第116話 倒さなかった理由
連続投稿です。
115話からお読みください。
数日。
外縁の確認は、
日課になっていた。
距離。
時間。
印。
毎日、
少しずつ違う。
だが――
共通点がある。
(……増えてる)
踏み荒らし。
倒れた桶。
削れた木杭。
どれも、
“小さい”。
だが――
確実に、
線が太くなっている。
(……危険度が、
上がってる)
札の文言は、
まだ軽い。
「確認」
「異常なしなら戻れ」
だが――
現場は、
少しずつ追いついてきている。
今日は、
畑の裏。
人目は――
ほとんどない。
時間帯も、
悪い。
(……昼前か)
だから、
慎重に歩く。
その時。
「……っ!」
短い声。
聞き覚えがある。
同年代の子。
ギルドで、
何度か見た顔。
名前は――
知らない。
畑の向こう。
小さな影が、
動いた。
低い。
速い。
魔獣。
小型。
だが――
油断すると、
噛まれる。
子どもは、
後ずさる。
足が、
畝に引っかかった。
(……まずい)
周囲を見る。
人は――
いない。
呼んでも、
間に合わない距離。
(……仕方ない)
走る。
一直線。
“気”を、
足に。
最短で、
割って入る。
魔獣が、
こちらを見る。
歯を剥く。
(……倒せる)
確信は、
ある。
だが――
倒したら、
終わらない。
死骸。
痕跡。
説明。
それは――
今じゃない。
一歩、
踏み込む。
“気”を、
前に。
打つ。
速く。
浅く。
骨を、
折らない位置。
魔獣が、
跳ねる。
距離を詰め、
次の一撃。
今度は、
地面へ。
叩きつけない。
“押す”。
(……行け)
力を、
逃がす方向へ。
魔獣は、
一瞬だけこちらを見て――
逃げた。
畑の奥。
外縁の、
さらに向こうへ。
静寂。
子どもが、
膝をついた。
「……だ、大丈夫?」
声が、
震えている。
「……うん」
怪我は、
ない。
服が汚れただけ。
(……よかった)
トアは、
息を整える。
心臓が、
早い。
だが――
制御できている。
(……倒さなかった)
それが、
一番重要だった。
子どもが、
こちらを見る。
「……今の」
「……転びそうだっただけ」
嘘ではない。
全部でも、
ない。
子どもは、
それ以上聞かなかった。
聞けなかった。
町へ戻る。
夕方。
ギルド。
何も、
報告しない。
倒していない。
被害もない。
“確認”の範囲内だ。
(……でも)
頭の中で、
整理する。
外縁。
人のいない時間。
同年代。
(……次は、
一人じゃないかもしれない)
それだけで、
背筋が冷えた。
木札を、
返す。
受付は、
いつも通りだ。
だが――
帳面の横に、
小さな印が増えていた。
“注意”。
それを見て、
理解する。
(……分かってる人は、
分かってる)
夜。
寝床。
天井を見る。
倒せた。
でも――
倒さなかった。
それは、
優しさじゃない。
判断だ。
倒すのは、
簡単だ。
だが――
戻れなくなる。
ローディス王国領の町、
オーレム。
少年は、
初めて――
“力を使って、終わらせなかった”。
それは、
勝利ではない。
だが――
明日も、
確認の札が貼られる理由には、
十分すぎる行動だった。
そして、
外縁の危険度は、
もう一段階、
確実に上がっていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
小さな選択の積み重ねを意識して書いています。
何か感じた点があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。




