第百十九話:イプシロンの火花、英雄とオタクの激突
イプシロン宙域、資源プラント密集地帯。
そこは、連邦の旗艦アポロンを中心とした第五艦隊と、帝国の防衛艦隊、そしてエインヘリアルが入り乱れる死の海と化していた。
「——ターゲット補足。帝国の悪魔、ローゼリア・エーベルヴァイン、及びその随伴機ブランを視認」
純白の装甲に身を包んだ連邦軍の新型機『アロンダイト』のコックピットで、レオン・クライス大佐は冷徹に告げた。彼の翡翠の瞳は、目の前の戦場を『悪を裁くステージ』としか認識していない。
「正義の剣にかけて。貴様たちの野望は、ここで終わる!」
アロンダイトが加速する。その機体はまるで白鳥のように優雅かつ鋭利に、タナトスへ向けて突進した。
「ふはははっ! 英雄様のお出ましじゃな! だが、妾の趣味を破壊しようとする者に、英雄の資格などないわ!」
タナトスが迎え撃つ。断次元サイズと、アロンダイトが手にする蒼銀の剣が激突し、イプシロン宙域の空間に火花が散った。
レオンの剣技は、連邦の英雄の名に恥じぬ凄まじい練度だった。だが、ローゼリアの戦い方はもっと泥臭く、そして「執念」に満ちていた。
「この! 趣味を! 守り抜くのじゃァァァッ!!」
タナトスの蹴りがアロンダイトの装甲を抉る。物理法則を無視した空間切断の余波が、周囲の連邦軍の護衛艦をまとめて消し飛ばした。
「……何というデタラメな魔力だ。だが、その力の源が『私欲』にある限り、貴様が真の英雄に勝てるはずがない!」
レオンはアロンダイトの全出力を蒼銀の剣に集中させた。彼にとって、ローゼリアの「趣味への執念」は、自分が守る「銀河の正義」という崇高な概念の前では、卑小で醜い欲望に見えたのである。
その圧倒的な正義のプレッシャーに対し、ローゼリアはニヤリと笑った。
「英雄? 正義? 妾が望むのはただ、家でダラダラと最高画質の神ゲーを遊ぶことだけじゃ! 貴様の薄っぺらい理想など、妾の怠惰な幸福の前には無価値よ!」
「……ならば、その歪んだ欲望ごと断ち切る!」
蒼銀の閃光がタナトスを飲み込もうとしたその瞬間——。
「——私のローゼリアに、その汚らわしい剣を向けるなと言っているのですッ!!」
純白の槍『聖潔の裁き』が、閃光の直前でレオンの剣を叩き折った。ブランがローゼリアの死角から飛び出し、レオンのアロンダイトを強烈な魔力衝撃で吹き飛ばす。
「ぐっ……! またしても貴様か、エインヘリアルの騎士!」
「ええ。ローゼリアを傷つける者は、たとえどんな英雄であろうと、私がこの槍で叩き潰します」
リアンヌの瞳は、もはや怒りを超えて『神聖な使命感』に支配されていた。彼女にとって、ローゼリアの平穏を守ることこそが宇宙における唯一絶対の真実。レオンの掲げる正義など、彼女の視界には一塵の価値もなかった。
「フン、所詮は狂犬の共闘か。だが、その程度の連携で……!」
レオンは機体を立て直し、再び剣を構える。
しかし、戦場の周囲を見回すと、連邦の艦隊はすでにエインヘリアルの戦乙女たちによってボロボロに破壊され、混乱の渦中にあった。
「どうした、英雄様? 正義の軍勢とやらは、我が艦隊を止めることもできんのか?」
ブリュンヒルデの皮肉げな通信が、レオンの神経を逆撫でする。
戦況は完全に帝国の優勢。そして、目の前には最強の死神と、最凶の騎士。
レオンの翡翠の瞳に、初めて焦燥の色が浮かんだ。
正義は勝つ——そう信じて疑わなかった彼の世界観が、ローゼリアの持つ「圧倒的かつ不純な個の暴力」によって、今まさに足元から崩れ去ろうとしていた。
「——決着は次回だ、死神! 次こそ必ず、その首を!」
アロンダイトは捨て台詞を残し、連邦軍の敗走に合わせて撤退を開始した。
ローゼリアは、逃げる敵を追うことよりも、無事にプラントが守られたことを確認し、深く安堵のため息をついた。
「……よかった。これで、限定版は確実に手に入る……」
その様子を見ていた三姉妹は、呆れ顔で溜息をつく。
一方、リアンヌは至福の笑みでローゼリアを抱きしめた。
「さすがはローゼリア。勝利の後の余韻まで、本当に美しい……!」
大戦はまだ終わらない。だが、イプシロン宙域の戦いは、正義を信じる英雄の心に、深い絶望と疑念の種を植え付けることとなったのである。




