第百十話:神帝機『リヴァイアサン』の覚醒と、予期せぬ帝冠
アステロイドベルトの辺境宙域。母艦エインヘリアルで束の間の平穏を享受していたローゼリアは、愛機『タナトス』のオーバーホール期間を利用し、全神経をゲーム『スター・ギャラクシー・クエストV』のレベル上げに注ぎ込んでいた。
「ふはははっ! 妾の最強パーティーの前では隠しボスなど赤子同然じゃ!」
漆黒のゴシックドレスに身を包んだローゼリアがコントローラーを握りしめ、金髪碧眼の騎士・リアンヌが献身的にフーフーしたスープを口元へ運ぶ。重すぎる愛と甘やかしに包まれた至福のヒモ生活。しかし、その安寧はブリュンヒルデの無機質な声によって無残に打ち砕かれた。
「……ゲームの電源を落とせ。ブリーフィングルームへ来い。……旧銀河帝国から、とんでもない依頼が舞い込んだ」
ブリュンヒルデが手にしたのは、強硬派貴族・シュバルツァー公爵からの使者だった。公爵は帝国の現体制を覆すクーデターの旗印として『黒き死神』を雇いたいと宣い、報酬として領星系三つと、新皇帝の座を提示してきた。
「……は? 意味がわからんのだが」
ローゼリアが唖然とする中、ブリュンヒルデは持参した特大の胃薬を噛み砕きながら、絶望的な状況を告げた。帝国軍の正規艦隊が公爵の反乱軍を追ってこの宙域に迫っており、エインヘリアルもすでに『反乱軍の仲間』としてロックオンされているというのだ。
「断りたいのは山々だが、逃げ道はないぞ。タナトスは修理中だが、フィーネが用意した『アレ』があるだろうが!」
ブリュンヒルデに連れられ、ローゼリアは格納庫の最奥へ向かった。そこには100年前からローゼリアが持ち込みながらも、その圧倒的かつ危険な性能ゆえに封印していた神帝機『リヴァイアサン』が鎮座していた。
「この機体は、空間そのものを『切除』し、別次元へ『接続』する特殊兵装『ディメンション・ゲート』を搭載している。そして主兵装の『マギアブラスター』はテメェの魔力をバカ食いするが、敵艦隊を一瞬で塵にする威力がある。……死にたくなきゃ、全力で動かせ!」
エインヘリアルが暗礁宙域を抜けると、そこには帝国親衛艦隊三万隻が宇宙を埋め尽くしていた。正規軍からの宣告は降伏ではなく死。数千の主砲が一斉に火を噴き、光の奔流が戦乙女たちを飲み込もうとする。
「あわわ……っ! 終わった、完全にゲームオーバーじゃ!」
リヴァイアサンのコックピットで青ざめるローゼリアを、AIバハムートの冷徹な声が遮る。
『——マスター。生命維持の危機を検知。神帝機リヴァイアサン、リミッターを解除します』
ローゼリアの魔力が、底なしの沼に落ちるかのように機体へと吸い出された。リヴァイアサンの周囲で空間が歪み、鋭利な幾何学模様が浮かび上がる。
「……空間そのものを切除する、だと? ならば!」
ローゼリアが操縦桿を激しく操作すると、リヴァイアサンを中心に展開された『ディメンション・ゲート』が、迫り来る帝国軍の光条を別の次元へと切り取り、接続し直した。光はエインヘリアルの直前で消滅し、あろうことか帝国軍自身の艦隊後方へと接続され、敵同士が互いを砲撃し合う地獄絵図が完成する。
『な、なんだこれは!? 自軍の砲撃が自軍に!?』
『空間が歪んでいるだと!? ありえん!』
「次じゃ……っ! マギアブラスター、全出力チャージ!」
リヴァイアサンの額に刻まれた巨大な砲口が蒼白く輝く。ローゼリアの膨大な魔力を根こそぎ奪い去り、空間を割るほどの閃光が放たれた。
ズゴォォォォォォォンッ!!!
直線の軌道上にあった帝国軍の艦列が、爆発すら起こさず、ただ『蒸発』した。圧倒的な力の前で三万隻の艦隊は戦意を喪失し、機能を停止した。
「……終わった……のか?」
コックピットでローゼリアが崩れ落ちる。魔力を極限まで使い果たした彼女には、もはや指一本動かす余力も残されていなかった。
その戦闘の直後。
『謎の神帝機が、単機で帝国親衛艦隊を葬り去った! その機体に乗るローゼリアこそが、真の帝位継承者ではないか!』という衝撃的な報道が銀河のニュースネットワークを駆け巡り、帝国のみならず銀河中が「エインヘリアルの黒き死神」の動向に注目し始めた。
「……誰か、私を殺してくれ。いっそ楽に……」
母艦のブリッジで、ブリュンヒルデは胃薬のコンテナを抱えながら、虚ろな目で天を仰いだ。帝国全体を敵に回し、あまつさえ皇帝候補として祭り上げられるという異常事態に、彼女の精神と胃壁はついに限界を迎えていた。
一方、ローゼリアの私室では。
「さあ、ローゼリア! 帝国の玉座に座るためのドレスの採寸をいたしましょう! 皇帝らしい豪奢なマントがお好みですか?」
リアンヌが金髪碧眼をキラキラと輝かせ、メジャーを片手にローゼリアを追い回している。
「やめろォォォッ! 妾は皇帝になんて絶対にならんぞォォォッ! 妾は一生ここでゲームをして、お主に養ってもらうんじゃァァァッ!!」
「ふふっ、ご謙遜を。あなたほど玉座の似合う方はおりません。さあ、まずはこの純白のシルクのローブから……」
「来るな! 妾に近づくなリアンヌゥゥゥッ!!」
帝国を揺るがす大反逆の首謀者として銀河中から恐れられる一方で、当の本人は重すぎる愛と破壊された平穏な日常に抗い続ける。黒き死神の「平穏なヒモ生活」というささやかな野望は、バグめいた機体性能と、重すぎる愛を持つ金髪碧眼の騎士の暴走によって、今日も絶望的に遠ざかっていくのであった。




