第百三話:死神の舞踏と、熱狂の近接戦線
母艦エインヘリアルが次なる標的として定めたのは、アステロイドベルトの廃コロニーを拠点に、周辺宙域で海賊行為や違法な人身売買を繰り返していた悪名高き傭兵団『ケイオス』の討伐であった。
暗礁宙域の暗闇の中、出撃の時を待つ三機のマギアナイト。
赤き装甲の近接高機動機を駆る長女・ランドグリーズ。
時空跳躍ミサイルを多数搭載した制圧支援機を駆る次女・ロスヴァイセ。
そして、漆黒の死神『タナトス』のコックピットで、ローゼリアは静かに魔力炉の出力を上げていた。
一方、その頃。母艦エインヘリアルのブリッジでは、今回は待機任務となった三女・オルトリンデが、戦況モニターと索敵レーダーを操作していた。
「……お姫様、各機体のバイタルと魔力炉のリンク、正常です。いつでもいけますよ」
その隣では、同じく待機組である副団長・リアンヌが、手を組んでうっとりとした表情でメインモニターに映るタナトスの姿(正確にはその中にいるローゼリア)を見つめている。
「ああ……出撃前のローゼリアの凛々しいお姿……。コックピットの定点カメラ映像も最高ですが、タナトスの禍々しい装甲すら、今の私にはローゼリアを包み込む愛のゆりかごにしか見えません……」
「副団長、通信の回線繋がってますからね。ダダ漏れですよ」
「——ッ!? な、なんでもありません! ローゼリア、ご武運を!」
リアンヌの慌てた声に、ローゼリアはコックピットの中で小さく吹き出した。
『さあて、お姫様! 相手は数だけは多いチンピラの集まりだ! アステロイドの岩陰に隠れてコソコソしてる連中には、お姫様のお得意の固定砲台戦法は通用しづらいぜ?』
通信モニター越しに、ランドグリーズが好戦的な笑みを浮かべて挑発してくる。
『いよいよ、アタシとお姫様の熱いドッグファイトの競演を見せてくれるんだろ!?』
ローゼリアは、コックピットのシートに深く背中を預け、フッと不敵な笑みを漏らした。
「……よかろう。前回の模擬戦の約束もあることじゃしな。たまには、妾の真の絶技——『死神の舞踏』を特等席で見せてやろうではないか」
(本当は一歩も動かずに広範囲魔法でチリひとつ残さず消し飛ばしたいんじゃが、障害物が多いこの地形でそれをやるとコロニーごと破壊して大惨事になってしまう! やるしかない……っ! 妾の最強の神経接続コントロールを見せてやるわ!)
『最高だぜお姫様! 行くッスよォォォッ!!』
ランドグリーズの赤い機体が、スラスターから爆炎を噴き上げて暗礁宙域へと突撃していく。
それに続くように、ローゼリアもタナトスの操縦桿を強く握り込み、ペダルを踏み込んだ。
「——タナトス、推力全開じゃ!」
ズガァァァァァァンッ!!
タナトスの背部に備えられた巨大なスラスターが漆黒の炎を吹き出し、これまで「一歩も動かない」と噂されていた重装甲の死神が、信じられないほどの超加速で宇宙空間を蹴り飛ばした。
(お、おおおおおっ!? Gが! Gが凄い! しかし、タナトスとの完璧なフィードバックのおかげで、機体がまるで自分の手足のように軽く感じられる……っ!)
生身では何もないところで転ぶ絶望的な運動音痴のローゼリアだが、マギアナイトの操縦においては、その欠点は完全にゼロになる。
タナトスは、無数に浮かぶ岩石やデブリの隙間を、まるで糸を引くような滑らかで変態的な三次元機動で潜り抜けていった。
『な、なんだ!? 敵襲だ! エインヘリアルの戦乙女どもだ!』
『おい、あの黒い機体! 黒き死神だぞ!?』
『馬鹿な、あいつは遠距離からの砲撃しかしない固定砲台じゃなかったのか!? なんであんな高機動で突っ込んでくるんだよ!!』
ケイオスの傭兵たちがパニックに陥り、迎撃のビームを乱射する。
しかし、そのすべての弾道予測を脳内で処理したローゼリアは、タナトスをコマのように回転させ、最小限の動きでビームの雨をすり抜けた。
「遅い遅い遅い! 羽虫の止まったような攻撃など、当たる道理がないわ!」
ローゼリアは、タナトスのマニピュレーターで背中の【断次元サイズ(大鎌)】を引き抜き、敵陣のど真ん中へと躍り出た。
『オラァァァッ! アタシを置いていくなよお姫様!』
ランドグリーズの赤き機体が、大剣を振りかざしてタナトスの横に並び立つ。
「ふははっ! 遅れをとるなよ、ランドグリーズ! ——【絶死の輪舞曲】!」
タナトスが漆黒の残像を残しながらステップを踏み、巨大な大鎌を一閃する。
音のない宇宙空間で、ケイオスの装甲が紙のように切り裂かれ、次々と爆発の閃光が咲き乱れる。
ランドグリーズも負けじと敵機に肉薄し、装甲を叩き斬る。
赤い大剣の斬撃と、漆黒の大鎌の旋風。二機のマギアナイトは、まるで長年連れ添った相棒のように阿吽の呼吸で背中を預け合い、美しい螺旋を描きながら敵を蹂躙していった。
『すっげぇ……! お姫様、マジで近接戦闘もトップクラスじゃねぇか! 動きに一切の無駄がない! 合わせててめちゃくちゃ気持ちいいぜ!』
ランドグリーズが、歓喜の咆哮を上げながら敵を両断する。
(ふふんっ! 見たか筋肉ダルマ! これが限界オタクがゲームで鍛え上げた反射神経と、チート機体の最強コンボじゃ!……とはいえ、自分で動くのはやっぱり疲れるのう!)
「よそ見をしている暇はないぞ! ほれ、右から三機じゃ!」
『了解ッス!』
前線で熱狂的な近接戦闘を繰り広げる二機。
その圧倒的な暴力の前に、ケイオスの傭兵たちは完全に戦意を喪失した。
『ば、化け物どもめ! 一旦引け! アステロイドの岩陰に隠れてやり過ごすんだ!』
背を向け、巨大な岩礁の裏側へと逃げ込む敵機たち。射線が通りにくいデブリ帯の奥深くに身を潜めれば、やり過ごせると踏んだのだろう。
しかし、戦乙女の包囲網は完璧だった。
『死角に入ったつもりでしょうが、甘いですね。……いってらっしゃい、可愛いミサイルたち』
後方で待機していたロスヴァイセが、優雅なカクテルグラスを傾けながら微笑む。
彼女の機体から放たれた無数のミサイルが、虚空に生じたワープゲートへと次々に吸い込まれていく。
次の瞬間、アステロイドの裏側に潜んでいた敵機たちのすぐ背後に、空間の裂け目が生じた。
『ひぃぃぃっ!? な、なんで岩の裏からミサイルが湧いてくるんだよォ!?』
時空を跳躍してきたミサイルが、ゼロ距離で容赦なく炸裂する。
岩を盾にしたという油断を嘲笑うかのように、隠れていた敵機は一網打尽にされた。
『こちらオルトリンデ。各宙域の残存敵機の消滅をレーダーで確認。ロスヴァイセ姉さん、完璧な制圧です』
母艦のブリッジから、オルトリンデの冷静なオペレートの声が響く。
『ふふっ、空間そのものを跳躍する私の【時空跳躍ミサイル】から逃げられる場所など、この宙域のどこにもありませんよ』
ロスヴァイセの底意地の悪い笑い声が通信に響く中、今度はひときわ熱のこもった声が割り込んできた。
『ローゼリア! 素晴らしい舞踏でした! その美しい大鎌の軌跡、ブリッジからしっかりとこの目に焼き付けましたよ! お帰りになられたら、極上のマッサージと特製のスイーツをご用意してお待ちしておりますからね!』
「う、うむ! 期待しておるぞ、リアンヌ!」
リアンヌの甘やかし全開の通信に、ローゼリアは顔を少し赤くしながらも、満更でもない声で応えた。
『よーし! 外の掃除は片付いた! それじゃあ、このまま敵の旗艦まで一気にぶち抜くぜ! ついてきな、お姫様!』
「誰に口を利いておる! 妾が先陣を切ってやるわ!」
漆黒と真紅の流星が、残敵を蹴散らしながらコロニーの深部へと突き進んでいく。
そして、その軌跡から逃れようとする獲物を、時空の裂け目から現れるミサイルが確実に仕留めていく。
(……はぁ。やっぱり、ロボットアニメの醍醐味はこれじゃな。最高の機体で、最高の仲間と戦場を駆け抜ける……! ロマン全開じゃ!)
疲労を忘れ、完全にハイになった限界オタクの魂を乗せて、黒き死神の舞踏はアステロイドベルトの闇を鮮やかに切り裂き続けた。
違法傭兵団『ケイオス』が、その日のうちに文字通り「一片の塵も残さず」銀河の歴史から消し去られたのは、言うまでもない。




