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第121話 記録される事故、残る余白

連続投稿です。

118話からお読みください。


朝。


ギルドの帳面は、

いつもより早く開かれていた。


受付の女が、

昨日の欄をなぞる。


【外縁・未報告接触痕】

【被害拡大なし】


一行だけ。

だが――

消されていない。


「……事故未満、ね」


独り言のように呟く。


報告がない。

だが、痕がある。


“誰かが処理した”形跡だけが、

きれいに残っている。


「札、出す?」


隣の机から、

別の職員が聞く。


「……出さない」


即答だった。


「代わりに、

外縁の札を一段下げる」


「確認系を、

二枚増やす」


理由は、

書かない。


だが――

帳面の端に、

小さく印をつける。


【子ども関与の可能性】


名前は、

まだ書かない。


書くには、

早い。


昼前。


ギルドの出入口。


同年代の少年が、

母親に連れられて入ってきた。


足を、

少し引きずっている。


包帯は、

簡素。


大事には、

なっていない。


「……この子、

昨日、外で転んで」


母親が言う。


「獣に、

追われたみたいで」


受付は、

表情を変えない。


だが――

視線は、

一瞬だけ帳面に落ちる。


「依頼ですか?」


「いえ……念のため、

聞いておこうと思って」


少年は、

俯いている。


悔しさと、

怖さが、

まだ残っている顔だ。


「……誰か、

助けてくれたの?」


受付が、

静かに聞く。


少年は、

少し考え――

首を振った。


「……分からない」


「気づいたら、

もういなかった」


それで、

十分だった。


受付は、

それ以上聞かない。


母子が、

去る。


扉が閉まる。


帳面に、

一行足す。


【負傷軽微/第三者介入の可能性】


名前は、

まだ書かない。


書く理由が、

ない。


夕方。


掲示板。


外縁の札が、

二枚増えている。


どれも、

銅貨帯。


距離は短い。

人目は薄い。

だが――

一人で動ける内容。


誰かが、

小さく言う。


「……最近、

外縁多くないか?」


別の誰かが、

答える。


「危ないってほどじゃないだろ」

「でも、

見に行ける奴じゃないと、

困るやつだな」


名前は、

出ない。


だが――

“顔”は浮かんでいる。


奥の席。


カナが、

その様子を見ていた。


帳面も、

札も、

まだ触らない。


(……動かしたな)


ギルドが、

事故を“仕事”に変えた。


それは、

守るためでもあり、

試すためでもある。


(……あの子の番が、

来るか)


まだ、

声はかけない。


だが――

次に外縁で何か起きたら、

もう偶然では済まない。


外へ出る。


夕暮れ。


町は、

今日も平穏だ。


倒れた柵も、

修理され始めている。


何もなかったように。


だが――

帳面の中には、

確かに一日分、

線が引かれた。


ローディス王国領の町、

オーレム。


事故は、

依頼にならなかった。


英雄も、

生まれなかった。


だが――

「判断した誰か」の存在だけが、

静かに、

記録として残った。


名前が書かれるのは、

まだ先だ。


だが――

次に線が引かれる時、

その余白は、

もう空いていない。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

小さな選択の積み重ねを意識して書いています。

何か感じた点があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。

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