1話
「…ということで、あとはあなたが適当に頑張ってください。前世の記録を見る限り、あなたは何かを黙々と組み立てることが得意だったようですね。せっかくですから、その特性を存分に活かせるような特別なスキルを差し上げます。詳しい使い方については……あっと、いけない。もう私の担当時間が切れそうですね。では、この初心者向けガイドブックを渡しておくので、あとは自力で頑張ってください。それでは、良い人生を!」
「……え? ちょっ、待っ…」
文字通り、唐突すぎる放り投げだった。病室のベッドで静かに目を閉じたはずなのに、気がつけば純白の空間に立たされており目の前には胡散臭い後光を背負った、やけに事務的な口調の神様らしき存在。
いきなりこんな場所に連れてこられて、頭の中はパニック状態で何の整理もついていないというのに。ろくな説明もないまま、まるで業務の引き継ぎを丸投げするダメな上司のような言葉を残して神様は俺をこの見知らぬ世界へと叩き落としたのだ。
目を覚ましたのは、見知らぬ森の中だった。スキルの具体的な名前すら教えてもらえなかったが、神様から押し付けられたペラペラのガイドブックを見る限り、どうやらクラフト系の生産能力であることだけはわかった。
なにせ、そのガイドブックの「スキルの使い方」という項目には、たった一言、ふざけたような文章が書かれていたのだから。
『使い方は、あなたが今までやっていた通りに組み立てるとできます』
……いや、雑すぎるだろ。前世で俺が機械いじりを趣味にしていたことを神様がどう解釈したのかは知らないが、さすがに放任主義が過ぎる。魔法の概念も知らない素人に「今まで通りにやれ」と言われても困るのだ。
一応、申し訳程度に「簡単な木箱の組み立て例」みたいな図解が載っていたので、最初の数日はその通りに見様見真似でその辺の枝や石を拾い集め、いじくり回していた。
最初は魔力の通し方や、異なる素材同士の繋ぎ合わせ方がまったくわからなかった。だが、試行錯誤を繰り返すうちに、だんだんと直感的に使い方がわかってきた。
というか、途中から俺の視界の端に、半透明のパネルのようなものが浮かび上がるようになったのだ。
【作成:簡易的な石ナイフ】
【必要素材:手頃な石×1、木の枝×1、魔力少量】
ゲームのクラフト画面のように、何を作りたいと念じれば、それに必要な素材と手順が視覚化されるシステム。そこに何が必要か明確に記してあったので、このガイドパネルには本当に助けられている。
それよりも俺が驚愕したのはこの世界の文明レベルだった。転生といえば中世ヨーロッパ風の街並みを想像していたのだが、街に出てみれば普通に電車が走り、人々は液晶画面のついたスマホを弄っている。街角にはコンビニに似た店すら存在した。
前世の現代日本とほぼ変わらない、魔法と科学が融合したような超便利な文明社会だったのだ。
唯一にして最大の、決定的な違いは、街の外にダンジョンが存在すること。そして、そのダンジョンは決してゲームの遊びなどではなく、一歩間違えればモンスターに食い殺され、普通に死ぬっぽいリアルな危険地帯だということだ。気をつけないといけない。
それから一年ほど、俺は神様から言われた通りに…というか、当面の生活費を稼ぐために俺と同じような境遇の転生者や、地元の探索者たちと共にパーティーを組み、ダンジョンに潜っていた。
現代的なこの世界では通信インフラが整っているため、ダンジョン探索の様子をリアルタイムでネットに届ける「ダンジョン配信」なるものが大流行していた。俺のパーティーメンバーもこぞってカメラを回し、視聴者に向けて何か配信とかしていた。
しかし、俺自身は一切その手の目立つ真似はやめておいた。別に恥ずかしかったとかではない。単純に、生き残るのに必死でそんな余裕がなかったからだ。
俺は裏方としてひたすら素材を拾い集めては即席の罠を作ったり、ポーションを調合したりしてパーティーを支えていた。しかし、地味な作業は配信映えしない。
「レンさん。……悪いが、俺はここから先に行くよ。今までサポートありがとう」
ある日、配信の同接数を伸ばすことに夢中になっていたリーダー格の男にそう言われ、俺はあっさりと一人になった。
ふむ、それなら一人で行くしかないな。
見捨てられた悲壮感はなかった。むしろ、自分のペースで素材集めができる好機だとすら思った。それから俺は、今まで周りの人たちがやっていた前衛の壁役や後衛の回復役といった役割を、すべて自作の道具で補いながら頑張っていた。
索敵は自作の小型レーダーで、防御は自動展開シールドで、攻撃は魔力ガンで代用する。最初は手探りだったが、スキルが成長するにつれて強力な魔道具を次々と生み出せるようになり、途中からだいぶ余裕が生まれた。
他人の目を気にする必要がないため、希少な未発見素材を求めて一人でダンジョンの深いところに潜ることも多くなった。
そんな素材第一主義の探索を重ねた結果、うっかり誰も到達したことのない地下九十九階層にまで足を踏み入れてしまい、あの絶世の美女にして重度の引きこもりである魔王様に出会ったというわけだ。
神様からは最初に適当なガイドブックを渡されただけで、その後は一切何も言われていないから真意はわからない。
でも、こういう異世界転移のセオリーからすれば、本来は世界を脅かす魔王を俺が討伐するとか、そういう使命を果たすべきなんだろうな、とは思う。だが、俺に魔王を討伐できる気など全くしないし、そもそもそんな気すら微塵も起きない。
なにせ、目の前にいる魔王は、人類を滅ぼすどころかダンジョンの外に出る気すらゼロなのだから。
「ねえレン。……一緒にゲームしましょうよぉ」
ふかふかのソファの上で丸まりながら、スマホの画面から目を離さずに魔王がだらしない声で俺を呼ぶ。
「あいにくゲームは苦手だって言ってるでしょう。ほら、新しい魔導ガジェットの試作品ができたから、ちょっと魔力を流してテストに協力してください」
「えー、めんどくさい……ゲームのレイドバトル手伝ってくれたらいいわよ?」
血で血を洗う死闘が繰り広げられるはずのダンジョン最下層で、俺たちは今日もスナック菓子をつまみながら、爆速のネット回線と共にダラダラとした時間を過ごしている。
パシュッ、と保管していたコーラの蓋を開けながら、俺はふと天井を仰ぎ見た。俺の人生は、一体どこに向かっていくのだろうか。




