第114話 小さな実害
連続投稿です。
112話からお読みください。
朝。
掲示板の前に立った瞬間、
違いはすぐに分かった。
下段。
同じ列。
だが――
文言が、少しだけ変わっている。
「町外縁・確認」
「期限:日没前」
「補足:作物被害の報告あり」
(……出たな)
“異常”ではない。
“危険”とも書いていない。
だが――
被害が、もう出ている。
内容は一行だけ。
「畑一枚分、荒らし跡あり。原因不明」
報酬は、
銅貨六枚。
(……上がった理由は、これか)
迷いは、
ほんの一瞬。
トアは、
札を剥がした。
受付に出す。
女は、
一度だけ目を落とし、
短く言った。
「今日は、戻る判断を間違えないで」
説明は、
それだけ。
(……分かってる)
ギルドを出る。
門を越え、
町外縁へ。
空気が、
少し違う。
農具を持った人が、
道端で立ち話をしている。
声は低い。
「……夜中だったらしい」
「音はしたが、姿は見えなかった」
(……夜、か)
慎重に進む。
畑。
一枚分だけ、
確かに荒れている。
踏み荒らし。
倒れた作物。
だが――
食われた様子は、ない。
(……獣じゃない)
足跡を見る。
深さが、
揃っていない。
(……重さが、一定じゃない)
ここで、
一歩だけ迷う。
(……追うか?)
奥へ行けば、
何かは分かるかもしれない。
だが――
依頼は“確認”だ。
追跡じゃない。
周囲を見る。
風。
草。
流れ。
(……残ってる)
微かな歪み。
昨日までの“何もない”とは違う。
(……小さいが、実害は本物だ)
トアは、
木片を二つ置いた。
一つは、
荒れた場所。
もう一つは、
“これ以上行くな”の線。
それ以上は、
進まない。
振り返る。
少し離れた場所。
畑道の影に、
人影がある。
(……)
外套。
杖。
見覚えがある。
(……近いな)
だが――
こちらを見ているだけ。
来ない。
声をかけない。
(……来ないでくれてる)
それでいい。
今、助けられたら――
判断の意味が消える。
トアは、
踵を返した。
町へ戻る。
日が、
傾き始めている。
ギルド。
報告。
「作物被害あり」
「原因は特定不可」
「追跡せず」
「境界線を設定」
受付は、
一度だけ顔を上げた。
「……正解」
それだけ。
銅貨六枚。
受け取る手が、
少しだけ重い。
外へ出る。
夕方。
門の外。
カナが、
そこにいた。
距離は、
昨日と同じ。
三歩分。
「……追わなかったな」
初めて、
評価でも確認でもない言葉。
トアは、
正直に答える。
「……条件外だったので」
カナは、
小さく息を吐いた。
「畑一枚分で、奥に行く奴は多い」
「でも――
それで戻らない奴も多い」
一拍。
「今日は、十分だ」
それだけ言って、
歩き出す。
追わない。
振り返らない。
トアも、
何も言わない。
夕焼け。
畑の向こうに、
町がある。
小さな実害。
だが――
大きな分かれ道。
ローディス王国領の町、
オーレム。
少年は、
踏み込まなかった。
女冒険者は、
踏み込ませなかった。
それぞれが、
それぞれの立場で、
“一線”を守った一日だった。
次に踏み出すかどうかは――
札が、決める。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
小さな選択の積み重ねを意識して書いています。
何か感じた点があれば、感想で教えていただけると嬉しいです。




