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3話

「あの……念のための確認なんですが、道具の使用はありでいいですか?」


 俺は、目の前で何本もの鋭い刃をカチャカチャと鳴らして威嚇してくる多脚の魔物から視線を逸らさずに尋ねた。


「構わん。武器や道具を使うことは、戦うことにおいて当たり前のことだからな」


 魔物はあっさりと許可を出した。


 ふう、とりあえずよかった。これで「誇り高き決闘ゆえ、素手で戦え」なんて脳筋なルールを押し付けられたら、俺は全力で逃走を図っていただろう。

 

 だって勝てないもん。ただでさえ虫は激しく苦手なのに、あんな装甲車みたいな外殻を持ったバケモノ相手に素手で殴りかかるとか、正気の沙汰ではない。俺は魔導技師であって、武闘家ではないのだ。


「では、準備はいいですか? レン、それにクラウディア」


「はい。いつでも大丈夫です」


「我が忠義、魔王様にお見せいたしましょう!」


 魔王の気怠げな開始の合図とともに、俺の理不尽なバトルが幕を開けた。


 クラウディアは、その禍々しいムカデのような下半身をうねらせながら、複数の腕というか前足で、鋭利な金属製の槍を構えた。シャキン、シャキンと刃が擦れ合う音が広間に響き渡る。


 どれもこれも、一発でも刺さったら致命傷になりそうなエグい形状をしている。一応、自作の超回復ポーションはポーチに入っているがそもそも痛いものは絶対に嫌だ。怪我を治せるからといって、無抵抗に刺されていい理由にはならない。


「なら、先手必勝、先制攻撃だよな。っと!」


 俺は腰のバックから、自作の魔導具である銃を素早く引き抜いた。


 鈍色の銃身を持つそれは、前世のハンドガンに似た形状をしているが、火薬を用いた鉛の銃弾は入っていない。特殊なガラスで作られたシリンダーの中に入っているのは、ちゃぷちゃぷと揺れる透明な液体だけだ。


「ふん、人間め! そのような水鉄砲のような玩具でこの私の硬質な外殻をどうにかできるとでも思ったか! 水など避けるまでもないわ!」


 クラウディアは俺の構えた銃を一瞥するなり、嘲笑するように叫んだ。そして、複数の脚を器用に動かし、床の石畳を砕きながら猛烈なスピードでこちらへ突進してくる。


 速い。巨体に似合わず、まるで地を這うミサイルのような踏み込みだ。


「死ねぇっ!」


 鋭い裂帛の気合いとともに、何本もの槍が俺の急所を正確に狙って突き出される。


 だが、ダンジョンの深層で一年間、単独で生き抜いてきた経験は伊達ではない。俺は相手の動きから軌道を予測し、ギリギリのタイミングで横へと跳躍して躱した。


「おっと、あぶな。日頃から回避パターンの訓練をしてなかったら、今頃見事な串刺しになってたな」


 冷や汗を拭いながら着地する俺を見て、クラウディアは少しだけ驚いたように複数の複眼を瞬かせた。


「ほう……私のこの一撃を完璧に避けるか。ヒョロヒョロの軟弱者かと思ったが、人間の中では少しはやる方らしいな」


「なあ、今のを見て、少しは実力を認めてくれたんだろ? なら、もうこの辺でやめにしないか?」


 俺は銃を構えたまま、ダメ元で提案してみた。無駄な戦闘はリソースと体力の無駄遣いだ。


「バカを言え! 決着がつくまでこの神聖な戦いは終わらない! 私が貴様を八つ裂きにして、魔王様に貴様の無能さを証明してやるのだ!」


 クラウディアは再び槍を構え、闘志を剥き出しにして距離を詰めてこようとする。えー、もうやめようよ。完全に言葉が通じない脳筋タイプか。なら、仕方ない。これを使うか。


「じゃあ、やってくれ」


 俺は、銃の引き金に指をかけながら、誰にともなくそう呟いた。


「? 誰に言っている。命乞いなら魔王様に…」


 クラウディアが訝しげに眉をひそめ、俺に槍を向けて走ろうとした、次の瞬間だった。


 バシュッ!!


 その瞬間に彼の体に残っていた水滴が急に広がった。


「なっ、なんだこれは!? 体が……動か、ない!?」


 バシャバシャと音を立てて彼女の全身にまとわりついた透明な液体は、ただの水ではなかった。


 それは、着弾した瞬間に凄まじい粘度を発揮し、ゴムのように伸縮しながら硬化する特殊なゲル状物質。いや、正確には俺が独自に育てたたスライムそのものだ。


 物理的な衝撃を加えるほどに硬くなるという、コロイド溶液のようなダイラタンシー特性を持たせた特製スライムである。ダイラタンシーってかっこいいよねって思って頑張ったんだ。


 その特性ゆえに槍を振り回してもがけばもがくほど、スライムは彼の体を強固に拘束していく。


「もがっ……! ががっ……!」


 完全に透明なスライムの球体に包み込まれたクラウディアの体は、床からわずかにふわりと浮き上がった。スライムが本来持つ微弱な浮遊魔法の性質を利用した、完全拘束の捕獲トラップだ。


 彼は必死に中で暴れているが、スライムの圧倒的な粘性と弾力の前には無力だった。やがて内部の酸素が薄くなってきたのか、彼の動きは徐々に鈍くなり。


「もがもがも……」


 ついに白目を剥いて、彼は意識を失い、プカプカと空中に浮かぶだけの哀れな展示物のようになった。


「……あっさり終わった。ちょっとやりすぎたかな?」


 俺が銃をバックにしまうと近くからパチパチと場違いな拍手が聞こえてきた。


「いえ、見事です。さすがは私が見込んだ男ですね」


 魔王がひどく満足げに頷いている。見込んだって……あんた、俺のことをスマホの通信環境を整えてソシャゲを快適にプレイするためだけに強引に任命したのによく言うわ。


「それにしても……先ほどの透明なものはスライムのようですが? あなた、魔法も詠唱もなしに、どうやってあのようなものを?」


 魔王が不思議そうに首を傾げる。


「ああ、あれですか。俺がそこらへんでスライムを捕まえて育ててます。そのスライムを極限まで圧縮して専用の弾丸ケースに詰め込んで、撃ち出してるだけですよ」


 俺は実用性を説くように淡々と説明した。


「この方法なら、相手を窒息させるか無力化するだけで済むので、希少な魔物の素材に一切傷がつきませんしね。解体の手間も省ける、最高の捕獲ツールです」


「なるほど……やはり、素晴らしいですね」


 魔王は感心したように頷き、再び手元のスマホの画面へと視線を戻した。


 こうして、俺の魔王軍での理不尽な初陣はあっさりと幕を閉じた。


 思いっきり油断して自らスライムの直撃を食らってくれたから本当に助かった。もし本気で避けられて長期戦になっていたら、俺の体力が持たなかったかもしれない。まあ、勝ちは勝ちだ。今は胸を張るとしよう。

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