第十一話:常夏の海洋星と、心臓爆発のサンオイル
エインヘリアルが次なる目的地としてワープアウトしたのは、視界の九割が透き通るようなコバルトブルーの海で覆われた、海洋リゾート惑星『アクアリア』であった。
今回の任務は、惑星連合の要人がこの星の超高級海上ホテルでバカンスを楽しむ間の『周辺警護』である。
海賊やテロリストからの襲撃に備え、エインヘリアルはホテルの沖合に停泊。マギアナイト部隊は常にスクランブル発進ができる状態で待機しつつも、要人に危険が迫らない限りは、団員たちもホテルのプライベートビーチで羽を伸ばして良いという、まさに『天国イベント』そのもののボーナス任務だった。
「ひゃっほーう! 海だ海だーっ!!」
雲一つない青空の下、眩しい白砂のビーチに次女ロスヴァイセの歓声が響き渡る。
彼女をはじめとする『戦乙女』の団員たちは、日頃の過酷な戦闘の疲れを癒やすべく、色とりどりの水着に身を包んで海へと駆け出していった。
「ふふふ……最高じゃ。まさに眼福の極み。ここがヴァルハラか……」
パラソルの下、デッキチェアに深く腰掛けたローゼリアは、トロピカルジュースのストローを咥えながら、尊大な笑み(と、完全に緩みきった目元)でビーチを眺めていた。
(うおおおおおっ! みんなスタイル良すぎだろ!! ロスヴァイセの健康的なビキニ! 長女ランドグリーズの大人っぽいパレオ! 団長の……いや団長は破壊力が高すぎて直視できない!! とにかく女の子の水着最高! 帝国から追い出されて本当に良かったァァッ!)
前世の男としての本能が、大自然の解放感も相まって完全にお祭り騒ぎを起こしていた。
ちなみに、現在のローゼリアが着ているのは、黒とワインレッドを基調とした、フリルたっぷりの可愛らしいセパレートタイプの水着である。これも休日にリアンヌとロスヴァイセが『ローゼリアには絶対にこれが似合う!』と大はしゃぎで選んでくれたものだ。
雪のように白い肌と、地面に着くほど長いふわふわの金髪に、そのゴシック調の水着が恐ろしいほどマッチしており、すれ違うホテルの従業員たちすら息を呑んで振り返るレベルの美少女っぷりを発揮していた。
「お待たせしました、ローゼリア」
不意に、背後から優しく声をかけられた。
ローゼリアがジュースから口を離して振り返った瞬間——彼女の思考回路は完全にフリーズした。
「り、リアンヌ……」
そこに立っていたのは、純白のビキニに身を包んだリアンヌだった。
普段の軍服の下に隠されている、無駄な脂肪が一切なく、しかし女性としての柔らかな曲線を完璧に備えた極上のプロポーション。透き通るような白い肌が、南国の太陽の光を反射して眩しいほどに輝いている。
そして、豊満な胸元には、休日デートでローゼリアと交換した『漆黒のペンダント』が、純白の水着との美しいコントラストを描いて光っていた。
(————ッッッッッ!!!!!!!)
ローゼリアの脳内で、警報サイレンとファンファーレが同時に鳴り響いた。
(待って待って待って! 破壊力がおかしい! 美神!? 古代ギリシャの女神が顕現した!? スタイル良すぎだろ! お腹のライン綺麗すぎ! 好き!! 完全に俺の性癖のど真ん中!!)
さっきまで他の団員たちの水着姿を見て「眼福だ〜」と呑気に喜んでいたはずなのに、リアンヌの水着姿を見た瞬間、他の情報がすべて頭から吹き飛んでしまった。
やはり、自分の心と身体は、完全にリアンヌ一筋に作り変えられてしまっているらしい。
「どうしました? そんなにじっと見つめて。……やはり、少し派手すぎたでしょうか」
リアンヌが、少し恥ずかしそうに頬を染めながら、己の身体を隠すように腕を組む。
「ば、馬鹿者!!」
ローゼリアは慌てて立ち上がり、ビシッとリアンヌを指差した。
「派手などということはない! 完璧じゃ! 妾の隣を歩く騎士として、これ以上ないほど見事な水着姿じゃ! 誇るが良い!!」
(いや俺は何を偉そうに言ってるんだ!? でも素直に「めっちゃ可愛いです好きです」なんて言えないし!)
ローゼリアが顔を真っ赤にして早口でまくし立てると、リアンヌはパァッと花が咲くような笑顔を見せた。
「ふふっ、ありがとうございます。あなたにそう言ってもらえるのが、一番嬉しい」
リアンヌはローゼリアの隣のデッキチェアに腰を下ろすと、手元に持っていたボトルをコトリとテーブルに置いた。
「さて、ローゼリア。日差しが強いですから、海に入る前に日焼け止めを塗りましょう。あなたのその美しい雪のような肌が焼けてしまっては大変ですからね」
「ひっ!?」
ローゼリアの肩がビクッと跳ねた。
休日の艦内での宣言を、リアンヌは全く忘れていなかったのだ。
「さあ、背中を向けてください。私が塗ってあげます」
「ま、待て! 妾は自分で塗れる! そのくらいのことは自分で……!」
「背中は自分では届かないでしょう? 遠慮はいりませんよ、私たち、バディなのですから」
リアンヌの瞳には一片の邪念もない。ただ純粋に、大切な相棒の肌を守らなければという騎士としての使命感(と、重度の保護欲)だけが輝いている。
(くっ……この真っ直ぐな瞳で見つめられたら、絶対に断れない! 俺のバカ! なんでこんなチョロいんだ!)
ローゼリアは観念し、ガチガチに緊張したまま、デッキチェアの上でうつ伏せになった。
「では、いきますよ」
ピトッ、と。
冷たいサンオイルと共に、リアンヌの滑らかで温かい手のひらが、ローゼリアの華奢な背中に触れた。
「んんっ……!」
「冷たかったですか?」
「い、いや、なんでもない! 続けよ!」
リアンヌの手が、ローゼリアの背中をゆっくりと滑っていく。
肩甲骨の周りから、背筋に沿って、そして腰のあたりまで。
(あああああ! 背中! 背中から伝わる指の感触がエロすぎる! 騎士様の手つきじゃない! いや騎士様だからこその丁寧さ!? どっちでもいいけど心臓が止まる! いい匂いするし、リアンヌ様の吐息が近くに感じるし!!)
ローゼリアは、デッキチェアのクッションに顔を押し付け、必死に悲鳴を上げるのを堪えていた。
全身の血が沸騰しそうだった。
「ローゼリアの肌は、本当にすべすべで柔らかいですね。……折れてしまいそうなくらい細いのに、戦場ではあんなに強大な力を見せる。本当に不思議な子です」
リアンヌが、愛おしそうに呟きながら、今度はローゼリアの腕や脚にもオイルを伸ばしていく。
その度に、心臓がビクンビクンと跳ね回る。
(やばい、意識が飛びそう。これ拷問? いや最高のご褒美なんだけど、精神的ダメージが大きすぎる……!)
「はい、終わりましたよ。これで完璧です」
「ご、ご苦労じゃった……!」
ローゼリアはフラフラと起き上がり、真っ赤な顔のまま、熱を冷ますためにトロピカルジュースを一気飲みした。
「さあ、海へ行きましょうか。浮き輪は要りますか?」
「妾を子ども扱いするな! 泳ぐくらい造作もないわ!」
(嘘です! 帝国でずっと引きこもってたから泳ぎ方なんて知りません! 前世でもカナヅチでした!)
強がって海へと向かったローゼリアだったが、案の定、足のつかない深さまで行くと途端に溺れかけ、結局リアンヌに後ろから抱き抱えられるようにして(さらに心拍数を爆発させながら)水遊びをすることになった。
「ふふ、無理はいけませんよ。力を抜いて、私に身を任せてください」
「くっ……妾としたことが、海などという足場の悪い戦場に不覚を取るとは……!」
リアンヌの豊かな胸に背中を密着させられながら、ローゼリアは「天国と地獄(心臓的な意味で)が同時に来ている」と内心で天を仰いだ。
平和な時間が過ぎていく。
誰もが、このバカンスが何事もなく終わると思っていた。
——しかし、やはり『戦乙女の双璧』が行く先には、戦火が付き物らしい。
ビーーッ! ビーーッ! ビーーッ!
突如、ホテルのプライベートビーチに設置されていた緊急警報のサイレンが鳴り響いた。
同時に、沖合に停泊していた母艦エインヘリアルから、全団員の通信端末にブリュンヒルデ団長の切迫した声が飛ぶ。
『——総員、戦闘配置! バカンスはここまでだ!』
「団長!? 何事ですか!」
リアンヌが即座に表情を引き締め、通信端末に応答する。
『ホテルの要人を狙って、海中から未確認の所属不明機が多数接近中だ! おそらく、惑星連合に反発する過激派のテロリストだろう。奴ら、水陸両用のマギアナイトを二十機ほど揃えている!』
「海中から……!」
ザバーーーンッ!!!
ブリュンヒルデの報告とほぼ同時に、ホテルの沖合数百メートルの海面が大きく爆発するように割れた。
そこから姿を現したのは、鈍い青緑色に塗装された、異形の水陸両用マギアナイトの群れだった。魚雷ポッドや巨大なクローを装備し、ずんぐりとした装甲を持つその機体群が、上陸を目指して一斉に海を蹴って進んでくる。
『要人を拉致しろ! 邪魔する警備兵は皆殺しにして構わん!!』
拡声器からテロリストの下品な声が響き渡り、ホテルの客たちが悲鳴を上げて逃げ惑い始めた。
「……せっかくの休日を、よりにもよって妾とリアンヌの大事なバカンスを邪魔するとは」
ローゼリアの周囲の温度が、物理的に下がったように感じられた。
彼女の赤い瞳には、絶対零度の怒りが渦巻いている。
(俺の……俺とリアンヌ様の初めての海デートをぶち壊した罪……万死に値する!!)
「リアンヌ。行くぞ。あのような雑魚ども、着替える手間すら惜しいわ」
「ローゼリア? まさか……」
「エインヘリアル! 妾の『ノワール』と、リアンヌの『スローネ』を直ちにカタパルトにセットせよ! すぐに出る!!」
ローゼリアは水着姿のまま、海岸に用意されていた緊急用の転送装置(母艦へ一瞬で移動するための短距離テレポート装置)へと駆け出した。
リアンヌもすぐにその後を追う。
「水着のままでマギアナイトに!? いくらなんでも危険です!」
「構わん! フィーネの調整したOSなら、パイロットスーツの魔力補助などなくとも完全に機体とリンクできる! お主こそ、妾の隣に立つ準備はできておるな!?」
ローゼリアの気迫に押され、リアンヌはフッと微笑んだ。
相棒がここまで怒っているのだ。止める理由はない。それに、自分自身も、愛する姫君とのバカンスを邪魔されたことには静かな怒りを覚えていた。
「ええ。我が槍に懸けて!」
転送装置が起動し、二人の姿がビーチから光と共に消えた。
数分後。
テロリストの水陸両用マギアナイト部隊が、いよいよホテルの目前へと迫ろうとしたその時。
『——そこまでじゃ、下賤なテロリストども』
天から降ってきたのは、星々の光すら飲み込む『漆黒』。
そして、海面を滑るように突撃してきたのは、光り輝く『純白』。
「なんだァ!? どこから沸いて出た!」
空から舞い降りた『ノワール』が、両手に構えた二振りの大剣——『対魔導対艦刀』と『対物対艦刀』を、海面に向けて無造作に振り下ろした。
ズバァァァァァァァァンッ!!!!
規格外の魔力が刃から放たれ、なんと、ホテルの沖合の海が『真っ二つに割れた』。
旧約聖書の海割りの如く、数千トンもの海水が左右に吹き飛ばされ、海底の岩盤が露わになる。水陸両用という地の利を活かしていたテロリストたちは、突然海水が消滅したことでバランスを崩し、無様に海底へ転がった。
「な、なんだこのデタラメな威力は!? 海を割りやがったぞ!?」
「ひるむな! 撃てェッ!!」
慌てて魚雷やビームを乱射するテロリストたち。
しかし、その攻撃がノワールに届くより早く、純白の閃光が彼らの懐へと飛び込んだ。
「あなたたちの相手は、私です!!」
リアンヌの駆る『スローネ』が、猛烈なスラスターの推進力で海底の岩盤を蹴り飛ばし、巨大な『突撃重槍』を突き出す。
ドゴォォォォンッ!
水圧に耐えるための分厚い装甲ごと、テロリストの機体が一撃で串刺しにされる。
「ヒィッ! なんだこの白い化け物は!」
「右から来るぞ! 迎撃しろ!」
混乱するテロリストたちを、漆黒の死神が冷酷に刈り取っていく。
空中に滞空したノワールが、変態的な軌道で急降下し、対物対艦刀で次々と機体を両断していく。
コックピットの中では、ローゼリアが水着姿のまま操縦席に座り、怒りの形相で魔力を放ち続けていた。
(許さん許さん許さん! せっかくリアンヌ様に日焼け止め塗ってもらって、これからもっとイチャイチャするはずだったのに!! 全部お前らのせいだ!!)
私怨百パーセントの怒りが、ノワールの動きをさらに鋭くさせる。
フィーネの組んだ専用OSは完璧だった。水着姿でヘルメットも被っていない状態でも、ローゼリアの莫大な魔力と思考をラグなしで機体に伝達している。
「リアンヌ! 一掃するぞ!」
『ええ! 合わせます!』
ローゼリアのノワールが機体下部から『長距離魔導砲』を展開する。
それを見たリアンヌのスローネが、残った敵機を一箇所に集めるように、盾で殴りつけながら包囲網を狭めていく。
「さあ、海の藻屑となるが良い!!」
極太の赤黒い魔力奔流が放たれた。
それは一直線に海を割り、一箇所に固められた十機以上のテロリストの機体を、一瞬にして蒸発させた。
爆発の熱で周囲の海水が一気に沸騰し、巨大な水蒸気の柱が空高く立ち上る。
「……ふん。口ほどにもないゴミどもめ」
ノワールが剣を収め、スローネと並んでホテルの前に立つ。
戦闘時間、わずか三分。
惑星連合の要人を狙った大規模なテロは、水着姿の少女たちの八つ当たり(?)によって、文字通り一瞬で鎮圧されたのであった。
「……いやぁ、水着で出撃なんて前代未聞だけど、怪我がなくて本当によかったよ」
エインヘリアルの格納庫に戻った二人を出迎えたブリュンヒルデは、呆れたような、しかし誇らしげな笑顔で労った。
「まったくじゃ。妾のバカンスを邪魔するから、あのような無惨な結果になるのじゃ」
ローゼリアは尊大に腕を組み、フンと鼻を鳴らす。
水着のまま出撃したため、コックピット内の冷却システムで少し身体が冷えてしまい、小さく身震いをした。
すると。
「ローゼリア。お疲れ様でした。冷えますから、これを」
横から、リアンヌがふわりと大きなバスタオルをローゼリアの肩に掛け、そのままギュッと、タオル越しにローゼリアの身体を抱きしめた。
「り、リアンヌ!?」
「無茶をしましたね。いくらあなたの魔力が規格外でも、専用のスーツを着ずに宇宙や海を駆けるのは危険です。……でも、あなたと一緒に戦えて、とても心強かった」
至近距離で見つめ合う、碧眼と赤い瞳。
戦闘後の高揚感と、相変わらずのリアンヌの無自覚なイケメンムーブが合わさり、ローゼリアの心拍数は再び危険領域へと突入していく。
(あ、あ、あああ……っ! タオル越しでもリアンヌ様の体温が伝わってくるし! 水着だから密着度がえげつないし!!)
「次は、邪魔が入らないと良いですね。……ローゼリア、もし良ければ、明日の非番も、私と一緒に海に行ってくれませんか? 今度は、誰もいない静かな入り江を見つけたのです」
「なっ……!?」
誰もいない静かな入り江で、リアンヌと二人きり。
その破壊力抜群の言葉に、ローゼリアはついに限界を迎えた。
「い、行く!! 絶対に行く!! 邪魔する奴がいたら星ごと吹き飛ばしてやるわ!!」
顔を真っ赤にして叫ぶローゼリアに、リアンヌはクスリと笑い、再びその愛おしい金髪を優しく撫でた。
「ふふ、楽しみにしていますね。我が姫君」
テロリストの襲撃というアクシデントはあったものの、結果的に二人の絆(とローゼリアのガチ恋度)はさらに深まることとなった。
常夏の海と、白銀の騎士の甘い眼差し。
帝国という過去の呪縛を完全に断ち切ったローゼリアにとって、この『戦乙女』での日々は、前世で夢見た以上の、そして心臓がいくつあっても足りないほどの、最高の天国(眼福ライフ)として続いていくのであった。




