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第十二話:過去からの遺言と、黒き死神の無断出撃

常夏の海洋星『アクアリア』での甘く騒がしいバカンスから数日。

母艦『エインヘリアル』は、再び星の海を航行する日常へと戻っていた。

その日の深夜。

艦内の照明が落とされ、静寂に包まれた自室のベッドで、ローゼリアは微かな電子音によって目を覚ました。

「ん……なんじゃ?」

サイドテーブルに置かれた個人用端末が、明滅を繰り返している。

ローゼリアが身を起こして画面を確認すると、そこには『送り主不明・最高機密暗号指定』という物々しい警告文が表示されていた。

エインヘリアルの強固なファイアウォールを完全にすり抜け、ローゼリアの端末に直接届けられたデータ。この宇宙で、これほどの電子戦技術と暗号化プロトコルを持つ相手に、ローゼリアは一人しか心当たりがなかった。

(……フェイト姉上か)

以前、ブリュンヒルデたちと一緒に見た『降伏宣言』以来だ。

二度と干渉しないと言っていた彼女が、なぜ再び直接通信を送ってきたのか。

ローゼリアは小さく息を吐き、端末の暗号解読キー(帝国の皇族のみが知る特殊な魔力波長)を入力した。

画面に、短いテキストメッセージが表示される。

それは、以前の事務的な長文とは違う、どこか切羽詰まったような、無機質な文章だった。

『——ローゼリア。

これが、私からあなたへ送る最後の通信になります。

現在、帝国は周辺の三つの星間国家からなる「反帝国連合」の大規模な侵攻を受けています。

新型魔力炉の暴走と、防衛システムの完全な機能不全。そして第一艦隊を失った我が軍に、彼らの十万を超える大艦隊を止める術はありませんでした。

先ほど、帝都の絶対防衛ラインである「アイギス・ゲート」が突破されました。帝都陥落は、もはや時間の問題です。

私は摂政として、民間人の避難ポッドの射出と、父上アンブロシウスの脱出艦の軌道確保を完了しました。

彼らは中立宙域へ向かい、そこで余生を過ごすことになります。

ですが、帝国の象徴たる皇族がすべて逃げ出せば、連合軍は民衆の避難船まで追撃するでしょう。

合理的に判断し、私が殿しんがりとして帝都に残り、敵の主力艦隊をこの星の重力圏に引きつけます。

皇城の地下にある旧型の対消滅機関を暴走させ、連合の主力ごと帝都を宇宙のチリに還す。それが、私の計算した「最も帝国軍人らしく、かつ被害を最小限に抑える最適解」です。

あなたに助けを求めているわけではありません。

これはただの事後報告であり、最後までこの愚かな帝国を見捨てられなかった、私の個人的な感傷です。

あなたは、あなたの見つけた『戦乙女』という新しい居場所で、自由に生きてください。

どうか、お元気で。

——フェイト・エーベルヴァイン』

「…………」

メッセージの最後の一文を読み終え、ローゼリアは端末をベッドに放り投げた。

そして、長い金髪をわしゃわしゃと掻き毟り、盛大にため息をついた。

「ふん。相変わらず、可愛げのない女じゃ。……これのどこが『事後報告』か。どう読んでも『遺言』であろうが」

(あの合理主義の塊みたいな姉上が、自分が死ぬことを『最適解』とか言っちゃってさ。……なんだよそれ。いくら帝国が嫌いでも、民衆を逃がすために自分が犠牲になるなんて、そんなの、ただの立派な為政者じゃないか)

ローゼリアの胸の中に、鉛のような重い感情が渦巻いていた。

自分を宇宙へポイ捨てしたゴリラ兄上セドリックや、それを見逃した老いぼれ親父アンブロシウスには、一切の同情はない。

だが、フェイトは違った。彼女はローゼリアを助けはしなかったが、虐げることもしなかった。ただ、帝国の現状を冷徹に見つめ、最後には一人でその泥を被ろうとしている。

(……このまま見捨てたら、俺、絶対に後悔する。リアンヌ様に抱きしめられても、心のどこかで『姉を見殺しにした』っていうモヤモヤが残っちまう)

それは、これからの天国(眼福)ライフにおいて、致命的なノイズになる。

ローゼリアはベッドから降りると、クローゼットからパイロットスーツを引っ張り出した。

「リアンヌ。それに、団長……すまん」

暗い部屋の中で、誰にともなく呟く。

「これは、戦乙女の仕事ではない。……エーベルヴァイン帝国第二皇女としての、最後の『尻拭い』じゃ」

誰にも見つからないよう、ローゼリアは自室を抜け出した。

艦内は静まり返っている。リアンヌの部屋の前を通り過ぎる時、心臓がキュッと締め付けられた。

(ごめん、リアンヌ様。朝起きて俺がいなくても、絶対にすぐ帰ってくるから。朝のイチャイチャタイムには絶対間に合わせるから!)

ローゼリアは決意を胸に、最下層の特別格納庫へと忍び込んだ。

整備班長のフィーネも今は自室で寝ているはずだ。格納庫には、静かに眠る漆黒の古代機動騎士『ノワール』だけが鎮座していた。

ローゼリアは足音を殺してタラップを登り、ノワールのコックピットに滑り込む。

「ノワール。システム起動。……ステルスモードで頼むぞ」

機体に魔力を流し込むと、ノワールは主電源の光を最小限に抑えたまま、静かに駆動系を立ち上げた。

『ピピッ。生体認証クリア。無断発進シークエンスへ移行します』

通常、艦のカタパルトを使用するにはブリッジの許可が必要だが、ノワールのスペックとローゼリアの魔力があれば、気密ハッチを手動でこじ開け、自力で宇宙空間へ飛び出すことが可能だった。

ドシュゥゥゥッ……!

警報が鳴る寸前、漆黒の機体はエインヘリアルから射出され、真空の宇宙へと溶け込むように姿を消した。

(待っておれ、フェイト姉上。……お主のそのつまらぬ最適解、妾の魔力で書き換えてやるわ!)

莫大な魔力を推進力に変え、ノワールは超高速のワープ空間へと跳躍した。

その頃、エーベルヴァイン帝国の帝都上空は、業火に包まれていた。

かつて無敵を誇った絶対防衛シールドは見る影もなく砕け散り、反帝国連合の十万を超える大艦隊が、空を覆い尽くすように降下してきている。

「右翼の防衛線、突破されました! 敵第三艦隊、皇城への直接砲撃態勢に入ります!」

「迎撃部隊の損耗率、八十パーセントを超過……! もはや、持ちこたえられません!」

皇城の地下司令室。

絶望的な報告が飛び交う中、第一皇女フェイトは、乱れた軍服のまま、腕を組んでメインモニターを見上げていた。

彼女の美しい顔には煤がつき、額からは一筋の血が流れているが、その冷徹な瞳の光は少しも失われていない。

「……民間人の避難船は、すべて重力圏を離脱しましたね」

「は、はい! 最終便のワープアウトを確認しました!」

「ご苦労様。……残存する帝国軍全機に告ぐ。これより、対消滅機関を臨界点まで引き上げる。お前たちも直ちに戦闘を放棄し、帝都から退避せよ」

フェイトの無機質な声が、司令室に響く。

しかし、血まみれになった将校たちは、誰一人としてその場を動こうとはしなかった。

「フェイト殿下。我々は、帝国に命を捧げた軍人です」

年老いた将軍が、敬礼をして微笑んだ。

「愚かな軍事国家であったかもしれませんが……最後まで民を逃がし、自ら泥を被ろうとする貴女様を、一人で死なせるわけにはいきません。最後まで、お供いたします」

「……非合理的ですね。お前たちの死に、軍事的な価値はありませんよ」

「ええ。ですが、これが我々の誇りです」

フェイトは小さくため息をつき、目を伏せた。

「……好きにしなさい。対消滅機関、臨界まであと三分。それまで、敵をこの星に引きつけます」

連合軍の旗艦から、帝都の皇城へ向けて、数百条の極太のレーザーが放たれた。

迎撃網はすでに崩壊している。誰もが、ここで帝国の歴史が終わるのだと覚悟し、目を閉じた。

——その、瞬間だった。

『……ふん。勝手に終わろうとするな、馬鹿者どもが』

司令室の全通信回路、そして連合軍の全艦隊の通信回路に、尊大で、底冷えするような少女の声が強制的に割り込んだ。

「……なっ!?」

フェイトが、初めて冷静さを失い、驚愕に目を見開いた。

直後。

皇城の真上に、星々の光を飲み込むような『漆黒』の流星がワープアウトしてきた。

戦闘機形態クルーズモードの古代機動騎士『ノワール』である。

ノワールは空中に静止すると、機体下部から巨大な『長距離魔導砲』を展開した。

常軌を逸した、圧倒的で暴力的なまでの魔力が、砲身に圧縮されていく。空間が歪み、世界が赤黒い光に染まる。

「な、なんだあの黒い機体は!?」

「エネルギー反応、計測不能! 回避しろォッ!」

連合軍の艦隊がパニックに陥る中、漆黒の死神が冷酷に言い放つ。

「エーベルヴァイン帝国を、妾の許可なく踏みにじるなど。……万死に値するわ。消え失せろ」

轟ッッッッッッ!!!!!!

放たれた赤黒い魔力の奔流は、皇城に降り注ぐはずだった数百のレーザーを強引に呑み込み、そのまま連合軍の主力艦隊のど真ん中を一直線に薙ぎ払った。

圧倒的な質量の暴力。

たった一撃で、空を覆い尽くしていた連合軍の一万隻近い戦艦が、爆炎すら残さずに蒸発した。

「……あ」

司令室の将校たちが、言葉を失ってモニターを見上げる。

フェイトもまた、信じられないものを見るように、空に浮かぶ漆黒の悪魔を見つめていた。

ノワールが、空中で人型形態アサルトモードへと変形する。

そして、帝国の全通信回路に向けて、ローゼリアは宣言した。

『喜べ、筋肉馬鹿ども! 貴様らが忌み嫌い、宇宙へ捨てた「究極のバッテリー」が、最後の奇跡を起こしに戻ってきてやったぞ!』

その声は、かつての幽閉されていた弱々しい少女のものではない。

気高き『戦乙女』のエースとして、宇宙を生き抜いてきた絶対的強者のそれだった。

『妾はエーベルヴァイン帝国、第二皇女ローゼリア! これより、帝都の防衛権限はすべて妾が掌握する!』

「ローゼリア殿下……!」

「ああ……殿下が、我々を救いに戻ってきてくださった……!」

かつてローゼリアを「部品」と見下していた将兵たちが、その神々しいまでの力と慈悲に涙を流し、モニターに向かって次々と敬礼を始めた。

「……なぜ、戻ってきたのですか。ローゼリア」

フェイトが、震える声で通信マイクに向かって問いかけた。

「あなたには、もうこの国を救う義理などないはずです」

『勘違いするな、フェイト姉上。妾は帝国を救いに来たのではない。……お主の「最適解」とやらが、あまりにも不細工で気に食わなかったから、横槍を入れに来ただけじゃ』

ローゼリアのノワールが、両手の『対物対艦刀』と『対魔導対艦刀』を構え、再び連合軍の群れへと突撃していく。

『それに、妾には新しく守るべき「家族」と、一生を添い遂げると決めた「騎士」がおる。……過去のしがらみに引きずられて、スッキリしない気分のまま彼女たちと海で遊ぶのはご免じゃからな! ここで帝国の歴史に、妾が完璧なピリオドを打ってやる!』

(っていうかマジで急がないと、リアンヌ様が起きる前に帰れない! 怒られる! いや心配させちゃう!!)

『残存する帝国軍全機に告ぐ! 妾の後ろについてこい! 妾が道を切り開く、貴様らは妾の死角から来る雑魚どもを叩き落とせ!』

ローゼリアの命令に、傷ついた帝国のマギアナイト部隊が、まるで新たな命を吹き込まれたかのように一斉に空へと飛び立った。

「ローゼリア殿下に続けェッ!!」

「殿下の背中を守れ! 我らが帝国の誇りを示せェッ!」

かつて、ローゼリアを虐げていた者たちが。

今度は彼女を『希望の星』として仰ぎ、その背中を守るために命を懸けて突撃していく。

ノワールが宇宙の闇を舞い、連合軍の戦艦を次々と両断していく。

ローゼリアの魔力は、帝国の機体群にも「疑似的な魔力シールド」として分け与えられ、彼らの機動力を底上げしていた。

「信じられません……。たった一機の存在が、崩壊寸前の軍をここまで立て直すなど……」

フェイトは、モニターに映る妹の圧倒的な姿を見て、初めて己の計算が完全に間違っていたことを悟った。

ローゼリアは、単なる「魔力の電池」などではなかった。彼女こそが、帝国を統べるに相応しい、真の『王の器』を持った存在だったのだ。

「対消滅機関の臨界、停止させました!……フェイト殿下、我々の反撃です!」

ローゼリアという規格外の死神と、死に物狂いで食らいつく帝国残存軍の連携の前に、連合軍の十万の艦隊は完全に浮き足立ち、やがて蜘蛛の子を散らすように撤退を始めていった。

帝都の空に、再び朝陽が昇り始める。

防衛戦は、エーベルヴァイン帝国の……いや、ローゼリア・エーベルヴァインの完全勝利で幕を閉じた。

戦闘終了後。

半壊した皇城のバルコニーに、人型形態のノワールが静かに降り立った。

バルコニーには、フェイトが一人で待っていた。

コックピットのハッチが開き、パイロットスーツ姿のローゼリアが姿を現す。

「……見事でした、ローゼリア」

フェイトが、深く頭を下げた。

「あなたが帝国にもたらした奇跡に、何と感謝の言葉を述べれば良いか。……私は、あなたを次期皇帝として……」

「馬鹿を言うな」

ローゼリアは、長い金髪を風に揺らしながら、フェイトの言葉を冷たく遮った。

「言ったはずじゃ。妾は帝国を救いに来たのではない。……これで、エーベルヴァイン帝国と妾の縁は、完全に切れた。これ以上の貸し借りはない」

ローゼリアは、フェイトを真っ直ぐに見据えた。

「フェイト姉上。お主は生き延びた。この焼け野原になった帝国の残骸をまとめ上げ、民のために新しい国を創れ。それが、残されたお主の『最適解』じゃろう?」

フェイトは目を丸くし、やがて、小さく、本当に小さく——微笑んだ。

「……ええ。承知しました。我が妹よ」

フェイトが再び深く頭を下げるのを見て、ローゼリアは満足げに頷き、コックピットへと戻ろうとした。

これで、帝国との過去は完全に清算された。

あとは、エインヘリアルにダッシュで帰って、リアンヌが起きる前にベッドに潜り込むだけだ。

——と、思った、その時だった。

『……ローゼリア』

ノワールの通信回路から、地獄の底から響くような、絶対零度の声が聞こえた。

「ひっ!?」

ローゼリアの背筋が、文字通り凍りついた。

この声は。この、怒りと心配が入り混じった、静かで恐ろしい声は。

空を見上げる。

朝焼けの空を切り裂いて、一隻の巨大な超弩級強襲揚陸艦がワープアウトしてきていた。

『エインヘリアル』だ。

そして、そのカタパルトから、純白の流星が——リアンヌの駆る高機動重装甲機『スローネ』が、猛烈な勢いで皇城のバルコニーへと降下してきたのだ。

ズシィィィィンッ!!

スローネがノワールの目の前に着地する。

ハッチが開き、中から出てきたリアンヌの顔を見て、ローゼリアは完全に「終わった」と悟った。

リアンヌの美しい顔は、怒りで夜叉のように険しくなっており、その碧眼には、ローゼリアを失うかもしれないという恐怖から流れたであろう涙の跡が残っていた。

「り、り、リアンヌ様……これはその、違うんじゃ! 妾はちょっと散歩に……」

「……無断出撃。しかも、単騎で敵の大艦隊のど真ん中に突っ込むなど……。私が、どれほど心配したか、わかっているのですかッ!!」

リアンヌの悲痛な叫びが、バルコニーに響き渡った。

「ご、ごめんなさぁぁぁいっ!!」

帝国を蹂躙し、十万の艦隊を退けた最強の黒き死神は。

白銀の騎士の説教の前に、ただひたすらに土下座の勢いで平謝りするしかなかった。

「……もう、絶対に一人で行かないと約束してください。あなたは、私の半身なのですから」

「は、はい……! 一生離れません、ごめんなさい……!」

涙目でリアンヌに抱きしめられ、怒られながらも頭を撫でられるローゼリアを見て、フェイトはただ呆気にとられていた。

「……あれが、帝国をたった一機で救った死神、ですか?」

フェイトの呟きは、誰の耳にも届かなかった。

かくして、エーベルヴァイン帝国の第二皇女としての最後の務めを果たしたローゼリアは、名実ともに『戦乙女』のローゼリアとして、愛する相棒の腕の中へと完全に帰還したのである。

怒られはしたものの、リアンヌの体温と匂いに包まれ、内心では(リアンヌ様のご褒美ハグ……最高ォ!)と限界オタクの喜びを噛み締めているローゼリアであった。

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