第120話 見なかったことにできない距離
連続投稿です。
118話からお読みください。
――カナ視点――
昼過ぎ。
外縁の道を、
一人で戻っていた。
今日の依頼は、
別口だ。
倉庫裏。
水路。
人目のある場所。
だから――
森側に入る予定はなかった。
(……なのに)
足が、
止まる。
風向きが、
おかしい。
草が、
同じ方向に倒れている。
(……誰か、
走ったな)
新しい。
子どもの足取りだ。
無意識に、
視線が外縁へ流れる。
(……嫌な位置)
踏み込まない。
だが――
近づく。
音を立てず、
輪郭だけを拾う。
そこに、
“終わった後”があった。
倒れた袋。
引きずられた跡。
そして――
人の手で整えられた、退路。
(……喧嘩じゃない)
戦闘でもない。
“事故になりかけた現場”。
少し遅れて、
町の方から声が聞こえる。
子どもを連れた大人。
足を引きずる、同年代。
生きている。
(……間に合ってる)
胸の奥が、
一拍だけ緩む。
その少し後。
別の足音。
歩幅が一定。
急いでいない。
振り向かなくても、
分かった。
(……あの子だ)
トア。
顔に、
何も残していない。
息も、
乱れていない。
だが――
“戻ってきた方向”が、
全てを語っている。
(……やったな)
追ったわけじゃない。
助けに行くつもりでもなかった。
ただ――
そこに居合わせた。
そして、
選んだ。
倒さず、
追い返す。
それが、
一番難しい。
(……十歳で?)
声をかけない。
理由は、
一つ。
今、声をかけたら――
彼は“正解”を意識する。
今日の判断は、
本能と積み重ねで出たものだ。
褒めれば、
次は迷う。
(……だから、まだ)
カナは、
歩調を変えずに通り過ぎる。
視線だけで、
状況を拾う。
怪我は軽い。
魔獣は深追いしていない。
血の匂いも、
ほとんど残っていない。
(……綺麗すぎる)
事故の跡としては。
“処理”が、
できている。
ギルドへ戻る。
帳面を開く。
今日の外縁の欄に、
一行だけ書き足す。
【注意:昼前、未報告の接触痕あり。被害拡大なし】
名前は、
書かない。
必要ない。
(……でも、覚えた)
一人で行かせるのが、
正解だったか。
まだ、
分からない。
だが――
一人で行かせなければ、
起きなかった判断もある。
それが、
一番厄介だ。
外へ出る。
夕方の光。
トアの姿は、
もう見えない。
(……次は)
札を、
どうするか。
声を、
かけるか。
ギルドが、
一段上げるか。
決めるのは、
まだ先だ。
だが――
もう一つだけ、
確かなことがある。
今日の出来事を、
“なかったこと”には、
できない。
ローディス王国領の町、
オーレム。
女冒険者は、
初めて知った。
守るために、
近づかないという選択が、
これほど難しいものだということを。
そして――
次に札を動かす時、
もう“偶然”とは言えなくなることを。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
小さな選択の積み重ねを意識して書いています。
何か感じた点があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。




