第百十七話:星海を裂く漆黒の鎌と、白銀の絶対防衛線
空間の歪みを引き裂き、傭兵団エインヘリアルの母艦が星の海へとその巨体を現した。
ワープアウト直後、ブリッジのメインモニターが捉えたのは、エーベルヴァイン帝国の防衛の要衝である『シリウス絶対防衛線』の惨状であった。
「……こりゃあ、予想以上の地獄絵図ッスねぇ」
長女ランドグリーズが、モニターを見上げながら低い口笛を吹く。
視界を埋め尽くすほどの、連邦軍の銀色の艦隊。その数はこの宙域だけでも数百万隻に上る。彼らが放つ無数のレーザーとミサイルの雨が、帝国防衛艦隊のシールドを次々と削り取り、食い破っていた。
『こちら帝国第三防衛艦隊! 第四、第五シールド大破! 敵の数が多すぎる! このままでは防衛線を突破され、帝都アルカディアへの直接航路を許してしまう!』
友軍からの悲痛な通信が飛び交う中、防衛艦隊の残存戦力は、連邦の無尽蔵の砲火の前に次々と爆発し、宇宙の塵へと変わっていく。圧倒的な物量差を前に、帝国の強固な防衛網は今まさに崩壊の危機に瀕していた。
「連邦の羽虫ども……数の暴力で押し切る気満々というわけか。だが、相手が悪かったな」
ブリュンヒルデが、指揮官席から鋭い一瞥をモニターに投げかける。
「お前ら、お姫様の『平穏なヒモ生活』へ続く道を作れ! エインヘリアル、全主砲斉射!」
**ドゴォォォォォォォンッ!!!**
ブリュンヒルデの怒号と共に、母艦エインヘリアルの武装が一斉に火を噴いた。極太のビーム砲が連邦軍の先陣を薙ぎ払い、密集していた銀色の艦隊に巨大な風穴を開ける。
「一番槍はもらったッスよォォォッ!!」
カタパルトから真っ先に飛び出したのは、ランドグリーズが駆る赤きマギアナイト『グリムゲルデ』だった。巨大なブースターを吹かして連邦軍の戦艦の甲板に直接着地すると、その身の丈以上ある巨大な戦斧を振り下ろす。
「オラァッ! 邪魔だ退けェッ!」
分厚い合金の装甲が紙屑のように引き裂かれ、戦艦が一刀両断されて大爆発を起こす。彼女は爆風を推進力に変え、次々と敵艦を渡り歩きながら物理的な破壊を撒き散らしていく。
「野蛮ですね。ですが、効率的です。……マルチロックオン。ターゲット、敵巡洋艦隊一二〇。……ファイヤ」
青き『ヘルムヴィーゲ』を駆るロスヴァイセが、後方から優雅な手つきでトリガーを引く。無数のホーミング・ミサイルと高出力レーザーが軌道を描き、的確に敵の推進機関と艦橋だけを撃ち抜いて機能停止に追い込んでいく。
「……敵艦隊のデータリンク・システムに侵入完了。統制システムに偽装情報を送信。友軍への砲撃軌道を逸らします」
三女オルトリンデが恐るべき処理速度で電子戦を展開し、連邦軍の連携を内側から崩壊させていく。誤射が頻発し、連邦の陣形が目に見えて乱れ始めた。
三姉妹の圧倒的な局地制圧力により、崩壊寸前だった帝国防衛線に一時的な均衡がもたらされた。
しかし、連邦軍は数百万隻。いくら倒しても、次から次へと銀色の艦隊が波のように押し寄せてくる。
『所属不明の戦闘艦および機動兵器に告ぐ! 抵抗は無駄だ! 我々は銀河の平和を守る正義の軍隊である! 悪魔の兵器を隠し持つ帝国に与するなら、貴様らも異端として排除する!』
連邦軍の旗艦から、傲慢なオープン通信が全宙域に響き渡った。正義を騙り、己の侵略を正当化するその言葉。
「正義、じゃと? 笑わせるな」
漆黒のコックピットの中で、ローゼリアは冷たく鼻で笑った。彼女は通信回路を開き、全宙域に向けて『黒き死神』としての冷徹にして傲慢な声を響かせた。
「貴様らの薄っぺらい正義など知ったことか。妾の安眠と、休日のゲームの時間を邪魔した罪……その命をもって贖うが良い!」
「——タナトス、出るぞ!!」
母艦のカタパルトから、深い闇の色をしたマギアナイトが漆黒の残像を残して宇宙空間へと射出された。
連邦軍の無数のレーザーが、現れた黒い機体をハチの巣にしようと集中砲火を浴びせる。しかし、タナトスにレーザーが届く直前。宇宙空間に、眩いばかりの『純白の防壁』が展開された。
「ローゼリアの征く道に、小石一つ残しはしません。……『絶対聖域』!」
タナトスの隣にピタリと寄り添うように飛翔する純白の騎士『ブラン』。リアンヌが槍を掲げると、あらゆるエネルギー攻撃を無効化する不可視の魔力障壁が展開され、連邦軍の砲火をすべて弾き返した。
「流石じゃリアンヌ! バハムート、断次元サイズ、出力全開!!」
『了解。ジェネレーター直結。空間切断能力、限界突破』
タナトスがその手に握る巨大な大鎌『断次元サイズ』の刃が、禍々しい赤紫色の魔力光を放つ。ローゼリアが操縦桿を大きく振り抜くと、タナトスは連邦軍の密集陣形の中央へと単騎で突っ込んだ。
「消え失せろ、羽虫どもォォォッ!!」
大鎌が虚空を薙ぐ。
それは単なる物理的な斬撃ではない。刃が通過した空間そのものが『ズレ』を起こし、直線上に並んでいた数十隻の連邦軍戦艦が、装甲の強度など一切関係なく、まるでバターを切るように『空間ごと』真っ二つに分断された。
一切の音がない宇宙空間で、魔力の炸裂が引き起こす閃光の連鎖が次々と花開く。
タナトスが舞うたびに、空間が裂け、連邦の戦艦が爆散していく。それはまさに、戦場に降り立った死神の舞踏であった。
『ば、馬鹿な!? 空間そのものを切断しているだと!? リヴァイアサンではなくとも、これほどの化け物が……ッ!』
『陣形を崩すな! 集中砲火で押し潰せ!!』
恐怖に駆られた連邦軍が、全火力をタナトス一点に集中させようとする。だが、彼らがタナトスに狙いを定めた瞬間、彼らの視界は純白の閃光に染まり上がった。
「……私のローゼリアに、汚らわしい砲口を向けるなと言っているのです」
ブランが、タナトスの背後から純白の長槍を構え、超高速で突撃する。槍の先端から放たれた極太の魔力ビームが、連邦軍の艦隊のど真ん中を貫通し、一撃で数百隻を蒸発させた。
狂気的なまでの愛と庇護欲。ローゼリアを傷つけようとする存在に対するリアンヌの殺意は、この宇宙の誰よりも深く、そして重い。
空間を切断する圧倒的な破壊力で敵陣を崩壊させる。
絶対的な防御と、精密かつ凶悪な射撃。
「あははははっ! さすがはお主じゃリアンヌ! 妾の背中は任せたぞ!」
「ええ、ええ! ローゼリアの美しい背中は、私が永遠にお守りいたします!」
(相変わらず戦闘中のリアンヌのテンションが異常すぎて怖い! じゃが、今はこれほど頼りになる相棒もおらんわ!)
内心で震えながらも、ローゼリアは外向けには傲慢な笑みを浮かべ続け、断次元サイズを振るい続けた。
エインヘリアルの戦乙女たち、そして死神と白銀の騎士の参戦により、シリウス絶対防衛線は劇的な反転攻勢へと転じた。
圧倒的な戦力差を個の暴力で覆していく彼女たちの戦いぶりは、防衛に当たる帝国軍の士気を最高潮へと引き上げていく。
しかし、これは全銀河を巻き込む大戦の、ほんの緒戦にすぎない。




