4話
プカプカと宙に浮いていた透明なスライムの球体が弾け、ドサリと重い音が広間に響いた。
「ゴホッ、ゲホッ……!」
拘束から解放された多脚の魔物、クラウディアが床に突っ伏して激しくむせ込んでいる。その様子を玉座から見下ろしながら魔王は退屈そうに口を開いた。
「さて、みなさん。わかりましたか? これでレンは私達の仲間です。彼に文句のある者はもういませんね?」
広間に集まった禍々しい魔物たちはあっさりと無力化されたクラウディアの姿を見て静まり返っていた。やがて、重装甲の騎士が代表するように深く頭を下げる。
「……了解いたしました! 魔王様がそう仰るのであれば、我ら異存はございません」
魔王は満足そうに頷き、床に這いつくばるクラウディアに視線を向けた。
「あなたもそれでいいですか? クラウディア?」
「はっ……! 魔王様の慧眼、大変感服いたしました。まさか、あの短時間で私の弱点を突き、一切の傷をつけずに無力化するとは……」
クラウディアはよろよろと身を起こすと、複数の脚を折りたたんで俺に向かって深く頭を下げた。
「それに、レン殿。すまなかった。人間の細腕などと侮り、あのような無礼な態度をとったこと、どうか許していただきたい」
さっきまでの殺意マシマシな態度はどこへやら、随分と武人らしい潔い謝罪だった。俺は内心ホッと胸を撫で下ろす。
「……いや、俺は新参者だし。いきなりあんな得体の知れないヤツが来たら、当たり前の反応だとは思うよ。でも、これからは急に襲いかかってくるのはやめてね。戦うことは疲れるから、あんまり得意じゃないんだ」
「ふっ。ああ、わかった。貴殿のような強者が不得意などと謙遜するとはな……見事だ」
いや、本当に戦いたくないだけなんだけどな。面倒くさいし、そもそも虫は怖いし。そんな俺の切実な内心など知る由もなく、クラウディアは人間の手のような前足をスッと差し出してきた。
俺は少しだけ躊躇したが意を決してその手を握り返した。ひんやりとした硬質な感触が伝わってくる。これで一応、和解成立だ。
その様子を見ていた他の魔物たちから、安堵の空気が流れる。しかし、先ほどの重装甲の騎士が一歩前に出て、玉座の魔王に問いかけた。
「それで、魔王様。彼を我々の仲間にするということですが、一体どのような役割を与えられるおつもりで? 先ほどの見事な手際、単なる一兵卒や雑兵扱いではないのでしょう?」
俺もそれは気になっていた。まあ、素材集めの許可さえもらえればなんだっていいのだが。魔王はふんぞり返るようにして、堂々と宣言した。
「ええ。レンには、私直属の専属魔導技師を任せるつもりです。よって、このダンジョン内のあらゆる素材は、彼が自由に使って構いません。そして……私の権利と、魔王としての仕事も全部彼に与えます」
「……はい?」
俺の口から思わず声が漏れた。
ちょっと待て。権利や素材が使い放題なのは万々歳だが、なんで魔王の仕事まで俺に丸投げされているんだ? それは単なる業務の押し付けでは?
俺だけでなく、広間にいた魔物たちも一様にざわめき始めた。
「魔王様! そ、そんな勝手な……!」
「いくら彼が優秀とはいえ、魔王軍の指揮や執務まで人間に任せるなど……!」
部下たちの必死の抗議に対し、魔王はどこ吹く風で、自嘲気味な笑みを浮かべた。
「どうせ私はただ力が強いだけのお飾りなのだからいいでしょう? あなたたちのようにここにいる者たちは義理堅く従ってはくれますが、魔王軍の大多数の者は私のことなんて気にせずに外で好き勝手にやってますから」
「それは……っ」
騎士の言葉が詰まった。どうやら複雑な事情があるそうだ。
「大丈夫です。別にいいのです。私には大軍を率いて世界をどうこうするような、そんな器はありませんし……静かにゲームして暮らせれば、それでいいのです」
「魔王様……」
忠義が厚そうなクラウディアや騎士たちが、悲痛な表情で主を見上げる。主君の悲しき現状に、彼らの心は痛んでいるのだろう。だが、当の魔王本人は、すでに退屈そうに欠伸を噛み殺していた。
「だからこそ、あなたたちも私に構わずに、これまで通り好き勝手してくれて大丈夫です。ほら、もう話すこともありません。この場は解散します」
そう言ってパタパタと手を振る魔王。
そのそっけない態度に、魔物たちは少し寂しそうな顔をしながらも、「はっ……」と短く返事をし、各々が広間の奥へと消えていった。
残ったのは、最初から魔王に忠誠を誓っていたごく一部の側近たちだけだったが、彼らもまた、静かに持ち場へと戻っていった。
静寂が戻った広間で、魔王は俺に歩み寄った
「さて、レン。私たちも帰りますよ。早くしないと、デイリーミッションの更新時間が来てしまいます」
そう言って、魔王は俺の目の前までやってくると、白く細い手を差し出した。
俺は、少しだけ複雑な感情を抱きながら、その手を握った。来る前は「魔王様に絶対の忠誠を誓う恐ろしい軍団」を想像していたのだが、現実は随分と世知辛いらしい。
魔王も魔王で、威厳があるのは最初だけで、あとはひたすらソシャゲの事しか考えていないように見える。
転移魔法が発動し、視界が歪む。
次に目を開けた時には、先ほどまでの禍々しい広間から一転、例の隠し部屋に戻ってきていた。適温に保たれた空調とふかふかのソファが俺たちを出迎える。
「あの、魔王様……」
「カタリーナでいいです」
ソファにダイブしながらスマホをいじり始めた彼女に声をかけると、即座に訂正された。
「いや、それは流石に馴れ馴れしすぎるというか……体裁もありますし」
「いえ、大丈夫です。せっかく両親がつけてくれた名前ですので、あなたにはそう呼んでほしいんです」
クッションに顔を半分埋めながら、カタリーナはこちらを上目遣いで見てきた。その深い青色の瞳には、有無を言わせぬ圧がある。
「……そういうことなら、わかりました。では、カタリーナ様。一つ聞きたいんですが、魔王軍はあんな感じで本当にいいのでしょうか? 一応、組織のトップですよね?」
俺が尋ねると、カタリーナ様はスマホの画面をタップする指を止めずに、ため息混じりに答えた。
「大丈夫です、というかどうしようもありません。力で押さえつけるのは疲れますし、外に出たくありませんし。……それよりもレン、早く一緒にゲームをやりましょう。このマルチプレイのクエスト、一人じゃどうしてもクリアできないんです」
「は、はい……」
強引に話題を切り替えられ、俺は苦笑いしながら自分のスマホを取り出した。組織のトップとしての責任感は皆無だが、まあ、素材が使い放題になるなら俺としては文句はない。
カタリーナから招待コードを受け取り、画面を開く。表示されたのは、地上の若者たちの間で流行っているゴリゴリのファンタジーRPGだった。
「レン、そこは回復魔法です! ああっ、敵に突っ込まないで!」
「いや、操作が難しくて……俺、こういうアクションRPGのゲームは苦手なんですよ……!」
「前世でいっぱいやってたんじゃないんですか!?」
「前世でも機械いじりばっかりで、ゲームはあんまり……あ、死んだ」
自分の手で高度な魔導ツールや武器を組み上げるのは得意だが、画面の中のキャラクターを操作するのはどうにも勝手が違う。
世界最高峰の戦闘力を持つ俺が、ゲームの中のゴブリン相手にボコボコにされ、世界最強の魔王がそれを隣で必死にカバーする。
「もう……次は私が盾になりますから、レンは後ろからチクチク攻撃してください!」
文句を言いながらもカタリーナ様の横顔はどこか楽しそうだった。




