルティナは即座に機体を反転させ、至近距離から魔力弾の雨を降らせた。だが、ブランはそのすべてを最小限の動きで回避、あるいは槍の石突で弾き落としていく。
リアンヌの操縦は、アルティナのような「プログラムされた完璧な軌道」ではなく、戦場の呼吸を読み取った「生きた技術」だった。
「どうして……! 速度も、演算能力も、ハルファスの方が上のはずよ!」
アルティナはチェス盤の駒を動かすように、次々と戦術パターンを切り替える。だが、どれほど緻密な攻撃を仕掛けても、リアンヌの盾を破ることができない。
それどころか、リアンヌの背後からは、ローゼリアの放つ理不尽なまでの重圧が膨れ上がり続けていた。
「リアンヌ、そこをどけ。妾が直接ぶっ飛ばす」
タナトスの断次元の大鎌が、虚空を薙ぎ払う。
物理的な刃ではなく、空間そのものを切り裂く漆黒の斬撃。アルティナは警報音に急かされるようにハルファスを緊急回避させたが、左腕の装甲が掠り、それだけで機体の姿勢制御が大きく狂った。
(なんなの、あの魔力出力は……! 計算が合わない。あんな怠惰で無防備な女から、どうしてこんな圧倒的な力が……!?)
アルティナの紫色の瞳に、明らかな焦燥と苛立ちが浮かぶ。
自分がユグドラシルの施設で、血を吐くような調整と実験を繰り返して得た「制御された魔力」。それを、目の前のローゼリアは、まるで欠伸でもするかのような無造作さで易々と凌駕してくる。
「くっ……! まだよ、私は『最高傑作』なのよ!!」
アルティナは歯を食いしばり、ハルファスの出力を危険域まで引き上げた。
両腕のジェネレーターから極大の魔力光線を放ちながら、タナトスの死角を突こうとアクロバティックな機動を描く。
彼女の戦いは必死だった。自分が「本物」であることを証明するために。あの忌まわしい二人の絆を、自分の手で引き裂くために。
「やかましいわ。お主のせいで、今日のログインボーナスを取り損ねたらどうしてくれるのじゃ!」
しかし、ローゼリアの反撃は、アルティナの悲壮な決意を嘲笑うかのように大雑把で、かつ暴力的だった。
タナトスから放たれた漆黒の魔力の奔流が、ハルファスの極大光線を正面から呑み込み、そのままアルティナの機体を宇宙のデブリ群へと吹き飛ばす。
「きゃぁぁぁっ!?」
激しい衝撃と共に、ハルファスのメインモニターに無数のエラー警告が乱舞する。
息を荒げ、コックピットの中で肩で息をするアルティナ。
彼女の視線の先では、漆黒の死神と純白の騎士が、まるで互いを守り合うようにぴったりと寄り添いながら、ゆっくりとこちらへ迫ってきていた。
(……羨ましい。憎たらしい。私が、あんな奴らに……負けるはずがないのにっ!)
思い通りにいかない戦局。そして、何よりも自分を苛立たせる「親」たちの圧倒的な存在感。
星詠みの歌姫の仮面は完全に剥がれ落ち、そこには嫉妬と劣等感に歪んだ、一人の孤独な少女の姿があった。




