第二幕 第三話:星詠みの歌姫と、不純な護衛任務
「——というわけで、我々エインヘリアルの今回の主目的は、暴動の鎮圧そのものではない」
第七セクターへと向かうワープ空間の中、母艦のブリーフィングルームでブリュンヒルデがモニターを指し示した。そこに映し出されたのは、星屑を散りばめたような極彩色のドレスを着て微笑む、一人の可憐な少女の姿だった。
「現在、暴動が起きている物流拠点のすぐ隣にある巨大ステーションで、銀河最大のアイドル『アルティナ・アスフィ』のツアーファイナルが開催される。我々の任務は、このコンサートのVIP護衛だ」
「護衛じゃと?」
出撃の熱意も冷めやらぬままブリーフィングに参加していたローゼリアは、あからさまに顔をしかめた。
「団長、妾の目的はあくまで自分の新作ソフトを取り返すことじゃぞ。なぜアイドルの子守りなどせねばならんのじゃ。そんなものは適当な警備会社に任せておけ」
「そう言うな、お姫様。今回のクライアントは、ステーションの総督府と、そのコンサートのメインスポンサーだ。そして……そのスポンサー企業こそが、お前が予約していたVRゲームの販売元でもある」
ブリュンヒルデは、ニヤリと口角を上げて一枚のデータチップを取り出した。
「護衛任務を無事に完遂した場合の特別報酬として、一般販売前の**『新作ソフトのアーリーアクセス権』と『開発者用マスターデータ』**を譲渡するという条件を引き出しておいたぞ。どうする? やるか?」
**ガタッ!!**
ローゼリアが椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がった。その真紅の瞳は、これまでにないほどの純粋な輝き(欲望)に満ち溢れている。
「……受ける! 受けるに決まっておろう!! 開発者用マスターデータじゃと!? そんな神の如き権限、限界オタクとして見過ごせるはずがないわ!!」
「ええ、ローゼリア! その情熱のままに、いかなる暴徒も私がこの純白の槍で蹴散らしてみせましょう!」
リアンヌもまた、ローゼリアのモチベーションが上がったことに歓喜し、やる気満々で拳を握りしめていた。
ランドグリーズたち三姉妹も「相変わらずチョロいお姫様だ」「まあ、報酬が良いなら文句はないですわ」と笑い合っている。
かくして、殺意の波動から一転、遠足前の小学生のようにわくわくとした足取りで、エインヘリアルの面々は第七セクターの巨大ステーションへと降り立ったのである。
コンサート会場となる巨大ドームは、開演数時間前にもかかわらず、数万人のファンたちの熱気でむせ返るようだった。
「すごい熱気じゃな……。みんな、そんなにアイドルの歌が好きなのか」
ローゼリアは、普段の漆黒のドレスではなく、護衛任務のためのシックな黒のスーツ(リアンヌの見立て)に身を包みながら周囲を見渡した。隣を歩くリアンヌも、純白のスーツ姿で隙なく周囲を警戒している。
「ローゼリアから一歩でも離れようとする不届き者がいれば、即座に排除します」
「いや、お主の護衛対象は妾じゃなくてアイドルじゃぞ……?」
呆れ半分でツッコミを入れつつ、一行はVIP専用のバックステージへと案内された。
重厚な防音扉の前に立つと、案内役のスタッフが一礼して扉を開く。
「アルティナ様、エインヘリアルの皆様が到着されました」
広々とした豪華な楽屋。
その中央に置かれた鏡台の前から、一人の少女が振り返った。
光をたっぷりと含んだような、長くふわふわの金髪。
そして、宝石のように神秘的な輝きを放つ、紫色の瞳。
先ほどまでホログラムで見ていた『星詠みの歌姫』が、そこに立っていた。
「初めまして! 銀河で一番星に近いアイドル、アルティナ・アスフィですっ! 今回は護衛を引き受けてくださって、本当にありがとうございます!」
アルティナは、誰もが心撃ち抜かれるような、天真爛漫で完璧な笑顔を向けて両手を合わせた。その声色は鈴を転がすように愛らしく、一片の濁りもない。
しかし、その瞬間。
ローゼリアとリアンヌの足が、ピタリと止まった。
「……ん?」
ローゼリアは首を傾げた。
目の前の少女から放たれる微弱な魔力の波長。それは、まるで自分自身の魔力を鏡越しに感じているかのような、奇妙で気味の悪い既視感だった。
リアンヌもまた、わずかに眉をひそめ、無意識のうちにローゼリアを庇うように半歩前に出た。彼女の天才的な空間認識能力が、目の前の少女の「立ち姿」に、自分と同じ『戦場を支配する者の重心』を読み取っていたからだ。
(……なんだ、この小娘は。ただのアイドルではない?)
エインヘリアル側に走った僅かな緊張。
それを最も冷静に観察していたのは、他でもないアルティナ自身であった。
(……来たわね。私の、忌まわしきオリジナルたち)
アルティナは、心の中で冷たい毒を吐き出していた。
目の前に立つ、漆黒の死神と純白の騎士。
初めて生で見るローゼリアの姿は、アルティナの期待と憎悪を裏切るほどに『凡庸』に見えた。隙だらけの立ち姿に、緊張感の欠片もない眠そうな瞳。これが、あの恐るべき魔力の源泉だというのか。
(本当に、ただの怠惰な女……。こんな薄っぺらい人間が、私のオリジナルだなんて。ふざけるな)
激しい劣等感と屈辱が胸を焦がすが、アルティナの表面上の笑顔は一ミリたりとも崩れなかった。彼女は小走りでローゼリアに近づき、パッと手をとった。
「あの『黒き死神』様に護衛してもらえるなんて、夢みたいです! 私、ずっとお会いしたかったんです!」
「お、おう……。そうか、それは光栄じゃな」
突然のスキンシップに、ローゼリアは少し戸惑いながらも、その手を握り返した。
その手は、アイドルのものとは思えないほど冷たく、そして……どこか無機質な感触がした。
「さあ、間もなく開演です。エインヘリアルの皆さん、どうか私を……最後まで『見守って』いてくださいね?」
アルティナの紫色の瞳が、一瞬だけ妖しく光る。
その言葉に込められた真の意味を知る由もないローゼリアは、「任せておけ、開発者用データのためじゃからな!」と呑気に胸を張った。
偽りの天真爛漫と、不純な動機で結ばれた護衛任務。
銀河を揺るがす歌姫のコンサートの幕が、静かに、そして致命的な罠と共に上がろうとしていた。




