37夜 ティソナ・ファミリー、出動!
部外者の俺には、この車両の目に付く物は全て気になるが、目に付かない物まで気になってしまう。
セニョール・アティリオへ質問する。
「この救急車に時計はありますか?」
「時計?」
「俺はスマホも時計も犯罪組織に奪われたので、時間を計る物がありません」
「そんなに重要か?」
「救命の現場では負傷者を搬送するまでの時間が重要になります。例えば心配停止から十分を過ぎると生存率は五〇%、さらに過ぎると病院で治療して生存できたとしても、なんらかの後遺症や障害におちいります。経過した時間によって処置の仕方も変わってきます」
「時計かぁ……」
そこへ息子エリオが助手席から顔を覗かせ、話に割って入る。
「時間は僕が教えるよ。パソコンの時計があるしね」
あどけない少年の提案に、思わず頬の筋肉が緩み「君は頼もしいね」と、返した。
「セニョール・アティリオ。このバッグの中を見てもいいですか?」
「いいぞ、好きなだけ見ろ」
助手席の後ろに隠れていた、赤い色に白い十字マークのバッグへ近寄り、腰を下ろす。
救命バッグのジッパーを開けて中を確認。
ビニール手袋、聴診器、ペンライト、包帯、エタノール消毒液と、その他もろもろ。
今一番、安心を得られる道具一式だ。
「救命活動に必要な道具はそろっていますね」
「あぁ、前に雇っていた救命士が使っていた物だ」
「そういえば、前に働いていた救命士は何故、辞めたのですか?」
「ん? んー……それはだな。救命活動の方向性の違いというヤツだ」
「なんですか? そのインディーズバンドの解散理由みたいな話」
「とにかく、人の道には様々な道がある。迷わず行けよ、行けば解るさ。ダァー!」
質問の答えになってない気がする。
何か聞いてはいけない事情があるのかもしれない。
俺は「そうですか」と、返して話を切り上げた。
海外の車は日本と正反対の左ハンドル。
父のアティリオは左のドアから運転席へ乗り込むと、助手席に座る息子にシートベルトをかけ、続いて自分の座席にもシートベルトをかける。
彼は鍵穴にキーを差し込み回し、エンジンをかけると、地響きのように車体は振動。
エンジン内部のシリンダーに注入された燃料が、圧縮された空気で引火したのが解る。
吹かしたエンジンは前足で地面を蹴り、鼻息を荒げた闘牛とイメージが重なった。
救急車が今か今かと発進を待ちわびているようだ。
一家の長アティリオは出発の合図を出す。
「ティソナ・ファミリー、出動!」
救急車がガレージからゆっくり発進すると、後から駆けつけた祖母のアマリアが道の脇で、こちらに手を振って笑顔で見送る。
エールを受けて末っ子のエリオが、車内で手を振り返し、ティソナ家のアパートを後にした。
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