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追放皇女の異世界戦記  作者: 浅井川亘


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第百十六話:星間大戦の勃発と、死神による『ヒモ生活防衛戦線』

母艦エインヘリアルの艦内を、血のように赤い第一種警戒態勢の照明が染め上げていた。

鼓膜を直接震わせるようなけたたましい警報音が鳴り響く中、ブリーフィングルームには傭兵団エインヘリアルの主要メンバーが全速力で集結していた。彼女たちの表情は一様に険しく、先ほどまでの「お姫様の結婚騒動」という平和(?)な日常は完全に過去のものとなっている。

限界オタクの魂を持つ『黒き死神』ことローゼリア・エーベルヴァインは、つい数分前まで私室のふかふかなベッドに寝転がり、最新作のシミュレーションRPGのレベル上げに勤しんでいた。隣では、純白の騎士リアンヌが最高級のシャインマスカットの皮を一つ一つ丁寧に剥き、甘い言葉と共に口まで運んでくれるという、まさに至高のヒモ生活の絶頂にいたのである。

しかし、その甘美な時間は、無慈悲なサイレンによって無残に引き裂かれた。

「状況を整理する。……いや、整理するまでもないか。現在、この銀河は完全に狂い始めた」

円卓の最奥で、団長ブリュンヒルデが巨大なホログラム・星図ギャラクシー・マップを起動する。彼女の顔には深い疲労が刻まれ、その手にはもはや空っぽになった特大サイズの胃薬の瓶が空しく握られていた。

ホログラムに映し出されたのは、銀河を三分する巨大勢力——【旧銀河帝国】、【銀河連邦】、そして【エーベルヴァイン帝国】の勢力図である。

しかし、その国境線はすでに原型を留めていなかった。旧銀河帝国の広大な領土が、無数の赤い光点——銀河連邦軍の艦隊によって、まるで病魔に侵されるかのように急速に塗り潰されていく様がリアルタイムで映し出されていたのだ。

「旧帝国領への侵攻を開始した銀河連邦軍の総数は、推定で五千万隻。彼らは『神帝機リヴァイアサンという銀河全土への脅威を排除する』という大義名分を掲げ、旧帝国のみならず、我々の最大のスポンサーであるエーベルヴァイン帝国に対しても全面的な宣戦布告を行った」

「ご、五千万隻……ッ!? 桁がおかしいじゃろ! 宇宙の塵からでも湧いて出たんか!」

漆黒のゴシックドレスに身を包んだローゼリアが、円卓に両手をついて絶叫する。限界オタクである彼女にとって、一万隻や二万隻ならまだゲームの『無双モード』で処理できる範疇だが、五千万という数字はもはや処理落ち確定のバグデータでしかない。

「連邦は何十年も前から、帝制国家を打倒するための軍備拡張を裏で進めていたんだろうさ。お前が旧帝国宙域でクーデター軍に巻き込まれた際、リヴァイアサンのマギアブラスターで旧帝国の『親衛艦隊三万隻』を消し飛ばした事件。あれは連邦のタカ派にとって、喉から手が出るほど欲しかった『開戦の口実』にすぎない。……親衛艦隊という絶対的な抑止力を失った旧帝国は、連邦にとってただの空き家同然だったというわけだ」

ブリュンヒルデの言葉に、ブリーフィングルームの空気が重く沈み込む。

「つまり、妾がバハムートの自動防衛システムに任せてビームを撃ったせいで、銀河の軍事バランスが完全に崩壊したということか……?」

「結果論だが、そういうことになる。そして、連邦は勢いそのままに、この宇宙の覇権を完全に握ろうとしている。その最大の障害であり、なおかつ最高の大義名分となるのが——悪魔の兵器リヴァイアサンを擁するエーベルヴァイン帝国というわけだ」

ブリュンヒルデがコンソールを操作すると、メインモニターに銀河連邦軍の最高司令官の演説映像が映し出された。

『……銀河の同胞たちよ! 我々は長きにわたり、帝制という名の野蛮な独裁に耐えてきた! そして今、エーベルヴァイン帝国は、星系を一瞬で消し去る悪魔の兵器【神帝機リヴァイアサン】を擁し、そのパイロットである【黒き死神ローゼリア】を通じて全銀河を恐怖で支配しようとしている! これは独裁者から宇宙を解放するための聖戦である! 悪魔の兵器を隠し持つ帝国を討ち、銀河に真の平和と民主主義を!!』

「な……なんじゃと……!?」

演説を聞いたローゼリアの頭の中が真っ白になった。

自分がただゲームをしてダラダラ過ごしたいがために、襲ってきた艦隊を(不本意ながら)消し飛ばした結果。それが銀河の軍事バランスを崩壊させ、かつてない規模の全銀河大戦の引き金となってしまった。

あまつさえ、自分自身が「銀河を恐怖で支配しようとする悪の権化」として全宇宙に指名手配されているのである。

「わ、妾のせいじゃと……? 妾はただ、平和にゲームがしたかっただけなのに……ッ!」

ガクンと膝から崩れ落ちそうになるローゼリア。

しかし、その細い身体を後ろからしっかりと抱き止めたのは、純白の騎士リアンヌであった。

「……連邦の豚ども。よくも、よくも私の愛しいローゼリアに『悪魔』などという汚名を着せてくれましたね」

リアンヌの声は地を這うような低さでありながら、周囲の空気を凍りつかせるほどの絶対的な殺気を放っていた。彼女のサファイアの碧眼は、ローゼリアに対する甘い光を完全に失い、ただただ冷酷な処刑人のそれへと変貌している。

「ローゼリアは何も悪くありません。彼女はただ、自身の平穏な日常を守りたかっただけ。それを身勝手な政治の道具にし、あまつさえ彼女をこの大戦の火種として糾弾するとは……万死。いえ、連邦という組織そのものを、この宇宙から根絶やしにして差し上げます」

リアンヌの手の中で、純白の魔力がバチバチと音を立てて弾けた。彼女の狂気的なまでの愛と庇護欲は、今や銀河連邦軍五千万隻という途方もない軍勢へと向けられたのである。

「あはははっ! 最高じゃねえッスか! 五千万隻!? 斬り放題、壊し放題の天国ッスね!」

赤き『グリムゲルデ』を駆る長女ランドグリーズが、巨大な拳を打ち鳴らして獰猛な笑みを浮かべる。

「ふふっ。連邦の最新鋭艦のデータを頂く絶好の機会です。戦術の組み立てがいがありますね。全滅させるまでにどれだけの戦術パターンを試せるか、今から胸が高鳴りますわ」

青き『ヘルムヴィーゲ』を駆る次女ロスヴァイセが、優雅に紅茶のカップを傾けながら冷徹な瞳を輝かせた。

「……弾薬の消費量と、連邦軍から巻き上げる賠償金の計算を開始します。敵の規模が大きければ大きいほど、エインヘリアルの利益率は指数関数的に上昇します。徹底的に搾り取りましょう」

電子戦を司る三女オルトリンデが、淡々とキーボードを叩きながら恐ろしい計算を始める。

誰も、この絶望的な状況に怯えてなどいなかった。

銀河最凶の傭兵団『エインヘリアル』。彼女たちは、圧倒的な暴力を前にしてこそ真価を発揮する、文字通りの戦乙女ヴァルキュリアたちなのだ。

だが、ローゼリア一人だけは違った。

彼女の行動原理は常に「自分の平穏なオタク生活を守ること」のみである。国家の存亡や銀河の平和など、正直なところ知ったことではない。

五千万隻を相手にするなど、どう考えても疲れるし、何よりゲームをする時間が削られてしまう。

「嫌じゃあぁぁぁっ! なんで妾がそんな大戦争の最前線に行かねばならんのじゃ! エーベルヴァイン帝国が滅びたら、妾の高級ゲーミング環境も、ふかふかのベッドも、新作ゲームの発売日も全部台無しになってしまうではないかァァァッ!」

ローゼリアが頭を抱えて半泣きになったその時、ブリーフィングルームのメインモニターに暗号化された通信の割り込みが入った。

映し出されたのは、白亜の皇宮から通信を繋いできたエーベルヴァイン帝国第一皇女——フェイト・エーベルヴァインの姿であった。

『——取り乱しているようね、私の可愛い妹』

「あ、姉上! 助けてくれ! 連邦が五千万隻とか頭の悪い数で攻めてきおったぞ!」

ホログラムの向こうのフェイトは、相変わらず感情の読み取れない冷徹な真紅の瞳でローゼリアを見下ろしていた。しかし、その声には微かに、国家の命運を背負う為政者としての重圧が滲んでいるようにも聞こえた。

『状況は把握しているわ。帝国軍も全軍を挙げて迎撃態勢に入っているけれど、敵の物量は想定の遥か上よ。多方面からの同時侵攻に対し、我が軍の戦力は完全に分散させられている。……ローゼリア。先日の謁見で、私はあなたに自由に生きる権利を与えたわね』

「う、うむ! 軍隊には入らず、ヒモとして生きる権利を勝ち取ったはずじゃ!」

『ええ。けれど、もしこの国が連邦に蹂躙されれば、あなたが依存しているその超高速の通信インフラも、お気に入りの限定特装版ゲームを製造しているプラントも、そして何より、あなたを甘やかしているエインヘリアルの母艦すらも、すべて連邦軍に没収され、異端の象徴として燃やされることになるわ』

「なっ……!」

フェイトの冷徹な事実の羅列は、ローゼリアにとってこの宇宙のどんな兵器よりも恐ろしい脅威であった。

インターネットが繋がらない。新作ゲームが発売されない。リアンヌの作る最高級の食事が食べられない。

それは限界オタクにとって、物理的な死よりも残酷な『概念的な死』を意味する。

『神帝機リヴァイアサンは封印のままでいい。あれは使えば銀河の寿命を縮め、防衛すべき領土ごと消し飛ばしかねないわ。……けれど、エインヘリアルの戦乙女たちと、あなたの『タナトス』の力が必要よ。帝国防衛の遊撃部隊として、連邦軍の主力を叩き潰しなさい。……これは命令ではなく、姉からの、そして帝国からの正式な依頼よ』

フェイトが初めて見せた「依頼」という言葉。それは、かつて追放された妹を一人の対等な存在として、いや、国家の存亡を託す最高戦力として認めた証でもあった。

「……連邦の羽虫どもめ。妾の、妾の尊い『積みゲー』の山を燃やすじゃと……?」

ローゼリアは俯き、プルプルと肩を震わせた。

ゲームコレクションが燃やされ、過酷な強制労働施設に入れられる最悪のビジョンを想像し、限界オタクの魂にバチバチと怒りの炎が点火される。

「そんなことは……神が許しても、この『黒き死神』が絶対に許さんぞォォォッ!!」

ローゼリアは床からガバッと起き上がると、瞳孔をカッと開き、漆黒のドレスを翻して戦乙女たちを振り返った。

「聞け、エインヘリアルの戦乙女たちよ! 連邦の掲げる正義など、ただの強欲な略奪にすぎん! 奴らは妾たちの安息を、至高の休日を、そして積みゲーを消化する神聖な時間を奪おうとしておる! これは断じて見過ごせぬ大罪じゃ!」

ローゼリアの言葉は、字面だけ見ればただのニートの叫びでしかない。しかし、彼女の全身から放たれる圧倒的な魔力と、死神としての威厳(という名の虚勢)が、その言葉に奇妙なほどの説得力を持たせていた。

「妾はこれより、エーベルヴァイン帝国側として参戦する! 連邦のバカ共に、他人の趣味の時間を邪魔した罪の重さを、骨の髄まで教えてやるわ!」

「そのお言葉を待っていました、我が君」

リアンヌが、純白の騎士の礼を執り、深く、重く微笑む。

「二百万隻だろうと、五千万隻だろうと、あなたの美しい髪の毛一本、連邦の薄汚い手には触れさせません。あなたの平穏なヒモ生活を脅かす者は、全宇宙の摂理に反する大罪人。この私が、純白の槍で彼らの魂ごと浄化し、宇宙の果てまで塵一つ残さず消し去って差し上げます。……ですからローゼリア、この大戦が終わったら、一緒に美味しい紅茶を飲みましょうね」

「……やれやれ。大戦の火蓋が切られたってのに、動機が不純極まりないな。だが、士気が上がったなら良しとするか」

ブリュンヒルデは一度深く目を閉じ、そしてカッと目を見開いた。その眼差しは、もはや胃痛に悩まされる中間管理職のものではなく、歴戦の傭兵団長のそれに切り替わっていた。

「フェイト殿下からの特命だ。我々エインヘリアルはこれより、エーベルヴァイン帝国防衛の最前線へと向かう。連邦軍の主力艦隊を迎え撃ち、お姫様を狙う不届き者どもを宇宙の塵にしてやれ! 総員、抜錨準備! エインヘリアル、戦場へ飛ぶぞ!」

「「「了解アイ・サー!!」」」

ブリッジに、戦乙女たちの力強い声が響き渡る。

圧倒的な力と、重すぎる愛。そして、一人の少女の『平穏なオタク生活』を守るため。

銀河全域を巻き込む未曾有の大戦の嵐の中へ、黒き死神とその仲間たちは、真っ向から飛び込んでいく決意を固めたのであった。


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