第百二十二話:審判の刻、神帝機の咆哮
銀河連邦の崩壊は、雪崩を打つような勢いだった。かつて「正義の象徴」と謳われた英雄レオン・クライスの離反をきっかけに、連邦軍内部の派閥争いは全面的な内戦へと発展していた。権力を渇望する強硬派と、レオンに従う穏健派が宇宙の各地で激突し、かつての巨大国家は自壊の道を突き進んでいる。
その混沌の最中、エインヘリアルのブリッジは重苦しい沈黙に包まれていた。
「……連邦軍の防衛ネットワークが完全に消滅した。今やイプシロン宙域を含む旧帝国領は、管理する者のない無政府状態だ」
団長ブリュンヒルデが、ホログラムの戦況図を睨みつけながら呟く。彼女の手元には、山積みになった「帝国からの救援要請」と「資源確保の命令書」が放置されていた。もはや傭兵団という枠組みを超え、彼女たちは銀河の運命を左右する最大の戦力として、その動向を注視されていたのである。
そんな中、ブリッジの隅でローゼリアが沈痛な面持ちで座っていた。彼女の膝の上には、今は亡き旧帝国から発掘された、銀河の「真の歴史」を記録したデータチップが握られている。
「……ローゼリア様。解析が完了しました」
オルトリンデの無機質な声が響く。彼女が示したデータは、ローゼリアがずっと感じていた「嫌な予感」を確実なものに変えた。
「『神帝機リヴァイアサン』。それは単なる兵器ではありません。あれは、かつてこの銀河に存在した超文明が、滅びゆく星系を一つに統合し、新たな生命へと還元するための『星の心臓』です。……あれを起動し、マギアブラスターを撃つたびに、この銀河の根幹たるエーテルバランスが崩壊し、いずれ宇宙そのものが死を迎えます」
「……やっぱり、そうだったのじゃな」
ローゼリアは、その事実をどこか納得したように呟いた。
なぜ、あの機体がこれほどまでに魔力を食うのか。なぜ、撃つたびに空間がひび割れ、星々が消えていくのか。それは「力」ではなく「代償」を支払っていたからだ。自分たちがこの星系でゲームを楽しんでいる間にも、実は宇宙は確実に死へと近づいていたのだ。
「ローゼリア……」
リアンヌが、その細い肩をそっと抱き寄せる。彼女にとっても、宇宙の命運などどうでもいい。だが、ローゼリアがその事実を抱えて苦しんでいるのなら、それだけで彼女にとっては許しがたいことだった。
「妾がリヴァイアサンで連邦軍を蹴散らせば蹴散らすほど、この銀河は滅びる。だが、ここで妾が座して死を待てば、姉上の国も、エインヘリアルの面々も、妾の大好きな積みゲーもすべて消える。……なんと理不尽な二択じゃよ」
ローゼリアの赤き瞳が、洞窟の中で鋭い光を放った。
「決めたぞ。リヴァイアサンは、最初で最後の一撃を放つ。——この戦争を、妾の手で終わらせるのじゃ」
イプシロン宙域のプラント群が浮かぶ広大な空間で、物語の終わりを告げる決戦が始まった。
連邦の崩壊に抗うように、過激派が集結させた五百万の艦隊。それを迎え撃つ帝国軍。そして、中央で対峙する二人の英雄。
「レオン・クライス! 貴様の『正義』と、妾の『平穏』。どちらがこの銀河に相応しいか、ここで決着をつけるぞ!」
漆黒のタナトスと、蒼銀のアロンダイトが衝突する。
レオンの剣は、もはや迷いを振り切ったかのように鋭い。彼は、腐った連邦を終わらせ、死神の手でこの銀河を再編しようとしていた。
「ローゼリア! 貴様が銀河の運命を左右する力を持つなら、私がその運命を斬り開く!」
二機のマギアナイトが、物理法則を無視した速度で交差する。大鎌が振るわれるたびに空間が歪み、剣が閃くたびに魔力が炸裂する。二人の戦いは、もはや軍隊の介入を許さない「神々の争い」に近いものとなっていた。
「くっ……! 貴様のその力、何のためにある!」
「妾の平穏を守るためじゃあぁぁッ!!」
タナトスの大鎌がアロンダイトのシールドを砕き、レオンの機体の装甲を深く切り裂く。
レオンは機体を反転させ、剣を突き刺す。タナトスの装甲に閃光が走り、ローゼリアのコックピットが大きく揺れる。
「……良い戦いじゃ、英雄よ。だが、妾には守らねばならぬものがある。貴様の理想とは比べ物にならんほど、重く、甘く、尊いものじゃ!」
ローゼリアが操縦桿を限界まで倒す。
その瞬間、タナトスの背後に、封印されていたはずの『リヴァイアサン』の巨大な影がオーバーレイした。
「全出力解放……『ディメンション・エンド』!!」
宇宙そのものを飲み込むような紫黒の奔流が、戦場のすべてを包み込んだ。
連邦軍の艦隊も、帝国の防衛艦隊も、そしてアロンダイトさえもが、その光の前に沈黙する。
……しかし、光が収まった時、そこに立っていたのはタナトスだけだった。
「……私の負けだ、死神」
レオンのアロンダイトは、右腕を失い、動力炉をタナトスの鎌に押さえつけられていた。彼は負けを悟り、コックピットのハッチを開いた。
「この力……貴様は、銀河の滅びを望んでいるのか?」
「いいや。この力を使って、連邦と帝国の両方を強制的に『停戦』させるのじゃ。……妾がこの宇宙で一番強い。そう示せば、誰も無駄な戦いはせぬ」
ローゼリアの言葉は、あまりにも傲慢で、しかし圧倒的な「結果」を突きつけるものだった。
「……ハハッ、本当に、貴様らしいな。力で平和を、怠惰のために強引に作り出すとは」
レオンはアロンダイトを停止させた。彼もまた、自分たちの戦いが無意味であることを、あの圧倒的な一撃を見て理解していたのだ。
イプシロン宙域で示された「死神の暴力」は、全銀河を震え上がらせた。
連邦の強硬派は、タナトスの一撃で旗艦を失い、戦意を完全に喪失。帝国軍も、ローゼリアの圧倒的な力を前に、もはや彼女を管理しようなどという不可能な理想を捨てざるをえなかった。
戦争は、呆気ないほどにあっけなく終結した。
エインヘリアルの母艦内で、ブリュンヒルデは溜息混じりに帝国からの通信を受けていた。
「フェイト殿下からの特命だ。……今回の件、ローゼリアの功績を認め、彼女の『自由』を永劫保証する。ただし、神帝機の封印と、以降のいかなる紛争への介入も禁止、と……」
「……ようやく、終わったか」
ローゼリアは、艦のデッキで宇宙を見つめていた。
彼女の愛機『タナトス』は、激戦の傷跡を残したまま、格納庫で静かに眠っている。そして『リヴァイアサン』のデータは、彼女の手によって宇宙の彼方へとパージされた。
「ローゼリア。……何処へ行きましょうか?」
リアンヌが隣に並ぶ。彼女の手には、もう槍はない。あるのは、戦いを終えた安堵と、愛しい人との未来を想う温かな眼差しだけだ。
「帰るぞ、リアンヌ。エインヘリアルの面々を引き連れて、どこか平和な星系へな。……妾はもう、一生分戦った。これからは、積みゲーを消化して、リアンヌの紅茶を飲んで、ただただダラダラと暮らすのじゃ」
ローゼリアの宣言に、ブリュンヒルデも、三姉妹も、フィーネも、みんな笑った。
彼女たちは傭兵だ。だが、この大戦で、自分たちが本当に守りたかったものが何だったのか、それを思い出していた。
「……ああ、そうだ。せっかくだから、イプシロンの件の賠償金で、とびきりふかふかのベッドを買うとするか」
ローゼリアは、少しだけ照れくさそうに笑った。
彼女が守り抜いたのは、銀河の平和などという大層なものではない。
ただ、好きな人と、好きな仲間と、好きなことをして過ごす。
そんな、どこにでもあるはずの、しかし戦時下では贅沢な「日常」だった。




