第百七話:整備班長の鉄拳と、目覚める神帝機『リヴァイアサン』
「——痛ぁっ!?」
翌日。母艦エインヘリアルの広大なメイン格納庫に、黒き死神の情けない悲鳴が響き渡った。
「馬鹿野郎! あれほど機体の限界駆動は最終手段にしろって言っただろうが、テメェ!」
長くふわふわした金髪の頭を押さえて涙目になっているローゼリアの前に立っていたのは、オイルに汚れたツナギを着崩し、片手に巨大なスパナを持った長身の女性——エインヘリアルの整備班を束ねる姉御肌のチーフメカニック、フィーネであった。
「な、何をするんじゃフィーネ! 妾は一応この傭兵団の看板……というか『死神』じゃぞ!? 頭を殴るなど不敬にもほどが……痛い痛い痛い! グリグリするな!」
「看板だろうが死神だろうがなぁ、この格納庫じゃアタシがルールなんだよ! ったく、テメェは少し目を離すとすぐ無茶しやがって!」
フィーネは、涙目のローゼリアの頭を容赦なく拳の関節でグリグリと抉っている。
そこへ、純白のパイロットスーツ姿のリアンヌが血相を変えて飛んできた。
「フィーネ! あなたという人は、私の愛しいローゼリアになんという乱暴を! その美しく尊いお顔に傷でもついたら万死に値しますよ! 今すぐその手を離しなさい!」
純白の槍を召喚しかねない勢いのリアンヌだったが、フィーネは鼻で笑ってスパナの先でリアンヌをビシッと指差した。
「うるせぇよ過保護騎士。テメェもテメェだ、こいつを甘やかすのは勝手だがな、機体の悲鳴くらいちゃんと聞いてやりやがれ! ほら、あれを見ろ!」
フィーネが指差した先。
専用の整備ドックに固定された漆黒のマギアナイト『タナトス』の装甲があちこち引っぺがされ、その中心部——魔力炉の周囲から、プスプスと黒い煙と火花が散っていた。
「……あ」
ローゼリアが気まずそうに目を逸らす。
「『あ』じゃねえ! 敵の要塞主砲【ディザスターブラスト】を真正面から飲み込んで倍返しだぁ? そりゃバハムートAIの演算は完璧だったかもしれねぇがな、物理的なジェネレーターの負荷までは魔法じゃ誤魔化しきれねぇんだよ! 完全に焼き切れて、イカれちまってるだろうが!」
フィーネは呆れたようにため息をつき、乱れた前髪をガシガシと乱暴にかき上げた。
「タナトスはしばらく使いモンにならねえ。完全にオーバーホールだ。出力系の配線から魔力伝導チューブまで全部引き直しだ、最低でも二週間はドック入りだからな!」
「に、二週間!? そ、そんな……じゃあ、その間に敵襲があったら妾はどうすればいいんじゃ? ずっとリアンヌの後ろで隠れているわけにも……」
「もちろん、私の純白の鳥籠で二週間でも三週間でもお守りしますよ! むしろ一生出撃しなくても——」
「そうはいかねえよ、リアンヌ。エインヘリアルの看板に長期間休まれちゃ、アタシらの給料に響くんだよ!」
重すぎる愛を語り始めたリアンヌの言葉をバッサリと切り捨てると、フィーネは格納庫のさらに奥——厳重なロックが施された特別区画のシャッターを指差した。
「タナトスのオーバーホールが終わるまでの間、テメェには『アレ』に乗ってもらう。……ずっと格納庫の奥底で埃を被ってた、テメェの持ち込み機体だ」
フィーネが手元の端末を操作すると、重々しい音を立ててシャッターが開き、暗闇の中から【それ】が姿を現した。
深い海を思わせる、蒼黒の重装甲。
タナトスの禍々しさとはまた異なる、冷たく滑らかな曲線美と、背部に搭載された巨大な流体制御スラスター、そして機体そのものが神聖な威圧感を放っている。
「あれは……まさか」
リアンヌが息を呑み、驚いたように目を丸くする。
「ああ。100年前からこのポンコツお姫様が持ち込んでおきながら、ずっと封印してた規格外のバケモノ……【神帝機】『リヴァイアサン』だ」
フィーネはスパナを肩に担ぎ、呆れたような、しかしどこか凄みのある笑みを浮かべた。
「広域殲滅戦に特化しすぎた超ハイスペック機体だからって、ちょっと動かしただけで周囲一帯が消し飛ぶのが面倒だとか言って基本使ってなかったんだろうが……今はタナトスが使えねぇんだ。背に腹は代えられねぇぞ。バハムートのシステムもこっちに完全リンクさせておくからな」
「う、うむ……善処する……」
(ひぃぃぃ……っ! あのチート機体をまた引っ張り出すのか!? リヴァイアサンは確かにスペックは神次元じゃが、その分魔力消費もハンパじゃないし、何より少し手加減を間違えたら味方ごと星系を吹き飛ばしかねないから封印しておったのに! フィーネも絶対前より短気になっておるし、妾の平穏なヒモ生活はどこへ行ったんじゃァァァッ!!)
内心で限界オタクの魂が絶叫し、絶望に膝から崩れ落ちそうになるローゼリア。
そんな彼女を、リアンヌは「ああ、伝説の神帝機を見上げて震えるお姿も可憐です! あなたが星を消し飛ばすというのなら、私も喜んで共犯者になりましょう!」と、相変わらずバグった距離感と重すぎる愛で背後から抱きしめるのだった。




