第百六話:死神の完全演算(パーフェクト・オペレーション)と、胃薬同盟の結成
「さあ、派手にぶっ壊すよォォォッ!!」
暗礁宙域に築かれた『ブラッド・ファング』の巨大要塞。その無骨で堅牢な防衛ラインに向かって、一番槍として突撃したのは長女・ランドグリーズが駆る近接高機動機『グリムゲルデ』であった。
宇宙空間を真っ赤な彗星のように駆け抜け、敵の迎撃システムが捕捉するよりも早くインレンジ(近接距離)へと潜り込む。
『な、速すぎる!? 迎撃砲、追いつきません!』
『馬鹿野郎、弾幕を張れ! 相手は一機だぞ!』
ブラッド・ファングの兵士たちが慌ててビームの雨を降らせるが、グリムゲルデはそのすべてを紙一重のステップで躱していく。ランドグリーズの操縦技術と機体の推力は、物理法則を無視しているかのような変態的な機動を可能にしていた。
「遅い遅い遅いッ! 止まって見えるよ!!」
グリムゲルデの背部スラスターが爆炎を吹き出し、機体がコマのように回転する。その遠心力を乗せた巨大な大剣が、要塞の外縁部に設置されていた大型砲台を、装甲ごとバターのように両断した。
音のない宇宙空間で、次々と真っ赤な爆発の花が咲き乱れる。
『ひぃぃぃっ! ば、化け物だ! エインヘリアルの戦乙女は全員イカれてるのか!?』
『くそっ、あの赤いのは後回しだ! おい、後ろで突っ立ってるあの黒い機体を狙え! あれが敵の看板、【黒き死神】だろ! あいつを落とせば連中の士気も下がるはずだ!』
要塞の司令官が血走った目でモニターを睨みつけ、全防衛砲火のターゲットを後方で待機している漆黒の機体——ローゼリアの『タナトス』へと集中させた。
その瞬間。
タナトスのコックピットに、無数の「ロックオン警告音」がけたたましく鳴り響いた。
「ピピピピピピピピピッ!」
(なんじゃこの警告音の数は!? 画面が真っ赤じゃぞ!?)
ローゼリアは、生身の限界オタクとしてはその尋常ではないロックオンの数にビビり散らかしていた。
……しかし、それはあくまで「人間としての反射的な恐怖」に過ぎない。タナトスと完全に神経接続している今の彼女にとって、この程度の弾幕など、ゲームのチュートリアル以下の速度にしか見えていなかった。
『全砲門、一斉射撃ィィィッ!! 死神を宇宙の塵にしてやれ!!』
要塞から、数百というビームの光条と、無数のミサイル群が、タナトスただ一機に向けて一斉に放たれた。それはまさに、宇宙空間に描かれた巨大な光の網であった。
(……ふん。数は多いが、軌道が単調すぎるわ。こんなもの、あくびをしながらでも躱せるぞ)
ローゼリアは、全く焦ることなく頭の中で完璧な回避ルートを瞬時に構築した。マギアナイト搭乗時における彼女の反射神経と空間把握能力にポカミスなど存在しない。これだけの弾幕をすり抜けることなど、彼女にとっては容易いことであった。
「さて、サクッと避けてやるか」と、ペダルを踏み込もうとした、その時である。
「——私の愛しいローゼリアに、その汚らわしい光を向けるなど。万死に値します」
タナトスの前に、一筋の純白の閃光が割り込んだ。
リアンヌ・ヴァーミリオンが駆る、純白のマギアナイト『ブラン』である。
『ブラン』の背部に搭載された巨大な魔力シールド発生器が、眩いほどの純白の光を放ちながら展開された。
ズドドドドドドドドォォォォンッ!!!
数百のビームとミサイルが、『ブラン』の展開した絶対防御シールドに激突し、凄まじい爆発と光の渦を巻き起こす。
光が収まった後、そこには傷一つない純白の機体と、その後ろで『腕を組んだまま微動だにしない(躱す前に防がれてしまった)』漆黒の死神の姿があった。
『な、なんだと!? あれだけの一斉射撃を、たった一機で防ぎきったっていうのか!?』
『それに……見ろ! あの黒き死神、本当に一歩も動いてねえ! 避ける素振りすら見せなかったぞ!』
ブラッド・ファングの兵士たちの間に、絶望的な恐怖が伝播していく。
彼らの目には、ローゼリアが回避しなかったことが「羽虫の攻撃など避ける価値もない」という、絶対強者の余裕と傲慢さにしか見えていなかったのである。
(お、おおっ! リアンヌが全部防いでくれた! さすがは妾の絶対の盾じゃ! 自分で動かなくて済んだのはラッキーじゃな!)
ローゼリアは内心で安堵しながらも、死神としての冷徹なロールプレイを全うして鷹揚に頷いた。
『ふふっ。ローゼリア、ご安心を。あなたの美しい機体に、塵一つ、傷一つつけさせはしません。……あなたはこの戦場の特等席で、ただ美しくそこに君臨していてくだされば、それでよいのです』
リアンヌから、通信越しに鼓膜がとろけそうなほど甘く、そして重い愛に満ちた声が届く。
「う、うむ。大儀である、リアンヌ。……羽虫どもの悪あがきなど、妾が動く価値もないわ」
『ああ……っ! その冷たく傲慢な響き、最高ですローゼリア! 私の庇護下で威風堂々と振る舞うあなたの姿……背筋がゾクゾクします! この宇宙のすべての敵を滅ぼして、あなたを私だけの純白の鳥籠で永遠にお守りしたくなってしまいます!』
(なんか今、ものすごくヤバい本音が漏れておらんかったか!?)
ローゼリアの背筋に、ねっとりとした冷たい悪寒が走る。しかし、リアンヌの『ブラン』は、ローゼリアへの愛と興奮をそのまま推力と魔力に変換し、純白の槍を構えて要塞の防衛部隊へと突撃していった。
「ローゼリアの御前です! 貴様らのような薄汚いならず者どもは、私の槍で浄化して差し上げましょう!!」
前線では赤き『グリムゲルデ』が暴れ回り、中衛では白き『ブラン』が完璧な防御と迎撃を行っている。
エインヘリアルの戦乙女たちの圧倒的な力の前に、ブラッド・ファングの要塞防衛ラインは、開戦からわずか数分で崩壊の危機に瀕していた。
「くそぉぉぉっ! なんなんだあいつらは! たった三機だぞ! なんでうちの精鋭部隊が、手も足も出ねえんだ!」
要塞の司令室で、ブラッド・ファングの首領がコンソールを叩き割らんばかりの勢いで叫んだ。
モニターに映る自軍の機体は、次々と爆散して宇宙の塵へと変わっていく。
そして何より彼の神経を削り取っていたのは、戦場の中央で、最初からただの一ミリも動こうとしない漆黒の機体『タナトス』の存在であった。
「あの黒き死神……! 舐めやがって! 俺たちを完全に格下扱いしやがって!」
首領の目には血走った狂気が宿っていた。
「こうなったら、最終手段だ! 要塞の主砲『ディザスターブラスト』のチャージを開始しろ! ターゲットはあの黒い機体だ!」
「しょ、首領!? しかし、主砲を撃てば、射線上にいる味方も巻き添えに——」
「構うかァ! あの死神さえ消し飛ばせば、他の女どもも戦意を喪失するはずだ! エネルギー充填120パーセント! 撃てェェェッ!!」
要塞の中心部が、禍々しい赤黒い光を放ち始めた。
旧軍事要塞の規格外の出力を誇る超大型ビーム砲『ディザスターブラスト』。その砲口が、真っ直ぐにローゼリアの『タナトス』へと向けられる。
『……お姫様、リアンヌさん。敵の要塞から尋常ではない高エネルギー反応を検知しました。主砲が来ます』
後方で待機しているオルトリンデから、冷静なオペレート音声が通信で届く。
ローゼリアがモニターを見ると、要塞の中心が太陽のように眩く輝き、今まさに、タナトスを消し炭にするための極太のビームが放たれようとしている瞬間であった。
(ひ、ひぃぃぃぃぃッ!? なにアレ!? 規模が違う! さすがの妾も、あれを真正面から受けるのはリアンヌのシールドでも危ないかもしれん!)
規格外の砲撃の構えに、一瞬だけ限界オタクの魂が恐怖に震えた。
しかし、マギアナイトの操縦席に座る彼女の脳内は、氷のように冷徹な計算をすでに完了させていた。回避も可能だが、あの規模のビームを中途半端に避ければ、後方の味方やアステロイド帯に甚大な被害が出る。
(なら、完全に防ぎ切って、倍返しにするまでじゃ!)
「……バハムート。敵主砲のエネルギー出力を解析。妾の魔力を全開にして、最適解の防壁を構築せよ」
ローゼリアが静かに、しかし絶対の自信を込めて命じた。
『了解しました、マスター。敵主砲【ディザスターブラスト】のエネルギー波形を解析。最適解として、広域殲滅用・超極大魔法陣展開システムを起動します。……安全装置解除。魔力炉、限界突破』
無機質な、しかしどこか頼もしいAIバハムートの音声がコックピットに響き渡る。
「死ねェェェェェッ! 黒き死神ィィィィッ!!」
ブラッド・ファングの首領の絶叫と共に、要塞の主砲『ディザスターブラスト』が火を噴いた。
宇宙空間を飲み込むほどの、極太の破壊の光。それが一直線にタナトスへと迫る。
ローゼリアは一切の動揺を見せず、操縦桿を静かに操作した。
「……魔法名【虚無の深淵】。すべてを飲み込め」
タナトスが掲げた大鎌【断次元サイズ】の刃の先端に、真っ黒な『球体』が生成された。
それは、バハムートの精密な計算とローゼリアの膨大な魔力によって生み出された、光さえも吸い込む純粋な疑似ブラックホールであった。
ズゴォォォォォォォォォォォォォンッ!!!
ディザスターブラストの極太のビームが、その小さな黒い球体に激突する。
ローゼリアが構築した【虚無の深淵】は、一切のブレも、ミスの欠片もなく、その強大なビームをまるでジュースをストローで吸い上げるかのように、ズズズズズッ! と一瞬にして完璧に飲み込んでしまったのである。
『な、なんだとォォォォォッ!?』
要塞の司令室で、ブラッド・ファングの幹部たちの顎が外れんばかりに落下した。
自分たちの最強の切り札が、たった一つの魔法の前に、完全に「無」に帰したのだ。
「……ごちそうさまじゃ。だが、いささかカロリーが高すぎるゆえ、そっくりそのままお返ししよう」
ローゼリアが冷酷に微笑みながら、操縦桿を押し込む。
ブラックホールに圧縮されていた『ディザスターブラスト』のエネルギーが、タナトスの漆黒の魔力と完全に融合し、今度は数倍の威力を持った『漆黒の極太ビーム』となって、要塞の主砲口へと向けて逆流するように放たれた。
ドッゴォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!
漆黒の閃光が要塞を的確に貫き、主砲ブロックごと、ブラッド・ファングの司令塔を完全に蒸発させた。一切の無駄がない、絶対強者による理不尽なまでのカウンターであった。
その直後。
『……ふふっ。素晴らしい余興でしたよ、お姫様。さあ、司令塔を失った哀れなネズミたち、どこへ逃げるつもりですか?』
混乱し、逃げ惑うブラッド・ファングの残存艦隊の背後に、次女ロスヴァイセの『ヘルムヴィーゲ』が展開した無数のワープゲートが出現した。
『いってらっしゃい、可愛いミサイルたち』
時空を跳躍した無数のミサイルが、逃走を図る敵艦のエンジンとジェネレーターをゼロ距離で正確に粉砕していく。
『こちらオルトリンデ。要塞からの脱出ポッドを捕捉。……命までは取りませんよ。推進器だけを破壊します』
三女オルトリンデの『ジークルーネ』から放たれた超長距離からの冷徹な狙撃が、脱出ポッドの軌道を次々と縫い留め、彼らを宇宙の迷子にしていく。
前衛の圧倒的な暴力。
死神による完璧な計算に基づいた、絶望のカウンター。
そして、逃げ道を完全に塞ぐ後衛の完璧な制圧。
開戦からわずか三十分。
新興の武装カルテル『ブラッド・ファング』は、文字通り手も足も出ないまま、完全な壊滅状態へと追い込まれたのである。
「……」
「……」
その光景を、エインヘリアルのブリッジのモニター越しに見つめていた二人の人物——団長ブリュンヒルデと、通信を繋いだままの銀楼の女ボス・ユズキは、深い沈黙に包まれていた。
『……ブリュンヒルデ。あんたのところの死神、またバグみたいなことやってるじゃない』
ユズキの声は、恐怖と痙攣で微かに震えていた。
極彩色の着物を着た彼女は、もはや煙管を吸う気力もなく、両手で自身の胃袋を抱え込んでいる。
『要塞の主砲を……一歩も動かずに真正面から飲み込んで、倍返しで司令塔を蒸発させる? あんなの、どんな軍事兵器のカタログにも載ってないわよ。……あの子、本当に人間なの?』
「……私も、同じことを毎日考えているよ」
ブリュンヒルデは、空になった特大の胃薬の瓶をゴミ箱に放り投げ、新しい瓶の封を切った。
「ユズキ。今回の報酬の件だが……現金は予定通りでいい。だが、補給物資の代わりに、銀河連邦軍の将官クラスが使う『超強力なストレス性胃炎特効薬』を、コンテナ三つ分追加で要求する。……私とお前で山分けだ」
『……乗ったわ。今すぐ手配させる。……はぁ、本当にあの子を敵に回さなくてよかったわ……』
かつては血で血を洗う抗争を繰り広げたマフィアの女帝と傭兵団の団長は、ローゼリアという規格外の存在が生み出す強烈な『胃痛』によって、確かな絆(同盟)を結んだのであった。
一方、その頃。
すべての戦闘を終え、母艦エインヘリアルの格納庫へと帰還したタナトスのコックピットでは。
「ああっ、ローゼリア! なんという美しく、恐ろしく、そして気高い一撃! あの要塞の主砲を飲み込んだ時のあなたの凛々しいお姿、私の網膜に永遠に焼き付きました!」
コックピットのハッチが開くや否や、純白のパイロットスーツに身を包んだリアンヌが飛び込んできて、ローゼリアの身体をギュッと抱きしめた。
「ひぃっ!? リ、リアンヌ、苦しい! 抱きつくのはよいが、装甲が当たって痛いんじゃが!」
「お疲れ様でした、私の愛しいローゼリア! あの恐るべき敵の猛攻を前にしても、完璧な計算と圧倒的な魔力で真正面から打ち破るそのお力! やはりあなたは、この銀河で最も気高く、そして愛おしいお方です!」
「う、うむ。バハムートの演算サポートがあってのことじゃがな。まあ、大した相手ではなかったわ」
ローゼリアは内心で『あのビーム、生身で見たらマジで寿命縮むかと思ったわ……』と冷や汗を拭いながらも、余裕の表情を崩さずに頷いた。
「さあ、ローゼリア。戦闘の疲労を癒さねばなりません。お風呂のお湯はすでに完璧な温度で張らせてあります。お着替えから背中流し、そしてその後のマッサージまで、このリアンヌがすべてフルコースで担当させていただきますからね」
「ふ、フルコース……!?」
リアンヌは、ローゼリアを軽々と『お姫様抱っこ』で抱き上げると、甘い微笑みを浮かべて居住エリアへと歩き出した。
「ふふっ。今日はあなたの好きな星屑ベリーのタルトのほかに、特製のホットミルクもご用意しております。ベッドの中で、朝までゆっくりと私に甘えてくださいね……ローゼリア」
耳元で囁かれる、甘く、とろけるような『名前呼び』。
圧倒的な【人たらし】のオーラと、逃げ場のない愛の牢獄。
「うぅ……っ。もう、好きにしてくれ……」
限界オタクの魂は、絶世の美少女からの致死量の甘やかしによって完全に陥落し、ローゼリアは真っ赤な顔でリアンヌの腕の中に顔を埋めた。
理不尽な暴力で星の海を震え上がらせる『黒き死神』は、今日も白銀の騎士の重すぎる愛の海に溺れながら、ポンコツな日常を紡いでいくのであった。




