第三十一話 燃える命の灯火
シオンは寝間着のまま廊下を走り、追憶蝶アスターのもとに行く。理由はただ一つ、以前夢を見たとき羽が折れてしまったから。また今回も何かあってはたまらない。
息が上がる、足がもたつく。まだ太陽は登っておらず、ひんやりとした空気が廊下を包み込んでいた。ただ、シオンは窓の外の雪を見るほど余裕はない。
たどり着いたのは、アスターと出会ったあの場所。記憶の書が保管されている白い塔だった。
「アスターさん……!」
声を上げて走る。あたりを見渡しても、見えるのは無数に広がる本棚で蝶一匹見えやしない。
「アスター……さん。」
シオンはふと、上を見上げた。頂上近くにある一冊の記憶の書が光り輝いている。それは夜空に浮かぶ一等星のように居場所を示していた。シオンは惹かれるように階段を上がる。
一段、一段。先ほど無我夢中に廊下を駆けた弊害か、足が重く感じる。それでも自然と足は動くものだ。
たどり着いたその記憶の書は、思ったよりも光り輝いていた。シオンはゆっくり近づく。
「触れてもいいものなのでしょうか……任務外で不用意に触れてはならないという、規則ですが。」
シオンは少し悩んだがその記憶の書を手に取ることにした。
記憶の書は誰かのもの。そのはずだ。シオンはその記憶の書を見て固まった。
その書の表紙に張り付くように蝶の粉がべったりついている。シオンが手袋で触れるたびにパラパラと落ちていく。
「アスターさんの記憶の書でしょうか。」
この蝶の粉がアスターのものであるとは確信できない。ただ、一つ言えるのはアスターの姿はもうここにはないということだ。
気配もしない。声も聞こえない。もう会えないのだろうか。
あの記憶の書は誰のものかを確認する前に戻した。名前も見れたはずだが見なかった。それが過度に干渉しない、記憶の管理者のやり方なのだから。
「最後は何を話したんでしたっけ?」
思えば、あれ以来から加速するようにいろいろなことが起きた気がする。いや、対して変わっていないかもしれないが。
階段を下りているとどこからか声が聞こえた。
「……ま、まって。」
自分と似た声色。シオンはその声がする方向に振り返る。先ほどの光る書物から出てきたようだ。
「アスターさん……!」
結果的に、アスターは無事だった。しかも、記憶の書を見つけたということは最大の目標が達成できたというわけだ。
「記憶戻ったんですね。よかった。」
シオンが笑みをこぼして近づく。本名はどんな名前だろうか、さぞ美しいのだろう。かっこいいのだろう。
しかし、待っていたのはそんなうれしい報告ではなかった。
「僕の記憶の書ーー空っぽだった。」
「……”空っぽ”?」
アスターは言う。
「確かに、シオン君と同じ夢をみた。わずかに自分の姿を覚えていた。そしてこの記憶の書も自分のものだって気づいた。でも、何もなかったんだ。まるで、誰かが中身を移したみたいに。」
シオンはその言葉に耳を疑った。
中身を移した?
シオンは言葉を探すように口を開いては閉じる。少しだけ引っかかった。自分のことだ。
「……私は誰ですか?」
気づけばそうつぶやいていた。二年間追い求めていた疑問を口にする。追憶蝶のアスターさえ言葉を失った。
「僕も誰だかわからないよ。自分も君も。」
アスターはその問いから逃げるように明るい声で言った。シオンは目を落とす。
「今日は夢を見ましたか?」
シオンは逃げなかった。紫色の瞳が追憶蝶のアスターをとらえている。アスターは迷うようにふわふわ飛ぶ。
「いや、僕見てないよ。でも真っ暗だった。暗闇にぽつりと壊れた水晶があった。」
「……水晶。」
それは以前シオンが見た夢だ。一時期毎日見ていたあの夢。散らばる破片に光が反射してキラキラ光り輝いていた。ただ、気が付けば消えてしまいそうなほど儚いものだ。
アスターとシオンはしばらく見つめあっていた。しびれを切らしたのはシオンだ。
「とりあえず、無事で何よりです。それより、どうして記憶の書がわかったのですか?」
「光ってたから。さっき見たでしょ?」
「あーなるほど。」
アスターはシオンの肩に止まって言う。考えるように羽を羽ばたかせて。
「ねえ、シオン君。一つありえないけど、そうじゃないって言いきれないことがあるんだけど……聞きたい?」
シオンは何かと首を傾げた。紙のにおいが漂うこの場で一つの考察が始まった。
シオンは近くにある休憩所に腰を下ろしアスターの話を聞く。アスターも机に止まって淡々と言葉を紡いだ。
「一つ、僕が覚えているのは自分のわずかな容姿。白髪だったってこと、それから夢で見た銀色の目。あれは魔眼なんだよね?じゃあ元は別の色なのかも。」
「はい。魔眼を持っているアヤメさんに伺ったところ、性能によって目の色が異なるようです。銀色は二つ以上を所持している証拠みたいですが……はっきりとはわかりませんね。」
アスターは腕を組むように「うーん」とうなる。シオンはふと気づいた。
「魔眼の書物持ってきましょうか?似た銀色が見つかればわかるかもしれません。」
その提案を聞いたアスターはうなずいた。
「いいね!お願いしてもいい?」
「わかりました。お待ちください。」
時間はまだある。少しでも自分のことを知りたいという二人はそこでなぞ解きをするように机に向き合う。外ではきっと雪が降り続いているのだろう。足元がひんやりと冷たかった。
こんばんは、作者です!
明日から、毎日19時投稿でしたが、勝手ながらリアルが忙しくなってきたので20時投稿に変更します。
ご理解のほどよろしくお願いします!




