第百十四話:帝国公認の過保護と、戦乙女たちの鋭いツッコミ
冷徹なる女帝フェイト・エーベルヴァインからの実質的な『自由(と飼育権)の承認』を得て、母艦エインヘリアルへと帰還したローゼリアとリアンヌ。
神帝機リヴァイアサンという巨大すぎる爆弾を封印し、愛機タナトスも完全復活を遂げたことで、ローゼリアの精神的ストレスはついにゼロ——いや、マイナスにまで振り切れていた。
エインヘリアルの共有ラウンジ。
傭兵たちが酒を飲み、思い思いの休息を取るその広い空間の片隅にある特等席の巨大なソファで、信じられないほど甘ったるい、そして周囲が直視を避けるほどの『ベタベタ空間』が形成されていた。
「さあ、ローゼリア。次はシャインマスカットです。皮は私がすべて丁寧に剥きましたから、そのままお口を開けてくださいな。あーん……」
「あーん……むぐむぐ。う、うむ! 甘くて美味いぞリアンヌ! 妾は今、銀河で一番幸せな死神じゃ!」
漆黒のゴシックドレスの裾をだらしなく崩し、ローゼリアはリアンヌの柔らかい太ももの上に頭を乗せ、完全なる『膝枕状態』で至福の表情を浮かべていた。手にはコントローラーを握りしめ、ラウンジの大型モニターを占領してゲームに熱中している。
「ああ……無防備に私の膝の上で寛ぎ、ゲームに一喜一憂するその愛らしいお顔。もぐもぐと動く小さな唇……。フェイト殿下から『健康管理』を正式に一任された以上、私はローゼリアのすべてをこの腕の中で完璧に管理し、極上の甘やかしを提供しなければなりません!」
リアンヌは、サファイアの碧眼をトロンと潤ませながら、空いた手でローゼリアの美しい金髪を優しく、愛おしそうに梳いている。
以前からリアンヌの過保護ぶりは常軌を逸していたが、帝国の女帝から「健康管理を任せる」という大義名分(という名の丸投げ)を与えられたことで、彼女のリミッターは完全に消滅していた。今や、ローゼリアが歩こうとすれば「足が疲れてしまいます!」と抱き上げようとし、息をすれば「空気が汚れています!」と浄化魔法をかけようとする始末である。
(ふはははっ! 最高じゃ! 自分で指一本動かさずにフルーツが口に入ってくる! 姉上からのプレッシャーも消え、リアンヌの過保護ももはや心地よいマッサージのようなもの! これぞ究極のヒモ生活よ!)
中身が限界オタクであるローゼリアにとって、恥じらいなどというものは「究極の堕落」の前では無力であった。
「——おいおい。相変わらず、見てるこっちが胃焼けしそうなイチャイチャっぷりねぇ」
そこへ、豪快な笑い声と共にラウンジに現れたのは、赤き『グリムゲルデ』を駆る長女のランドグリーズだった。彼女はプロテインの入った巨大なシェイカーを振りながら、呆れたように二人を見下ろす。
「ふふっ。お姫様もすっかり骨抜きですね。黒き死神の威厳が、見る影もありませんよ。まるで飼い慣らされた血統書付きの猫のようだ」
青き『ヘルムヴィーゲ』を駆る次女ロスヴァイセが、優雅に紅茶のカップを傾けながら、面白そうに目を細める。
「……データ分析の結果、現在の副団長リアンヌの脳内物質の分泌量は、致死量の三倍に達しています。正常な判断能力は皆無と言っていいでしょう」
三女のオルトリンデが、手元のタブレットをスワイプしながら無機質に報告した。
「な、なんじゃお主ら! 妾は別に骨抜きなどになっとらんぞ! これは次なる戦いに備えて、英気を養っておるだけじゃ!」
ローゼリアは慌てて起き上がろうとしたが、リアンヌの両手がローゼリアの頭を優しく、しかし絶対に逃げられない万力のような力で膝に押さえつけた。
「ローゼリア、急に動いては胃に負担がかかってしまいます。そのまま私の膝で休んでいてください。……あなたたち、私の愛しいローゼリアの安息の時間を邪魔しないでいただけますか?」
リアンヌが、三姉妹に向けて絶対零度の冷気を放つ。
「いやいや、邪魔する気はないッスけどね。それにしても、あんたら最近さらに距離感バグってないッスか? 昔は『気高き主君と忠実な騎士』って感じだったのに、今は完全に『ダメ男を甘やかす究極のヒモ飼い』みたいになってるよ」
ランドグリーズが遠慮なく核心を突く。
「ふはっ!? だ、ダメ男とはなんじゃ!」
図星を突かれたローゼリアが(中身がオタク男子なだけに)過剰に反応する。
「ええ。フェイト殿下との会談を経て、副団長の独占欲が帝国公認の『権利』に昇華されてしまったようですね。……そんなに四六時中ベタベタしているのなら、**もういっそ結婚してしまえばいいのでは?**」
ロスヴァイセが、悪戯っぽい笑みを浮かべて、爆弾のような言葉をサラリと投下した。
「……ッ!?」
ローゼリアの全身が硬直した。
「け、結婚!? お、お主、何を馬鹿なことを言っておるんじゃ! 妾とリアンヌは女同士じゃぞ!? しかも妾は皇族で、こやつは……いや、そういう身分云々の前に、そういう関係では……!」
(いやヒモとしては最高じゃが!? さすがに百合の間に挟まるというか、自分が当事者になるのはハードルが高すぎるんじゃが!?)
ローゼリアが顔を真っ赤にしてパニックに陥る中、隣のオルトリンデが淡々とタブレットを操作し始めた。
「……エーベルヴァイン帝国の法律では、同性婚はすでに合法化されています。皇族の婚姻に関する特別申請書類および、エインヘリアル内でのパートナーシップ宣誓書のデータは、すでにダウンロード済みです。いつでも署名可能です」
「お前はなんでそんな仕事が早いんじゃァァァッ!」
三姉妹の怒涛のツッコミと外堀の埋め立て作業に、ローゼリアが涙目で抗議する。
しかし、その騒ぎの中で、当のリアンヌ本人は——。
「けっ、結婚…………!」
リアンヌは、膝の上にローゼリアを乗せたまま、サファイアの碧眼を見開き、顔を林檎のように真っ赤に染めてワナワナと震えていた。
「私と、ローゼリアが……結婚……。永遠の愛を誓い、同じ戸籍に入り、公式に『妻』としてローゼリアのすべてを独占できる……! 朝起きたら『おはよう、あなた』と囁き、夜は一つ屋根の下で……あああっ! なんという甘美な響き! なんという完璧な論理!!」
完全にヤンデレのスイッチが、新たなステージへと切り替わった瞬間であった。
「ロ、ロスヴァイセ殿! オルトリンデ殿! その申請書類、今すぐ私に渡してください! すぐに記入します! 式場はアルカディアの皇宮を貸し切りましょう! ああ、純白のウェディングドレスを纏ったローゼリア……想像しただけで天に昇る心地です!」
「待て待て待て待てェェェッ! 妾はまだ同意しておらんぞ!? というか誰かこやつを止めてくれ! 目がガンギマリになっとるんじゃァァァッ!」
ローゼリアはついにリアンヌの膝から脱出し、ラウンジのソファの裏へと全速力で逃げ込んだ。
しかし、暴走機関車と化した『冷槍の聖女』を止められる者など、このエインヘリアルには存在しない。
「逃げないでください、ローゼリア! 私たちの愛を形にする時が来たのです! さあ、印鑑を! または血判を!!」
「いやじゃああああああっ!! 誰か助けてェェェェェェッ!!」
「あははははっ! 傑作ッスね! こりゃ明日は宴会ッスよ!」
「ふふっ。ウェディングケーキの手配をしておきましょうか」
「……結婚式に伴う特別有給休暇の申請フォーマットを作成します」
完全に面白がっている三姉妹に見守られながら、ラウンジの中でローゼリアとリアンヌの壮絶な(一方的な)鬼ごっこが幕を開けた。
「——お前ら、ラウンジで騒ぐな。……というか、また騒動の種が増えているじゃないか……」
そこへ、山積みの始末書の処理を終え、ボロボロの顔で特大の胃薬の瓶を抱えた団長ブリュンヒルデが通りかかった。
彼女は、ソファの周りを「結婚しましょう!」「嫌じゃー!」と走り回る副団長とお姫様の姿を見て、深い、深いため息をついた。
「……オルトリンデ。私の分の有給休暇も、半年分申請しておいてくれ……」
圧倒的な力で星の海を震え上がらせる黒き死神の、平穏なヒモ生活への道のり。
それは、「帝国公認」から「生涯の伴侶」というさらなる逃げ場のない重すぎる愛の牢獄へと、今日も絶望的に転がり落ちていくのであった。




