第百八話:中立地帯の休日と、純白なる金髪の処刑人
『タナトス』の大規模オーバーホールが決定し、さらに神帝機『リヴァイアサン』という規格外の予備機を押し付けられた翌日。
母艦エインヘリアルは、激戦の疲労回復と物資の補給を目的として、アステロイドベルトの中央に位置する巨大な中立宇宙港——自由貿易コロニー『シャングリラ』へと寄港していた。
このコロニーは銀河連邦の管轄外にありながら、マフィア、傭兵、正規軍、そして一般の商人が暗黙の了解のもとで共存する特異な場所である。
コロニー内での武力行使は固く禁じられており、もし破れば全方位から蜂の巣にされるという「恐怖による平和」が保たれた、裏社会における絶対の中立地帯であった。
「いいか、お前ら。今回はあくまでタナトスの修理パーツの買い付けと、食料の補給がメインだ。コロニー内で絶対に騒ぎを起こすなよ。特に……お前とお前だ」
エインヘリアルのハッチの前で、団長ブリュンヒルデは深く深いため息をつきながら、目の前に立つ二人の人物を指差した。
一人は、フリルのついた漆黒のゴシックドレスに身を包み、腕を組んで不遜な笑みを浮かべる黒き死神・ローゼリア。
もう一人は、純白のロングコートを優雅に着こなし、ローゼリアの斜め後ろにピタリと影のように寄り添う、金髪碧眼の絶世の美少女・リアンヌである。
「ふん。妾を誰だと思っておる。羽虫どもの喧騒などに関わるつもりはないわ。ただ、このコロニーには少々『目当ての品』があってな。下々の者の市場を視察してやるだけじゃ」
「ええ。ローゼリアの御心のままに。私が完璧なエスコートでお供いたしますゆえ、団長はご心配なく」
「……お前らが一緒に出歩く時点で一番心配なんだがな。頼むから私の胃薬の消費量をこれ以上増やさないでくれよ……」
ブリュンヒルデの悲痛な願いを背に受けながら、ローゼリアとリアンヌはコロニーの繁華街へと足を踏み入れた。
(ふはははっ! 視察などというのは当然建前じゃ! 今日はこのシャングリラで、超人気ゲーム『スター・ギャラクシー・クエストV』の限定特装版の発売日! さらに、中央通りのカフェで一日限定五十食しか出ない『星屑のミルフィーユ』を食べるという、妾にとっての超重要ミッションがあるんじゃ!)
外見こそ冷徹で気高い死神を演じているローゼリアだが、その内面は完全にお祭り気分で浮かれ上がる限界オタク男子であった。
激しい戦闘と、タナトスの破損によるフィーネからの説教、そしてピーキーすぎる予備機『リヴァイアサン』のプレッシャー。それらすべてのストレスから解放される、至福のオタク休日の始まりである。
「さあ、ローゼリア。足元に気をつけて。この雑多な空気、あなたの美しい肌には少し毒かもしれませんね。私が浄化フィルター付きの日傘を差しましょう」
リアンヌは、サファイアのように澄んだ碧眼を細め、まるでお姫様を扱う執事のように(あるいは重度の過保護の母親のように)、ローゼリアの頭上にそっと日傘を広げた。
周囲を行き交う荒くれ者の傭兵や商人たちは、漆黒のドレスの少女と、それに付き従う金髪碧眼の純白の騎士という異様なオーラを放つ二人を見て、モーセの十戒のごとくサァァッと道を譲っていく。
「う、うむ。苦しゅうないぞ、リアンヌ」
(目立つ! 目立ちすぎるんじゃが!? ただでさえ妾の格好が浮いておるのに、絶世の美少女であるリアンヌが隣で甲斐甲斐しく世話を焼くものじゃから、通行人の視線が痛い! ……まあ、絡まれるよりはマシじゃがな!)
ローゼリアは内心で冷や汗を流しながらも、威風堂々とした足取りで目的のカフェへと向かった。
コロニーの中央に位置する、高級感あふれるオープンテラスのカフェ。
ローゼリアは、無事に限定の『星屑のミルフィーユ』を注文し、ふかふかのソファ席に深く腰を下ろしていた。
「お待ちどおさまでした。星屑のミルフィーユと、最高級のアールグレイでございます」
ウェイターが恭しくテーブルに皿を置く。キラキラと輝く飴細工と、何層にも重なったサクサクのパイ生地。限界オタクのローゼリアにとって、それはまさに宝石のように見えた。
「おお……見事な造形じゃ。では、さっそく……」
ローゼリアがフォークを手に取ろうとした、その時である。
**——ドッゴォォォォォォンッ!!!**
突然、カフェのすぐ目の前の大通りで、鼓膜を破るような大爆発が起きた。
地面が激しく揺れ、カフェのガラス窓が粉々に吹き飛ぶ。悲鳴と怒号が飛び交い、先ほどまで平和だった休日のコロニーは、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄へと変貌した。
「な、なんじゃ!?」
爆煙の中から現れたのは、重武装の装甲車と、完全武装した数十人の男たちであった。彼らはコロニーの治安維持部隊ではなく、明らかに違法な武器を手にした荒くれ者たちだ。
どうやら、中立地帯のルールを破ってまで、対立する組織同士の抗争(あるいはテロ行為)が勃発してしまったらしい。
『殺せェ! 一人も逃すな! この区画のブツは全部俺たちの組織がいただく!』
『ひぃぃぃっ! 助けてくれ!』
銃声が連続して鳴り響き、プラズマ弾が飛び交う。
逃げ惑う一般市民。次々と破壊されていく店舗。
(ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!? じゅ、銃撃戦!? なんでこんな平和な中立地帯でいきなりドンパチが始まるんじゃァァァッ!?)
ローゼリアの心臓は、文字通り口から飛び出そうになっていた。
マギアナイト『タナトス』や『リヴァイアサン』に乗っていれば、AIバハムートの演算と圧倒的な魔力で無双できる彼女だが、生身のローゼリアはただの運動音痴な限界オタクである。
弾丸を避ける動体視力もなければ、走って逃げる体力もない。
「あ、あわわ……っ」
恐怖のあまり、ローゼリアの身体は完全にフリーズしてしまった。
フォークを持ったまま、ソファに座り込んでピクリとも動けない。周囲の客たちが悲鳴を上げて逃げ出す中、ただ一人、優雅に(実際は腰を抜かして)席に座り続ける漆黒の少女。
その異様な姿は、不幸にも暴れ回る武装集団の目に留まってしまった。
「おい、見ろ! あそこのカフェのテラス! あんな状況で逃げもしねえで座ってる女がいるぞ!」
「ああっ? 見るからに金持ちそうなドレスじゃねえか。どこぞの貴族のお嬢様か? ちょうどいい、治安部隊が来た時の『人質』にしてやる!」
武装集団の男たち数人が、下劣な笑みを浮かべながらローゼリアのテーブルへと向かって歩み寄ってきた。
「おい、そこの金髪! 命が惜しかったら大人しく立ち上が——」
男がプラズマライフルの銃口をローゼリアに向けようとした、その瞬間。
「——貴様。その汚らわしい鉄屑を、誰に向けているか分かっているのですか?」
地獄の底から響き渡るような、絶対零度の声。
ローゼリアの背後に立っていた純白の騎士の姿が、一瞬だけブレた。
ドゴォォォォォォンッ!!!
「がはぁっ!?」
鈍い破壊音と共に、先ほどまで銃を構えていた男の身体が、まるで弾き飛ばされたボールのように宙を舞い、数十メートル先のコンクリートの壁に激突してめり込んだ。
「な、なんだ!?」
「何が起きた!?」
武装集団の男たちが慌てて銃を構え直す。
しかし、彼らの目に映ったのは、信じられない光景であった。
カフェのテーブルの前に、黄金に輝く美しい金髪を揺らした美少女が立っている。
彼女の右手には、虚空から召喚された、氷のように冷たく輝く『純白の長槍』が握られていた。
「私の……私の、愛しい愛しいローゼリアの、月に一度のささやかなティータイムを邪魔し。あまつさえ、その気高く美しいお身体に、あのような下等な武器の銃口を向けた」
リアンヌ・ヴァーミリオン。
『冷槍の聖女』と恐れられるエインヘリアルの副団長は、美しい金髪を逆立て、サファイアの碧眼から一切の光を消し去り、底知れぬどす黒い怒気と殺意を全身から立ち昇らせていた。
「万死。……いえ、それでは足りません。貴様らの魂の形が消滅するまで、この私が徹底的に蹂躙して差し上げましょう」
「ひ、ひぃぃぃっ! や、やっちまえ! 撃てェェェッ!」
恐怖に駆られた男たちが、一斉にリアンヌに向けてプラズマライフルの引き金を引く。
無数の光弾が雨のように降り注ぐ。生身の人間であれば、一瞬で蜂の巣になるはずの弾幕。
(あわわわわっ! リアンヌゥゥゥッ!)
ローゼリアが心の中で悲鳴を上げる。
しかし。
「——遅い。遅すぎます。羽虫の羽ばたきの方がまだ風情があるというものです」
リアンヌは、ローゼリアの前に立ちはだかったまま、手にした純白の槍を風車のように回転させた。
キィィィィンッ! という甲高い金属音と共に、リアンヌの周囲に不可視の魔力防壁が展開される。放たれたプラズマ弾は、すべてその槍の軌跡と防壁に弾き飛ばされ、男たちの足元へと跳ね返っていった。
「ば、化け物……っ! なんだこの女は! 人間の動きじゃねえ!」
「私は、ただの騎士です。愛するただ一人の主君をお守りする、絶対の盾であり、矛」
次の瞬間、リアンヌの姿が掻き消えた。
いや、常人の目には追えないほどの超高速で踏み込んだのだ。
「ぎゃあああああっ!」
「腕が! 俺の腕がァァァッ!」
流れるような槍の乱舞。
リアンヌは、決して相手を「殺し」はしなかった。ローゼリアの美しい瞳に、死体という醜いものを見せないための彼女なりの配慮(という名の異常な執着)である。
その代わり、彼女の槍は男たちの武器を正確に粉砕し、両腕の骨を砕き、膝の関節を的確に破壊していった。
圧倒的、かつ一方的な暴力の嵐。
銃火器を持った数十人の荒くれ者たちが、たった一人の金髪の槍使いの前に、ものの十数秒で全員が地に伏して呻き声を上げる肉塊へと変えられてしまったのである。
「あ、あわわ……っ」
生き残った最後の一人が、恐怖で腰を抜かしながら後退りをする。
「お、お前ら、一体何者だ……っ!? なんでこんなバケモノが、こんなカフェに……」
男の視線の先。
そこには、修羅の如き強さを見せつけた金髪碧眼の美少女と、その後ろでソファに深く腰掛け、一切の表情を崩さずに(恐怖で顔面が硬直しているだけ)微動だにしないローゼリアの姿があった。
「ま、まさか……その漆黒のドレスに赤い瞳……。それに、その純白の槍使い……。エインヘリアルの、【黒き死神】と【冷槍の聖女】かァァァッ!?」
男の絶望の叫びが、破壊された大通りに響き渡った。
裏社会でその名を知らぬ者はいない、最凶最悪の傭兵団のトップ二人。そんな存在に喧嘩を売ってしまったという事実に、男は完全に心が折れ、白目を剥いて気絶してしまった。
「……ふう。少し、空気が汚れてしまいましたね」
リアンヌは、純白の槍を空中でフッと消滅させると、美しい金髪をかき上げ、何事もなかったかのように優雅な微笑みを浮かべてローゼリアの元へと振り返った。
彼女の純白のコートには、一滴の血も、一粒の埃さえも付着していない。
「ローゼリア。お怪我はありませんか? 嫌な音を聞かせてしまって申し訳ありません。……さあ、ミルフィーユの続きをどうぞ」
「う、うむ。……大儀であった、リアンヌ。見事な手際じゃ」
ローゼリアは、ガクガクと震えそうになる膝を必死に手で押さえつけながら、なんとか威厳のある声を絞り出した。
(こ、怖かったァァァッ! マジで生きた心地がしなかった! そしてリアンヌが強すぎる! なんなんじゃあの動き!? マギアナイトに乗っておらん生身の戦闘力なら、間違いなくリアンヌの方が妾より一万倍強いじゃろ!!)
内心では滝のような涙を流して感謝しつつ、ローゼリアは震える手でフォークを持ち、ミルフィーユを口に運んだ。
「……美味い」
「ああ……っ! 騒乱の中でも一切の動揺を見せず、ただ静かにティータイムを楽しまれるその気高きお姿! さすがは私のローゼリアです! その美しい赤い瞳も、口元に添えられた上品な指先も……ああ、なんという美しさ、なんという胆力! 私、あなたをお守りできて本当に幸せです!」
リアンヌは、両手で自身の熱く火照った頬を押さえ、青い瞳を潤ませながら、周囲の惨状など完全に無視してローゼリアへの重すぎる愛の海へとダイブしていた。
やがて、遅れて到着したコロニーの治安維持部隊が現場に駆けつけたが、彼らは倒れ伏すテロリストたちと、その中心で優雅に(?)お茶をする死神の姿を見て、青ざめた顔で直立不動の敬礼をしたという。
——数時間後。母艦エインヘリアルのブリッジ。
「……つまり、何か? お前らは、お姫様のケーキの時間を邪魔されたという理由だけで、シャングリラの中央通りを半壊させ、テロリストの一個大隊を単身で壊滅させてきたと?」
団長ブリュンヒルデは、コロニーの運営委員会から送られてきた『莫大な損害賠償請求書』と『テロリスト鎮圧の感謝状』という、矛盾した二つの書類を前にして、虚ろな目で天を仰いでいた。
「ええ。ローゼリアのお身体に触れようとしたのです。半壊で済ませてあげた私の慈悲深さに感謝していただきたいくらいですね」
リアンヌが、美しい金髪を揺らしながら胸を張って堂々と答える。
「……お姫様。お前からも何か言ってやってくれ」
ブリュンヒルデが助けを求めるように視線を向けるが、ローゼリアはソファで丸くなり、ホクホク顔で買ってきた『スター・ギャラクシー・クエストV』のパッケージを抱きしめていた。
「うむ。リアンヌの護衛は完璧じゃった。やはり妾のヒモ……ごほんっ、妾の休息には彼女の存在が不可欠じゃな。これからも頼むぞ、リアンヌ」
「はいっ! ローゼリアの御心のままに! お風呂でもトイレでも、一生お供いたします!」
「……ああ、胃が痛い。誰か、新しい胃薬を持ってきてくれ……」
圧倒的な強さを誇るが故に、行く先々で規格外の騒動を引き起こしてしまうエインヘリアルの戦乙女たち。
黒き死神の平和なオタク・ヒモ生活への道のりは、重すぎる愛と破壊の連鎖によって、今日も果てしなく遠ざかっていくのであった。




