第二幕 第四話:完璧な仮面と、開演のベル完璧な仮面と、開演のベル
巨大な宇宙ステーションの宙域。極彩色のレーザーが飛び交い、熱狂の渦に包まれるコンサートドームの外郭を、二機のマギアナイトが静かに哨戒飛行していた。
一機は、漆黒の装甲と断次元の大鎌を背負った死神『タナトス』。
もう一機は、純白の装甲に身を包んだ騎士『ブラン』。
「——♪ みんなー! 今日は会いに来てくれてありがとうっ!!」
専用の通信回線を通じて、ドーム内部からアルティナの愛らしい歌声と、数万人の鼓膜を揺らすような歓声がコックピットにまで響いてくる。
「……うるさいのう。なぜ妾が、こんなやかましいお遊戯の警備をせねばならんのじゃ」
タナトスのコックピットで、ローゼリアは不機嫌そうに操縦桿に頬杖をついていた。彼女の頭の中は、今頃手元にあったはずの新作ゲームのことで一杯である。
「我慢してください、ローゼリア。この任務を完遂すれば、新作ソフトのマスターデータが手に入るのですから」
ブランを操るリアンヌが、通信越しに優しく宥める。
事前の顔合わせの際、アルティナは「エインヘリアルの皆さんが護衛してくださるなんて心強いですっ」と無邪気に笑っていた。しかし、ローゼリアもリアンヌも、その少女から微かに漂う「自分たちと似た魔力の波長」に、得体の知れない違和感を抱いていたため、こうして機体に搭乗したまま厳戒態勢で哨戒にあたっていたのである。
(……本当に、あの程度の女たちが私のオリジナルだなんて。反吐が出るわ)
一方、ステージの中央で完璧な笑顔を振りまきながら、アルティナは内心で毒を吐き出していた。
彼女の目的は単なるコンサートではない。エインヘリアルをこの場に誘い出し、自分の『歌』で完全に支配するか、あるいは物理的に排除すること。
アルティナは観客を煽りながら、喉の奥に仕込まれたユグドラシルの魔力変換器を最大出力へと引き上げた。
「——♪ 瞳を閉じて、私の世界に堕ちて……」
アルティナがサビの高音を響かせたその瞬間。
目に見えない、しかし高密度に圧縮された魔力の波紋が、ドーム全体から宇宙空間へと放射状に放たれた。
観客たちの瞳から一斉にハイライトが消え、彼らは操り人形のように、アルティナの歌声に合わせて狂信的な動きを見せ始める。
それと同時に、ステーション外部で暴動を起こしていた群衆——ユグドラシルの信奉者たちもまた、暴徒と化してドームへ向けて進軍を開始したのである。
「……ん?」
タナトスのコックピットに、けたたましい警告音が鳴り響いた。
空間の魔力濃度が異常な数値を跳ね上げている。
「ローゼリア! これは……!」
「……ただの歌じゃないな。空間そのものを震わせて脳に直接干渉しておる。タチの悪い広域洗脳魔法の類じゃ」
ローゼリアの真紅の瞳が、気怠げなものから、圧倒的な強者のそれへと鋭く変化した。
彼女の膨大な魔力は、アルティナの放つ洗脳波長など容易く弾き返してしまう。リアンヌもまた、ローゼリアを守るという強靭な意志により、精神干渉を完全にシャットアウトしていた。
『団長、聞こえるか』
ローゼリアはインカム越しに、母艦で指揮を執るブリュンヒルデに通信を入れた。
『ああ、こちらも異常を感知した。暴徒たちが一斉にドームに向けて武装蜂起したぞ。どうやら、このコンサート自体が巨大なテロの起爆装置だったらしい』
「……なるほどな。妾の新作ソフトの邪魔をした羽虫の親玉は、あのステージの上で歌っているというわけか」
ローゼリアは操縦桿を強く握りしめた。
彼女はまだ、アルティナが自分自身の遺伝子から作られた存在であることには気づいていない。しかし、自分の愛する『平穏なゲームライフ』を脅かす存在が誰であるかは、正確に見定めた。
「さあ、お遊戯の時間は終わりじゃ、アイドル殿」
タナトスのメインスラスターが蒼黒の炎を吹き上げる。
「妾の休日の邪魔をした罪……その命をもって、高くつかせてやるぞ」
偽りの熱狂は打ち砕かれ、宇宙空間を舞う二機のマギアナイトが、歌姫の待つドームの天蓋へと真っ直ぐに機首を向けた。




