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追放皇女の異世界戦記  作者: 浅井川亘


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第百十五話:迫り来る婚姻届と、大戦の幕開け

「開けてください、ローゼリア! 私たちの愛の巣(同棲)に向けた第一歩です! まずはこの婚姻届にサインをして、それからゼクシィ的な雑誌を一緒に読みましょう!」

「開けるわけなかろうがァァァッ! 妾は一生独身のままゲームをして暮らすんじゃ! お前のその重すぎる愛の誓約書になど、絶対にサインはせんぞ!」

母艦エインヘリアルの居住区画。

ローゼリアの私室の分厚いチタン合金製の自動ドアの向こう側から、リアンヌの甘く、そして狂気を孕んだ声が響き続けていた。

対するローゼリアは、部屋の中にあるありとあらゆる重い家具(タンス、デスク、ゲーム機の入ったラックなど)をドアの前に積み上げ、即席の絶対防衛線を構築してガタガタと震えていた。

「ローゼリア。あなたが恥ずかしがり屋なのは百も承知です。ですが、フェイト殿下からも『健康管理』という名目で私たちの中は公認されたも同然。夫婦となれば、お風呂で背中を流すのも、朝の口付けも、すべてが合法にして神聖な儀式となるのです! さあ、ドアのロックを解除して……!」

**ドゴォッ!**

分厚いチタンのドアが、外からの物理的な衝撃(おそらく純白の槍の柄)によって、ベコンと内側にへこんだ。

「ひぃぃぃぃぃっ!? 物理でこじ開けようとするな! 妾の城が破られるゥゥゥッ!」

限界オタクのローゼリアにとって、この部屋は最後の聖域である。ここを突破されれば、婚姻届に無理やり血判を押させられ、逃げ場のない『生涯の伴侶(という名の究極の監禁)』ルートが確定してしまう。

ローゼリアが涙目でバハムートAIに助けを求めようとした、まさにその時であった。

**——ビィィィィィィィィィィィィィンッ!!!**

エインヘリアルの艦内全域に、耳をつんざくような警報音が鳴り響いた。

ただのトラブルや小競り合いを知らせるアラートではない。照明がすべて血のような真紅に切り替わり、オペレーターの悲痛な自動音声がリピートされる。

『総員、第一種戦闘配置。繰り返す、総員、第一種戦闘配置。……これは演習ではありません。銀河連邦軍の超大規模艦隊が、防衛線を突破。本艦はこれより、最大警戒態勢へと移行します』

「……え?」

ローゼリアの動きが止まった。

ドアの外で暴れていたリアンヌの気配も、ピタリと消え去る。

「第一種戦闘配置……? 銀河連邦軍じゃと……?」

数分後。

婚姻届を懐にしまったリアンヌに手を引かれ(結局捕まった)、ローゼリアがブリッジへと駆け込むと、そこはすでに怒号と通信音が飛び交う修羅場と化していた。

「団長! 一体何が起きたんじゃ!?」

ローゼリアの問いに振り返ったブリュンヒルデの顔色は、これまで見たことがないほど蒼白だった。彼女の手には、もはや空になった胃薬の瓶すら握られていない。

「……最悪の事態だ、お姫様。お前たちが恐れていた『結婚』だの『ヒモ生活』だのといった平和な悩みは、今日この瞬間をもってすべて吹き飛んだよ」

ブリュンヒルデは、メインモニターに広域星図ギャラクシー・マップを投影した。そこに映し出されたのは、まさに悪夢のような光景だった。

銀河を三分する巨大勢力——【銀河連邦】【旧銀河帝国】、そして【エーベルヴァイン帝国】。

その国境線を示すラインが、連邦側の宙域から押し寄せる無数の『赤い光点』によって、みるみるうちに塗り潰されようとしていたのである。

「旧銀河帝国の国境警備艦隊、全滅! 連邦軍の先遣隊、すでに旧帝国領の三分の一を制圧しました!」

オペレーター席のオルトリンデが、感情の乗らない声で恐るべき戦況を読み上げる。

「ぜ、全滅ぅ!? 旧帝国とはいえ、腐っても軍事国家じゃろ!? それがこんな短期間で……ッ!」

「……無理もないさ」

ブリュンヒルデが重々しく口を開いた。

「数日前、お前がリヴァイアサンで旧帝国の『親衛艦隊三万隻』を消し飛ばしただろう? あれは旧帝国の軍事力の要だった。その絶対的な防衛力が消失したことで、旧帝国は完全な無防備状態パワー・バキュームに陥ったんだ」

「あっ……」

ローゼリアの背筋に、冷たい汗が流れた。

「連邦のタカ派どもは、この絶好の機会を見逃さなかった。彼らは『皇帝不在により内戦状態に陥った旧帝国の治安維持』という大義名分を掲げ、全軍を挙げて旧帝国領への侵攻を開始した。……その数、およそ**五千万隻**だ」

「ご、五千万……ッ!?」

桁違いの数字に、ラウンジから駆けつけてきたランドグリーズやロスヴァイセも絶句する。

「さらに最悪なのはここからだ。連邦軍は、旧帝国を飲み込むだけでは満足しなかった。彼らは、エーベルヴァイン帝国に対しても同時に宣戦布告を行ったんだ」

ブリュンヒルデの操作で、連邦軍の最高司令官の演説映像がモニターに表示される。

『……銀河の同胞たちよ。我々は長きにわたり、帝制という名の野蛮な独裁に耐えてきた。そして今、エーベルヴァイン帝国は、星系を一瞬で消し去る悪魔の兵器【神帝機リヴァイアサン】を擁し、全銀河を脅かそうとしている! これは自衛戦争である! 悪魔の兵器を隠し持つエーベルヴァイン帝国を討ち、銀河に真の平和と民主主義を!!』

「な……なんじゃと……!?」

「お前だよ、お姫様」

ブリュンヒルデが、ローゼリアを指差した。

「連邦は、お前とリヴァイアサンの存在を『銀河全域への核の脅威』として認定した。それを理由に、エーベルヴァイン帝国を完全に滅ぼすための【大戦】を引き起こしたんだ」

ローゼリアの頭の中が真っ白になった。

自分がゲームをしてダラダラ過ごしたいがために、襲ってきた艦隊を(バハムートが勝手に)消し飛ばした結果。

それが銀河の軍事バランスを完全に崩壊させ、かつてない規模の全銀河大戦の引き金となってしまったのだ。

「わ、妾のせいじゃと……? 妾はただ、平和にゲームがしたかっただけなのに……ッ!」

ガクンと膝から崩れ落ちそうになるローゼリア。

その細い身体を、後ろからしっかりと抱き止めたのは、純白の騎士リアンヌであった。

「……連邦の豚ども。よくも、よくも私の愛しいローゼリアに『悪魔』などという汚名を着せてくれましたね」

リアンヌの声は、地を這うような低さでありながら、周囲の空気を凍りつかせるほどの絶対的な殺気を放っていた。彼女のサファイアの碧眼は、ローゼリアに対する甘い光を完全に失い、ただただ冷酷な処刑人のそれへと変貌している。

「ローゼリアは何も悪くありません。彼女はただ、自身の平穏な日常を守りたかっただけ。それを身勝手な政治の道具にし、あまつさえ彼女をこの大戦の火種として糾弾するとは……万死。いえ、連邦という組織そのものを、この宇宙から根絶やしにして差し上げます」

リアンヌの手の中で、純白の魔力がバチバチと音を立てて弾けた。

彼女の狂気的なまでの愛と庇護欲は、今や銀河連邦軍五千万隻という途方もない軍勢へと向けられたのである。

「あはははっ! 最高じゃねえか! 五千万隻!? 斬り放題、壊し放題の天国だね!」

ランドグリーズが、巨大な拳を打ち鳴らして獰猛な笑みを浮かべる。

「ふふっ。連邦の最新鋭艦のデータを頂く絶好の機会です。戦術の組み立てがいがありますね」

ロスヴァイセが、冷酷な笑みを浮かべてタブレットを操作する。

「……弾薬の消費量と、連邦軍から巻き上げる賠償金の計算を開始します。エインヘリアルの黒字化に貢献してもらいましょう」

オルトリンデが、淡々とキーボードを叩く。

誰も、この絶望的な状況に怯えてなどいなかった。

銀河最凶の傭兵団『エインヘリアル』。彼女たちは、圧倒的な暴力を前にしてこそ真価を発揮する、文字通りの戦乙女ヴァルキュリアたちなのだ。

「……どうやら、腹を括るしかないようだな」

ブリュンヒルデは、一度深く目を閉じ、そしてカッと目を見開いた。その眼差しは、もはや胃痛に悩まされる中間管理職のものではなく、歴戦の傭兵団長のそれに切り替わっていた。

「フェイト殿下からの特命だ。我々エインヘリアルはこれより、エーベルヴァイン帝国防衛の最前線へと向かう。連邦軍の主力艦隊を迎え撃ち、お姫様を狙う不届き者どもを宇宙の塵にしてやれ!」

「「「了解アイ・サー!!」」」

ブリッジに、戦乙女たちの力強い声が響き渡る。

「お、お前ら……」

ローゼリアは、頼もしすぎる仲間たちの背中を見て、小さく息を吐いた。

(ここで逃げれば、エーベルヴァイン帝国は滅びる。姉上も、妾の部屋のゲーム機も、すべて連邦に奪われてしまう。……それだけは、死んでも阻止せねばならん!)

限界オタクの魂が、自らの「安息の地」を守るために燃え上がった。

ローゼリアは、漆黒のドレスの裾を翻し、ブリッジの出口へと振り返る。

「行くぞ、リアンヌ! バハムート! タナトスを起動せよ! 連邦の羽虫どもに、真の死神の恐怖を刻み込んでやるのじゃ!」

「はいっ! ローゼリアの征く道は、すべて私が純白の槍で切り開いてご覧に入れます!」

「……やれやれ。大戦の火蓋が切られたってのに、相変わらずの主従だな。総員、戦闘配置! エインヘリアル、発進する!!」

圧倒的な力と、重すぎる愛。そして、一人の少女の『平穏なオタク生活』を守るため。

銀河全域を巻き込む未曾有の大戦の嵐の中へ、黒き死神とその仲間たちは、真っ向から飛び込んでいくのであった。

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